表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プロジェクト・アマテラス《三貴機神再生計画》  作者: 狐月華
7.楽園の再生《パラダイス・リ=バース》
PR
92/96

第91話 未来へ続く道

 さらに三日が過ぎ、十日目の朝を迎えた。


 雲ひとつないオアフ島の空は、かつての激戦が嘘のように青く澄み渡っていた。 その青空を切り裂くように、一機の輸送機がパールハーバー・ヒッカム統合基地へと進入してくる。

 白い機体の尾翼には鮮やかな()()()が描かれていた。


 日本から飛来した航空自衛隊の輸送機である。


 キーンという高い金属音を残しながら機体が滑走路へ接地する。やがて逆噴射の轟音とともに減速した機体は、誘導路を経て所定位置で停止した。しばらくして機体側面のハッチが開き、ゆっくりとタラップが降ろされる。


 ハワイの強い日差しの中、その姿を現したのは与島基地司令――小田桐だった。軍服姿のままタラップを降りるその表情は硬い。


 オアフ島奪還作戦は成功した。だが、それで全てが終わったわけではない。

 小田桐は、与島基地の最高責任者という立場のみでなく、日本の対カルナ戦線を代表する指揮官として多くの役割と責任を背負い、この島へ降り立っていた。


 そして何より――

 他国の戦場で命を落とした部下、佐伯慎一への弔意を示すため。小田桐はその思いを胸に、この島を訪れていた。


 タラップの下では、パールハーバー・ヒッカム統合基地司令官をはじめとする米軍関係者と、ハワイ州知事、さらにアメリカ政府を代表して派遣された特別代表一行が到着を待っていた。


 知事や政府特別代表の周囲には、黒いスーツに身を包んだ警護要員達が配置されていた。耳元のインカムから断続的に交信が流れ、鋭い視線が絶えず周囲を警戒している。


 確かにカルナの脅威は去った。それでも島から緊張が完全に消えたわけではない。その厳重な警備体制は、オアフ島がまだ復興の途上にあることを静かに物語っていた。


 小田桐が地面に足を下ろすと、まずパールハーバー・ヒッカム統合基地司令官が一歩前へ進み出た。

 鋭く伸びた右手が額へ運ばれる。米軍を代表する敬礼だった。

 それに続いてハワイ州知事、そしてアメリカから派遣された特別代表が順に小田桐を出迎える。


 その敬礼は、同盟国の司令官に対する礼儀であると同時に、オアフ島奪還作戦を成し遂げた指揮官への最大級の敬意でもあった。


 名目上は、日本による対カルナ技術の提供と支援協力から始まった計画だった。しかし、共に血を流し、共に戦った今となっては、その関係を単なる技術提携や同盟関係という言葉だけで語ることはできなかった。


 その日の午後、基地内の特設会場において、日米共同の公式セレモニーと記者会見が執り行われた。


 その状況はハワイのみならず、アメリカ、日本両国へ歴史的な瞬間として生中継されていた。

 ヒッカム基地のミーティングルームでは、ヴァンガード隊の面々とノア、藤原博士、そしてジョディが、ただ静かにその映像を見つめていた。


 まず壇上に立ったハワイ州知事は、カルナ・ドーム跡地を慰霊公園として整備し、ワイアナエ研究所を住民向けの生活支援施設として再生・無償開放することを、公式の場で力強く宣言した。それは長く放置されてきた地域の問題と向き合い、未来へ進むための第一歩だった。


 続いてマイクの前に立ったパールハーバー・ヒッカム統合基地司令官は、先祖から受け継いだ土地(アイナ)家族オハナを守るため最後まで戦い抜いたカレオの名を挙げ、その勇気と献身を称えた。


