第76話 間合いの支配者
焼け爛れた地面を蹴り、サイクロプスとユグドラシルが白煙の中を疾走する。
崩れたテント群の残骸が次々と後方へ流れていく。砕けたキアヴェの幹、黒焦げになったモンキーポッドの枝葉、爆炎で横転した車両――戦闘の痕跡が辺り一帯を埋め尽くしていた。
その瓦礫地帯を抜けた直後だった。前方の白煙を突き破るように、ジョーカーが姿を現す。
肩部装甲には百足型サーヴィターの牙によって刻まれた傷跡が走り、黒い装甲の各所には土煙と焼痕がこびり付いている。だが、その足取りに乱れはなかった。
ジョーカーが減速しながら並走する。
「ワイはアメノウズメの護衛に回る。百足型サーヴィターは任せたで」
ニックの声が通信へ響く。
「了解だ、ニック」
藤堂が短く応じた。
ジョーカーは片手を軽く上げるようにして進路を変える。そのまま機体を反転させ、崩壊したテント村の奥――アメノウズメの待機している方向へ加速していった。
残されたサイクロプスとユグドラシルは、そのままさらに前進する。やがて、断続的な金属音が白煙の向こうから響き始めた。
ガァンッ!!
火花が閃く。次の瞬間、巨大な赤黒い影が白煙を突き破った。百足型サーヴィターだ。
長大な胴体を波打たせながら突進するその正面で、ストライク・イーグルが鋭く身を捌いていた。
到着したサイクロプスとユグドラシルの視界へ飛び込んできたのは、弾頭敷設予定地点からわずかに離れた街路だった。
周囲の建物はすでに激しく損壊している。
コンクリート壁には巨大な裂傷が走り、吹き飛ばされた外壁材が道路へ散乱していた。何本もの電柱が途中からへし折れ、潰れた商店の屋根には百足型サーヴィターの脚痕が幾重にも刻まれている。
それだけで、この場所で何度も迎撃が繰り返されていたことが理解できた。
だが、その中心に立つストライク・イーグルの動きには、一切の乱れがない。
加納は冷静だった。百足型サーヴィターの大顎が凄まじい速度で振り下ろされる。だがストライク・イーグルは最小限の動きだけで縦盾を差し込み、真正面から衝撃を受け流した。
ガギィィンッ!!
火花が散る。
流された顎がわずかに逸れた瞬間、ストライク・イーグルが半歩だけ滑るように後退する。振り抜かれた牙は空を切り、勢い余った巨体が路面を抉った。そこへ、ストライク・イーグルのサーベルが閃く。
ズバァッ!!
鋭い斬撃が百足型サーヴィターの脚部へ深々と食い込み、数本まとめて断ち切った。赤黒い体液が噴き上がり、腐食煙が建物の壁面を焼きながら広がっていく。
だが加納は追撃に固執しない。
百足型サーヴィターが反撃へ転じるより先に、ストライク・イーグルはすでに次の回避位置へ移動していた。
盾でいなし、かわし、斬る。
その一連の流れには、一切の無駄が存在しなかった。
「……安定してる」
大樹が思わず呟く。
藤堂も静かに頷いた。
「ああ。加納は、完全に間合いを掴んでいる」
百足型サーヴィターが再び突進する。
だが、その動きを引き付けるようにストライク・イーグルが街路を後退したことで、戦線は自然と弾頭敷設予定地点から離れていた。
「今のうちだ、大樹くん」
「はい!」
ユグドラシルが銃槍を下方へ向ける。矛先が焼けた路面へ接触した瞬間、短く鋭い射出音が響いた。撃ち出された円錐形の弾頭は、アスファルトを砕きながら地中深くへ潜り込む。砕けた破片が周囲へ散り、穿たれた穴の奥へ灰色の弾頭がほとんど姿を消した。
わずかに露出した起爆ユニットの表面で、小型インジケータが淡く点滅する。待機状態への移行完了を示す、静かな光だった。タが緑色へ切り替わった。
起爆待機状態。
計画通り、弾頭の敷設は完了していた。
「加納さん、予定地点に弾頭を設置しました!」
大樹が通信へ叫ぶ。
「大樹、了解した」
加納の声は落ち着いていた。
その直後――百足型サーヴィターの大顎が、再びストライク・イーグルへ襲い掛かる。
ガァンッ!!
