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異世界コンサルタント  作者: kinboshi_8462
第2章 反攻計画
15/17

05 守備隊長

「今日は、お休みにします」


 朝いちばんにアルヴァスさんの部屋の扉を開けて、私はそう宣言した。


 アルヴァスさんは、机に向かったまま顔を上げた。何言ってんだこいつ、という顔だったが、目の下に、昨日より濃い隈がある。机の上には、いつのまにか銅色の細い線のようなものと、何に使うのか分からない金属の塊が転がっていた。


「休み?」


「休みです。こっちに来てから、一日もちゃんと休んでいないので」

 言いながら、そういえばそうだった……と自分でも気づいた。


 本当に、一日も休んでいなかった。森にいた間は休むどころではなかったし、ここに着いてからは毎日この部屋に通っていた。日本にいた頃だって、休日出勤が続いた月はあったけれど、さすがに一か月以上ぶっ通しというのはなかった気がする。


「私も賛成です」

 お茶の盆を持って入ってきたシグネさんが、表情を変えずに言った。

「あまり根を詰めると体調の悪化も懸念されます。今日一日くらいは」


 シグネさんが味方についてくれるとは思わなかった。思わず振り返ると、シグネさんは私ではなくアルヴァスさんを見ていた。


 アルヴァスさんは、少しの間、私とシグネさんを見比べた。


 それから、拍子抜けするほどあっさりと頷いた。

「まあ、いいだろう。疲れた頭からはろくな答えが出てこんしな」


「ありがとうございます」

 よかった。思ったより話の分かる人だった。


 ほっとして、ついでにお茶を一杯だけもらおうと椅子に腰を下ろした。それが間違いだった。

「ところで」

 アルヴァスさんが、ペンを置いた。

「お前の世界では、休日には何をするんだ?」


「え?」


「休むと言っただろう。休むとき、お前の世界の人間は何をする」

 雑談だった。たぶん、本人にとっては純粋に雑談のつもりだった。


「えっと……人によりますけど。寝たり、出かけたり、友達とご飯を食べたり。家で映画を見たり、動画を見たり……」


「エイガ。ドウガ」

 しまった、と思った。


「……えーと……映像です。動く絵、みたいなものを、板――スマホとか、もう少し大きい板で見るんです」


「動く絵を、スマホで」


「はい。それで、インターネットっていう……遠くの人ともつながってる仕組みがあって、そこに世界中の人が動画を載せていて」


「世界中の人間が」


「誰でも見られるし、誰でも載せられるんです。ユーチューブっていう場所があって」


「ゆーちゅーぶ」

 アルヴァスさんの目が、明らかに変わった。

 昨日、電池の話をしていたときの目だ。


「誰でも、か。王族でも、農民でも」


「まあ、はい。身分とかはないので」


「誰でも載せられるなら、何が載ってる。お前は何を見る」


「何をって……料理とか、旅行とか、ニュースとか……あとは、猫とか」


「猫?」


「猫の動画です」


「なぜ猫を見る」

 なぜ。

 なぜって言われても。


「……かわいいから、ですかね」


「かわいいから、わざわざ遠くの誰かが撮った猫を、板で見るのか。自分の家の猫ではなく」


「家に猫がいない人も多いので……」


「猫がいない人間が多いのか。なぜだ。住処が狭いのか。それとも猫が少ないのか。その動画とやらは、一つでどのくらいの長さだ。一日に何人が見る。載せた奴には何か得があるのか――」

 アルヴァスさんの手が、いつのまにかまたペンを握っていた。新しい紙が、机の上に広げられている。


 これは、休みにならない。


 どう考えても、昨日の続きだ。話題が違うだけだ。


 そっとシグネさんを見る。シグネさんは、お茶の盆を持ったまま、ほんの少しだけ扉の方へ視線を流した。


 たぶん、行け、という意味だった。

「あ、アルヴァスさん、すみません、お茶のお代わりをもらってきます」


「茶ならそこに――」


「行ってきまぁす!」

 扉を閉める直前、「おい、猫の話がまだ――」という声が聞こえた気がした。


 聞こえなかったことにした。


 


