第42話 幹を穿つ杭
百足型サーヴィターの残骸の前で、ユグドラシルがゆっくりと銃槍を下ろした。
刃先から、赤黒い体液がぽたりと白砂へ落ちる。
そのときだった。
「やったやないか、ヒョロ眼鏡」
気の抜けた声が通信回線に割り込んできた。
大樹が顔を上げる。
ユグドラシルのアイカメラが、こちらへ歩み寄ってくる機体を捉えていた。
――ジョーカー。
ニックのスサノヲだ。
ニックが愉快そうに続けた。
「藤堂のおっさんも加納も、三人の連携が完璧すぎて、何にもすることなかったわ」
くつくつと笑う声。
だが、その直後――
「ニック」
低い声が割って入った。
「俺の方が年上だ。加納“さん”だ」
ヘッドギアをかぶったままの加納が仏頂面のまま言い直す。
ニックが小さく吹き出した。
「はいはい、加納“さん”な」
わざとらしく強調する声。
そのやり取りのあと、藤堂がふと口を開いた。
「……そういえば」
一瞬の間。
「このカルナ・フロラの穴から百足型が一体出てきただけだが……
他のカルナ・サーヴィターはいないんだろうか」
静かな指摘だった。
佐伯がすぐに応じる。
「確かに。確認はしておくべきかもしれないな」
その言葉を聞くやいなや、ニックが軽い声で割り込んだ。
「よし、いままで遊んどったワイが見てきちゃる」
百足型サーヴィターが出てきた穴は、白砂の平原にぽっかりと口を開けている。
その大きさは、スサノヲが一体通るのが精一杯。
大型車両であるアメノウズメが入り込むのは難しそうな狭さだった。
「ニック、警戒を怠るな」
加納が釘を刺す。
「解っとるわ」
気軽な声が返る。
ジョーカーが穴の縁へ歩み寄り、そのまま機体を滑り込ませた。
暗い縦穴を、機体がゆっくりと降下していく。
数分後――
ジョーカーは穴の底へ到達した。
ヘッドギア越しの映像が、暗い空洞を映し出す。
そして、アイカメラが、いくつかの異物を捉えた。
地面に転がっている――
割れた殻。
百足型サーヴィターのものと思われる巨大な卵殻が、一つ砕けている。
そのすぐ近く。
三つの卵が並んでいた。
まだ殻は閉じたまま。
完全に孵化していない未成熟の卵だ。
卵の表面からは、赤い光がかすかに明滅している。
よく見ると、卵の根元からは細い管のようなものが伸びていた。
それは、カルナ・フロラの根へ繋がっている。
まるで、養分を送り込まれているかのようだった。
ニックが口を開く。
「確認したで」
一拍。
「さっきの百足型サーヴィターが最初の一匹目のようや」
ジョーカーのアイカメラが、卵を映す。
「まだ孵化していない卵が三つ。まだ生きとるみたいや」
佐伯が頷いた。
「了解だ」
落ち着いた声。
「ニック。ジョーカーはそこで待機してくれ」
続いて――
「大樹くん」
名前を呼ばれ、大樹が姿勢を正す。
「再びパイルバンカーを装填し、カルナ・フロラを破壊してくれ」
短い沈黙。
そして大樹が応えた。
「……了解しました」
ユグドラシルが、ゆっくりと銃槍を天へ掲げた。
次の瞬間――
銃槍の内部で、定められたシークエンスが起動する。
「――パイルバンカー、再装填」
操縦席で、大樹が低く呟いた。
ガシャン。
銃槍内部の機構が、重い音を立てて作動する。
内部のロックが外れ、パイルバンカーにスロットが切り替わり、ロックが再び組み上がっていく。
ガシャン、ガコン。
鈍く、しかし確実な金属音。
パイルバンカーが装填された。
その間にも、周囲の警戒は整えられていく。
アメノウズメの巨体がわずかに前進し、その左右をサイクロプスとストライク・イーグルが固めた。
三機のスサノヲが防御線を構築し、ユグドラシルの背後を守る。
そして――
ユグドラシルが、カルナ・フロラのすぐ傍まで歩み寄った。
白砂に、深い足跡が刻まれる。
大樹は、ゆっくりと左腕を引いた。
銃槍を握った腕だけではない。
腰から上――上半身すべてを大きく捻る。
機体のフレームが、軋むような音を立てた。
まるで巨大な弓を、限界まで引き絞るように……
力を、ためる。
操縦席で、大樹が小さく息を吸った。
そして口を開く。
「……行きます」
声は、わずかに掠れていた。
それだけ緊張しているのだと、同じ車内にいる全員に伝わる。
次の瞬間。
ユグドラシルが踏み込み――
渾身の力で、銃槍を突き出した。
高周波振動チップエッジの刃が、一直線にカルナ・フロラの幹の中央へ叩き込まれる。
バシュッ――
赤黒い表皮が裂けた。
刃は抵抗を押し破り、深くめり込んでいく。
チップエッジの刃は、根元近くまでカルナ・フロラの幹へと突き刺さった。
その瞬間。
大樹がトリガーを引く。
ズドォォォン――!!
