第75話 脚を断つ者
爆炎の熱がなお街路へ滞留する中、別方向では、もう一体の百足型サーヴィターがゆっくりと巨体をうねらせていた。
その正面――サイクロプスが、静かに長刀を構え直す。
周囲に密生していたキアヴェやモンキーポッドの樹木は、すでに原形を留めていなかった。
へし折られた幹が無残に転がり、抉れた地面には酸によって焼け爛れた痕が幾重にも走っている。枝葉は千切れ、白煙の中で黒く焦げ付き、踏み潰されたテントの残骸が瓦礫に絡みついていた。
その中心で、百足型サーヴィターの長大な身体が不気味に波打っている。
節と節が擦れ合い、赤黒い甲殻が嫌な軋みを響かせる。頭部に並んだ五つの眼が、ゆっくりとサイクロプスへ収束していった。
カタ、カタ、カタ――。
大顎が、小刻みに鳴る。まるで攻撃対象との距離、その動き、その癖を測っているかのようだった。
対するサイクロプスは動かない。
重心を静かに落とし、長刀を中段へ構えたまま、ただ百足型サーヴィターを見据えている。
そして――次の瞬間。
百足型サーヴィターの巨体が弾けた。
大顎を限界まで開いたまま、真正面から一直線に襲い掛かる。
無数の脚が倒木を踏み砕き、巨体が突進するたび大地そのものが震動した。吹き飛んだ土砂と木片が暴風のように舞い上がり、迫る質量が周囲の空気を押し潰していく。
だが、藤堂は冷静だった。
サイクロプスには盾がない。ストライク・イーグルほどの機動性もない。
だが――百足型サーヴィターの巨体が目前へ迫った瞬間、サイクロプスの長刀が鋭く振り上げられる。
狙いは正確だった。
振り抜かれた刀身は刃ではなく、長刀の峰で百足型サーヴィターの大顎を打ち据える。
ガァンッ!!
鋼鉄同士が激突したような轟音が響いた。突進の勢いを乗せた顎が弾かれ、わずかに軌道を逸らす。
その反動を利用するように、サイクロプスが半歩だけ身を滑らせた。
紙一重。
百足型サーヴィターの牙が、肩先を掠める寸前を通過していく。だが、サイクロプスは止まらない。
弾き、流し、そのまま体を一回転。
流れるような体捌きでサイクロプスが旋回し、振り抜かれた長刀が低く薙ぎ払われる。
斬撃は、通過していく百足型サーヴィターの脚部へ吸い込まれた。
ズバァッ!!
鈍い切断音とともに、複数の脚部がまとめて宙へ舞う。赤黒い体液が飛び散り、切断された脚が勢いのまま路面を転がった。
巨体が大きく傾ぐ。
突進の勢いを支えていた脚を失い、百足型サーヴィターの長大な身体が不規則に波打った。削がれた側へ体勢が流れ、無数の脚が空転するように地面を掻く。
長刀を振り抜いたまま静かに着地し、藤堂は機体をゆっくりと振り返らせる。その動きには、焦りも、無理もなかった。
長刀では、百足型サーヴィターの長大な胴体そのものを断ち切るには短すぎる。
節を幾重にも連ねた巨体はあまりにも巨大で、一撃で致命傷へ届かせるには、サイクロプスの刀身では足りない。
ゆえに藤堂も、最初から胴体を断ち切ることなど考えてはいなかった。
ただ――。
長刀による一撃の威力と制圧範囲は、藤堂自身の想定を上回っていた。
振るうたび、百足型サーヴィターの脚部がまとめて削ぎ飛ばされる。
一度の斬撃で断たれるのは一本や二本ではない。長刀の軌道へ巻き込まれた脚群そのものが、まとめて破壊されていた。
それは、藤堂の予測を超える効果だった。
百足型サーヴィターの脚はあまりにも多い。ゆえに藤堂も、機動力を削ぐには相応の時間が掛かると考えていた。
だが実際には違った。
サイクロプスの長刀は、想像以上の速度で百足型サーヴィターの脚を奪っていく。
百足型サーヴィターが再びうねる。
赤黒い巨体を捻じ曲げ、なおもサイクロプスへ食らい付こうと突進する。だが、その動きはすでに鈍り始めていた。
サイクロプスが右へ滑る。
倒木を踏み越えるように機体が低く流れ、白煙の縁を掠めながら長刀が鋭く閃いた。
ズバァッ!!