 どこへ向かっているのかは、自分でもよく分かっていなかった。


 とにかくあの部屋から離れるべきだ。

 階段を下りて、廊下を曲がって、また階段を下りて、使用人さんたちが行き来する裏の通路を抜けて、気づいたら外に出ていた。


 領主館の裏手は、表側の整った庭とは雰囲気が違った。石畳の広い通路があって、低くて頑丈そうな建物がいくつも並んでいる。荷車が出入りする音、遠くで誰かが号令をかける声、金属を叩く音。


 一番手前の建物の陰に回り込んで、壁に背中をつけた。


 厚い石の壁だった。窓は小さく、鉄の格子が嵌まっている。扉も鉄で補強されていて、中から油と革の匂いがかすかに漏れてくる。

 武器か何かをしまっておく倉庫なのかもしれない。


 息を整える。


 ここまで来れば、さすがに大丈夫だろう。


 アルヴァスさんは研究者だ。部屋から出ること自体が珍しい。わざわざ倉庫の裏まで探しに来るとは思えない。


 壁にもたれて、空を見上げた。


 いい天気だった。

 休日の最初の一時間を、全力の逃走に使ってしまったけれど。


「――何をしている、トーコ」


 心臓が跳ねた。


 振り向くと、通路の角から、ハルヴァルドさんがこちらを見ていた。

 その隣に、もう一人。城門で見た、大柄な守備隊長さんだ。グンナルさん、と言ったはずだ。


「あ、どうも」

 ハルヴァルドさんが、怪訝そうに眉を寄せる。


「何を――」

 そのときだった。


「おい」


 聞き覚えのある声が、通路の反対側から響いた。


 アルヴァスさんだった。

 部屋から出ないはずの研究者が、紙の束を小脇に抱えて、きょろきょろと辺りを見回しながら歩いてくる。


 まずい。


 私は壁と木箱の隙間に身体を押し込んだ。

 グンナルさんとハルヴァルドさんに向けて「しー」っと人差し指でサインを送る。

 頼む、察してくれ……!



「ハルヴァルド。トーコを見なかったか?」


「む?」

 ハルヴァルドさんが、まっすぐな顔で振り返った。


「トーコなら、ここに――」

 万事休す……!


