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プロジェクト・アマテラス《三貴機神再生計画》  作者: 狐月華
3. 約束の土地《サンクチュアリ》
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第46話 戦果の余波

 ヴァンガード隊が与島基地へ帰還したのは、夕日が完全に沈む直前だった。

 橋の上から見える西の空は、深い朱色に染まっていた。瀬戸内の海面が、その色を静かに映している。


 道中、蟻型と蟷螂型サーヴィターの散発的な襲撃はあった。

 しかし、アメノウズメの予備装備から補充したヴァンガード隊は、片腕を失ったサイクロプスの兵装が長刀からサーベルに変わった以外はほぼ損耗は無く、戦闘行動は問題なく維持することができた。


 やがて、与島直上のアンカレイジが見えてくる。瀬戸大橋の橋脚にへばり付いた、無骨な鋼鉄の台座。

 アメノウズメが先に所定の位置へ滑り込み、続いてスサノヲ四機が一定間隔で収まっていく。


 機体が固定される。金属と金属が噛み合う鈍い音が、橋上の風に流れた。

 佐伯が通信を開く。


「ヴァンガード隊、佐伯だ。与島側アンカレイジエレベーター、降下させてくれ」


 すぐに応答が返ってきた。


『ヴァンガード隊、お疲れ様です。了解しました』


 低い駆動音が立ち上がる。

 五基の電動機が唸りを上げ、昇降テーブルはゆっくりと降下を開始した。


 夜が、上から蓋をするように降りてきた。

 高度が下がるにつれ、橋上の風音が遠ざかり、代わりに機械音だけが閉ざされた空間に反響する。


 その最中、不意に通信が割り込んだ。


『ヴァンガード隊、ハンガーに機体を格納後、基地司令室へ向かってください』


 抑揚のない声が、そのまま続ける。


『基地司令が、ユグドラシルの戦果を聞きたいとのことです』


 佐伯が、少しだけ間を置いた。


「……了解した」


 オペレーターとの通信を閉じないまま、佐伯がぼそりと続ける。


「まったく、呼び出しは晩飯の後にしてほしかったが……」


 それから、僅かに声を張った。


「ヴァンガード隊各員、晩飯前にすまないが、基地司令のわがままに付き合ってくれ」


 すぐに声が返ってきた。


「了解や」

「了解だ」

「了解した」

「了解です」


 オペレーターとの通信を開いたまま言い放った言葉だったが、佐伯は特に気にした様子もない。

 返答のいくつかに、苦笑の色が滲んでいた。


 張り詰めていた空気がわずかに緩む。


 エレベーターが、ゆっくりと与島基地へ降りていく。

 やがて――

 重いロック音とともに、テーブルは最下層へと到達した。


 与島基地のハンガーが、静かにその姿を現す。

 照明に照らされた整備区画。待機していた整備班の影が、ゆっくりと動き出す。


「降車、開始」


 佐伯の声。

 アメノウズメが前進し、続いてスサノヲが一機ずつテーブルから降りていく。


 戦闘を終えた機体の装甲には、いくつもの傷と、乾いた汚れが刻まれていた。

 それでも、その足取りに乱れはない。


 整備班の誘導灯が、順番に機体を呼び込んでいく。

 アメノウズメがまず定位置へ収まり、続いてサイクロプス、ジョーカー、ストライク・イーグル。

 そしてユグドラシルの順で、機体がハンガーの所定の場所へと移動していく。


 整備班の一人が、サイクロプスの右腕部へ視線を向けた。肘の上から、きれいに消えている。

 断面には、噛み砕かれた金属の痕が残っていた。


 しばらくして、アメノウズメの通信回線に声が入った。


『……サイクロプスの右腕損傷、カルナイト装甲ごと持っていかれているようですが』


 少し声のトーンが変わる。


『これは、蟻型や蟷螂型じゃあないですね。……どんなカルナ・サーヴィターに遭遇したんですか?』


 アメノウズメの車内で、藤堂が佐伯の方へ視線を向けた。佐伯は一度だけ、小さく頷く。

