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プロジェクト・アマテラス《三貴機神再生計画》  作者: 狐月華
3. 約束の土地《サンクチュアリ》
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第44話 必然の仮説

 食堂には、柔らかな湯気の匂いが漂っていた。


 長机の上には、すでに湯飲みが並べられている。屋島寺の古い食堂は、戦場の緊張とはまるで別の空気に包まれていた。


「はい、お茶どうぞ」


 里美が一人ずつ、湯飲みに茶を注いでいく。

 湯の立つ音と、陶器が机に触れる小さな音だけが静かに響いた。


 ヴァンガード隊の面々が席に着く。


 最後の湯飲みにお茶を淹れ終えると、里美は軽く息をついた。

 そして彩人の隣へ静かに腰を下ろす。


 少し間を置いて、佐伯が口を開いた。


「依頼を受けたカルナ・フロラだが――別に伐採したわけじゃねぇから、見た目じゃ分かりにくいかもしれんが……」


 言葉を切り、わずかに息を落とす。


「活動は停止した。もう、あのカルナ・フロラの根元からカルナ・サーヴィターが這い出してくることはねぇ」


 静かな断言だった。佐伯は少し顎を引く。


「俺が保証する」


 その言葉を聞いた瞬間――彩人が静かに立ち上がった。


「……あのカルナ・フロラの脈動が停止したこと、こちらからでも、確認させていただいております」


 深く息を吸い、続けた。


「ありがとうございました」


 そして――彩人は、ヴァンガード隊へ向かって深々と頭を下げた。


「これで、私たちは安心して……約束の日まで、ここで過ごすことができます」


 食堂が、しばし静まり返る。その沈黙を破ったのは、佐伯だった。


「言ったろ」


 軽く肩をすくめる。


「我々は小田桐基地司令の命令に従い、当然の仕事をしたまでだ」


 視線を綾人に向ける。


「座ってくれ」


 彩人はもう一度、かすかな声で言った。


「……ありがとうございました」


 そして静かに席へ戻る。

 それを見届けてから、加納が口を開いた。


「一つ聞いておきたい事がある」


 湯気の立つ食堂の空気が、わずかに張り詰めた。


「カルナ・フロラに到達し、攻撃しようとしたとき、百足型サーヴィターの急襲を受けた」


 腕を組んだまま、低く言う。

 加納の視線が彩人へ向く。


「導師殿、貴方は昼食の時、未来が見えると言われていた」


 淡々と続ける。


「貴方は、それを知ったうえで……我々に何も伝えなかったのか?」


 視線が一斉に彩人へ集まる。

 彩人は、静かに首を横に振った。


「未来が見えると言っても」


 落ち着いた声だった。


「見ようと思った場所、見ようと思った時のことしか見ていません」


 わずかに言葉を区切り、静かに続ける。


「当然です。

そうでなければ、見る時間がいくらあっても足りません」


 そして顔を上げる。


「ただ――今日、カルナ・フロラが沈黙する未来は……見えていました」


 静かに言った。


 加納が腕を組んだままそっと目を閉じる。まるで綾人の発言の真偽を推し量るかのようだった。


 だが――何も言わない。


 そのまま黙って、彩人の言葉を聞いていた。

 次に口を開いたのは大樹だった。


「一つ、良いですか?」


 佐伯が応じる。


「どうした? 佐々木」


 大樹は少し言葉を選ぶようにして続けた。


「彩人さんのお話だと、数か月前、あのカルナ・フロラが出現する前……妙な蟻型サーヴィターがあのあたりをうろついていたとのお話だったと思いますが、間違いないですか?」


