05 守備隊長
「今日は、お休みにします」
朝いちばんにアルヴァスさんの部屋の扉を開けて、私はそう宣言した。
アルヴァスさんは、机に向かったまま顔を上げた。何言ってんだこいつ、という顔だったが、目の下に、昨日より濃い隈がある。机の上には、いつのまにか銅色の細い線のようなものと、何に使うのか分からない金属の塊が転がっていた。
「休み?」
「休みです。こっちに来てから、一日もちゃんと休んでいないので」
言いながら、そういえばそうだった……と自分でも気づいた。
本当に、一日も休んでいなかった。森にいた間は休むどころではなかったし、ここに着いてからは毎日この部屋に通っていた。日本にいた頃だって、休日出勤が続いた月はあったけれど、さすがに一か月以上ぶっ通しというのはなかった気がする。
「私も賛成です」
お茶の盆を持って入ってきたシグネさんが、表情を変えずに言った。
「あまり根を詰めると体調の悪化も懸念されます。今日一日くらいは」
シグネさんが味方についてくれるとは思わなかった。思わず振り返ると、シグネさんは私ではなくアルヴァスさんを見ていた。
アルヴァスさんは、少しの間、私とシグネさんを見比べた。
それから、拍子抜けするほどあっさりと頷いた。
「まあ、いいだろう。疲れた頭からはろくな答えが出てこんしな」
「ありがとうございます」
よかった。思ったより話の分かる人だった。
ほっとして、ついでにお茶を一杯だけもらおうと椅子に腰を下ろした。それが間違いだった。
「ところで」
アルヴァスさんが、ペンを置いた。
「お前の世界では、休日には何をするんだ?」
「え?」
「休むと言っただろう。休むとき、お前の世界の人間は何をする」
雑談だった。たぶん、本人にとっては純粋に雑談のつもりだった。
「えっと……人によりますけど。寝たり、出かけたり、友達とご飯を食べたり。家で映画を見たり、動画を見たり……」
「エイガ。ドウガ」
しまった、と思った。
「……えーと……映像です。動く絵、みたいなものを、板――スマホとか、もう少し大きい板で見るんです」
「動く絵を、スマホで」
「はい。それで、インターネットっていう……遠くの人ともつながってる仕組みがあって、そこに世界中の人が動画を載せていて」
「世界中の人間が」
「誰でも見られるし、誰でも載せられるんです。ユーチューブっていう場所があって」
「ゆーちゅーぶ」
アルヴァスさんの目が、明らかに変わった。
昨日、電池の話をしていたときの目だ。
「誰でも、か。王族でも、農民でも」
「まあ、はい。身分とかはないので」
「誰でも載せられるなら、何が載ってる。お前は何を見る」
「何をって……料理とか、旅行とか、ニュースとか……あとは、猫とか」
「猫?」
「猫の動画です」
「なぜ猫を見る」
なぜ。
なぜって言われても。
「……かわいいから、ですかね」
「かわいいから、わざわざ遠くの誰かが撮った猫を、板で見るのか。自分の家の猫ではなく」
「家に猫がいない人も多いので……」
「猫がいない人間が多いのか。なぜだ。住処が狭いのか。それとも猫が少ないのか。その動画とやらは、一つでどのくらいの長さだ。一日に何人が見る。載せた奴には何か得があるのか――」
アルヴァスさんの手が、いつのまにかまたペンを握っていた。新しい紙が、机の上に広げられている。
これは、休みにならない。
どう考えても、昨日の続きだ。話題が違うだけだ。
そっとシグネさんを見る。シグネさんは、お茶の盆を持ったまま、ほんの少しだけ扉の方へ視線を流した。
たぶん、行け、という意味だった。
