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第9話 喉元へ

人類の作戦は、徹底して慎重だった。


前線に立つ兵士にとって、指揮系統は生命線である。

それは精神論ではなく、純然たる事実だ。

一つの判断遅延、一つの命令欠落が、即座に全滅へと直結する戦場である以上、“繋がっている”ことそのものが、最大の防御となる。


カルナ・サーヴィターは――

いや、小型で上空を無数に漂うカゲロウ型サーヴィターから、地中に根を張るカルナ・フロラに至るまで、カルナという存在そのものが、全個体で“会話する”ように通信を行い、情報共有と統制を維持している。


それは単なる指示伝達ではない。

状況認識、脅威評価、行動選択までもが、群全体で即座に共有される。


その強力な電波通信網の前では、人類が用いる脆弱な通信は、容易に上書きされ、かき消され、無力化されてしまう。


孤立は、人類側が最も避けねばならない状態だった。


だからこそ、人類側の鉄則は明確だった。


いかなる状況下でも、通信を切らさない。


本作戦の部隊編成は、その原則に基づいている。


前進を担うのは、本隊三隊。

それを支えるのが、サポート隊――

四基のアメノウズメと十六体のスサノヲである。


サポート隊の役目は、単純にして重い。

通信環境の構築。

そして、それを守り抜くこと。


本隊三隊は、小田桐の直接指示のもと、カルナ・サーヴィターを排除しながら進路を切り開く。

その後方で、サポート隊が交代でアンテナを敷設。

設置されたアンテナを中心に、スサノヲが展開し、警戒線を構築する。


そして――

その“生命線”を、少しずつ、確実に、カルナ・フロラへと伸ばしていく。


無理はしない。

飛び越えない。

常に“戻れる距離”を保ったまま、前進する。


それが、人類の戦い方だった。


指揮を執る小田桐の指示は、実に的確だった。


前線に展開する本隊が正面に最大規模のカルナ・フロラを捉えつつも、カルナ・サーヴィターの反応が濃くなる区域を察知すると、即座に進路修正が入る。


「そのまま進むな。右へ二百、地形の影に入れ」

「そこは囮だ。主群は左斜面の地下にいる」

「アンテナ三番、回収。四番を前進配置しろ」


指示は短く、迷いがない。

そして――一度も外れなかった。


すでに敷設したルート上にカルナ・サーヴィターの影が現れれば、それを予測していたかのように、迎撃位置へと本隊が誘導される。

新たな進路を取る際も、敵の集中点を避けるよう、自然に部隊が流されていく。


《暁》の操舵室で、小田桐は確かにすべてを見ている。

全スサノヲ、全アメノウズメ。

アンテナに取り付けられた広角カメラの映像。

センサー、地形データ、通信ログ。


だが――

それだけでは説明がつかない。


反応が出る“前”に、指示が飛ぶ。

敵が動く“兆し”の段階で、部隊配置が変わる。


まるで――

前線の状況と、カルナ・サーヴィターの動きそのものが、小田桐の視界に直接映っているかのようだった。


前線のパイロットたちは、それを言葉にはしない。

だが、全員が同じ感覚を抱いていた。


この指揮官についていけば、生きて帰れる。


それは信仰ではない。

戦場でしか生まれない、経験に裏打ちされた確信だった。


通信は、切れない。

指示は、途切れない。

そして、人類の生命線は、確実に――


カルナ・フロラの根元へと、少しずつ、だが確実に伸び続けていく……


やがて――

はっきりとその輪郭が捉えられる距離に、異様な影が浮かび上がる。


それは“植物”と呼ぶにはあまりにも歪だった。

白く乾いた世界の中で異様に浮き上がる赤黒い色をたたえ絡み合う無数の幹。

脈打つように膨張と収縮を繰り返す巨大な根塊。


地表を破り、地中深くまで食い込み、その根を伸ばす、最大規模のカルナ・フロラ。


その根元――

土砂と白砂の境界線に、黒い蠢きが見えた。


カルナ・サーヴィターが、群れとして、波のように動いている。

砂と冷気を巻き上げながら、音もなく迫っていた。


距離、十分。

肉眼での確認が可能な地点。


その瞬間だった。


本隊の全回線に、割り込むように通信が入る。

ノイズは一切ない。


《暁》――

小田桐からの、直接通信。


「……本隊、全機。小田桐だ。聞こえているな」


短い前置き。

そして、即座に本題へ入る。


「現在、カルナ・フロラ正面に約六十。反対側、我々の背後の方向に三十のカルナ・サーヴィター反応を確認している」


