第67話 進路変更なし
翌日――
山のような書類との格闘を終えたヴァンガード隊は、ほとんど休息らしい休息も取れないまま、そのまま出発準備へと移行していた。
米軍高速輸送艦『グアム』が与島基地に到着したのは、予定通り夕刻だった。桟橋に横付けされたその船体を前に、藤堂はわずかに目を細める。
それは船というより、海上に無理やり据え付けられた灰色の構造物のようだった。
双胴船――二つの細長い船体が海面を跨ぐように伸び、その上に巨大な甲板構造が載っている。浮かんでいるというより、海を踏みつけて立っているような不安定さを孕んでいた。
異様なのは、その幅だった。
桟橋の景色を押し潰すように広がる船体は、明らかに普通の船のスケール感から外れている。
表面は塗装されているはずなのに、どこか鈍く光る。鋼鉄ではない。アルミ特有の、乾いた硬質さが、夕刻の光を鈍く弾いていた。
元はハワイ航路の民間高速フェリー――そんな説明を、藤堂は事前資料で見ていた。観光客と車両を運ぶための双胴船。だが運航会社は頓挫し、行き場を失った船体は、そのまま米軍に買い上げられた。
今では沖縄方面の輸送任務に使われているらしい。
(……これで、運ぶのか)
正直な感想だった。
後部では、巨大なランプゲートが口を開けている。その奥は暗く、奥行きの感覚すら曖昧だ。
船というより――獲物を待つ何かのように見えた。
スサノヲやアメノウズメを輸送するための設計ではない――それは見れば分かる。船体のサイズも、内部構造も、すべてが本来の用途とは明らかにズレていた。
だが、それでも――
「――積み込み開始だ」
佐伯の一言で、全員が動き出す。
すでにスサノヲは、陸上輸送用の大型トレーラーに固定された状態で待機していた。関節はロックされ、機体は低姿勢で寝かされている。
高速艇の後部ハッチ――巨大なランプが桟橋へと降ろされる。トレーラーはそのまま、ゆっくりと船内へと進んでいった。
ヴァンガード隊のメンバーと与島基地の整備員は、声を掛け合いながら動きを揃えていた。
互いの役割を踏み越えず、それでいて隙もない。
結果として、作業は滞りなく進んでいった。
トレーラーごと収められたスサノヲは、わずかな狂いもなく所定位置に収まった。重量は制限ギリギリ。専用の固定治具も存在しない。代わりに使われたのは、無骨なワイヤーと即席の固定具だった。
床面とトレーラーを縛り上げるように固定が施されていく。張られていくテンション。分散される荷重。各部の応力は、計算通りに収束していく。
やがて――
「固定完了だ」
佐伯の声が落ちた。
見た目はお世辞にも万全とは言えない。だが、少なくとも動かない。
船は、出航した。
外洋に出たあとも、大きな揺れはない。波を切り裂く船体は安定しており、軋む音も最小限に抑えられていた。
「……思ったより、まともやな」
ニックがぼそりと呟く。
「思ったよりで済んでるのが奇跡だな」
加納が短く返した。
藤堂が続ける。
「元が民間のフェリーだと思えば、十分異常だ」
藤堂は鈍く震える船内壁へ視線を向けた。
「ハワイ航路で使われていた船だ。潰れた会社ごと消えるはずだったのを、米軍が拾ったらしい」
「……それが今は兵器運びか。ハワイで要らん言われた船が、今度はハワイ守る側に回っとるんやから――世の中、わからんもんやな」
ニックは苦笑混じりに肩をすくめた。
そのまま、問題なく航行は続き――翌日、昼頃。
沖縄の米軍基地へと到着した。
そこからの動きは、さらに早かった。
スサノヲとアメノウズメはトレーラーごと降ろされ、現地で再固定の確認を受けたのち、そのまま大型輸送機――C-5へと移送される。
通常であれば、ここで時間がかかる。確認、手続き、調整。どれも省略できるものではない。だが今回は、その速度が異常だった。
「……やけにスムーズだな」
加納が小さく呟く。
視線の先では、米軍兵たちが迷いなく動いていた。指示も的確で、連携も早い。まるで、段取りは最初から共有されているかのようだった。
「根回しが効いてるってことだろう」
佐伯が答える。
「小田桐基地司令と……藤原博士か」
「それにジョディやな」
ニックが付け加える。藤原博士と電話で話した際に聞いた現地の協力者の名前だった。