「あ、アルヴァスさん、すみません、お茶のお代わりをもらってきます」
「茶ならそこに――」
「行ってきまぁす!」
扉を閉める直前、「おい、猫の話がまだ――」という声が聞こえた気がした。
聞こえなかったことにした。
どこへ向かっているのかは、自分でもよく分かっていなかった。
とにかくあの部屋から離れるべきだ。
階段を下りて、廊下を曲がって、また階段を下りて、使用人さんたちが行き来する裏の通路を抜けて、気づいたら外に出ていた。
領主館の裏手は、表側の整った庭とは雰囲気が違った。石畳の広い通路があって、低くて頑丈そうな建物がいくつも並んでいる。荷車が出入りする音、遠くで誰かが号令をかける声、金属を叩く音。
一番手前の建物の陰に回り込んで、壁に背中をつけた。
厚い石の壁だった。窓は小さく、鉄の格子が嵌まっている。扉も鉄で補強されていて、中から油と革の匂いがかすかに漏れてくる。
武器か何かをしまっておく倉庫なのかもしれない。
息を整える。
ここまで来れば、さすがに大丈夫だろう。
アルヴァスさんは研究者だ。部屋から出ること自体が珍しい。わざわざ倉庫の裏まで探しに来るとは思えない。
壁にもたれて、空を見上げた。
いい天気だった。
休日の最初の一時間を、全力の逃走に使ってしまったけれど。
「――何をしている、トーコ」
心臓が跳ねた。
振り向くと、通路の角から、ハルヴァルドさんがこちらを見ていた。
その隣に、もう一人。城門で見た、大柄な守備隊長さんだ。グンナルさん、と言ったはずだ。
「あ、どうも」
ハルヴァルドさんが、怪訝そうに眉を寄せる。
「何を――」
そのときだった。
「おい」
聞き覚えのある声が、通路の反対側から響いた。
アルヴァスさんだった。
部屋から出ないはずの研究者が、紙の束を小脇に抱えて、きょろきょろと辺りを見回しながら歩いてくる。
まずい。
私は壁と木箱の隙間に身体を押し込んだ。
グンナルさんとハルヴァルドさんに向けて「しー」っと人差し指でサインを送る。
頼む、察してくれ……!
「ハルヴァルド。トーコを見なかったか?」
「む?」
ハルヴァルドさんが、まっすぐな顔で振り返った。
「トーコなら、ここに――」
万事休す……!
ガッ。
鈍い音がした。
グンナルさんの足が、ハルヴァルドさんの脛に、見事に入っていた。
ハルヴァルドさんの言葉が止まる。顔色はまったく変わらない。変わらないが、口が中途半端に開いたまま固まっている。
「トーコ殿なら、先ほど殿下に呼ばれていたようです」
グンナルさんが、何事もなかったかのような顔で言った。
「何か急ぎの用向きがあったのでしょう。館の表の方へ行かれました」
「なに。アストリッドがか」
アルヴァスさんは、心底残念そうに唸った。
「むぅ……それなら仕方ないか。猫の話の続きを聞きたかったんだがな……」
ぶつぶつ言いながら、アルヴァスさんは来た道を戻っていった。
足音が遠ざかり、角の向こうに消える。
もう少しだけ待ってから、私は木箱の隙間から這い出した。
「……ありがとうございます……!」
小声で、グンナルさんに頭を下げる。
「なに、構いませんよ」
グンナルさんは、目尻に皺を寄せて笑った。
近くで見ると、やっぱり強面だった。顎の髭には白いものが混じっていて、眉が太く、顔の造りがごつい。黙って立っていたら、たぶん道を空けたくなる。
でも、笑うと急に人懐こくなる。
「な……なぜ俺を蹴った」
ハルヴァルドさんが、低い声で言った。
脛をさするでもなく、まっすぐ立ったまま。ただ、声だけが若干恨めしそうだった。
「お前は、昔からそうだよな……」
グンナルさんは、呆れたように肩をすくめた。
