第41話 天を衝く槍
百足型サーヴィターの身体が、大きくうねった。
次の瞬間、巨体が一直線に伸びる。
まるで一本の巨大な槍のように、白砂の上を滑るようにして――ユグドラシルへ突進した。
「来るぞ!」
加納の声が飛ぶ。
ユグドラシルはすでに動いていた。
右腕の大盾を前方へ突き出す。
迫り来る百足型サーヴィターの大顎を真正面から受け止めた。
ガァァァン――!!
衝突。
白砂が爆ぜ、土煙が一気に舞い上がる。
ユグドラシルの脚が砂を掘り、深い轍を刻む。
巨体は押される。ズルズルと後退していく。
だが――
ユグドラシルは倒れない。
機体はわずかに沈み込みながらも、重心を低く保ち、踏みとどまっていた。
百足型サーヴィターの大顎は、大盾の上端へ食い込むように噛みついている。
巨大な大顎が盾を押し込み、機体ごと押し潰そうとする。
「……っ!」
マニュピレーターを動かす大樹の手が震えている。
それでも、攻撃を諦めていなかった。
ユグドラシルの左腕が動いた。
百足型サーヴィターの攻撃の隙間。
ほんのわずかに生まれた瞬間に、銃槍が滑り込ませる。
狙いは――頭部。
「いけ……!」
突き出される。
ガキィィィィィン――!!
鈍く、重い衝撃音。
銃槍の超振動チップエッジは、百足型サーヴィターの外殻へ叩きつけられる――
だが……弾かれた。
火花が散る。
だが、刃は通らない。
「くっ……!」
大樹は即座に繰り返し突き立てる。
二度。
三度。
ガキィィン。
ガキィィィン。
同じ音。
同じ結果。
百足型サーヴィターの頭部装甲は、まるで岩盤のようだった。
(通らない……!)
ユグドラシルがさらに突く。
しかし、状況は変わらない。
その時だった。
百足型サーヴィターの巨体が、大きく持ち上がる。
大顎が、わずかに開いた。
次の瞬間――
噛みついていた大盾を弾くようにして、頭部を持ち上げる。
そして、その勢いのまま前方へ体を乗り出した。
先端の節足が、盾の縁へ掛かる。
巨大な節足が、大盾の装甲を掴んだ。
そのまま――
百足型サーヴィターの頭部が、大盾の上へ乗り上げた。
その後ろから、長大な胴体が続く。
無数の節で繋がれた体躯。
左右に並ぶ節足が、次々と盾の上へ降りてくる。
ガガガガガ――!!
金属を叩く衝撃が連続して響く。
それでも、ユグドラシルは盾を離さない。
盾を構えたまま、両脚で踏み留まる。
百足型サーヴィターの体重が、盾を通して機体へ圧し掛かる。
節足が大盾を叩き、装甲を削る。
それでも――
ユグドラシルの機体は崩れない。
必死に、その巨体の通過を耐えていた。
ユグドラシルの操縦席は、機体にはない。
ユグドラシルは遠隔操縦だ。
機体の内部に、大樹はいない。
それでも――
「……っ」
大樹の喉が、かすかに鳴った。
モニターいっぱいに映る――
巨大な百足。
その、無数の節足。
赤黒い外殻。
そのすべてが、ユグドラシルの盾の上を這い回りながら通過していく。
もし……
もし自分が、あの機体の中にいたら。
そう考えた瞬間。
背筋を、冷たいものが走った。
呼吸が浅くなる。
手の震えが収まらない。
(こんな……)
巨大な生物のような異形が、機体の視界を覆い尽くしている。
圧倒的な質量。
圧倒的な存在感。
ヘッドギアに映る映像越しだというのに、その威圧感と圧迫感は自分の体がそこにあるようだった。
「……っ」
知らず、歯を食いしばっていた。
それは……純粋な恐怖だった。