 ガッ。


 鈍い音がした。


 グンナルさんの足が、ハルヴァルドさんの脛に、見事に入っていた。


 ハルヴァルドさんの言葉が止まる。顔色はまったく変わらない。変わらないが、口が中途半端に開いたまま固まっている。

「トーコ殿なら、先ほど殿下に呼ばれていたようです」


 グンナルさんが、何事もなかったかのような顔で言った。

「何か急ぎの用向きがあったのでしょう。館の表の方へ行かれました」


「なに。アストリッドがか」

 アルヴァスさんは、心底残念そうに唸った。


「むぅ……それなら仕方ないか。猫の話の続きを聞きたかったんだがな……」

 ぶつぶつ言いながら、アルヴァスさんは来た道を戻っていった。


 足音が遠ざかり、角の向こうに消える。




 もう少しだけ待ってから、私は木箱の隙間から這い出した。


「……ありがとうございます……!」


 小声で、グンナルさんに頭を下げる。

「なに、構いませんよ」


 グンナルさんは、目尻に皺を寄せて笑った。


 近くで見ると、やっぱり強面だった。顎の髭には白いものが混じっていて、眉が太く、顔の造りがごつい。黙って立っていたら、たぶん道を空けたくなる。

 でも、笑うと急に人懐こくなる。


「な……なぜ俺を蹴った」

 ハルヴァルドさんが、低い声で言った。


 脛をさするでもなく、まっすぐ立ったまま。ただ、声だけが若干恨めしそうだった。

「お前は、昔からそうだよな……」

 グンナルさんは、呆れたように肩をすくめた。


「隠れている者を、隠れている相手の前で指差すやつがあるか」


「隠れていると知らなかった」


「しーっ、とやっていただろうが」


「意図が分からなかった」


「だから蹴ったんだ」

 ハルヴァルドさんは、少し考えるように黙った。それから、納得したのかしていないのか分からない顔で、「そうか」とだけ言った。


 私は、二人の顔を交互に見た。

 ハルヴァルドさんに、こんな口の利き方をする人を初めて見た。

 ハルヴァルドさんのほうも、いつも通り堅い顔をしているけれど、アストリッドさんの前にいるときとは何かが違う。声の調子が、ほんの少しだけ柔らかい。


「お二人は、お知り合いなんですか?」


「騎士学校で同じ年に入りましてな」


 グンナルさんが答えた。

「こいつは昔から、真面目で、堅くて、融通が利かなくて……一人にしておくと家で剣の素振りしかしないんです。若いのにそんなんじゃだめだと、よく夜の街に連れ出したもんです」


「余計なことを言うな」


「事実だろう」


「俺は別に行きたくなかった」


「その割には飲み屋のねえちゃんに鼻の下伸ばしてただろ」

「誰が鼻の下など……!」


 わははは、とグンナルさんが笑っていた。

 仲良いんだろうな、ということだけ分かった。



 


「それで、お二人はどちらへ?」


「守備隊の訓練を視察に行くところだ」

 ハルヴァルドさんが答えた。


「殿下の御身を預かる以上、この街の兵の質を知っておく必要がある」


「と、本人は言っておりますが、要するに物見遊山です」


「れっきとした任務だ」


「トーコ殿も来られますか」

 グンナルさんが、にやりと笑った。


「……いいんですか?」


「構いませんよ。どうせ館の中にいたら、またあの先生に見つかるでしょう」

 それは、たしかにそうだ。


 


 訓練場は、倉庫の並びを抜けた先にあった。


 踏み固められた土の広場で、思っていたよりずっと広い。端には木の柵と、藁を巻いた人形がいくつも立っている。

 そこで、何十人もの兵士が動いていた。


 二人一組で木剣を打ち合っている人たち。槍を揃えて、号令に合わせて一斉に突き出している列。盾を構えて並び、押し寄せる仲間を受け止めている一団。

 音がすごかった。木と木がぶつかる乾いた音、号令、足音、息遣い。


 グンナルさんが姿を見せると、近くの兵士たちが一斉に背筋を伸ばした。「隊長!」という声があちこちから上がる。


「続けろ。客人がおられるからといって、格好をつけるな。いつも通りでいい」

 グンナルさんが手を振ると、兵士たちはまた動き出した。


 ハルヴァルドさんは、腕を組んでしばらく訓練を眺めていた。


「よく鍛えている」

 やがて、ハルヴァルドさんが言った。


 お世辞を言う人ではない。それは私でも知っている。


 グンナルさんも分かっているのだろう。少しだけ口元を緩めて、満足そうに顎の髭を撫でた。

「そう言ってもらえると、ありがたい」

 近くにいた兵士たちが、互いに顔を見合わせて、ちょっと誇らしげにした。王女殿下の守護騎士に褒められたのだ。嬉しくないはずがない。


「では」

 グンナルさんが、何でもない調子で続けた。


「こいつらは、お前の守りを抜けるか?」



「いや」



 即答だった。

 考える間すらなかった。


 近くの兵士たちの空気が、すっと冷えた。

 さっきまで誇らしげにしていた顔が、そのまま固まっている。何人かは、手を止めてこちらを見ていた。


 ハルヴァルドさんは、たぶん、悪気はまったくない。訓練を見て、評価を聞かれたから、見たまま答えただけだ。よく鍛えている。でも自分は抜けない。どちらも本心なのだろう。


 ただ、それを本人たちの目の前で、間髪入れずに言うのは。ハルヴァルドさん、それは!



