第73話 収束する牙
ユグドラシルが敷設した弾頭を示すインジケータが消灯した直後――。
張り詰めていた空気を切り裂くように、佐伯の声がアメノウズメの車内へ響いた。
「油断してる場合じゃねぇぞ。次のカルナ・サーヴィターの反応が三つ――こっちへ向かってきている」
その報告に、ニックが即座に声を荒げる。
「おいおい……あれは三体とも百足型サーヴィターや!」
ヘッドギアの戦術表示に、新たな熱源が浮かび上がる。
ひとつではない。
右前方の路地裏。
崩れかけた高層建築の隙間。
さらに、瓦礫に埋もれた商業区画の奥――。
三方向から、長大な反応がこちらへ向けて一直線に伸びていた。
表示された予測進路が、まるで獲物へ喰らい付く牙のようにヴァンガード隊の位置へ収束していく。
その接近速度は異常だった。
地面を掻く無数の脚が、遠雷のような振動となって街路へ伝わってくる。静まり返っていた廃墟の街に、放置車両の警報音が断続的に鳴り響き始めた。
ニックの声に、明確な動揺が混じる。
「なんでや、あいつら三方向から一斉に、こっちへ真っ直ぐ向かって来とるやないか!」
藤堂が低く唸るように口を開いた。
「……そういえば、小田桐基地司令が言っていたな」
サイクロプスが長刀を構え直す。
視線は、迫り来る三つの反応へ向けられていた。
「基地司令は視覚を共有する五眼の能力を持っていると」
短く息を吐き、続ける。
「先ほどの個体の視覚情報を共有していた別個体が、一斉に襲い掛かってきている……そういうことか。面倒な能力だな」
ニックが苦笑混じりに肩を竦めた。
「全く……人気者は困るなぁ」
だが、その軽口とは裏腹に、ジョーカーの刃先はすでに低く沈められている。
いつでも飛び出せるように。
佐伯の声が、再び鋭く落ちた。
「三体同時に相手するしかねぇだろう」
戦術表示上で、三つの進路予測線が瞬時に描かれる。
「大樹はさっきの要領で起爆準備を行え。囮役はストライク・イーグル、サイクロプス、ジョーカー――三機で一体ずつ引き受けてもらうしかねぇ」
一拍置き、低く言い切る。
「頼んだぞ」
即座に返答が重なった。
「了解や」
「了解だ」
「了解した」
そして最後に、大樹の落ち着いた声が続く。
「了解しました」
返答と同時に、ユグドラシルの銃槍内部で再び機構音が走る。
――カシャッ。
新たな弾頭が装填される。
起爆リンク、接続正常。
信管、安全装置解除。
表示が次々と切り替わる中、大樹は静かに息を吐いた。
三体同時――。
先ほどのような一対一の状況とは、まるで違う。
一体を誘導して起爆させるだけでも、位置取りとタイミングの調整は綱渡りだった。だが今度は、それを三方向から同時に迫る百足型相手に成立させなければならない。
設置位置をどこに置くか。
誰がどの個体を引き受けるのか。
どの瞬間に起爆へ持ち込むのか。
わずかな判断の遅れが、そのまま隊の崩壊に直結する。
大樹はヘッドギア越しに戦術表示を睨みつけたまま、静かに息を吐いた。
その間にも、遠方では低い地鳴りが響き始めている。
ズズズズ……。
低い地鳴りは次第に輪郭を持ち始める。瓦礫の散乱した路面が細かく震え、倒壊しかけた建物の壁面から砂埃がぱらぱらと零れ落ちた。
大樹がヘッドギアを解除し、モニターのタッチパネルに指を滑らせる。
表示した戦術マップに赤い点を三つ書き加えた。交差点、生い茂る木立の隙間、立ち並ぶテントの切れ間など、遮蔽物や動線から最適なポイントに設定する。
大樹が口を開く。
「皆さん、今からこのマップ上に示した三点に弾頭を敷設します。遠隔起爆をするためにはユグドラシルをそれぞれの弾頭の傍に移動させなければなりません」
大樹が続ける。
「したがって、一体ずつ処理していくしかありません」
加納が口を開いた。
「ニック、ジョーカーの装備では百足型サーヴィターの対応には限界があるだろう。大樹くん、ジョーカーの支援を優先してくれ」
ジョーカーの両手に握られているのは短剣だ。
リーチが短く、動きが素早く巨体である百足型サーヴィターに対しては、素手で戦っているのと大差ない状況である。
「藤堂、それで構わないな」
「ああ、問題ない」
加納の提案に、藤堂が即座に返した。
ニックが口を開く。
「それは助かるわ。正直、避けるだけなら得意なんやが、百足さんの足を切り落とすんはちょっとばかししんどいなぁ思うとったんや」
軽口を叩きながらも、ジョーカーの足先は細かく地面を踏み替えている。
既に戦闘への集中へ切り替わっていた。
大樹は再び戦術マップへ視線を落とした。
「ニックさんは第一誘導を担当してください。テント区域へ敵を引き込みます。通路幅が狭いので、百足型の機動をある程度制限できます」
「了解や。走り回るんは任せとき」
「藤堂さんは第二ポイントへ。木立側です。百足型の長い胴体なら、樹木の密集地帯では必ず動きが鈍ります」
「助かる」
サイクロプスが長刀を握り直す。
静かな声だったが、その奥には鋭い殺気が滲んでいた。
「加納さんは交差点側へ誘導し、足止めをお願いします」
「了解した」
加納の返答と同時に、ストライク・イーグルがゆっくりと盾を構え直す。
装甲同士が噛み合う重い金属音が響き、右手のサーベルが低く引き絞られた。
それぞれの役割は決まった。あとは――動くだけだった。
次の瞬間、ニックがジョーカーを加速させる。
細身の機体が瓦礫の散乱した路面を蹴り、テント区域へ向けて先行するように飛び出した。
狙いは明確だった。
少しでも百足型サーヴィターを引き離し、ユグドラシルが弾頭を設置する時間を稼ぐこと。そして距離を取ることで、こちらの起爆戦術そのものを敵へ悟らせないために。
だが、その直後。足元のアスファルトが、微かに震えた。
ズズ……。
最初は錯覚のような小さな振動だった。
だが次の瞬間には、地の底を巨大な何かが這い回るような重低音へと変わっていく。
ズズズズズ……。
さらに振動が強まった瞬間、放置車両の窓ガラスがびりびりと震え始めた。
瓦礫の隙間に積もっていた細かな破片が跳ね、テントの骨組みが悲鳴のような軋みを上げる。
そして――。
ガガガガガガガッ!!
轟音と共に、建物の外壁が内側から吹き飛んだ。
鉄骨が捻じ曲がり、砕けたコンクリート片が弾丸のように周囲へ撒き散らされる。土煙の奥から突き破るように現れたのは、赤黒い甲殻を持つ長大な巨体だった。
無数の脚がアスファルトを削り取りながら波打ち、節を連ねた胴体が蛇のようにうねる。
頭部に並ぶ五つの眼が、不気味な光を湛えながら一直線にジョーカーを捉えていた。
「来よったで!」
ニックの叫びと同時に、戦術モニター上の赤点が一つ、急速接近表示へ切り替わる。
百足型サーヴィター――。
土煙を引き裂きながら、その巨体がジョーカーへ一直線に迫っていた。