「隠れている者を、隠れている相手の前で指差すやつがあるか」
「隠れていると知らなかった」
「しーっ、とやっていただろうが」
「意図が分からなかった」
「だから蹴ったんだ」
ハルヴァルドさんは、少し考えるように黙った。それから、納得したのかしていないのか分からない顔で、「そうか」とだけ言った。
私は、二人の顔を交互に見た。
ハルヴァルドさんに、こんな口の利き方をする人を初めて見た。
ハルヴァルドさんのほうも、いつも通り堅い顔をしているけれど、アストリッドさんの前にいるときとは何かが違う。声の調子が、ほんの少しだけ柔らかい。
「お二人は、お知り合いなんですか?」
「騎士学校で同じ年に入りましてな」
グンナルさんが答えた。
「こいつは昔から、真面目で、堅くて、融通が利かなくて……一人にしておくと家で剣の素振りしかしないんです。若いのにそんなんじゃだめだと、よく夜の街に連れ出したもんです」
「余計なことを言うな」
「事実だろう」
「俺は別に行きたくなかった」
「その割には飲み屋のねえちゃんに鼻の下伸ばしてただろ」
「誰が鼻の下など……!」
わははは、とグンナルさんが笑っていた。
仲良いんだろうな、ということだけ分かった。
「それで、お二人はどちらへ?」
「守備隊の訓練を視察に行くところだ」
ハルヴァルドさんが答えた。
「殿下の御身を預かる以上、この街の兵の質を知っておく必要がある」
「と、本人は言っておりますが、要するに物見遊山です」
「れっきとした任務だ」
「トーコ殿も来られますか」
グンナルさんが、にやりと笑った。
「……いいんですか?」
「構いませんよ。どうせ館の中にいたら、またあの先生に見つかるでしょう」
それは、たしかにそうだ。
訓練場は、倉庫の並びを抜けた先にあった。
踏み固められた土の広場で、思っていたよりずっと広い。端には木の柵と、藁を巻いた人形がいくつも立っている。
そこで、何十人もの兵士が動いていた。
二人一組で木剣を打ち合っている人たち。槍を揃えて、号令に合わせて一斉に突き出している列。盾を構えて並び、押し寄せる仲間を受け止めている一団。
音がすごかった。木と木がぶつかる乾いた音、号令、足音、息遣い。
グンナルさんが姿を見せると、近くの兵士たちが一斉に背筋を伸ばした。「隊長!」という声があちこちから上がる。
「続けろ。客人がおられるからといって、格好をつけるな。いつも通りでいい」
グンナルさんが手を振ると、兵士たちはまた動き出した。
ハルヴァルドさんは、腕を組んでしばらく訓練を眺めていた。
「よく鍛えている」
やがて、ハルヴァルドさんが言った。
お世辞を言う人ではない。それは私でも知っている。
グンナルさんも分かっているのだろう。少しだけ口元を緩めて、満足そうに顎の髭を撫でた。
「そう言ってもらえると、ありがたい」
近くにいた兵士たちが、互いに顔を見合わせて、ちょっと誇らしげにした。王女殿下の守護騎士に褒められたのだ。嬉しくないはずがない。
「では」
グンナルさんが、何でもない調子で続けた。
「こいつらは、お前の守りを抜けるか?」
「いや」
即答だった。
考える間すらなかった。
近くの兵士たちの空気が、すっと冷えた。
さっきまで誇らしげにしていた顔が、そのまま固まっている。何人かは、手を止めてこちらを見ていた。
ハルヴァルドさんは、たぶん、悪気はまったくない。訓練を見て、評価を聞かれたから、見たまま答えただけだ。よく鍛えている。でも自分は抜けない。どちらも本心なのだろう。
ただ、それを本人たちの目の前で、間髪入れずに言うのは。ハルヴァルドさん、それは!
