第40話 捕食者
藤堂の長刀が、百足型サーヴィターの外殻に食い込んだまま止まっていた。
巨体はわずかに体勢を崩す。
だが――それだけだった。
切断には至らない。
長刀を振り抜いた藤堂自身が、その手応えに眉をひそめていた。
そして、その様子を見ながら、加納は瞬時に状況を整理していた。
スサノヲの運用の基本戦略。
それは――
盾で動きを封じ、サーベルで足を断ち、怯んだ隙を止めを刺すこと。
訓練生に叩き込まれる、基本中の基本の立ち回りだ。
加納自身も、実戦を通じてその有効性は骨身に染みて理解している。
だが――
(相手が百足なら、話は別だ)
百足型サーヴィター。
確かに、足を切ること自体は不可能ではない。
しかし、足が多すぎる。
一本、二本落としたところで、ほとんど意味がない。
それどころか――
巨体のわりに、動きが速すぎる。
盾で正面から押さえ込む戦法も、通常のサーヴィター相手とは勝手が違う。
(盾が、軽すぎる……)
ストライク・イーグルの盾越しに伝わってきた衝撃を、加納は思い出していた。
通常のサーヴィターなら、受け止められる。
だがこの相手は違う。
突進を受け止めるどころか、まともにぶつかれば機体ごと持っていかれる。
そして、それは加納だけの問題ではない。
サイクロプスの長刀では、脚を落とすことはできても、節そのものを断ち切るには短すぎる。
そして――
ジョーカーが持つ短剣では、外殻に刃を通すことすら難しいだろう。
(まともにやり合えば、ジリ貧だ)
加納はそう結論づけていた。
だからこそ、先ほど、自分が前に出た瞬間。
ニックは、ほとんど迷いなく動いていた。
ストライク・イーグルの側面へ回り込み、アメノウズメの前へ機体を滑り込ませている。
完全な護衛位置。
サイクロプスとユグドラシルが前面、ジョーカーは後方防護。
アメノウズメを中心とした、防御陣形。
ニックにとっては、本来経験のない役回りのはずだった。
だが、その判断は完璧だった。
加納の意図を、瞬時に理解していたのだ。
(さすが、か)
短く息を吐く。
その瞬間。
ムカデ型サーヴィターが、大きく身体をくねらせた。
藤堂の長刀を強引に振り払う。
外殻に食い込んでいた刃が弾かれ、サイクロプスの機体が半歩よろめく。
次の瞬間――
巨体が、横薙ぎに振られた。
まるで巨大な鞭のように。
長い胴体が唸りを上げて振り抜かれる。
「藤堂のおっさん!」
ニックが思わず叫んだ。
だが、サイクロプスはすでに動いていた。
長刀を引き戻し、機体をひねる。
しかし――
完全には避けきれない。
巨体の側面が、サイクロプスをかすめた。
衝撃。
サイクロプスの機体が横へ弾かれる。
「っ……!」
藤堂の低い唸り声がアメノウズメの車内に落ちた。
その瞬間だった。
ムカデ型サーヴィターの頭部が、大きく持ち上がる。
鎌のような顎が開く。
狙いは――
今、体勢を崩したサイクロプス。
「藤堂のおっさん!」
ニックの叫びが響いた、その瞬間。
ガキィィィィィン――!!
金属同士が激しくぶつかり合い、擦れ合うような鈍い衝撃音が戦場に響き渡った。
咄嗟だった。
サイクロプスが長刀を振り下ろす。
迫ってきた百足型サーヴィターの大顎と、カルナイト製の高周波振動チップエッジの刃が真正面から激突する。
刃は百足型サーヴィターを完全には防ぎきれなかった。
だが、その一撃は確かに軌道を逸らしていた。
長刀の刃先が、百足型サーヴィターの頭部をかすめる。
五つ並んだ眼の一部が、深く抉られた。
赤黒い体液が飛び散る。
だが――
次の瞬間。
バキン――!
