第77話 裂ける巨躯
次の瞬間――百足型サーヴィターの巨体が爆発的に弾ける。無数の脚がアスファルトを砕きながら地面を蹴り潰し、赤黒い巨体が白煙を突き破ってユグドラシルへ一直線に襲い掛かった。
「っ――!」
速い。
大樹の背筋を悪寒が駆け抜ける。
加納によって間合いを支配され続けていたはずの巨体が、まるで別物のような速度で迫っていた。
ユグドラシルの操縦桿を大樹が咄嗟に引く。
だが、一瞬だけ遅れた。
回避は間に合わない。
「くそっ……!」
ユグドラシルが咄嗟に大盾を前方へ構える。
直後――。
ガギィィィンッ!!
百足型サーヴィターの大顎が盾へ激突した。
凄まじい衝撃。
ユグドラシルの巨体が後方へ押し込まれる。だが、それだけでは終わらない。
津波のような質量そのものが、そのまま突っ込んできた。
「うあぁぁぁっ!!」
赤黒い巨体がユグドラシルへ乗り上げる。
無数の脚が装甲を擦り、火花を撒き散らしながら機体の上を通過していく。鈍い衝撃が連続してコックピットを叩き、大樹の身体が激しく揺さぶられた。
警告音が絶叫する。
ユグドラシルの両腕へ凄まじい負荷が集中していた。
盾を支えるフレーム出力が限界域へ跳ね上がる。インジケータが赤く点滅し、関節部の駆動音が悲鳴のように軋んだ。
それでも、大樹は踏み止まる。
押し潰されれば終わる。
ここで崩れれば、百足型サーヴィターはそのままユグドラシルを噛み砕く。
「ぐっ……ぅぅぅっ……!!」
「大樹くん、堪えてくれ!」
藤堂の声がアメノウズメの車内に響いた。
その瞬間、サイクロプスが加速する。
白煙を切り裂きながら、サイクロプスがユグドラシルの後方へ滑り込んだ。
大盾によって僅かに持ち上げられていた百足型サーヴィターの腹部。その下に生まれた一瞬の隙間へ、サイクロプスが強引に機体をねじ込む。
藤堂の視線が鋭く細まった。両手で長刀を構える。
「っ――!」
次の瞬間、サイクロプスが機体全身の駆動力を叩き込み、長刀を一気に押し上げた。
ガギィィィィンッ!!
火花が爆ぜる。
腹側――百足型サーヴィターの甲殻において唯一、比較的柔らかいはずの部位。だが、その巨体は圧倒的だった。重戦車級の質量と突進速度、そのすべてを乗せた巨体が、長刀ごとサイクロプスを押し返していく。
長刀の刃が軋む。サイクロプスの両腕が弾かれ、機体フレームへ凄まじい反動が叩き返された。
「くっ――」
藤堂の苦鳴が漏れる。
そのときだった。
サイクロプスのアイカメラ越しの映像に、横から白い装甲が浮き上がる腕が映り込む。長刀を支えるサイクロプスの両腕。その外側へ、もう一対の手が静かに添えられた。
ストライク・イーグルだ。いつの間にか加納機が隣へ並んでいた。
赤熱した路面を踏み締めながら、ストライク・イーグルが両腕で長刀の峰を押さえ込む。
加納の低い声が車内に落ちた。
「藤堂――行くぞ」
ストライク・イーグルとサイクロプスの駆動音が同時に唸りを上げる。
「……三」
加納の声。
「二……」
藤堂の声が重なる。
長刀の切っ先が、僅かに持ち上がる。百足型サーヴィターの腹甲が軋み、赤黒い装甲の継ぎ目から火花が散った。
そして――
「「一ッ!!」」
張り詰めた空気の中、藤堂と加納の呼吸がぴたりと重なる。極限まで研ぎ澄まされた意識が、一瞬だけ完全に同期した。
「「零ッ!!」」
二機の駆動系が限界警告を無視するように唸りを上げる。押し上げられた長刀が、百足型サーヴィターの腹部へ一気に突き込まれた。
ズガァァァァッ!!
赤黒い甲殻が内側から引き裂かれた。長刀の切っ先が肉と装甲を貫き、そのまま深々と巨体の内部へ吸い込まれていく。
止まらない。
サイクロプスとストライク・イーグル、二機の出力が重なり合う。押し返そうとしていた百足型サーヴィターの勢いを、今度は逆に長刀が押し割っていった。
「「うぉぉぉぉぉッ!!」」
藤堂と加納の咆哮が重なる。
そして――鍔元まで、完全に沈み込んだ。
次の瞬間、百足型サーヴィターの腹部が大きく裂けた。
ドバァッ!!
赤黒い粘液が爆発的に噴き上がる。腐食性の体液が周囲へ降り注ぎ、焼けた路面と瓦礫を激しく焼いていった。
腹部を長刀に深々と裂かれながらも、百足型サーヴィターの巨体はなお前進を続ける。
慣性を残した巨体が、二機を押し潰さんばかりの勢いで頭上を通過していく。長大な胴体が激しく波打ち、無数の脚が狂ったように地面を掻いた。
暴走する巨体の質量が長刀へ圧し掛かる。
二機のスサノヲは、踏み止まらなければそのまま弾き飛ばされかねなかった。
ゴギギギギギッ――!!