前線のモニターに、即座に投影される戦術図。

赤点が密集し、二方向から挟み込む配置が明確に示される。


「このまま正面突破を試みれば、確実に挟撃される。退路は断たれ、通信網も切断されるだろう」


一拍。


「――だから、こちらから打って出る」


声に、揺らぎはない。


「ヴァンガード隊。出番だ」


その一言で、空気が変わる。


アメノウズメのコクピットで、ニックが歯を見せて笑った。

藤堂は無言で、スサノヲのヘッドカメラと連動した近接戦闘用のヘッドギアを調整する。


「機動力を生かせ。ヴァンガード隊のみ、三十のサーヴィター群へ向かえ。直ちに殲滅する」


戦術図上、右翼側の赤点が強調表示される。


「この先の作戦区域は、通信が届かない」


わずかに声の調子が変わる。


「突入後の判断と指示は――

アメノウズメパイロット、佐伯。お前に一任する」


一瞬の静寂。


だが、それは不安ではなかった。

前線の誰もが、その名前に異を唱えなかった。


「状況判断、部隊運用、撤退判断も含め、現場裁量で動け。

通信が戻り次第、こちらが引き継ぐ」


短く、だが重い一言が続く。


「他の二隊は防御を固めろ。通信アンテナを中心に円陣を組め。

前線は押し上げるが、深入りはするな。ヴァンガード隊の帰還を待つ」


次いで、間髪入れずに続く。


「ヴァンガード隊、殲滅後は即時反転。三隊合流地点は――」


座標が送られる。


「揃ったところで、改めて攻勢に出る」


そして、最後に。


「――喉元だ。

地獄の入り口に、侵入せよ」


通信が切れる。


一瞬の静寂。


次の瞬間――

ヴァンガード隊のスサノヲとアメノウズメが、同時に加速した。


白砂を蹴り、低い姿勢のまま疾走する重装車両。

乾いた砂が鋭く跳ね、機体表面を叩いた。


通信は、すでに途絶えている。

それでも隊列は崩れず、一定の速度のまま、前進を続けた。


計器の針だけが、時間の経過を刻んでいく。

コクピット内には、エンジンの駆動音とクローラーが砂を噛む振動だけが満ちていた。


やがて――

それに呼応するように、随伴するスサノヲが前へ出る。


「行くぞ!」


佐伯の声が、短く響く。


「おっしゃー、やったるでー!」


ニックの咆哮と同時に、ジョーカーが一気に前へ躍り出た。


砂地を抉るように跳躍し、五体の巨大な蟻型カルナ・サーヴィターの群れへ、真正面から突入する。

無謀に見える突撃――だが、その動きに一切の無駄はなかった。


左右へ、上へ、そして死角へ。

ジョーカーは翻るように機体を滑らせ、蟻たちの注意を一点に引き付ける。


次の瞬間。

一体目の首元――装甲の継ぎ目。


短剣が、正確無比に突き立てられた。


——ズブリ。


体液が噴き出し、巨体が沈む。


残る蟻型サーヴィターの視線は、完全にジョーカーへと吸い寄せられていた。


砂煙を巻き上げ、跳躍と急制動を繰り返す機体を追い、群れは無意識のうちに向きを揃える。


脅威は一つ――

そう誤認した瞬間、側面と背後が、無防備にさらされた。


その一瞬の隙を、藤堂は逃さない。


「——遅い」


低く呟くと同時に、藤堂の長刀が大きく弧を描いた。


二体。

まとめて同時に。


蟻型サーヴィターの胴体が、漆黒の甲殻ごと真横に薙ぎ払われる。

切断面が赤黒く弾け、上半身と下半身が時間差で崩れ落ちた。


残る二体が、ようやく異変を理解したかのように脚を広げる。


だが――


「前衛、右側。二体、抜けてる!」


アメノウズメに張り付いた美桜の声が、即座に響いた。


警告は一瞬早い。


その進路上、数歩前へと出ていたストライク・イーグルが、迷いなく踏み込む。


サーベルが閃き、一体の関節部を正確に断ち切る。


反撃の間も与えず、もう一体。

突進してきた蟻の頭部を、横薙ぎに叩き落とした。


その背後では、キルシュが一歩も退かずに位置を維持している。

大型の盾を構え、死角を潰しながら、必要とあらば即座に援護に入れる距離。


「後方、クリア。続行できます」


短く、落ち着いた報告。


佐伯の声が、間髪入れずに飛んだ。


「ヴァンガード隊、次は二時の方向だ。反応は七体――一気に行くぞ」


即座に、各機の視界がそちらへ切り替わる。


藤堂のサイクロプスのメインカメラに、敵影が捉えられた。

白化した地面を割るように現れる六体の蟻型サーヴィター。

そして――その奥。


一体だけ、明らかに異質な影があった。


蟻型よりも頭二つ分は大きい。


細長い胴体に、異様に発達した前腕。