鈍い破断音。
サイクロプスの右腕が、肘の上から消えた。
百足型サーヴィターの大顎に噛み砕かれていた。
切断された腕が白砂に落ちる。
長刀が、白い砂へ深々と突き刺さった。
「藤堂!」
加納が思わず叫ぶ。
だが、その間にも状況は動いていた。
ニックが、すでに操作に入っている。
ジョーカーがアメノウズメの側面へ滑り込む。
「開けろ!」
ニックの声と同時に、兵装用ハッチが緊急解放された。
ガコン、と金属音。
内部のラックに固定されていたサーベルが露出する。
ジョーカーの腕がそれを掴み――
そのまま投げた。
サイクロプスへ向けて。
同時に、ジョーカーの手から短剣が捨てられる。
ニック自身も、新しいサーベルを掴み取っていた。
空中を回転するサーベル。
サーベルはサイクロプスの近くの地面で静止する。
サイクロプスが、転がり込むように飛び出し、それへ手を伸ばす。
左手。
片腕だけになった機体が、砂を蹴る。
そして――
サーベルを掴んだ。
そのまま、左手で構える。
「……助かる」
藤堂の低い声が車内に落ちた。
その時だった。
「大樹」
加納の声が大樹に届く。
「今、ユグドラシルの銃槍に装填されているのはパイルバンカー、対カルナ・フロラ用の兵装だな」
わずかな間。
「百足型サーヴィターに対抗するには、装填を切り替える必要がある。違うか?」
大樹はすぐに答えた。
「はい。その通りです」
「装填を切り替える間、ユグドラシルは無防備になる」
加納の声は冷静だった。
「所要時間はどのくらいだ」
大樹は一瞬だけ計算する。
「……二十秒ほどあればできます」
「了解した」
即答だった。
「藤堂!聞こえているな!」
「聞こえている」
「俺たちで二十秒間、ヤツの注意を引きつける」
加納が続ける。
「その後、ユグドラシルの正面に誘導する。
ニックはアメノウズメの護衛と必要に応じてサポートを頼む」
短い沈黙。
そして――
「了解だ」
「了解や」
二人の応答の声は、落ち着いていた。
「問題ない」
サイクロプスとストライク・イーグルが同時に動いた。
白砂の大地を蹴る。
二機はユグドラシルとは逆側へ回り込む。
ストライク・イーグルが先に仕掛けた。
サーベルが鋭く振り抜かれる。
ザンッ!
百足型サーヴィターの脚が数本、切断された。
赤黒い体液が飛び散る。
巨体が大きくうねる。
五つの眼が、ストライク・イーグルへ向いた。
その向こう側――
ユグドラシルが見える。
機体が、銃槍を大きく頭上へ掲げていた。
「パイルバンカーロック解除……」
大樹が操作パネルを叩く。
「ロックフリー確認……スライド……」
内部ユニットが唸る。
銃槍内部で装填機構が移動を開始する。
その間にも。
サイクロプスが動く。
ストライク・イーグルから少し距離を取った位置。
左手のサーベルが振り下ろされる。
ザシュッ!
百足型サーヴィターの脚が、さらに数本落ちた。
その瞬間。
百足型サーヴィターが動いた。
巨体が激しくくねる。
百足型サーヴィターが大顎を大きく開いた。
赤黒い口腔が、機体一機を丸ごと噛み砕けるほどの幅で広がる。
そして――
ストライク・イーグルへ襲い掛かった。
「来い……!」
加納が低く呟く。
ストライク・イーグルは一歩踏み込み、盾を突き出した。
ガンッ――!!
巨大な顎が、盾へ噛みつく。
ストライク・イーグルの盾が、百足型サーヴィターの大顎の間に挟み込まれた。
機体が激しく揺れる。
だが、加納は動じない。
この極限の状況でも、彼の意識は冷静に戦場を観察していた。
ヘッドギアのマイク越しに、微かな音が届く。
――ミシ……。
加納の目がわずかに細くなる。
ストライク・イーグルの盾。
百足型サーヴィターの大顎へ、強引にねじ込んだカルナイト製の盾。
それが――
悲鳴を上げていた。
装甲の内部から、鈍い軋みが響いている。
(……限界か)
加納は即座に判断した。
ストライク・イーグルを一歩後退させる。
ほんの一歩。
だが、その一歩がすべてだった。
次の瞬間。
バキィン――!!
鈍い破断音が響く。
盾が、真っ二つに裂けていた。
割れた装甲片が、白い砂の上へ落下する。
ストライク・イーグルの腕には、もはや盾は残っていなかった。
だが、その時。
「加納さん!藤堂さん!」
大樹の声が響く。
「装填完了しました!」
ユグドラシルが銃槍を構える。
ガシャン――
重い機械音が、白い大地に響いた。
その音に反応するように、百足型サーヴィターの五つの眼が、ゆっくりとユグドラシルへ向いた。