グンナルさんが、大きく息を吐いた。それから、楽しそうに笑った。
「では、見本を見せてやろう」
「見本?」
「うちの若い連中の前でそこまで言ったんだ。なぜ抜けんのか、一度見せてやれ。俺が相手をしてやる」
ハルヴァルドさんは、グンナルさんを見た。
「構わん」
短い返事だった。
なのに、近くの兵士が木剣を二本持ってくると、ハルヴァルドさんはそのうちの一本を、差し出されるより先に手に取っていた。
「随分と乗り気だな」
「別に」
ハルヴァルドさんは、腰の剣帯を外して、近くの柵に掛けた。上着も脱ぐ。その手つきに、迷いがまったくない。
グンナルさんも、鎧の留め金を外し始めた。
訓練場のあちこちで、兵士たちが手を止め始めた。誰かが誰かに何か耳打ちし、それがまた別の誰かに伝わっていく。
守備隊長と、王女の守護騎士が手合わせをするらしい。
あっという間に、二人の周りに人の輪ができた。
二人とも、薄い上着一枚になって、木剣を一本ずつ持って向かい合った。
ハルヴァルドさんは、身体を斜めにして、左の肩を前に出していた。木剣は右の腰のあたり、少し後ろに引いている。左腕は、何も持っていないのに、身体の前で軽く曲げられていた。足は大きく開いて、どっしりと地面に根を張ったように動かない。
グンナルさんは反対に、ほとんど正面を向いていた。木剣を両手で握って、頭の横あたりまで高く掲げている。足は前後に浅く開いて、踵が少し浮いていた。
誰かが、合図の声を上げた。
最初に動いたのは、グンナルさんだった。
踏み込んだ、と思ったときには、もう木剣が振り下ろされていた。
乾いた、硬い音。
ハルヴァルドさんが剣で受ける。動きは全く見えなかった。
グンナルさんは止まらなかった。上から、横から、斜め下から。木剣が、角度を変えて、何度も、何度も打ち込まれる。音が連なって、一つの長い音みたいに聞こえる。
木剣なのに、音が怖い。
あれが当たったら、骨くらい簡単に折れる気がする。
ハルヴァルドさんの動きは最小限だ。
足の位置、身体の向きが、ほんの少し変わるだけ。木剣は最小限の幅で動いて、グンナルさんの打ち込みを一つずつ受けて、逸らしていく。
グンナルさんが、すっと横へ回り込んだ。
ハルヴァルドさんの身体が、それに合わせて向きを変える。
そして、一瞬だけ。
グンナルさんが打ち込んだ木剣を、ハルヴァルドさんが下から跳ね上げた。グンナルさんの重心が、ほんのわずかに浮く。
そこへ、ハルヴァルドさんの木剣がまっすぐに伸びた。
周りの兵士たちが、一斉に息を呑んだ。
グンナルさんは、身体を捻ってそれを躱した。躱しながら、もう次の一撃を放っている。
おお、とどよめきが上がった。
グンナルさんが攻めて、ハルヴァルドさんが受ける。受けて、受けて、受けて、ほんの一瞬の隙にだけ、鋭く返す。返されたグンナルさんが、それを躱すか受けるかして、また攻める。
歓声が上がるたびに、何かがあったのだと分かる。兵士たちの声が、だんだん大きくなっていく。「隊長!」という声に混じって、「今の見たか」「受けたぞ、あれを」という声も聞こえる。
どちらも、ものすごく強い。
グンナルさんが、一歩、大きく下がった。
ハルヴァルドさんも、構えを崩さないまま、動かない。
二人とも、肩で息をしていた。
訓練場が、しんと静まり返った。
次で決まる、となんとなく分かった。
周りの兵士たちも固唾をのむ。
次の瞬間、グンナルさんが踏み込んだ。
今日一番の、深い踏み込みだった。
ハルヴァルドさんも、同時に前に出た。
二本の木剣が交差して――
鈍い音が、二つ、ほとんど重なって聞こえた。
二人が、止まった。
グンナルさんの木剣が、ハルヴァルドさんの脇腹に。
ハルヴァルドさんの木剣が、グンナルさんの肩口に。
どちらも、入っている。
誰も声を出さなかった。
