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異世界コンサルタント  作者: kinboshi_8462
第1章 コンサルタントの異世界転移
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06 作戦開始

 人が死んだ。


 その事実に、今頃になって体が反応し始めていた。喉の奥が熱い。指先が震えている。


 アストリッドさんは、まだ私を見てる。答えを待っている。

 恐怖がまだ胸の底に残っている。


 もう敵が近い。時間がない。

 呆けている時間はない。議論を前に進めなければ。



 もう一度、さっきまで話していたことを頭の中に並べる。


 なぜ、敵が追跡を終えるのか。

 任務が達成されたと判断されれば、百人をこの森に置いておく理由はなくなる。


 誰が死んだことにするのか。

 アストリッドさんだ。


 そのための遺体は――ある。

 髪も、服もある。体格も近い。本人だと思わせる材料は、まだ足せる。


 いつ死んだのか。

 今でもおかしくはない。二週間も追われている。今日だけが特別な日というわけじゃない。


 どこで死んだのか。

 森の中。敵はずっと私たちを探している。ここで見つかっても、それ自体は不自然じゃない。


 じゃあ――何がない。

 頭の中で、今並べたものをもう一度見返す。



 なぜ。


 誰が。


 いつ。


 どこで。


 どうやって?


 ……どうやってアストリッドさんは亡くなったのだとすればいい?

 そうだ、敵が納得するような……。


「……状況、が必要です」


「何?」

 アルヴァスさんが聞き返す。


「この人が王女様だと思わせるものは、まだ足せます。ここで見つかること自体も、おかしくない。でも……」

 メイアさんを見そうになって、視線を逸らした。

「どうやって王女様が死んだのか。それがありません」



 ハルヴァルドさんが眉を寄せた。

「死因のことか」

「それも含めて、ですね」


 死体がある。傷がある。

 それだけでは、たまたま置かれているものを見つけたのと変わらない。


「敵が遺体を見たときに、王女様がここで死んだと、それが一番自然だと思えるような……」

 一度、言葉を切った。

「そういう状況が必要です」


「なるほど。これみよがしに遺体がそこにあっても、罠だと訝しむ」

 アルヴァスさんが言った。

「そうだな……。自分たちの作戦によって追い詰めて殺したぞ、と思えれば一番良いか」

 私は少し考えてから頷く。


「だが」

 ハルヴァルドさんが口を挟む。

「敵が何を仕掛けているかなど、こちらには分からん」


「作戦である必要もないのでは?」

 アストリッドさんだった。

「敵兵の誰かが、わたくしを討ったと思えばよいのでしょう?」


 場が静かになる。


 誰かが、王女様を殺した。たとえばそれは――

「……斥候」

 アルヴァスさんと私が同時に答えにたどり着いた。


「……メイアと遭遇した奴らか」

 ハルヴァルドさんが低く言った。声に、怒りが混じっている。


「斥候と相打ちとなった、というのがいいな。くくく……死んだ仲間の手柄なら、疑うのも憚られるだろう。武人とやらが好みそうな筋書きじゃないか、なあハルヴァルド」

「まあな……」

ハルヴァルドさんも、不承不承といった感じで頷く。



「シグネ。敵の斥候がどのあたりにいるか……探せますか」

「まだ近くを探索しているでしょう。すぐにでも探り出します」

アストリッドさんの指示にシグネさんがすぐに動き出す。




「四人です」

 程なく戻ってきたシグネさんが告げた。

「水場からこちらへ。かなり近い」


「俺と、そこの二人でやる」

 アルヴァスさんが立ち上がる。

 若い騎士と壮年の騎士が二人、何も言わずに剣へ手をかけた。


 てっきりハルヴァルドさんが行くのかと思っていた。この中で一番強そうなのはハルヴァルドさんだ。なんとなくハルヴァルドさんに目をやると、ハルヴァルドさんも何かを察したようだ。


