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プロジェクト・アマテラス《三貴機神再生計画》  作者: 狐月華
4. 美咲《ミッシング・リンク》
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第52話 待機命令

 昭和初期――日本の軍国主義が高まりつつあった時代。


 桜は()()()()()()として扱われ、士気高揚のために各地へと植えられていった。戦時下の満州や南方の基地においても、それは例外ではなかった。


 その思想に基づくものであるかどうかは定かではない。だが――ここ、与島基地においても、桜は植えられている。

 そして今、その桜は満開に咲き誇っている。


 白にも見える淡い花弁が、風に揺れるたびにはらはらと舞い落ち、無機質なコンクリートと鋼鉄の構造物に囲まれた基地の中で、その光景だけがひどく浮いていた。


 その最中――


 基地の総員に対して、司令部から通達が下された。

 通達の内容は、簡潔だった。


『別命あるまで基地内で待機せよ。屋外への外出、遠隔でのスサノヲ運用も認めない。期限は未定、追って連絡するまで順守せよ』


 理由の説明は――一切なかった。ただ命令だけが、冷たく下された。


 ざわめきはあった。だが、それも長くは続かない。


 この基地にいる者たちは、理由が告げられない命令に慣れていた。


 だからこそ――動きは、止まる。

 時間だけが、宙に浮いたように流れ始めた。


「……暇やな」


 ニックは、ぼそりと呟いた。

 やることがない、という状況に慣れていないわけではない。だが、理由もなく()()()()()と言われるのは、性に合わなかった。


 結局、足が向いたのはハンガーだった。

 薄暗いハンガーの中、機体群が整然と並び、静まり返った空間の奥で、わずかに金属音だけが響いていた。


 その音の方へと視線を向ける。

 ハンガーの一角。そこだけが、わずかに()()()()()