だがストライク・イーグルは慌てない。最小限の動作だけで盾を差し込み、真正面から衝撃を受け流す。巨体の軌道がわずかに逸れた瞬間、ストライク・イーグルが横滑りするように身をかわした。
火花が散る。
百足型サーヴィターの牙がアスファルトを抉り、砕けた破片が周囲へ吹き飛んだ。その間にも、加納は静かに位置を調整していく。
ストライク・イーグルが後退するたび、百足型サーヴィターもまた執拗に追従する。結果として、巨体と弾頭を結ぶ一直線上へ、ストライク・イーグルが自然と誘導されていった。
そして――ストライク・イーグルが、弾頭を敷設した地点からわずかに離れた位置で静止する。
百足型サーヴィターが動きを止めた。長大な赤黒い胴体が不気味に波打つ。無数の脚が地面を掴み、巨体そのものが低く沈み込んでいく。その姿はまるで、次の突進へ向けて全身へ力を溜め込んでいるかのようだった。
一瞬の静寂。
そして次の瞬間――百足型サーヴィターが弾けた。
ズドォォォンッ!!
重戦車そのものの質量が、一直線にストライク・イーグルへ襲い掛かる。沿道の瓦礫が吹き飛び、倒壊しかけた建物の壁面が衝撃だけで崩れ落ちた。
だが加納は冷静だった。
ストライク・イーグルが半歩だけ踏み込む。振り下ろされた大顎へ、盾が正確に差し込んだ。
ガギィィィンッ!!
凄まじい衝撃音が響く。
だが、ストライク・イーグルは真正面から受け止めない。盾を斜めへ滑らせるように使い、百足型サーヴィターの突進軌道そのものを僅かに逸らした。そのままストライク・イーグルの機体が横へ流れる。
紙一重。
赤黒い巨体が、ストライク・イーグルの脇を凄まじい勢いで通過していった。
百足型サーヴィターは止まれない。方向転換もできない。長大な身体を波打たせながら、そのまま一直線に突き進んでいく。
そして――ユグドラシルが敷設した弾頭の上へ差し掛かった。
「今だ!」
加納の声が鋭く飛ぶ。
その瞬間、大樹はユグドラシルのコンソールへ両手を走らせた。百足型サーヴィターの巨大な反応が、ちょうど埋設地点の真上へ重なっている。指先が、遠隔起爆スイッチを叩いた。
だが――何も起こらなかった。
埋設地点は沈黙したまま、地面の下に埋め込まれた弾頭は応答を返さない。閃光も、爆風も、衝撃波もない。ただ焼け爛れたアスファルトの上を、百足型サーヴィターの巨体だけが凄まじい轟音を響かせながら通過していく。
無数の脚が路面を叩き潰すたび、砕けた瓦礫が跳ね上がった。弾頭が埋まっているはずの地点を、赤黒い節足が次々と踏み越えていく。
ゴギャァッ――!!
大顎が地面を掠め、火花と土砂が吹き荒れる。それでも、起爆しない。
百足型サーヴィターは勢いを保ったまま街路を突き進み、周囲の崩れかけた建物を震わせながら、弾頭の真上を完全に通過していった。
「えっ――」
大樹の顔色が変わる。再度、起爆信号を送信する。だが反応はない。
「不発弾……!?」
大樹の声が、張り詰めたアメノウズメの車内へ重く落ちた。
百足型サーヴィターの巨体が、ゆっくりと減速していく。
長大な胴体が不気味に波打ち、赤黒い甲殻が擦れ合うたびに、耳障りな軋みが周囲へ響いた。無数の脚が焼けたアスファルトを掻き毟り、削れた路面へ幾筋もの爪痕を刻んでいく。踏み砕かれた瓦礫が脚の隙間から跳ね飛び、崩れかけた建物の壁面へ乾いた音を立てて叩き付けられた。
やがて、その巨体がゆっくりと向きを変える。
白煙の中で、五つ並んだ眼が濁った光を揺らめかせながら周囲を見回していた。獲物を探すように、不規則に蠢く視線。その異様な眼球が、次第に一点へ収束していく。
ユグドラシルだった。
瞬間、百足型サーヴィターの動きがぴたりと止まる。
まるで標的を認識した機械のように、五つの眼が一斉に禍々しく明滅した。赤黒い巨体が低く沈み込み、節足がアスファルトへ食い込む。砕けた路面が嫌な音を立てて沈み込み、周囲の白煙が圧力だけで押し退けられていった。
そして――巨大な大顎が、ゆっくりとユグドラシルへ向けられる。
鋭い牙の隙間から、粘つく体液が糸を引くように滴り落ちた。
次の瞬間――百足型サーヴィターの巨体が爆発的に弾ける。無数の脚がアスファルトを砕きながら地面を蹴り潰し、赤黒い巨体が白煙を突き破ってユグドラシルへ一直線に襲い掛かった。