「殿下の側を離れるわけにはいかん」

 護衛。それが、この人の仕事なのだ。




 木々の向こう側に明かりが動いているのが見えた。

 ちらついている感じを見ると、松明で辺りを照らしているようだ。


 時折、月明かりと松明が剣に反射して鈍い光が見えた。剣を抜き放ち、鎧を着込んだ人が四人。辺りを探すように、松明を動かしている。何か、声を掛け合っているのが分かる。


 あれが……敵。斥候。まるで映画の中のような出来事だ。現実感がまるでない。



 ハルヴァルドさんが無言のまま手で制した。

 アストリッドさんやメイドさんや執事のような人たちが足を止めた。ここで待て、ということのようだ。周りの人たちの動きに合わせて、木の陰や茂みへと身を隠す。


 先ほどの騎士二名とアルヴァスさんは歩みを止めず、静かに敵斥候へ近づいていく。月明かりを避けるように、敵の動きに合わせて木の陰を使いながら。まるでダンスのステップを踏むようになめらかな動きだ。


 アルヴァスさんが何かハンドサインを出す。騎士二人は軽く頷いた。

 それだけだった。作戦会議など不要なのだろう。でも三人とも、それで十分らしかった。



 敵四人とアルヴァスさんたちの距離が近づく。



 心臓が高鳴る。うるさいくらいだ。息もうまくできない。心音や息遣いが敵に聞かれてしまいそうで、思わず口に手を当てた。

 これから……戦いが始まるのだ。



 そして……月が雲に隠れた。


 アルヴァスさんがこれまでより長く何かを唱えた。アルヴァスさんの手が強く光り、地面に光が伝わる。

 瞬間、敵の背後に身丈ほどの土が盛り上がる。

 気付いた敵が後ろを振り返る。

 「敵――」

 声が最後まで続かなかった。


 飛びかかった壮年の騎士の剣が、声を上げようとした敵の喉をついたのだ。

 若い方の騎士も一人に飛び掛かったが、その剣は受け止められたようだ。

 金属同士がぶつかる音が、思っていたよりずっと大きい。耳の奥にいつまでも残る。


 壮年の騎士は喉に刺さった剣を抜こうともせず手を離した。腰の短剣を抜き放ち、次の一人へと切り掛かる。

 私の目では、動きを追いきれなかった。敵から勢いよく何かが吹き上がる。多分、血、だろう。

 これで二人。若い騎士が相手をしている一人を含めると、あと一人。


 最後の一人はすでに動き始めていた。

 仲間を助けに入るのか。

 違う。


 騎士の二人とアルヴァスさんを避けるように横へ。


 逃げる?


 いや。


 報告に戻る気だ。


「行かせるな!」

 壮年の騎士とアルヴァスさんが動いたのは同時だった。


 アルヴァスさんの右手から光が溢れ、地面へと吸い込まれた。

 地面から土が小さく盛り上がり、逃げる斥候の体勢を崩した。そこへ壮年の騎士が追いついた。

 組み倒すように斥候を押し倒した。


 アルヴァスさんが素早く何かを唱える。左手から光が溢れ、今度は空気中に光が吸い込まれていった。瞬間、ビュンっと風切り音がして、何かが断ち切られるような鈍い音がした。「ぐぅ……!」という呻き声のようなものが聞こえて、もがいていた斥候の動きが止まった。