銃槍内部で何かが炸裂した。
増幅された加速が、杭へと叩き込まれる。
カルナイトで作られた先端から、武骨な三メートルの杭が射出された。
轟音と共に。
刃の先端から撃ち出された杭が、カルナ・フロラの内部へと突き進む。
反動は凄まじかった。
銃槍が弾かれ、ユグドラシルの腕が跳ね上がる。
踏みとどまりきれず、機体が一歩後ずさった。
白砂が大きく舞い上がる。
ぽっかりと開いた穴。
だが、そこに杭の姿は見えない。
ただ――
杭が撃ち込まれた穴の奥に、濃い影だけが残っていた。
静寂が訪れる。
数秒。
そして――
変化は、すぐに現れた。
カルナ・フロラの幹を走っていた赤い光。
それが、杭を打ち込んだ穴を中心に――
消えた。
明滅していた赤い光が、次々と失われていく――
闇が、じわじわと広がるように。
やがて、その赤い発光は幹全体から完全に消失した。
それは、人類が初めてカルナ・フロラを沈黙させた瞬間だった。
だが――
ヴァンガード隊の誰も、それを誇ろうとはしなかった。
そのときだった。
ジョーカーのアイカメラに接続されたヘッドギア越しにカルナの卵を見ていたニックが、声を上げた。
「おっ……!」
少し身を乗り出し、興奮気味に声を挙げる。
「卵の発光、消えたで!」
一拍。
確信に満ちた声が続く。
「もうこの卵が孵ることはないやろ。大丈夫や」
その報告を聞き、運転席の佐伯がゆっくり頷いた。
満足げな表情だった。
「よし」
短く言う。
「ヴァンガード隊、屋島まで帰還するぞ」
一拍置いて続けた。
「彩人くんに報告する」
すぐに声が返る。
「了解だ」
「了解した」
「了解しました」
「了解や――……って、ちょっと待ってや!」
ニックだった。
「置いて行かんといて!」
操縦席の一角でニックが慌ててジョーカーを操作する。
その間にも――
アメノウズメがゆっくりと進路を変え、移動を開始する。
外部では、サイクロプスとストライク・イーグル、そしてユグドラシルの三機がそれに続いて歩き出した。
白砂の平原を、機体が離れていく。
その様子に、ニックが思わず声を上げる。
「ちょ、ほんまに行く気かい!」
その様子を横目に、佐伯が落ち着いた声で言った。
「安心しろ、ニック」
淡々とした口調。
「ここならカルナ・サーヴィターのジャミングはない」
少しだけ口元が緩む。
「なに、高機動型のジョーカーならすぐ追いつけるさ」
そして付け加えた。
「もし通信が切れそうなら言ってくれ」
ニックがヘッドギアを外し、佐伯の方を振り向いた。
「いや通信レベルは問題ないけど!」
半ば叫ぶ。
「ちょっとくらい待ってくれてもええんとちゃうか~~」
操縦席のあちこちで、小さな笑いが漏れた。
その間にも、白砂の平原の上では、ヴァンガード隊の機体がゆっくりと帰路へ向かって歩き出していた。




