03 追わない状況
「つまりは……追う理由がなくなればいいのかな」
数も地形も時間も不利に働いている。追われている状況ではいずれつかまる。「追ってこない」という状況が作ることができればよいのではないか?
「何を言っている?」
ハルヴァルドさんが眉を寄せる。意味が分からない、という顔だった。
敵勢百人。王女一人を追いかけるために、装備を整えた軍が動いている。
コンサルタントだって結局は頭数の商売だから分かる。人一人が動く、というのは、コストがかかるものだ。
それでも彼らは追いかけてくる。私怨か?違う。命令が下り、任務が与えられたからだ。
追うのは彼らの任務。任務が続く限り、追跡はやまない。
「任務が失敗したって確定したか、そもそも追えなくなったか、任務は成功したって誤解させるか……とにかく、もう状況は決まった、覆せないって思わせれば」
百人も動く理由は、なくなる。数人残るかもしれないが、コストは減らすだろう。
失敗。追跡不能。成功。状況の確定とは結果。
敵にとっての任務の失敗。それはつまりアストリッドさんの逃亡の成功だ。
「すでに目的地に着いた……いや、この森にはもういないと思わせる、とか」
どうやってだ。もう抜けたのでこっちにはいませんよ、とでも言いに行くのか?誰がそれを確定する?
「……嘘にしても限界があるか……」
それっぽい嘘ならともかく。ならば、物理的に追いかけられないようにするか。
「道が潰れた、森に入れない、迂回できない、とか?」
土木作業が必要だ。相手と同人数はいらないかもしれないが、土木作業者が必要だ。そもそも道はいくつある?
「これも、手が足りない」
敵が追わなくなる状態……あとは任務に成功した、となることだ。当然作戦は終了する。では帰りましょうか、ということになる。それはつまり……
「……王女様を捕まえた、あるいは……もう死んだことにするか……」
「おい」
ハルヴァルドさんの声が硬くなった。
「不敬だぞ」
あ、やば。少し不快そうな顔をしたハルヴァルドさんと目が合う。
「……っ!すみません」
「可能性として考えていただけです。もちろん本当にそうするわけじゃなくて……」
完全に自分の世界に入ってた。王女が死ぬだって?可能性としてもそりゃ怒るだろう。
「なるほど。そう思わせればいい……というわけか」
アルヴァスさんが考え込むように呟いた。
「偽物を掴ませるか。死を偽装するか……なるほど?」
「……え、まあ、一つの選択肢ですが……」
「私がいなくなれば、追う理由がなくなる、ということですね」
アストリッドさんが静かに言った。まるでいたずらをしようという子供のように口元がニヤついたのが見えた。
え、この方向で話を続けるんですか?
「偽物を捕ませる、というのはさすがに準備が足りんな」
アルヴァスさんが言う。
「死を偽装する方がまだありうる」
「ま、まあそうですね。普通に、崖から落ちたとか、川に流されたとか。そういうふうに思わせれば、いいんじゃないかと」
映画やドラマじゃ、よくある話だ。実は生きていました、というところまでセットだが。
「軍を引かせるには弱いですね」
アストリッドさんが、静かに言葉を差し込んだ。
「『私』だと確信できる物証が必要でしょう」
物証って……遺体ってこと?まじで?
「そうは言っても、私は唯一無二ですけれども。私と見間違えるには、よほど美しい顔の遺体が必要ですよ。そこらにありますかね?」
「え」
これは……冗談なのか?突っ込み待ちか?
思わず周囲を見てみたが、アルヴァスさんは何か考え込むようにぶつぶつ言っている。シグネさんは我関せず。ハルヴァルドさんは、この議論に困惑してる感じだ。
うーん……、スルーで。
「顔は、事故か襲撃で潰れたと思わせればいい」
アルヴァスさんが、アストリッドさんの冗談にはほとんど反応せず、淡々と続けた。
「……お前、殿下を何だと思っている」
ハルヴァルドさんの声が、また尖った。今度は不敬という言葉ではなく、もっと直接的な怒りだった。
アルヴァスさんは肩をすくめただけだ。
「……姫様は、そのお髪が特に衆目を集めます。服装と、お髪の一部をいただければ、あるいは」
シグネさんはさらに重ねてくる。
「お前まで何を言っている」
ハルヴァルドさんが、今度は困惑寄りの声を出した。どう取り合えばいいのか、決めかねているような響きだった。
シグネさんは表情を変えずに続けた。
「年齢と体格が近い遺体であれば、髪と衣服で補えます。顔が判別できない状態なら、偽装できる可能性は高いです」
「王家由来の装飾品があれば、なお確実でしょう」
アストリッドさんが、当然のように言葉を継いだ。
「命あっての物種です。これはそういう話でしょう?いくらでも提供しますとも」
場に沈黙が流れる。え、本当にやるの?そこまでのつもりなかったんだけど……。
「……これは」
アストリッドさんは、少し考えるように視線を落としてから、また顔を上げた。
「敵中を突っ切るより、よほど勝ち筋がありそうですね」
その声には、何か吹っ切れた響きが混じっている。
「そ……そんな遺体一つで、本当に納得するか?そんな単純な……」
ハルヴァルドさんの反論ももっともだ。作れるとしたら、あくまでも”王女らしき遺体”だ。
それでも……
「これは……そこまで勝率が低い話ではないように思います」
一同の目が私に集まった。