裂けた腹部から赤黒い粘液を噴き散らしながら、なお巨体が前へ進もうとする。長刀の刀身が悲鳴のような振動を上げ、押し上げている二機の腕部へ凄まじい負荷が叩き込まれた。
サイクロプスとストライク・イーグルの脚部が焼けた路面へ深く沈み込む。
「ぐっ……!!」
藤堂が歯を食いしばる。百足型サーヴィターの重量が、そのまま二機へ圧し掛かっていた。
押し返されれば、長刀ごと弾き飛ばされる。
だが――。
「まだだ……!」
加納の低い声が響く。
二機のスサノヲが、完全に踏み止まった。サイクロプスとストライク・イーグルの駆動系が唸りを上げる。押し込まれながらも、二機は決して長刀を離さない。
そして――。
長大な赤黒い巨体が、ついに最後尾まで二機の横を通過した。
ズルゥゥッ――。
裂けた腹部から赤黒い粘液を噴き散らしながら、なお巨体の勢いだけが止まらず前方へ滑り続ける。
赤黒い粘液が焼けたアスファルトへ帯状に引き延ばされ、砕けた瓦礫を巻き込みながら白煙を噴き上げた。
やがて、その巨体が不自然に揺れながら停止する。無数の脚が痙攣するように蠢き、砕けた路面を掻き毟った。
そして、百足型サーヴィターが身体をくねらせようとした瞬間――。
裂けた。
半ばまで断ち割られていた胴体が、大きく左右へ開いていく。百足型サーヴィターの無数の脚が必死に地面を掴もうとする。だが、裂けた身体ではその巨体の質量を支え切れない。脚先が空転し、砕けたアスファルトを無秩序に引っ掻くだけだった。
ゴギャ……ギ、ギギッ――。
巨体は、もはや立ち上がることすらできなかった。
焼け焦げたアスファルトの上で、百足型サーヴィターは潰れた胴体を痙攣させるように蠢いている。節くれだった長大な身体が瓦礫を擦るたび、不快な金属音と粘ついた摩擦音が周囲へ広がった。爆炎で焼かれた赤黒い甲殻の隙間からは白煙が立ち昇り、砕けた脚が意味もなく空を掻き続けている。
大樹はユグドラシルをゆっくりと前進させた。
重い駆動音を響かせながら近づいてくる鋼の巨体へ、百足型サーヴィターの五つの眼がぎょろりと動く。濁った光を宿した視線はなお執拗にユグドラシルを追い続け、砕けた頭部の隙間からは濁った体液が糸を引くように垂れていた。
百足型サーヴィターの大顎が持ち上がる。だが、その動きには先ほどまでの凶暴さはない。
ガギ……ギッ――。
ひび割れた牙同士が虚しく擦れ合い、鈍く濁った音だけが響いた。獲物へ喰らい付こうとする本能だけが残り、既に身体はその命令に応えられなくなっている。
大樹は静かにコンソールへ指を滑らせる。操作に応じ、ユグドラシルの銃槍内部で機構が低く唸った。
カシャン――。
硬質な作動音が響く。
銃槍内部で弾頭機構のカートリッジが切り替わり、弾頭が時限式から通常弾頭へ切り替わった。
大樹は、百足型サーヴィターの姿を真っ直ぐ見据える。
つい先ほどまで暴れ狂っていた巨体は、今や焼け爛れた街路に這いつくばり、なおも執念だけで牙を鳴らしている。その姿に一瞬だけ目を細めると、大樹は小さく息を吐いた。
「じゃあね――安らかにお休み」
静かな声が、張り詰めていたアメノウズメの車内へ落ちる。
ユグドラシルが銃槍を大きく振りかぶった。
駆動部が低く唸りを上げ、重量級フレームの各部に走るカルナ筋束が一斉に収縮する。カルナ筋束が脈動し、膨大な駆動力が銃槍へ集中する。
狙いは微塵も揺らがない。一直線に収束した殺意が、百足型サーヴィターの頭部へ叩き込まれた。
ガァァンッ!!
百足型サーヴィターの頭部甲殻に銃槍の刃先が埋没する。その直後、大樹が引き金を引いた。
ズドォォォォンッ!!
轟音が響き渡る。
銃槍内部で炸裂した弾頭が、百足型サーヴィターの頭部を内側から一気に吹き飛ばした。
五つの眼球が破裂し、赤黒い甲殻が砕け散る。粘液と肉片が爆風に乗って周囲へ撒き散らされ、白煙と黒煙が入り混じりながら視界を覆った。
そして――頭部を失った百足型サーヴィターの巨体が、ゆっくりと傾いていく。
無数の脚が痙攣するように跳ね、長大な胴体が瓦礫を押し潰しながら崩れ落ちた。最後に鈍い轟音が焼け爛れた街路へ響き渡り、直後、廃墟の街には重苦しい静寂だけが残された。