 若い騎士の方も、いつの間にか終わったようだ。若い騎士も肩で息をしているが、斥候の方は地面に倒れて動かない。


 終わったのだろう。


 木々の間に、騎士たちの荒い息遣いだけが響いている。

 若い騎士は肩から血を流しているようだ。


 アルヴァスさんは、特にいつもと変わりのない軽い雰囲気だった。

「……なかなかだったな。四人か?」


 壮年の騎士が息を整えながら言った。

「……はい、四人。全員です」


「殿下、終わりました」

 ハルヴァルドさんの一声に、一同の緊張が緩んだ。


 私もようやく深く息を吐く。自分がずっと息を止めていたことに気づいた。


 ハルヴァルドさんが若い騎士に駆け寄る。

「アレス、大丈夫か?」

「はい……動けます」

 アレスと呼ばれたのは肩を斬られた騎士だ。強がりなのか本当に大丈夫なのか、私には分からない。


 アルヴァスさんが傷を一瞥する。

「浅いな。すぐに治せる」と言いながら、何かを唱えた。

 手から光が溢れる。メイアさんの時と同じ雰囲気を感じた。傷を癒す何かなのだろう。


 アストリッドさんが倒れた四人を眺める。


「では――始めましょうか」




 騎士の二人がなにやら斥候たちの位置関係を動かしていた。

 詳しく分からないが、戦闘の結果として違和感のない状況を作っているようだ。


 ハルヴァルドさんが言う。

「斥候が四人。護衛はこの人数。普通に考えれば、我々が押し勝つ」


「……そうですね」

 アストリッドさんが頷く。

「不自然に見えるでしょうか」


「向こうが最後に一撃入れた、という形にしよう」

 アルヴァスさんが言う。

「戦闘痕は、消すより、こっちに都合よく残す方が楽だ」


「顔は」

 ハルヴァルドさんが、視線を落としたまま言った。

「……やはり、焼くしかないだろうな。火の術は使い手も多い。斥候の一人くらい使えるだろう」


 誰も、すぐには答えなかった。


「この服を」

 アストリッドさんが、羽織っていた上質そうなローブと、細かな刺繍の入った上着を脱いでシグネさんに渡した。下半身については予備から持ち出したようだ。旅装用の動きやすそうな作りだが、高価な一品だと私でも分かる。

「メイアに、着せてあげてください」

 合わせて装飾品も外していく。アストリッドさんはシャツ姿になったが、シグネさんがすぐに別の上着をかけた。


「……あとは、私の髪を少し」

 自分の髪に手をやって、迷いなく髪の毛の一部を切り落とし、シグネさんに渡す。

 アストリッドさんは長く綺麗な長髪だ。背中まであった髪の毛を一部切り落としたようだ。少し歪になった髪の毛をアストリッドさんは気にもしていないようだ。


 あの髪の毛は、メイアさんの周りに……焼け残りのように周囲に残しておくのだろう。


 シグネさんが、静かに口を開いた。

「敵が確認するのは、おそらく髪、服、体格、それに王家由来の装飾品でしょう。それ以上の判断材料は、向こうにもないはずです」


 私は、頭の中で全体を眺める。斥候の遺体。戦闘の痕。メイアさんの遺体。アストリッドさんの服と髪。そして王家の装飾品。

 状況は整った。これで……仲間が王女を討ったのだと、敵は思ってくれるだろうか。


 偽物だと、確信させるような余地はないだろうか……。

 私には、これ以上判断する材料がない。でもこの人たちはある。

 私が知らないことを、彼らは知っている。ならここは、任せるしかない。


 「……少し、足りないかもしれませんね」

 アストリッドさんが首元に下がったネックレスに手をかけた。

 鎖に指をかけて、ゆっくりと外す。淡い紫色の石が、月明かりに反射して鈍く光った。


「……殿下」

 ハルヴァルドさんの声が、鋭くなる。

「それは」


「分かっています」

 アストリッドさんは、外した首飾りを、しばらく手のひらの上で見つめていた。

「母の、形見です。日常から身に着けていましたし、外交の場で印象を持つ者も多いでしょう」


 ハルヴァルドさんが、何か言おうとして、口を閉じた。止めたい。でも、止める理由を、今この状況で言葉にできない。そんな顔だった。

「本当に、よろしいのですか」


「捨てるのではありません」

 アストリッドさんは、静かに言った。


 それから、木々の向こう――私には分からない、どこか遠い方角を見た。


「いずれ――必ず、取り戻します」

 その声には、迷いがなかった。


 アストリッドさんは、それ以上何も言わずに、首飾りをメイアさんの遺体にそっとかけた。


「アルヴァス、お願いします」

 アストリッドさんが最後の指示を出した。


 アルヴァスさんが短い言葉を唱えた。



 アルヴァスさんの手がほのかに光り出す。メイアさんに向かって、炎が渦巻いた。

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