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第8話 入口に立つ

蟻型サーヴィターの五眼に光が失われ、完全に沈黙したことを確認すると、サイクロプスが一度だけ周囲を見渡し、ストライク・イーグルとキルシュへ短い合図を送った。


二機は即座に反応する。


ストライク・イーグルが振り返り、《暁》の方角へと腕を掲げた。

掌を開き、次いで前方へと押し出す――定められた手順のハンドサイン。


前方安全。

作業継続。

追加フロートユニット、投入可。


その合図を、艦尾区画の作業班が即座に受け取る。


ストライク・イーグルとキルシュは、橋の先端からそのまま海へ降下した。

水柱が立つが、着水は制御されている。

ひざ元まで刺すように冷たい海水に浸かり、即座に姿勢を安定させた。


ほどなくして、敷設作業に従事していた二体のスサノヲが、再び姿を現す。

両端をそれぞれの機体に抱え込まれているのは、未展開のフロートユニットだった。


二機は橋の縁へと進み、躊躇なくそれを投じた。


ロール状の浮体が海水に落ち、鈍い水音を立てる。

その直後、内部の拘束が解かれ、先端がゆっくりとほどけていく。


浮体は水面を滑るように伸び、そのまま――陸へと届いた。


霜を含んだように乾いた白砂の海岸線。

崩れかけた岸壁の基部に、浮体の先端が確かに触れる。


ストライク・イーグルとキルシュが素早く接近し、展開された固定具を岸壁の残存構造へと打ち込んでいく。


——ガチン。

——ガチン。


金属音が重なり、浮体は完全に固定された。

冷たい空気の中で音は鋭く響き、すぐに吸い込まれるように消えていく。


《暁》から陸へと至る、一本の橋。

人類のための上陸路が、ここに完成した。


サイクロプスとジョーカーは、わずかに距離を取り、前方警戒の位置へ移動する。

橋の先端では、ストライク・イーグルとキルシュが並び立ち、海水銃を構えたまま周囲を睨んでいた。


次の瞬間。


橋の向こう側から、低く重厚な駆動音が近づいてくる。


アメノウズメ——

ヴァンガード隊の車両が、ゆっくりと橋を渡ってきた。

白化した大地へ、最初に踏み込む人類側の重装備だ。


「たった蟻さん七匹だけかい。相手にならんな」


軽口を叩いたのは、ニックだった。


軽口とは裏腹に、車内の空気は張りつめていた。

即座に、別の声が重なる。


「ニック、油断するな。死角から不意に出現するかもしれん」


藤堂の声は低く、警戒を緩めていない。


アメノウズメが岸に到達し、安定姿勢を取る。

その動きを確認すると、ストライク・イーグルとキルシュはハッチ開放の指示を送った。


直後、船体後部の装甲が低い駆動音とともに開き、武器収納用のハッチが開く。


二機は海水銃をその内部へと戻し、代わりに次の装備を選び取った。


ストライク・イーグルは、サーベルと小型のシールドを展開する。

機動と攻守のバランスを重視した、スサノヲの基本兵装。


一方、キルシュは小ぶりの剣と大型の盾を構えた。

防御を最優先とした構成。

味方を守るための、前に出ない武装だ。


ヴァンガード隊の四機のスサノヲは、橋の出口から少し距離を取り、海を背にアメノウズメを護るように展開して待機した。


前方は白化した内陸、背後は黒く静かな海。

乾いた風が、海面の泡を細かく崩しながら流れていく。


逃げ場を断つような配置ではあるが、それは同時に――ここが死守すべき“入口”であることを示していた。


サイクロプスが中央に立ち、長刀を肩口で静止させる。

ジョーカーは左翼、瓦礫と砂丘の陰を警戒。

ストライク・イーグルとキルシュは右翼寄りに位置取り、橋と車両を同時に視界へ収めていた。


その背後で、動きが加速する。


橋の上を、次々と影が渡ってくる。

後続の本隊――スサノヲ。

それに続く、二両目、三両目のアメノウズメ。


重量級の脚部がフロートを叩き、振動が連なって海岸へと伝わる。

凍りつくような空気の中、その振動だけが異様に鮮明だった。

だが橋は沈まない。


設計通り、想定通り。

人と機械を通すための道は、役目を果たしていた。