鎌のように湾曲した刃状構造が、鈍く光を反射している。


そして、その上に載る頭部は――

不自然なまでに大きく、扁平な三角形をしていた。


正面から左右へ、弧を描くように五つの眼が並んでいる。

個別に焦点を合わせるそれらは、周囲を“見る”ためではなく、距離・速度・装甲厚を同時に測定するための配置に見えた。


その下で、大顎がわずかに開閉する。

噛み砕くための歯ではない。

噛み付くためですらない。


顎の奥――

暗い喉部には、粘性の高い液体が脈動していた。


対象を固定し、内部へと流し込み、装甲も構造材も区別なく侵し、砕き、溶かすための器官。


捕食ではない。

殲滅のためだけに最適化された構造だった。


噛みつくためではない。

掴むためでもない。


ただ――

切り裂き、破壊し、機体を“無力化する”ためだけに進化した形。


「……厄介なお客さんがおるみたいやな」


ニックが、わずかに声の調子を落とす。


「遠慮してほしいわ、ほんまに」


一瞬の沈黙。

それを破ったのは、藤堂だった。


「蟷螂型か……」


視線を外さず、静かに続ける。


「ニック。あいつは俺のサイクロプスに任せてくれ。蟻は任せる」


返事を待つ間もない。


言うが早いか、サイクロプスは地を蹴った。

凍りついた砂が砕け、白い破片が弾け飛んだ。

【技術資料:蟷螂型サーヴィター】


蟷螂型サーヴィターは、カルナ落下事件以降に確認されたカルナ・サーヴィター群の中でも、中核的戦闘能力を担う高機動個体として位置づけられている。

出現頻度は蟻型サーヴィターほど高くはないが、一定以上の侵攻段階に達した地域において確認される例が多く、特に人類側の抵抗が顕著な戦域での活動が報告されている。

その存在は、単純な個体数による圧迫ではなく、局所的な戦闘能力の質的上昇をもたらす要因として注目されている。


単独での行動が確認される場合もあるが、蟻型サーヴィターの群体周辺に出現する傾向が強い。

明確な指揮関係は確認されていないものの、蟻型の行動圏に沿うように活動する事例が多く、戦闘接触時に同時出現する傾向が指摘されている。

この特性により、蟻型サーヴィターとの接触経験しか持たない部隊が初遭遇した場合、対処が遅れる傾向が指摘されている。

特に新規投入部隊や実戦経験の浅い要員にとっては脅威度が高く、短時間で部隊機動を封じられ、致命的な被害を受ける可能性がある。


全長:約10メートル

重量:約15トン


頭部は三角形状を呈し、触角に相当する器官は存在しない。

その前面には五つの眼が直線状に配置されており、蟻型サーヴィターと同様の特異な視覚構造を有すると考えられるが、詳細な解析には至っていない。


顎部は蟻型と同様に強靭であり、近接距離において高い破壊力を発揮する。

さらに、口腔に相当する内部には高腐食性の体内酸を放出・注入する器官が存在し、対象の装甲や内部構造を短時間で侵食・破壊する能力が確認されている。

特に拘束状態の対象に対して酸を流し込む行動が多く、機動兵器の機能停止を狙う傾向が顕著である。


蟻型と同様に外殻は漆黒の表面を持ち、キチン質とも金属とも断定できない未知物質によって構成される。

甲殻の防御性能は蟻型と同様に、重火器による損傷は限定的である。

一方で、体躯は細長く、関節部の可動域が極めて広い構造となっている。

関節の隙間からはカルナ筋束が露出しており、急激な運動時には赤色発光が強く観測される。

この現象は高出力状態におけるエネルギー伝達を示すものと考えられている。


機動性は極めて高く、既存のカルナ・サーヴィターの中でも特に俊敏な挙動を示す。

静止状態からの加速、方向転換、跳躍運動はいずれも人類側の想定を大きく上回り、短距離においては視認が困難な速度に達することがある。

その戦闘様式は、瞬時の接近による拘束を重視しており、特に機動兵器に対して有効な行動を選択する傾向が確認されている。

スサノヲに対しては関節部や可動部を狙い、動作を封じたうえで体内酸を注入し、戦闘能力を段階的に奪う行動が報告されている。


蟷螂型サーヴィターは、数による制圧を担う蟻型とは異なり、戦闘局面において主導的な役割を果たす個体として認識されている。

その高機動性と精密な拘束能力は、人類側の戦術行動を著しく制限し、防衛線の維持および機動戦力の運用に対して重大な制約を与える。

このため、遭遇時には速やかな情報共有と重点的な排除が推奨されている。

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