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異世界コンサルタント  作者: kinboshi_8462
第1章 コンサルタントの異世界転移
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05 王女の決断

 メイアさんの身体が、傾いだ。

 支えていた若い騎士が、慌てて肩を抱き直す。


「メイア!」

 アストリッドさんが真っ先に動いた。腰を浮かせるどころじゃない、もう地面を蹴っていた。駆け寄って、崩れかけるメイアさんの身体を受け止める。


「傷を見せろ」

 アルヴァスさんの声が、いつもよりずっと硬い。


 ハルヴァルドさんはすでに周囲へ視線を走らせている。剣の柄に手がかかっているのが見えた。敵、という言葉が頭の中で赤く点滅する。



 私は、動けなかった。


 いや、動いてはいたと思う。でも、何をどう動けばいいのか分からないまま、ただその場に立っていた。血の匂い。誰かの荒い呼吸。地面に広がっていく黒っぽい染み。


「触るな、俺がやる」

 アルヴァスさんがメイアさんの脇に膝をつく。手のひらを傷口の上にかざして、聞き取れない言葉を短く口にした。


 その手のひらの下から、淡い光が漏れた。熱のようなものも、少し離れた私のところまで届く。空気そのものが震えるような感覚があった。


「……深い」

 アルヴァスさんが、短く言った。たぶん、いいことじゃないのは分かる。


「……魔力を、残して……ください」

 メイアさんの声だった。かすれて、途切れ途切れで。

「追手が……まだ、近くに……」

「喋るな」


 アストリッドさんが、メイアさんの手を握った。両手で、包み込むように。

「メイア、大丈夫ですから。喋らなくていいのですよ」

 その声は、いつものアストリッドさんの声じゃなかった。王女様の声でもなかった。もっと近い距離の、誰かに向けた声だった。


 私はその光景を、見ているだけしかできなかった。



「アストリッド、様……」

 メイアさんが、薄く目を開けて、アストリッドさんを見た。まるで記憶に焼き付けるように、残る力を振り絞るように。


「……メイア」

 その呼びかけに、返事はなかった。


「……ありがとう。ほんとうに、ごめんなさい」

 メイアさんは……気を失ったのだろうか……


 誰も、何も言わなかった。


 しばらくの間、誰も。


 風が森の木々を揺らす音だけが聞こえる。



「殿下」

 最初に沈黙を破ったのは、ハルヴァルドさんだった。


「水場の方角から来たということは、もうそう遠くない場所に斥候がいます。すぐに動くべきです」

 その声には、いつもの硬さの上に、もう一段強い緊張が乗っていた。



「……そうですね」アストリッドさんの顔は見えない。

 メイアさんは安静にしたほうがいいはずだ。逃げるといっても動けるのだろうか。


「しかし、逃げて、その先は?」


「殿下。あなただけでも生き残らなければ」

 ハルヴァルドさんも本意ではないのだろう。それでも、きっと彼は言わなければいけないのだ。

 騎士、というものがどういうものか詳しく知らないが、それが彼の役割なのだろう。


「私がやります。敵中に切り込めば、多少は足止めできるでしょう」

 ハルヴァルドさんが即座に言った。

「だから、殿下だけでも先にお行きください。私が時間を稼ぎます」


「阿呆が。迂回されればそれまでだ」とアルヴァスさんが返す。これまでのようなからかうような雰囲気はない。

「俺が、広域魔術で敵を足止めしてやろう。お前は殿下を守ればいい」


「単独行動の魔術師など、捕捉されてそこまでだ。私が切り込んだほうが足止めできる」

ハルヴァルドさんが剣に手をかけた。


「いっそ二人でいくか。少しはマシになるだろ」アルヴァスさんが不敵に笑みを浮かべる。



「駄目です」

 アストリッドさんは、そこにいる全員を見据えるように顔を上げた。


「そんなことに、さほどの意味がないことはあなた方も理解しているでしょう?」

 ハルヴァルドさんが、何か言い返そうとして、言葉を止めた。アルヴァスさんは肩をすくめる。


「先ほどの話を、続けましょう」

 アストリッドさんが言った。

「死んだことにする。あの案です」



「しかし、王女殿下に似せられる遺体など――」

 ハルヴァルドさんが言いかけて、何かに気づいて止まった。


 アストリッドさんは、メイアさんを見ていた。その表情は、愛おしそうにも、悲しそうにも見えた。


「……ここに、いるではありませんか」



 え……?



 言葉の意味が、頭の中で像を結ぶまでに、少し時間がかかった。


 いやだって、メイアさんはまだ生きて……?


「アストリッド」

 アルヴァスさんが、低い声で言った。

「本気か」


「本気です」

 アストリッドさんの声は静かで、でも有無を言わさない強さがこもっているようだ。

「メイアもそれを望んでいるなどとは言いません。本人に代わって、都合のいいことを言うつもりはありません」


 ようやく、理解が追いついてきた。息が詰まる。胸が苦しくなる。


「だから、私が決めます」


 まさか、そんな。メイアさんはもう……。さっきまで生きていた人が……。


「これは、私の責任で行います」

 その言葉に、揺らぎはない。

 ……この人は。

 本当に、王女様なんだ。


「髪も、衣服も用意できます」


 アストリッドさんが、静かに続けた。


「似た背格好の遺体も、あります」



 そして、私の方を見た。別に睨まれたわけではないのに、怖いと思ってしまった。


「あとは、何が必要ですか?」

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