 大樹の専用スペースだった。

 簡易的に仕切られたその区画の中で、大樹が何やら細かな作業をしている。


「やぁ、ヒョロ眼鏡くん。今日もがんばっとるみたいやね」


 気軽に声をかける。


「ああ、ニックさん」


 大樹が手を止め、振り向いた。

 その表情には、疲労よりも集中の余韻が残っている。


「それは何をやっとるんや?」


 ニックが顎で示す。

 大樹は、手元の弾頭を軽く持ち上げた。


「ああ、これはですね」


 一拍、言葉を選ぶ。


「例え百足型サーヴィターの弱点である腹側だとしても、そもそも通常の爆発だとカルナの甲殻に対しては効果は限定的だと思うんです」


 淡々とした口調だった。だが、その目は明確に何かを考えている。


「なので……」


 言いながら、大樹は弾頭の内部に指を差し入れた。

 そして、白い欠片を取り出す。光を受けて、鈍く輝く。


「これはカルナイト装甲の刃です。自爆したスサノヲの装甲から放出されるものと、ほぼ同じ物ですね」


 ニックが目を細める。


「……ほぉ」


 大樹は続けた。


「この弾丸は、外からカルナの甲殻を破る必要がある。だから――爆風で吹き飛ばすのではなく、爆風で放出されるカルナイトの刃で甲殻を切り裂く思想なんです」


 言葉のあとに、わずかな静寂が落ちる。


 ニックは、しばらくその欠片を見つめていた。やがて、口元をわずかに歪める。


「えげつないこと考えるなぁ」


 軽口のようでいて、その実、評価だった。


 大樹は肩をすくめる。


「スサノヲの戦闘ログを見て卵移送作戦の記録を参考にしただけです」


 淡々と返す。その言葉に、迷いはなかった。


 ニックは、ふと視線を上げた。ハンガーの奥――整然と並ぶ機体群の方へと目を向ける。


 サイクロプスの傍では、藤堂が長刀を試験用の台座に横たえ、何やらせわしなく調整を行っているのが見えた。

 刃の角度を確かめ、わずかな歪みすら見逃すまいとするように、何度も視線を走らせている。


 その隣、ストライク・イーグルでは、加納が機体に調整端末を接続し、画面をじっと見据えていた。

 指先は動かない。ただ、表示される数値とログを、逃すまいとするように凝視している。


 さらに視線を移す。


 アメノウズメの足元。

 そこでは佐伯が、工具を片手に機体を構成する無数のボルト類を一つ一つ確かめていた。

 締結のわずかな緩みも見逃さないように、黙々と点検を続けている。


 そのどれもが、静かな作業だった。


 だが――止まってはいない。

 ニックは、ぽつりと呟く。


「なんや……ヴァンガード隊は、せっかくの自由時間やいうのに、ハンガーに全員集合しとるやないか」


 半ば呆れたような声だった。だが、その口元にはわずかな笑みが浮かんでいる。


 言いながらも、足はすでに動いていた。

 視線の先――自機、ジョーカーのもとへと向かう。軽く駆ける。無意識だった。


 理由はない。

 ただ、そこに行くのが自然だった。


 与えられたのは()()()()()という時間。

 だが、この場にいる者たちは、その意味を別の形で受け取っていた。


 命じられていなくとも、やることはある。

 命じられていないからこそ、やっておくべきことがある。

 ハンガーの中に集まっていたヴァンガード隊は――次の出撃に備え、静かにその爪を研いでいた。


 ハンガーの外では、風が吹く。満開の桜が、また一枚――音もなく舞い落ちた。

 誰も出ることを許されない基地の中で、それでも時間だけは、静かに進み続けていた。


 ――その静寂を、引き裂くように。


 けたたましい警報音が、基地内に一斉に響き渡った。


「――ッ!?」


 空気が、一瞬で変わる。反射的に、全員の動きが止まった。

 次いで――館内アナウンスが流れ出す。


『北朝鮮より、超高高度飛翔体が発射! 繰り返す。北朝鮮より、超高高度飛翔体が発射!』


「なんや!? どうしたんや!!?」


 ニックの声が、半ば怒鳴るように響く。


 ただ事ではない。その場にいた全員が、それを理解していた。

 ハンガーにいたパイロット、整備員たちが一斉にざわめき立つ。静まり返っていた空間が、一瞬で()()へと変わる。


 その時――ハンガー内に設置されていた情報表示用モニターが、自動的に切り替わった。

 映し出されたのは、朝鮮半島と日本列島の地図。


 その上に――赤い点が一つ、浮かび上がった。


 朝鮮半島の上空に現れたそれは、次の瞬間にはすでに位置を変えている。更新されるたびに、わずかにずれていく――そんな生易しい動きではなかった。


 表示が書き換わるたび、点は地図の上を跳ぶように進み、軌跡は断続的な点列ではなく、一本の線として繋がり始める。


「……速い」


 誰かが、思わず呟いた。


 その声が現実に追いつく頃には、赤い表示はすでに日本海上へと差し掛かっている。視線で追うことすら難しい速度。モニターの描画が、かろうじてその存在を捕捉しているに過ぎなかった。


「どうせまた、日本海かどっかに落ちるんだろ」


 誰かが、慣れきった調子で吐き捨てる。

 だが、その言葉とは裏腹に、誰一人として視線を外してはいなかった。


 これまで何度も見てきた光景だった。

 発射され、日本海へと落ちる――それだけの、既知のパターン。誰もが無意識のうちに、その結末を前提としてモニターを眺めていた。


 だが――違う。


 赤い軌跡が、日本海上に差し掛かってもなお、速度は落ちない。表示更新の間隔ごとに跳ぶように進んでいた光点は、その間隔すら無意味にする勢いで前へと食い込んでいく。


 減速の兆候がない。

 軌道修正も、ない。


 そのまま――


 日本の領空へと、侵入した。


「おい……」


 誰かの声が、喉の奥で引っかかるように漏れた。

 モニター上の赤は、そのまま本州の輪郭へと到達し、次の瞬間には、何の躊躇もなくそれを越える。


 ざわめきが、消えた。


 代わりに広がったのは、機材の駆動音だけが響く、異様な静寂だった。誰もが息を詰めたまま、画面に縫い付けられたように視線を離さない。


 赤い軌跡は、なおも伸びる。


 止まらない。


 本州を――北から南へと、一直線に貫いていく。


 偶然の軌道ではあり得ない。そう理解するのに、時間はかからなかった。

 まるで最初から、そこに()()と決められていたかのように。


「……嘘やろ」


 ニックの声は、かすれていた。


 その言葉を置き去りにするように、赤い軌跡はなおも伸び続ける。そして次の瞬間――本州の南端を越え、表示上からその輪郭を外れた。


 抜けた。


 誰もが、それを理解するまでに一拍の遅れを要した。画面の先にあるのは、海ではない。


 さらにその先――


 四国。


 脳裏に地図の形が重なり、ようやく()()()()()()()という現実が結びつく。

 だが、その理解に言葉が追いつく者は、誰一人としていなかった。


 空気が、凍りつく。


 何が起きるのかではなく、何が起きてしまうのか。その予感だけが、場を支配していた。


 ――その時。


「映像、切り替えるぞ……!」


 張り詰めた空気を切り裂くように、整備員の声が飛ぶ。コンソールが叩かれ、モニターの表示が瞬時に切り替わった。


 映し出されたのは、与島基地に設置された監視カメラ群の映像。

 複数の視点が一瞬だけ並び、次いで自動的に一つへと収束する。


 予測された落下地点。


 その座標に最も近いカメラ映像が、強制的に拡大表示される。画面いっぱいに広がった映像を見た瞬間――


「な、なんなんだこれは……」


 誰かが、喉を引き絞るようにして声を漏らした。


 だが、その言葉はすぐに途切れる。

 続けようとしても、何をどう言えばいいのかが分からない――そんな沈黙が、その場にいる全員の口を塞いでいた。


 モニターに映し出された光景から、誰一人として目を離せない。

 動けない、のではない。

 動くという選択肢そのものが、頭から抜け落ちていた。


 広いハンガーに響くのは、機材の駆動音だけだった。

 低く、一定のリズムで鳴り続けるその音が、かえって現実感を削いでいく。


 ただ、見せつけられている。


 理解は、遅れてやってきた。


 それが何であるのかではない。

 これから何が起きるのか――その結末だけが、逃れようもなく頭の中に形を成していく。


 とんでもないことが、起きる。


 否――もう、起きている。


 その事実だけが、言葉にならないまま、この場の全員に突き刺さっていた。

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