 それを確認してから、藤堂が口を開いた。


「ヴァンガード隊、藤堂だ。屋島近傍のカルナ・フロラで、百足型サーヴィターに遭遇した」


 その瞬間――ハンガー内の空気が、目に見えない形でざわり、と揺れた。

 共有回線を通じ、あちこちで息を呑む気配が伝わってくる。


 百足型サーヴィター。その名は、すでに与島基地の誰もが知っていた。


 前回のカルナ・フロラ――卵回収作戦。


 あのとき、三体の百足型に襲撃され、イージス隊のスサノヲ三機は為す術もなく戦線を崩壊させられた。

 ヴァンガード隊もまた、一機が最終コマンドを行使することで、辛うじて追跡を振り切ったに過ぎない。

 『遭遇=壊滅の危険』それが、共通認識だった。


『そ、それで……』


 整備班の一人が、わずかに声を震わせる。


『藤堂さん、その……百足型サーヴィターは、どうしたんですか?』


 短い間。


『うまく足止めして、逃げおおせた……ということですか?』


 静まり返るハンガー。すべての意識が、次の言葉を待っていた。

 藤堂が、淡々と応える。


「いや、百足型サーヴィターは、うまく誘い込み――」


 わずかに間を置く。


「ユグドラシルの銃槍の一撃で、破壊に成功した」


 ――沈黙。

 そして次の瞬間。


「……は?」

「今、なんて……」

「破壊……?」


 ざわめきが、一気に広がる。次いで、それは抑えきれない熱へと変わった。


「おい、マジかよ……!」

「百足型を……一撃で……?」

「ユグドラシルが……!」


 驚きと、そして歓声。整備員たちの視線が、一斉に一機の機体へと集まる。


 ハンガー中央に静かに佇む、ユグドラシル。


 照明に照らされた重装甲の機体。

 右腕に構えられた大盾の縁には、百足型サーヴィターの大あごで噛みつかれた跡が刻まれている。

 左腕の銃槍には、乾いた赤黒い汚れがこびりついていた。


 その傷が、その汚れが、今日の戦闘を静かに物語っていた。

 整備員たちの視線は、しばらくの間、ユグドラシルから離れなかった。


 不意に、アメノウズメの車内に、佐伯の声が響いた。


「よし、ヴァンガード隊」


 落ち着いた、しかしどこか軽い声だった。


「後のことは整備班に任せよう」


 そのまま続ける。


「俺たちは晩飯前に基地司令の呼び出しだ」


 少し間を置いてから、ぼそりと付け加える。


「ポケットマネーでピザくらい用意して待ってくれているかもしれない……期待して行こうじゃないか」


 短い沈黙のあと、すぐに応答が返る。


「了解や」

「了解だ」

「了解した」

「了解です」


 どの声にも、わずかに笑いが混じっていた。


 アメノウズメのハッチが開き、各員が順に降りていく。整備班の掛け声と工具の音が飛び交う中、ヴァンガード隊は足早にハンガーを後にした。


 通路へ出ると、基地内特有の乾いた空気が肌に触れる。白色灯に照らされた無機質な廊下を、五人は並んで歩く。


 小田桐基地司令の部屋を訪れる。

 本来であれば、自然と背筋が伸びる場面だ。

だが――佐伯の軽口の余韻が、わずかにその緊張を和らげていた。


「ピザなぁ……ほんまに出たら司令見直すで」


 ニックが小さく笑う。


「期待するな。あの人がそんな気を利かせるとは思えん」


 加納が即座に返す。


「……だが、空腹なのは事実だな」


 藤堂が淡々と続けた。


 わずかなやり取り。それだけで、重くなりかけていた空気が少しだけ軽くなる。


 やがて、一行は司令区画へと辿り着いた。重厚な扉の前で、足が止まる。


「……行くぞ」


 佐伯の短い一言。


 今度は誰も軽口を返さない。だが、先ほどまでとは違う――過度ではない、程よく引き締まった空気だった。


 佐伯がノックし、小田桐の応答を確認すると、ゆっくりと扉を開く。


 室内には、小田桐が待っていた。

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