一機、また一機。

上陸したスサノヲは、事前に定められた待機点へと散開し、即座に警戒姿勢へ移行する。

アメノウズメも同様だ。

車体を低く保ち、主砲を封じたまま、全周センサーを最大感度へ引き上げる。


やがて――

三隊分の戦力が揃った。


アメノウズメ三機。

スサノヲ十二機。


白化した海岸線に、人類側の戦闘単位が、初めて“まとまった形”で展開する。

冷え切った大地に、機械の熱だけが異物のように浮かび上がっていた。


その瞬間だった。

風が一瞬だけ弱まり、海と砂の匂いが濃くなる。


全アメノウズメのメインモニターに、同時に通信回線が開かれる。

ノイズのない、明瞭な接続音。


画面に映し出されたのは――

《暁》操舵室。

そして、その中央に立つ、一人の男。


小田桐基地司令だった。


一瞬、車内が静まり返る。

外気に触れていた装甲の冷却音だけが、かすかに残響していた。


「……司令?」


誰かが、思わず漏らした声。

それは驚きであり、確認でもあった。


基地司令が、ここにいる。

《暁》に乗艦し、この作戦を直接指揮している。


その事実は、事前には知らされていなかった。


パイロットたちが息を呑む。

軽口を叩いていたニックでさえ、言葉を失っていた。

背筋に、自然と力が入る。


これはただの上陸作戦ではない。

基地司令自らが最前線に立つほどの――

人類にとって、決して失敗の許されない任務だ。


小田桐が、静かに口を開いた。


「カルナ・フロラは、地中に張り巡らされた“根”から養分を吸い上げ、生物の遺伝子情報を回収する」


操舵室の照明に照らされたその表情は、感情を抑えたまま、しかし一点も揺れていない。


「その結果として、より進化したカルナ・サーヴィターが生み出される。

そして――カルナ・サーヴィターが酸を補給しに戻る先もまた、地中の根の一部だ」


一拍置き、小田桐は視線を上げる。


「奴らが地中の穴から現れること。

それ自体が、根と地上戦力が直結している証拠だ。

そこまでは、容易に想像がつく」


操舵室の背後で、海図とセンサーデータが静かに更新されていく。

だが誰一人として、そちらに意識を向けてはいなかった。


小田桐が、続ける。


「しかし――だ」


声が、わずかに低くなる。


「それらは、あくまで予測に過ぎない。

我々が実際に確認し、得た“事実”ではない」


全員が、無言のまま画面を見つめる。

手袋越しでも指先の感覚が鈍るほどの低温が、逆に集中を研ぎ澄ませていた。


「カルナ・フロラには、まだ未知の部分が多い。

小型の個体は無数に増殖し、カルナ・サーヴィターもまた、爆発的な増加傾向を示している」


その言葉は、状況説明であると同時に、警告だった。


「このまま放置すれば、いずれ制御不能になる。

我々は――何としても、それを食い止めねばならない」


短い沈黙。


「本作戦は、そのための第一歩だ」


小田桐は、はっきりと言い切った。


「敵の喉元。

最大規模のカルナ・フロラ――

その“根本”へ侵入し、現状を確認する」


「構造、活動状況、資源循環。

そして、可能であれば――

糸口となる情報、あるいは物資を持ち帰る」


画面越しに、司令の視線が、一人ひとりを射抜く。


「したがって、本任務の目的は“殲滅”ではない。

――“帰還”だ」


一瞬、言葉が切られる。


「重ねて言おう。

帰還して、初めてこの任務は成立する」


その声には、命令以上の重みがあった。


「各員、自分の役割を理解しろ。無理はするな。

判断に迷ったら、生き延びる選択を優先しろ」


最後に、小田桐は静かに告げた。


「――必ず、戻ってこい。以上だ」


通信が切れる。


モニターが通常表示へと戻る中、白化した海岸線に展開するスサノヲとアメノウズメは、無言のまま、それぞれの前方を見据えていた。


敵の中枢へ踏み込むという現実。

そして、何よりも――

“帰る”という命令。


その二つを胸に刻み、人類の部隊は、ゆっくりと内陸へと歩みを進め始めた。

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