 続いてマイクの前に立ったアメリカ政府を代表して派遣された特別代表は、アメリカ大統領のメッセージを代読する形で演説を行った。


 特別代表は、オアフ島奪還作戦において命を落とした佐伯慎一と、最後まで戦い抜いたヴァンガード隊の功績に深い敬意を表した。そして、今後も日米両国が緊密に連携し、カルナの脅威に立ち向かっていく方針を明らかにした。


 その余韻が静かに収まった後、最後に日本代表として小田桐基地司令がマイクの前に立った。そして、厳かな声で語りかけた。


 故郷である日本へ帰ることは叶わず、このオアフ島の大地に眠ることになった男――佐伯慎一。


 小田桐は、その名が慰霊碑の最初に刻まれることを告げた。

 それは死を称えるためではない。この島で何が起きたのかを語り継ぎ、未来を生きる者たちが決して忘れてはならない犠牲の証として残されるのだと、小田桐が世界へ向けて語った。

 やがて演説が終わり、会場から大きな拍手が沸き起こった。


 しばらくして中継映像は締めくくられ、加納が無言のままリモコンへ手を伸ばした。テレビの画面が暗転する。

 それまで流れていた音が消え、ミーティングルームには重い静寂だけが残された。


 その静寂の中で、藤原博士がぽつりと口を開いた。


「ノアよ。カレオは、すまんことをしたな――ワシがカレオに相談を持ち掛けなければ、命を落とすことは無かったかも知れん」


 ノアはすぐには何も答えられなかった。


 藤原博士からワイアナエ研究所の異変について相談を受けた後、カレオは驚くほど精力的に動き回っていた。


 研究所から怪物が現れる危険性がある――そんな話は、普通なら笑い飛ばされてもおかしくない。だがカレオは疑うより先に、もし本当だった場合に何が起きるのかを考えた。そして住民を守るため、自ら各地を回った。


 所属するワイアナエ消防署だけではない。オアフ島各地の消防署や警察署へ足を運び、これから起こり得る危険について説明し、協力を求めて頭を下げ続けた。


 その真摯な姿勢は次第に人々の心を動かしていった。


 誰もが半信半疑だったはずだ。それでも彼の言葉に耳を傾けたのは、カレオが決して大袈裟な恐怖を煽ろうとしていたのではなく、ただ住民の安全だけを考えて行動していることが伝わっていたからだった。


 だからこそ、研究所からサーヴィターが出現したあの日、消防と警察は混乱に呑まれることなく動くことができた。避難誘導は迅速に行われ、各地で住民の保護が進められた。


 もちろん犠牲がなかったわけではない。

 最前線で対応に当たった消防士達の中には命を落とした者もおり、その中にはカレオ自身も含まれていた。それでも、住民の犠牲を防ぐことができたのは、彼が事前に築き上げた備えがあったからに他ならない。


 カレオが島中を駆け回り、人々に危機を訴え続けた日々は決して無駄ではなかった。その働きによって救われた命が確かにあり、それは誰にも否定できない事実だった。


 しばらくの沈黙の後、ノアが静かに口を開いた。


「そんなことはありません。藤原博士」


 穏やかな声だった。


「未来が見えていたとはいえ、僕の力だけではどうにもなりませんでした。貴方がいなかったら、僕たちはただワイアナエの住民たちに呼びかけることしかできなかったと思います」