 グンナルさんが、大きく息を吐いた。それから、楽しそうに笑った。

「では、見本を見せてやろう」


「見本?」


「うちの若い連中の前でそこまで言ったんだ。なぜ抜けんのか、一度見せてやれ。俺が相手をしてやる」


 ハルヴァルドさんは、グンナルさんを見た。

「構わん」

 短い返事だった。


 なのに、近くの兵士が木剣を二本持ってくると、ハルヴァルドさんはそのうちの一本を、差し出されるより先に手に取っていた。


「随分と乗り気だな」


「別に」

 ハルヴァルドさんは、腰の剣帯を外して、近くの柵に掛けた。上着も脱ぐ。その手つきに、迷いがまったくない。

 グンナルさんも、鎧の留め金を外し始めた。


 訓練場のあちこちで、兵士たちが手を止め始めた。誰かが誰かに何か耳打ちし、それがまた別の誰かに伝わっていく。

 守備隊長と、王女の守護騎士が手合わせをするらしい。

 あっという間に、二人の周りに人の輪ができた。


 


 二人とも、薄い上着一枚になって、木剣を一本ずつ持って向かい合った。


 ハルヴァルドさんは、身体を斜めにして、左の肩を前に出していた。木剣は右の腰のあたり、少し後ろに引いている。左腕は、何も持っていないのに、身体の前で軽く曲げられていた。足は大きく開いて、どっしりと地面に根を張ったように動かない。


 グンナルさんは反対に、ほとんど正面を向いていた。木剣を両手で握って、頭の横あたりまで高く掲げている。足は前後に浅く開いて、踵が少し浮いていた。


 誰かが、合図の声を上げた。


 


 最初に動いたのは、グンナルさんだった。


 踏み込んだ、と思ったときには、もう木剣が振り下ろされていた。


 乾いた、硬い音。


 ハルヴァルドさんが剣で受ける。動きは全く見えなかった。


 グンナルさんは止まらなかった。上から、横から、斜め下から。木剣が、角度を変えて、何度も、何度も打ち込まれる。音が連なって、一つの長い音みたいに聞こえる。


 木剣なのに、音が怖い。

 あれが当たったら、骨くらい簡単に折れる気がする。


 ハルヴァルドさんの動きは最小限だ。


 足の位置、身体の向きが、ほんの少し変わるだけ。木剣は最小限の幅で動いて、グンナルさんの打ち込みを一つずつ受けて、逸らしていく。


 グンナルさんが、すっと横へ回り込んだ。

 ハルヴァルドさんの身体が、それに合わせて向きを変える。


 そして、一瞬だけ。

 グンナルさんが打ち込んだ木剣を、ハルヴァルドさんが下から跳ね上げた。グンナルさんの重心が、ほんのわずかに浮く。


 そこへ、ハルヴァルドさんの木剣がまっすぐに伸びた。

 周りの兵士たちが、一斉に息を呑んだ。


 グンナルさんは、身体を捻ってそれを躱した。躱しながら、もう次の一撃を放っている。



 おお、とどよめきが上がった。


 グンナルさんが攻めて、ハルヴァルドさんが受ける。受けて、受けて、受けて、ほんの一瞬の隙にだけ、鋭く返す。返されたグンナルさんが、それを躱すか受けるかして、また攻める。


 歓声が上がるたびに、何かがあったのだと分かる。兵士たちの声が、だんだん大きくなっていく。「隊長!」という声に混じって、「今の見たか」「受けたぞ、あれを」という声も聞こえる。