ハルヴァルドさんが、ゆっくりと自分の脇腹を見下ろした。それから、グンナルさんの肩に当たった自分の木剣を見た。
「……お前の方が深いか」
ぽつりと言った。
グンナルさんが、にやりと笑った。
「一本ということでいいか?」
「仕方あるまい」
ハルヴァルドさんが木剣を下ろした、その途端だった。
訓練場が、爆発したみたいに沸いた。
「隊長!」
「やった!」
「守護騎士から一本取ったぞ!」
兵士たちが、口々に叫びながらグンナルさんの周りに押し寄せる。肩を叩く人、拳を突き上げる人、なぜか隣の兵士と抱き合っている人。
その輪の外側で、若い兵士が二、三人、ぽかんとした顔でハルヴァルドさんのほうを見ていた。
「……いや、最後の返し、見たか?」
「見た。隊長の踏み込みに、真正面から合わせてた」
「あれが、王女殿下の守護騎士か……」
一人が、自分の木剣を握り直して、ハルヴァルドさんの構えを真似するように、身体を斜めにしてみていた。全然様になっていなかったけれど、目が輝いていた。
しばらくして、輪が少し落ち着いた。
グンナルさんは、兵士たちに囲まれたまま、一人ひとりに声をかけていた。
「隊長、最後のあれ、どうやったんです?」
「それを真似する前に、お前は足を動かせ。打ち込みの途中で足が止まるから、毎回返される」
「うっ」
「お前は手首。さっきの打ち合いで捻っていただろう。後で薬師に見せておけ」
「え、なんで分かったんですか」
「隠すならもっと上手く隠せ。……それから、そこで座り込んでる奴ら。見物は終わりだ。続きを始めろ」
座り込んでいた兵士たちが、慌てて立ち上がる。笑い声が上がる。
階級の違いは、たぶんちゃんとある。でも、距離が近い。兵士たちは隊長を怖がっていない。怖がっていないのに、言われたことにはすぐ従う。
この人、ずいぶん好かれているんだな。
隣を見ると、ハルヴァルドさんが上着を拾い上げていた。脇腹のあたりを、少しだけ押さえている。
「大丈夫ですか?」
「問題ない」
いつも通りの答えだった。
それから、ハルヴァルドさんは、兵士に囲まれているグンナルさんのほうを見た。
「あいつは、昔からああだった」
ぽつりと、そう言った。
「騎士学校の頃から、あいつの周りには人が集まった。誰かが困っていれば首を突っ込む。昔から変わらんな」
「ハルヴァルドさんも、ですか?」
ハルヴァルドさんは、少しだけ黙った。
「……酒場に連れていかれたのは、一度や二度ではない」
それは、たぶん、そういうことなのだろう。
思わず笑いそうになって、こらえた。
「おい、ハルヴァルド」
兵士たちの輪の中から、グンナルさんがこちらに顔を向けた。
どうやら、聞こえていたらしい。
「なんだ?俺の悪口か?」
「事実を言っただけだ」
「そうか。なら、俺も事実を言っておいてやる」
グンナルさんは、木剣を肩に担いで、にやりと笑った。
「この都市を守るためなら、お前にだって負けないぞ」
ハルヴァルドさんは、表情を変えなかった。
「今日は一本取られただけだ」
「一本は一本だ」
「次は盾を持つ」
「盾を持ったお前とやるほど、俺は馬鹿じゃない」
グンナルさんが笑い、周りの兵士たちも笑った。
ハルヴァルドさんは、ふん、と鼻を鳴らしただけだった。でもその顔は、さっきアルヴァスさんの前で脛を蹴られたときより、ずっと機嫌がよさそうに見えた。
私は、柵にもたれて、訓練場を眺めていた。
木剣の音。号令。笑い声。誰かが誰かを呼ぶ声。
ここにいる人たちは、この街を守るために、毎日こうして木剣を振っているのだ。
休日の過ごし方としては、たぶん、悪くなかった。
そう思ったところで、館のほうから、聞き覚えのある声が風に乗って聞こえてきた。
「――グンナル殿! 殿下はトーコを呼んでいないそうだぞ!」
グンナルさんが、ちらりとこちらを見た。
それから、何も言わずに、兵士たちの輪の一番奥を、顎で示してくれた。