理屈ではない、生存本能に近い恐怖。
ユグドラシルの大盾の上を、百足型サーヴィターの長大な胴体が、まだ終わりの見えない列車のように通過し続けていた。
そのときだった。
大樹は、ヘッドギア越しにふと別の気配を感じた。
ユグドラシルの背後。
砂煙の向こうから、機体が滑り込んでくる。
――サイクロプス。
藤堂だった。
藤堂は、百足型サーヴィターの突進を真正面から受け止めたユグドラシルを援護するため、機体を全速で駆け寄らせていた。
しかし――
目前で繰り広げられている光景に、思わず目を細める。
ユグドラシルは倒れていない。
百足型サーヴィターの巨体を、真正面から受け止めたまま。
そのまま、盾の上を通過させている。
巨体が、ユグドラシルの構えた大盾の上を越えていく。
そのとき。
藤堂の視線が、百足型サーヴィターの腹部へ吸い寄せられた。
「……?」
違和感。
背面を覆う外殻は、黒く硬質な装甲だ。
だが――腹面は違った。
節の裏側を覆う甲殻は、背面よりもわずかに色が薄い。
黒ではなく、どこか赤みを帯びた鈍い色。
その半透明に近い装甲の奥で、何かが蠢いている。
無数の筋束。
まるで束ねられた筋肉が収縮を繰り返しているようだった。
そして内部から脈打つ赤い光が、腹面の甲殻越しに淡く透けて見える。
「……そこか」
藤堂は迷わなかった。
サイクロプスを、ユグドラシルの陰へ潜り込ませる。
巨大な百足の胴体が、まさにユグドラシルの上を通過している。
その真下へ――機体を滑り込ませた。
左腕だけになったサイクロプスが、サーベルを握る。
狙いは――
上を通過する、百足型サーヴィターの腹面の甲殻。
赤い光が脈打つ節の中央。
そして――
「はぁッ!」
突き上げた。
サーベルが、百足型サーヴィターの腹部へ突き立つ。
鈍い抵抗。
背面装甲とは明らかに違う。
硬い外殻ではなく、弾力のある何かを押し裂く感触。
次の瞬間――
甲殻が割れた。
刃が、内部へ潜り込む。
赤い光が、爆ぜた。
腹部の内側で蠢いていた筋束が、刃に貫かれて激しく収縮する。
束ねられた筋肉のような組織が、痙攣するように波打った。
赤黒い体液が噴き出す。
だが――
百足型サーヴィターの巨体が、激しくうねった。
ガァンッ――!
衝撃。
左腕しかないサイクロプスでは、サーベルを保持し続けることができなかった。
刃はすぐに弾かれる。
その反動で、サイクロプスの機体が横へ吹き飛ぶ。
砂煙が上がる。
だが――
その一瞬を、二人が見ていた。
藤堂。
そして、少し離れた位置から戦場を見ていたストライク・イーグル。
加納だった。
加納が口を開く。
「藤堂」
落ち着いた声。
「陽動は俺が引き受ける」
一拍。
「藤堂は準備ができたら合図をしてくれ。
俺が誘導する」
藤堂は、転倒しかけたサイクロプスを立て直しながら応じた。
「……加納。盾を失ったストライク・イーグルで大丈夫か」
短い沈黙――
その後。
加納が、わずかに笑ったような声音で答える。
「なに。
右手を失ったサイクロプスよりは、まだマシだ」
藤堂の口元が、わずかに歪んだ。
「……了解した」
次の瞬間。
ストライク・イーグルが、大地を蹴った。
白砂を巻き上げながら一気に加速する。
サーベルを構えたまま、ユグドラシルの上を通過した百足型サーヴィターへ向かって突っ込んだ。
そして――
閃光のような一撃。
サーベルが、百足型サーヴィターの節足を切り裂く。
ガギィッ――!