鈍い切断音とともに、百足型サーヴィターの脚群がまとめて斬り飛ばされる。切断面から赤黒い体液が噴き上がり、飛び散った飛沫が周囲の倒木や焼け爛れた地面を腐食させながら白煙を上げた。
百足型サーヴィターが巨体を強引に捻じ曲げる。
無数の脚が地面を掻き毟り、削がれた側を庇うように長大な身体が大きく波打った。五つの眼がぎらつき、サイクロプスの動きを逃すまいと執拗に追い続ける。
だが、その瞬間にはすでに、サイクロプスは反対側へ回り込んでいた。
迫り来る大顎を紙一重でかわしながら、機体が左へと滑り込む。
振り抜かれた長刀が低く弧を描き、今度は反対側の脚部をまとめて薙ぎ払った。
赤黒い飛沫が白煙の中へ散る。
右へ。
左へ。
サイクロプスは百足型サーヴィターの動きへ真正面から付き合わない。
突進軌道を半歩ずつ外し、巨体の死角へ潜り込み、切り込む角度を絶えず変化させる。そのたびに長刀が脚群を巻き込みながら振るわれ、頭部近傍を支える脚から優先的に削ぎ落としていった。
百足型サーヴィターの巨体がうねるたび、周囲の倒木が弾き飛ばされ、土砂と木片が吹き荒れる。
だが、その混沌の中でも、サイクロプスの斬撃だけは正確に脚部を捉え続けていた。
繰り返される斬撃のたび、百足型サーヴィターの機動は確実に削られていく。
長大な胴体のうねりには徐々に遅れが混じり始め、突進のたび地面を抉っていた爆発的な加速も、もはや最初ほどの勢いを維持できていない。無数の脚が不規則に空転し、巨体を支えきれなくなった節がぎこちなく沈み込むたび、赤黒い甲殻が軋んだ。
やがて――百足型サーヴィターの頭部が大きく沈み込む。
頭部近傍を支えていた脚群が失われ、持ち上げていた頭部を維持できなくなっていた。
五つの眼がぎらつく。
その濁った視線だけはなお執拗にサイクロプスを追い続け、獲物を逃すまいとする凶暴な執念を滲ませていた。
それでもなお、百足型サーヴィターは前進を止めない。
残された脚部を狂ったように波打たせ、長大な胴体を無理やり引き摺るように前へ進もうとする。倒木が押し潰され、砕けた幹が巨体の下で嫌な音を立てながらへし折れていった。
だが――百足型サーヴィターの大顎は、すでに地面を擦っている。
ガギギギギッ――。
鋼鉄を無理やり削るような不快音が周囲へ響き渡る。
百足型サーヴィターの巨大な顎が土砂を抉り、焼け爛れた地面へ深い傷跡を刻みながら引き摺られていく。巻き込まれた倒木が砕け、火花と木片が白煙の中へ散った。
それでも百足型サーヴィターは止まらない。
五つの眼をぎらつかせたまま、なお執念深くサイクロプスへ迫ろうとする。だが、その姿はすでに、獲物へ飛び掛かる捕食者のものではなかった。
頭部を支えることすらできず、地面へ顎を擦り付けながら這い進むその巨体は、もはや壊れかけた災害の残骸に近かった。
「大樹くん、俺のところの弾頭は敷設しなくて良さそうだ」
藤堂の落ち着いた声が、大樹の耳へ届いた。
「え、それはどういうこ――」
大樹が問い返しかけた、その瞬間だった。
サイクロプスが深く踏み込む。重い駆動音とともに土砂が爆ぜ、機体が低く前方へ滑り出した。
白煙を切り裂きながら、サイクロプスが一息に間合いを詰める。その進路の先では、百足型サーヴィターがなおも顎を地面へ擦り付けながら身を捩っていた。頭部近傍の脚群を失ったことで姿勢を立て直せず、長大な胴体だけが不規則に波打っている。
そこへ――サイクロプスが滑り込んだ。
這いつくばるように顎を埋めた百足型サーヴィターの側面へ食い込むように踏み込み、藤堂が長刀を大きく振り上げる。
次の瞬間。
ズガァッ!!
振り下ろされた長刀が、百足型サーヴィターの胴体へ深々と叩き込まれた。
斬撃は表面を浅く裂いただけではない。刀身の切っ先だけでなく、根元近くまでを使って巨大な甲殻を押し割るように沈み込み、節と節の繋ぎ目をまとめて切り裂いていく。
赤黒い体液が爆発したように噴き上がった。百足型サーヴィターが絶叫する。
ギィィィィィィィッ――!!
五つの眼が激しく明滅し、長大な身体が痙攣するように暴れた。無数の脚が地面を掻き毟り、周囲の倒木と瓦礫を滅茶苦茶に跳ね飛ばしていく。
頭部近傍の脚群を失った百足型サーヴィターは、もはや巨体を素早く捻ることができなくなっていた。顎を地面へ擦り付けたまま、不規則に胴体を波打たせるだけで精一杯になっている。
頭部を持ち上げられなくなった百足型サーヴィターは、もはや胴体を捻って斬撃を逃がすことすらできなくなっていた。
その隙を逃さず、サイクロプスが最小限の踏み替えだけで巨体の反対側へ滑り込む。白煙を裂きながら機体を半回転させ、藤堂は先ほど刻み込んだ斬線と同じ高さへ、寸分違わず長刀を合わせた。
そして――再び、振り下ろす。
ズバァァッ!!
今度は逆側から。先ほど刻み込んだ斬線と寸分違わぬ位置へ、長刀が叩き込まれる。厚い甲殻が悲鳴のような軋みを上げた。
完全に両断するには至らない。だが、二方向から同一箇所へ叩き込まれた斬撃は、内部の節構造と神経索を致命的に破壊していた。
百足型サーヴィターの巨体が大きく跳ね、細かく痙攣を繰り返す。無数の脚が意味もなく空を掻き、五つの眼が不規則に明滅した。
やがて――その動きが、ふっと止まる。白煙の中で、長大な巨体が完全に沈黙した。
大樹は言葉を失っていた。
まさか藤堂が、長刀だけで百足型サーヴィターを仕留めるとは思っていなかった。沈黙を破るように、藤堂の声が静かに響く。
「大樹くん、与島での君の調整のお陰だ」
サイクロプスがゆっくりと長刀を払う。刀身から赤黒い液体が飛び散り、白煙の中へ消えた。
「あれが無ければ、仕留めることはできなかった」
大樹が、はっとしたように息を呑む。そして藤堂が続ける。
「よし、じゃあ、ストライク・イーグルの方に急ごう」
「はい!」
大樹が即座に応じると、サイクロプスとユグドラシルが同時に加速する。
焼けた地面を蹴り、白煙を突き抜け、二体のスサノヲがもう一体の百足型サーヴィターのもとへ駆け出していった。