 ノアは真っ直ぐ藤原博士を見つめる。


「貴方が対策を考え、()()()()()()()を呼んでくれたおかげで、街の被害を最小限に抑えることができました」


 そこで一度言葉を区切った。


「それに、カレオは誰かに命じられて動いたわけではありません。住民を守るために、自分自身の意思でその道を選んだんです」


 静かな声だったが、その言葉には確かな強さがあった。


「それは明らかな事実です。僕たちは心から感謝しているんです。僕も、この街の住人達も――そしてもちろん、カレオも」


 藤原博士は何も答えなかった。ただ深く刻まれた皺の奥で、その目がわずかに伏せられる。

 その横でジョディも小さく頷いた。


「そうですよ。ドクター・フジワラ」


 明るさを取り戻そうとするような口調だった。


「おまけに私の()()()()の世話までしてもらえるなんて、感謝してもし切れません」


 その言葉に、室内の空気が少しだけ和らいだ。


 ワイアナエ研究所には、トニーやジョディをはじめ、研究員でありながら軍属でもあった者達が何人か所属していた。

 研究所閉鎖後の処遇については既に調整が進められており、ジョディ達の多くはパールハーバー・ヒッカム統合基地へ新設されるスサノヲ部隊へ編入されることが決まっていた。


 ストライク・イーグルに加え、スサノヲ三機によって編成されるその部隊は、オアフ島周辺に残存するカルナへの即応戦力としてだけでなく、太平洋方面におけるスサノヲ運用の拠点としての役割も担うことになる。


 近年、日本では対カルナ戦のみならず、大規模自然災害や事故現場における救助活動、危険区域での作業支援など、スサノヲの活用範囲が急速に広がりつつあった。パールハーバー・ヒッカム統合基地の新部隊もまた、そうした運用を見据えて編成される予定であり、彼らは引き続き最前線でその任務に携わることになっていた。


 もっとも、その全員が同じ道を選んだわけではない。ワイアナエ研究所の施設長を務めていたトニーは、その中には含まれていなかった。


 元々は大学教授だった彼は、軍から請われる形でワイアナエ研究所の施設長に就任していた。トニーは今回の一件について責任を問われることはなかったものの、研究所の閉鎖によってその職を失ったことに変わりはない。

 藤原博士は彼に対し、島根第一研究所へ移りカルナについて改めて学ぶ道も提示していた。だがトニーは、その提案を受け入れなかった。


 彼は、その理由を多くは語らなかったが、長年第一線の研究者として歩んできた彼にとって、一から学び直す立場になることは容易に受け入れられるものではなかったのだろう。その胸の奥には、研究者としての矜持がなお強く残っていた。


 誰もその選択を責めることはなかった。


 しばらくして、藤原博士がノアへ視線を向けた。


「ノアよ、お前は、どうするつもりなんや?」


 静かな問いだった。


「その目の能力で、お前は未来を視ることができる。じゃが、その力をどう使うかは、お前自身が決めてええはずや」


 室内の視線が自然とノアへ集まる。

 ノアは少しだけ考えるように目を伏せ、それからゆっくりと顔を上げた。


「僕は未来を視る能力があると言っても、そんなに万能じゃありません」


 穏やかな口調で答える。


「この眼で実際に見た風景の、その未来がスポット的に見えるだけなんです。何年先の未来でも自由に視られるわけじゃありませんし、その場所のすべての将来が見えるわけでもありません」


 ノアは自分の右目へそっと手を添えた。


「それに、写真を見ただけで未来が視えるわけでもないんです。その場所へ行って、その対象を実際に見て初めて、その将来の一ページを覗くことができるだけです」


 小さく笑う。


「できることは、たかが知れているんですよ」


 決して謙遜ではない。自分の力を正しく理解したうえでの言葉だった。

 そしてノアは窓の向こうへ視線を向けた。


「僕は、この街が好きです」


 その声はどこまでも穏やかだった。


「サムライマシンが守ってくれた街です。カレオが命を懸けて守ってくれた街です」


 一度だけ言葉を区切る。


「そして、僕が生まれた街です」


 ノアは微笑んだ。


「だから僕は、この島で生きていきたいと思います。この眼で、この島の、この街の未来を見つめながら――ひっそりと」


 決意を語る声に、気負いはなかった。

 英雄になるつもりもない。預言者になるつもりもない。ただ、自分の愛する故郷の未来を見守りながら生きていきたい。

 それがノアの選んだ答えだった。


 藤原博士はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと頷いた。


「そうか」


 短い一言だった。

 だが、その声にはどこか安堵したような響きが滲んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