硬い外殻が裂け、数本の節足が弾き飛ばされた。
百足型サーヴィターの巨体が、びくりと反応する。
長い胴体が大きくうねり、頭部が旋回した。
新たな標的。
ストライク・イーグルを捕捉する。
次の瞬間。
巨体が地面を擦るようにして突進してきた。
だが――
ストライク・イーグルは、ひらりと身を翻す。
わずかな体重移動で突進の軌道を外し、その巨体の横をすり抜ける。
すれ違いざま――
サーベルが再び閃いた。
ザシュッ。
別の節足が切り裂かれる。
百足型サーヴィターが身をよじる。
しかしストライク・イーグルは、すでにその場にはいない。
滑るようなステップ。
軽やかな回避。
巨体の突進を紙一重で躱しながら、節足を狙って切り刻んでいく。
その身のこなしは――
まるで闘牛士のようだった。
猛突進する巨体を誘い、かわし、すれ違いざまに刃を入れる。
鮮やかで、無駄がない。
アメノウズメの車内で、加納が小さく笑った。
「はっ……」
ヘッドギア越しに映る百足型サーヴィターを見ながら、得意げに呟く。
「身体が大きいだけで、意外と動きは単調なものだな」
加納がそう呟いてからも、戦いは続いた。
ストライク・イーグルが白砂の上を滑るように走る。
その背後を、百足型サーヴィターの巨体が追う。
突進。
回避。
反撃。
加納は巨体の進路を読み、わずかな動きで軌道を外していく。
そしてすれ違いざまにサーベルを振るう。
ザシュッ。
節足がまた一本、切り裂かれた。
百足型サーヴィターは怒り狂ったように胴体をうねらせる。
だが、その動きはどこか単調だった。
突進してくる。
外す。
切る。
それを、何度も繰り返す。
「……大樹くん」
藤堂が声をかける。
「配置につけそうか」
大樹の声が返る。
「……はい。もう少しで――」
その間にも、外ではストライク・イーグルが巨体の突進をかわし続けている。
ザシュッ。
また一本、節足が切り裂かれた。
そのとき。
藤堂が言った。
「加納、待たせたな。用意ができた」
一拍。
「百足型サーヴィターより十時の方向。青色の屋根の家の向こう側だ」
加納が頷く。
「了解した」
次の瞬間。
ストライク・イーグルが弾かれたように走り出した。
白砂を蹴り上げながら一直線に加速する。
その背後で――
百足型サーヴィターが巨体をくねらせながら追いかけてくる。
怒り狂ったように。
一直線に。
やがて。
視界の先に、青い屋根の二階建ての家が見えた。
その瞬間。
加納は、勝利を確信した。
「そこだ」
ストライク・イーグルが一気に距離を詰める。
そして――
一階部分の屋根を踏み台にした。
ドンッ――!
屋根が軋む。
その反動でストライク・イーグルの機体がさらに跳躍する。
二階の屋根へ駆け上がり、そのまま思いきり踏み切った。
ストライク・イーグルの機体が大きく宙へ跳ね上がる。
そしてそのまま、家の向こう側へ転がり込んだ。
直後。
百足型サーヴィターの巨体が、追いすがるように迫る。
長大な体躯が地面を擦りながら距離を詰め、青い屋根の家の上を通過する。
その瞬間。
アメノウズメ車内で、藤堂が声を上げた。
「いまだ、大樹くん!」
その声に大樹が反応する。
ストライク・イーグルが飛び越えた家の陰。
そこに――
銃槍を天に向けて構えていたユグドラシル。
大樹が、ユグドラシルの銃槍を思いきり突き上げる。
超高周波振動チップエッジが唸りを上げる。
次の瞬間。
百足型サーヴィターの腹部へ突き刺さった。
腹面の甲殻を突き破り、刃が内部へ潜り込む。
赤く発光する筋束を切り裂きながら、銃槍が胴体を貫いていく。
そして――
大樹は引き金を引いた。
――ズドンッ。
ほとばしる閃光と衝撃。
発射された弾丸が百足型サーヴィターの内部で炸裂する。
巨体が――裂けた。
頭部から三分の一の位置で、胴体が断ち切られる。
切り離された胴体が、白砂の上で痙攣する。
数秒のあいだ、無数の節がびくびくと震え続けた。
切断された胴体の内部から、赤い光が弱く明滅する。
だが――
やがてその光も、ゆっくりと消えていった。
最後に長い尾節が一度だけ震え、そして完全に動きを止めた。
百足型サーヴィターは完全に沈黙した。
白砂の平原に、静寂が戻る。
舞い上がっていた砂塵が、ゆっくりと地面へ落ちていく。
ユグドラシルの銃槍は、まだ天を突いたままだった。
その矛先には、裂けた甲殻の破片と、赤黒い体液が滴っていた。