 どちらも、ものすごく強い。



 グンナルさんが、一歩、大きく下がった。

 ハルヴァルドさんも、構えを崩さないまま、動かない。

 二人とも、肩で息をしていた。

 訓練場が、しんと静まり返った。


 次で決まる、となんとなく分かった。

 周りの兵士たちも固唾をのむ。



 次の瞬間、グンナルさんが踏み込んだ。


 今日一番の、深い踏み込みだった。


 ハルヴァルドさんも、同時に前に出た。


 二本の木剣が交差して――


 鈍い音が、二つ、ほとんど重なって聞こえた。


 二人が、止まった。


 グンナルさんの木剣が、ハルヴァルドさんの脇腹に。


 ハルヴァルドさんの木剣が、グンナルさんの肩口に。


 どちらも、入っている。

 誰も声を出さなかった。


 ハルヴァルドさんが、ゆっくりと自分の脇腹を見下ろした。それから、グンナルさんの肩に当たった自分の木剣を見た。


「……お前の方が深いか」


 ぽつりと言った。


 グンナルさんが、にやりと笑った。

「一本ということでいいか?」


「仕方あるまい」

 ハルヴァルドさんが木剣を下ろした、その途端だった。


 訓練場が、爆発したみたいに沸いた。


「隊長!」


「やった!」


「守護騎士から一本取ったぞ!」


 兵士たちが、口々に叫びながらグンナルさんの周りに押し寄せる。肩を叩く人、拳を突き上げる人、なぜか隣の兵士と抱き合っている人。


 その輪の外側で、若い兵士が二、三人、ぽかんとした顔でハルヴァルドさんのほうを見ていた。


「……いや、最後の返し、見たか?」


「見た。隊長の踏み込みに、真正面から合わせてた」


「あれが、王女殿下の守護騎士か……」


 一人が、自分の木剣を握り直して、ハルヴァルドさんの構えを真似するように、身体を斜めにしてみていた。全然様になっていなかったけれど、目が輝いていた。


 


 しばらくして、輪が少し落ち着いた。


 グンナルさんは、兵士たちに囲まれたまま、一人ひとりに声をかけていた。


「隊長、最後のあれ、どうやったんです?」


「それを真似する前に、お前は足を動かせ。打ち込みの途中で足が止まるから、毎回返される」


「うっ」


「お前は手首。さっきの打ち合いで捻っていただろう。後で薬師に見せておけ」


「え、なんで分かったんですか」


「隠すならもっと上手く隠せ。……それから、そこで座り込んでる奴ら。見物は終わりだ。続きを始めろ」


 座り込んでいた兵士たちが、慌てて立ち上がる。笑い声が上がる。

 階級の違いは、たぶんちゃんとある。でも、距離が近い。兵士たちは隊長を怖がっていない。怖がっていないのに、言われたことにはすぐ従う。


 この人、ずいぶん好かれているんだな。

 隣を見ると、ハルヴァルドさんが上着を拾い上げていた。脇腹のあたりを、少しだけ押さえている。

「大丈夫ですか?」


「問題ない」

 いつも通りの答えだった。


 それから、ハルヴァルドさんは、兵士に囲まれているグンナルさんのほうを見た。

「あいつは、昔からああだった」


 ぽつりと、そう言った。

「騎士学校の頃から、あいつの周りには人が集まった。誰かが困っていれば首を突っ込む。昔から変わらんな」


「ハルヴァルドさんも、ですか?」

 ハルヴァルドさんは、少しだけ黙った。


「……酒場に連れていかれたのは、一度や二度ではない」

 それは、たぶん、そういうことなのだろう。


 思わず笑いそうになって、こらえた。

「おい、ハルヴァルド」


 兵士たちの輪の中から、グンナルさんがこちらに顔を向けた。


 どうやら、聞こえていたらしい。


「なんだ?俺の悪口か?」


「事実を言っただけだ」


「そうか。なら、俺も事実を言っておいてやる」

 グンナルさんは、木剣を肩に担いで、にやりと笑った。


「この都市を守るためなら、お前にだって負けないぞ」

 ハルヴァルドさんは、表情を変えなかった。


「今日は一本取られただけだ」


「一本は一本だ」


「次は盾を持つ」


「盾を持ったお前とやるほど、俺は馬鹿じゃない」

 グンナルさんが笑い、周りの兵士たちも笑った。


 ハルヴァルドさんは、ふん、と鼻を鳴らしただけだった。でもその顔は、さっきアルヴァスさんの前で脛を蹴られたときより、ずっと機嫌がよさそうに見えた。


 


 私は、柵にもたれて、訓練場を眺めていた。

 木剣の音。号令。笑い声。誰かが誰かを呼ぶ声。


 ここにいる人たちは、この街を守るために、毎日こうして木剣を振っているのだ。

 休日の過ごし方としては、たぶん、悪くなかった。


 そう思ったところで、館のほうから、聞き覚えのある声が風に乗って聞こえてきた。


「――グンナル殿! 殿下はトーコを呼んでいないそうだぞ!」

 

 グンナルさんが、ちらりとこちらを見た。


 それから、何も言わずに、兵士たちの輪の一番奥を、顎で示してくれた。

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