 彩人が頷く。


「はい。確かに蟻型サーヴィターでした。間違いありません」


 少し思い出すように目を伏せる。


「あそこは境界からも離れていますし、他のサーヴィターが紛れ込むこともありませんでした」


 大樹が小さく息を吐いた。


「そうですか……」


 そして言う。


「今日、襲撃を受けたサーヴィターですが、百足型サーヴィターだったんです」


 藤堂の眉が、ぴくりと動いた。


「あーー、せやな」


 ニックが腕を組んで唸る。


「確かに妙や。蟻型サーヴィターが種になったんやったら、遺伝子情報は蟻型サーヴィターだけのはずや」


 少し首を傾げる。


「そうすると、出現するのも蟻型サーヴィターのはずやもんな……」


 大樹が続ける。


「そうなんです。あのカルナ・フロラ周辺の白化地帯は、ごく狭いエリアだけでした。完全に孤立したエリアのはずなのに……カルナ・フロラ根元の地中から這い出してきたのは百足型サーヴィターだった」


 加納が口を開く。


()()()()百足型サーヴィターが地中を移動していて、()()()()境界を越えたことに気が付かず……」


 腕を組んだまま続ける。


()()()()カルナ・フロラの根元に潜んでいるときに我々に気が付いて襲い掛かった……ということか?」


 佐伯が首を振った。


「それは無いな、加納」


 湯飲みを机に置く。


()()()()は偶然だが……」


 一拍。


「たまたまが三つも重なったら、それはもう偶然じゃねぇ」


 静かに言った。


()()だ」


 食堂に、重い沈黙が落ちる。

 沈黙を破ったのは藤堂だった。


「こんな仮説はどうだろうか」


 皆の視線が藤堂に集まる。


「カルナは通信で情報共有を行っている可能性が高い」


 少し指先で机を叩く。


「その情報の中に……遺伝子情報も含まれるとしたら?」


 佐伯が小さく息を吐いた。


「そうか」


 ゆっくりと言う。


「蟻型サーヴィターから生まれたカルナ・フロラが通信を行い、共有された百足型サーヴィターの遺伝子情報から……百足型サーヴィターを生み出した」


 その話を聞いていたニックの顔色が変わった。


「おいおい……」


 青ざめた顔で言う。


「もしそれがホンマやったら、大変なことになるで」


 視線が一斉にニックへ向いた。


 ニックは周囲を見回す。

 食堂にいるのは、ヴァンガード隊と彩人、里美の七人だけだった。

 少し声を潜めて話す。


「島根第一研究所の藤原博士に聞いた話や……一週間ほど前に、五年ぶりにカルナが襲来したらしい」


 その話に、藤堂が静かに頷いた。


「アメリカが迎撃して、軌道を逸らされたカルナは太平洋に落下。海面を漂っていたカルナ種子をアメリカが回収して……ハワイの研究所に持ち帰ったらしいんや」


 ニックは続ける。


「アメリカにはスサノヲは無い。せやけどな、地球に襲来してすぐの、まだ遺伝子情報がないカルナ・サーヴィターやったら……」


 少し肩をすくめる。


「アメリカはスサノヲ無しで制御できる思うとるらしいんや」


 大樹が思わず口を開いた。


「それって……」


 顔がわずかに強張る。


「もし仮に、そのカルナが遺伝子情報を共有して……

それこそ百足型サーヴィターが出現でもしたら」


 短い沈黙。


「どうしようもないじゃないですか」


 藤堂が口を開いた。


「ニック。藤原博士の連絡先は知っているな」


 ニックが頷く。


「ああ、当たり前や。目ぇつぶってても電話かけられるわ」


 藤堂は彩人へ向き直った。


「彩人くん。すまないが、衛星電話を貸してもらえないだろうか」


一拍置いて続ける。


「島根第一研究所の藤原博士に連絡を取りたい」


「もちろんです」


 彩人はそう言いながら、ポケットから衛星電話を取り出した。机の上をそっと滑らせ、藤堂へ手渡す。


「ありがとう」


 藤堂は受け取り、すぐにニックへ差し出した。


「じゃあ、ニック。これで藤原博士に連絡を取ってくれ」


 ニックが受け取りながら笑う。


「了解や。藤堂のおっさんは気が利くなぁ」


 ニックはそう言いながら、受け取った衛星電話を手の中で軽く持ち直した。


 食堂には、湯気の立つ茶の香りの中で、誰も言葉を発しないまま、わずかに張り詰めた空気が漂っていた。

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