04 最後のピース
「これは……そこまで勝率が低い話ではないように思います」
王女と思わせるような遺体が用意できるならば、だ。
一同の目が私に集まった。
王女やら魔法やら……日本とは大きく違う社会や文化があるのだろう。まったく違う価値観もあるかもしれない。
それでも、空に月は浮かんでいて。人は食事して寝る必要があって、上下関係を気にもするし、人は集まって、それぞれが違う意見を持ってもいる。ならば……私の考え方も通じる部分はあるはずだ。
「面白い……聞こう?」
アルヴァスさんが先を促す。
「今、あなたたちを追っている敵側から見たら、状況は優勢ですよね。少なくとも、追手からすれば勝ち戦でしょう」
ハルヴァルドさんが硬い声で答える。
「……まだ負けたわけではない。私が殿下を無事お連れできれば――」
「そういう話じゃないだろう」
アルヴァスさんが遮った。
「追っている百人の側から見た話だな」
「はい。向こうから見たら、もうほとんど勝ちが決まったという気分でしょう。王都も落として、王女様もここまで追い詰めた。あとは……捕まえるだけです」
「そうですね。それだけ我々も追い詰められているとも言えますが」とアストリッドさんが答える。
「なのに、まだ終わらない。まだ王女様が捕まえられないから」
場が一瞬、静かになった。
「なるほど。それは……腹立たしいでしょうね」
クスクスとアストリッドさんが笑う。
もう終わってていいはずの仕事が、終わらない。
一瞬、仕事での苦い経験も思い浮かぶ。もう終わったと思った仕事に追加修正が飛んでくる。あれは、堪えるんだよな。まあ……規模は全然違うけど。
「なかなか終わりが見えない仕事ほど、疲れます」
私は続ける。
「しかも、知らない土地の、知らない森を、二週間近く。食料とか、どうしてるんでしょう?人を探しながら食料を気にしながら……とんでもなく疲れませんか?」
「食料は、現地で徴発しています」
シグネさんが答えた。
「乗馬はなく、徒歩での行軍を確認しています。疲労の程度までは分かりませんが、常に探索と徴発で行動しているようです」
シグネさんは事実と推察を明確に分けてくれる。とりあえず、今の仮説と矛盾する材料はなさそうだ。
「……そこに現れるのが“王女様らしき遺体”です」
場の空気が、少しだけ張った。
「服はアストリッドさんの物。王家の品もある。特徴的な髪も見える。……顔の問題をクリアできるなら……ほかに、何か本人を確かめる手段はありますか?」
「身体的な特徴以外に、確かめる方法はありません」シグネさんが即答した。
「であれば、遺体を見つけた兵士は、どう思うでしょうか?」
「ようやく終わった、という感じがしますね」
アストリッドさんが答える。
「さあ帰るか、という気分にはなるな」
アルヴァスさんも頷いた。
「――だが」
ハルヴァルドさんの声が、話を止めた。
「兵はそう思うかもしれん。だが、指揮官は違う」
きっとこの人も指揮官やリーダーの経験がある人なのだろう。責任ある立場の人の視点を知っている。
「もし王女死亡を誤って報告し、後で生きていたと分かれば、指揮官の首が飛ぶ。指揮する側なら、確かな物証を求めるはずだ」
ごもっとも。
「確かな物証って、何でしょう」
ハルヴァルドさんが黙る。答えは、すぐには出てこなかった。
「服も、王家の品も、体格も、顔以外は全部揃ってる状態で……あとは何を確認しろって、指示するものなんでしょう」
ピンとこないなら逆から考えてみよう。
「では、何が引っかかったら、『これは王女様じゃない、まだ追え』って言うと思いますか?」
ハルヴァルドさんは、腕を組んだまま考え込んでいた。眉間の皺が深くなる。
「むぅ……」
全員に信じてもらう必要はないのかもしれない。
疑う人が一人や二人いてもいい。でも、「百人で捜索する」という状況は崩せる可能性が高い
「なにも、全員が撤収しなくてもいいはずです。人数が減れば、それだけ捜索の網は薄くなる。何割かでも引かせられれば十分です」
アルヴァスさんの顔を見る。
ニヤっと、笑みが深くなった。特に反論はないようだ。
アストリッドさんはどうか。
かすかに頷きながら聞いている。
シグネさんは、特に口をはさむ様子はない。
知っていることは話す。でも、ここから先は自分が口を出すところではないらしい。
「戦線は、ここだけではありません」
アストリッドさんが引き取った。
「各地に、まだ抵抗している同胞たちがいる。王都を落としても、戦争そのものは終わっていません。占領地の統治にも、人手は要ります」
「人手はいくらでも必要な状況で、アストリッドさんの捜索は、敵にとっても負担になっている、ということですね……」
「重要人物とはいえ、小娘一人と少数の手勢。早く終わらせたいでしょうね」
その言い方には、悲観も自嘲もなかった。ただ、自分を含めた状況を、少し外から見ているような声だった。
「しかし」
ハルヴァルドさんはまだ納得いっていない。別に嫌だとは思わない。議論にはそういう人もいてもらう必要がある。全員がYesと言っているときのほうが怪しいものだ。
「肝心の遺体は、どうするのです」
そう。次は、その状況をどう作るかだ。
周りを改めて見渡す。周囲は高い木が林立する深い森だ。
帯同している荷車には少し物も乗っているようだが、基本は衣服と食料だろう。
会話に参加していない人たちも、事の成り行きが気になるのだろう。会話をうかがっている様子が見える。みんな疲れ切っている。何か大がかりな準備はできないだろう。
「火の魔術ならば、損傷がひどくても違和感ないだろう。顔を焼けばいい」
アルヴァスさんがあっさり言った。
「顔だけではない」
ハルヴァルドさんが即座に返す。
「体格も、年格好も、性別も、遠目に分かるものは魔術でどうにもならん」
「……まあたしかに。近い年齢と体格の、女性の遺体が要る」
アルヴァスさんが呟く。誰に向けた言葉でもなかった。
その時だった。
「きゃぁあ!」と小さな悲鳴が上がった。何か野営の準備をしていたメイドさんたちのほうからだ
全員の視線が、ほとんど同時にそちらを向く。森の奥は薄暗くて分からないが、何人かが慌ただしく動いた。
「アストリッド様……!メイアが!」
年かさのメイドさんが駆け寄ってきた。その後ろには、若手の騎士に支えられたメイドさんがいた。月明かりの照らす場所に入ったことでようやく状況が見えた。
「……メイア?」
アストリッドさんが、腰を浮かせながら声を上げた。
支えられたメイドさん……メイアさんの服の片側が、黒っぽく濡れている。水で濡れて……いや、匂いも、色も、水のそれじゃない。
メイアさんが絞り出すように声をあげる。
「……敵、がっ……!」
声が、掠れていた。
その先を、誰も聞き終えないうちに、場の空気が一変した。