名目上は、あくまで無償提供機体とトレーナーの輸送。本来であれば、ここまで急ぐ必要はない。
だが――現場は、完全に戦時の動きをしていた。
その甲斐もあり、その日の夜、C-5輸送機は、滞りなく夜間飛行で沖縄の米軍基地を離陸した。
機内は暗く、最低限の照明だけが足元を照らしている。固定された機体の影が、壁面に鈍く揺れていた。
藤堂は壁にもたれながら目を閉じる。
(……静かすぎるな)
エンジン音は確かに響いている。だが現実感は薄く、嵐の前の静けさという言葉だけが頭をかすめた。
気づけば意識は途切れていた。浅い眠りだった。休息を取ったという実感はない。ただ、固まったままの身体だけが、時間の経過を鈍く伝えている。
それでも――
何かが、わずかにずれていた。
最初に気づいたのは、微かな振動だった。規則的だったエンジンのリズムに、ほんのわずかな乱れが混じる。
「……?」
大樹が目を開ける。同時に、機内のスピーカーがざらついたノイズを拾い始めた。 ――コックピット側が、騒がしい。
短い通信音が重なり、英語のやり取りが断片的に流れ込んでくる。
「何かあったようだな」
藤堂が低く言う。
加納もすでに立ち上がっていた。
「ただ事やないな」
ニックはつぶやきながら機体の小窓の外を覗いた――夜は、すでに明けかけている。
『――こちらコックピット! ヴァンガード隊、聞こえるか!』
切迫した声だった。
佐伯が即座に応答する。
「聞こえている。状況を報告しろ」
わずかなノイズのあと、返答が返ってくる。
『オアフ島上空にて、多数の未確認飛行体を確認! 現地基地とも交信中だ!』
その直後、別回線の音声が割り込む。
『This is Pearl Harbor Command――we confirm hostiles. Repeat, hostiles confirmed.』
敵性確認。その一言が、機内の空気を一変させた。
誰もすぐには口を開かなかった。重く響くエンジン音だけが、沈黙を埋めるように機内へ流れている。
やがて、ニックが苦く息を吐いた。
「……藤堂の言っとった懸念が、現実になってもうたみたいやな」
藤堂は何も答えない。
ただ、わずかに目を伏せ――静かに頷いた。
佐伯は険しい表情のまま、短く告げる。
「……最悪の想定で動しかないな」
その言葉に、誰も異を唱えなかった。
張り詰めた空気のまま、佐伯が顔を上げる。
「……コックピットに行くぞ」
全員が即座に動く。機体後部から前方へ――狭い通路を抜け、揺れる機内を進んでいく。扉を抜けた先、コックピットは張り詰めた空気に満ちていた。
狭い空間の中で、パイロットたちは途切れることなく情報を処理している。通信、航路修正、状況確認――すべてが同時に回り続けていた。
佐伯が一歩前に出る。
「状況は聞いた。オアフ島上空に飛行型サーヴィターが発生している以上、このままの進入は危険だ」
続けて言葉を落とす。
「ハワイ島に向かえ。そこから海路で回した方が確実じゃないのか」
操縦桿を握ったまま、パイロットはわずかに視線だけを向けた。
「……それじゃあ、時間がかかりすぎる」
即答だった。
「ハワイ島からなら海路で最低六時間だ。だがパールハーバー・ヒッカム統合基地なら違う。ワイアナエまで四十キロ――そこからなら一時間もかからず現地に入れる」
計器を確認しながら、淡々と続ける。
「なぁに――このC-5は四発機だ。二発死んでも、俺は着陸させることができる」
言葉は軽い。だが、その軽さに迷いはない。
佐伯は答えない。その沈黙だけが数秒間、コックピットの空気を支配した。
外部通信は途切れず流れ続けている。状況は悪化しているのは明白だった。
やがてパイロットが、静かに言葉を継ぐ。
「ワイアナエ研究所には、モンスターがもう溢れているんだろう」
短く息を吐く。
「一刻も早く、行ってやってくれ」
それは命令でも懇願でもなく、現場の判断そのものだった。
佐伯は目を細める。
……数秒。
そして、短く頷いた。
「……解った」
続けて、低く言い切る。
「お前に賭ける」
その言葉に、パイロットはわずかに口元を緩めた。
「任せろ」
操縦桿が押し込まれる。機体がわずかに姿勢を変える。進路は変わらない。ただ一点――危険の中心へ、C-5輸送機はそのまま突き進んでいった。




