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プロジェクト・アマテラス《三貴機神再生計画》  作者: 狐月華
3. 約束の土地《サンクチュアリ》
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第38話 約束の土地

 佐伯が一歩前に出て、彩人と視線を合わせた。


「支援物資を持ってきた。今、駐車場に停めてあるアメノウズメの格納スペースに積んである」


 淡々とした口調で、事務的に続ける。


「いつものように、屋島寺の本堂脇の倉庫に運べばいいか?」


 その言葉に、彩人は一瞬だけ目を伏せ、すぐに顔を上げた。


「はい。いつも、本当に助かっています」


 柔らかな声だったが、そこには飾りのない感謝があった。


「ここには高齢の方が多くて……若い者は、私と――」


 そう言って、彩人は先ほどヴァンガード隊を案内してきた女性の方を見る。


「姉の里美くらいしかいないもので」


「……姉?」


 大樹は、思わず女性を見た。

 確かに、彩人と面影がよく似ている。女性は一歩前に出て、軽く頭を下げた。


「申し遅れました」


 落ち着いた声で名乗る。


「高槻里美と申します」


 佐伯は彩人に短く頷いた。


「了解した」


 振り返り、口を開く。


「本堂前の広場までアメノウズメを寄せる」


 一拍置いて、少しだけ語調を変えた。


「すまないが、そこから先は肉体労働だ」


 間を置かず、各員の返答が重なる。


「了解や」

「了解だ」

「了解した」

「了解しました」


 ニックは肩を回しながら、軽く笑った。


「ええ運動になりそうやな」


 彩人は、そのやり取りを静かに見つめていた。そして、ぽつりと呟く。


「……ありがとうございます」


 その言葉は小さかったが、不思議と耳に残った。

 佐伯はアメノウズメへと戻り、エンジンを始動させる。低く抑えられた駆動音が、屋島山頂の空気を震わせた。


 アメノウズメはゆっくりと本堂前の広場へと移動し、低い駆動音を響かせながら停止した。

 ほど近い位置に木造の倉庫が見える。それは、元からあった建物ではないようだった。


 農地を開拓する際に生えていた木々を伐り払い、その材木を使って組み上げたのだろう。太さの不揃いな梁と柱が、手作業で建てられたことを物語っている。

 壁には再利用されたトタン板や木板が継ぎ合わせられ、屋根は波板で覆われていた。


 粗い造りではあるが、柱も梁もしっかりと組まれている。ここで暮らす人々が時間をかけ、力を合わせて作り上げた倉庫なのだと一目で分かった。


 そこからは、人の手による作業だった。


 アメノウズメの格納スペースのハッチが開き、段ボール箱が次々と地面へ降ろされる。

 燃料缶、農機具の部品箱、保存食、日用品――大樹たちは腕まくりをして運び始めた。


 本堂の石段の前まで、何往復もする。途中からは、屋島の住民たちも手伝いに加わった。

 年配者ばかりだったが、その手つきは慣れたものだ。無駄な動きがなく、静かに、着実に荷が運ばれていく。

 やがて、最後の箱が本堂の縁側に置かれた。


「……よし、こんなもんか」


 佐伯が手袋を外しながら言う。大樹は肩で息をしながら、額の汗を拭った。


「結構……ありましたね」


「前回もこんな感じだったな」


 藤堂が笑いながら木箱を軽く叩いた。


 その時だった。本堂の方から、足音が近づいてくる。振り向くと、里美がこちらへ歩いてきていた。


「皆さん」


 穏やかな声で呼びかける。


「ありがとうございました」


 軽く頭を下げてから、続けた。


「ちょうどお昼ですし……簡単なものですが、昼食をご用意しております。よろしかったら、どうぞ」


 その言葉に、佐伯が柔らかく頷いた。


「里美さん。ありがとうございます」


 そして振り返る。


「よし、ヴァンガード隊。ちょっと休憩だ」


 少しだけ口元を緩めた。


「せっかくだ。ご馳走になろうか」


「賛成や」


 ニックが真っ先に答える。


「正直、腹減っとった」


 一同の小さな笑いが重なった。


 案内されるまま、本堂の中へ入る。木造の廊下はよく磨かれていて、古い建物特有の乾いた木の匂いが漂っていた。

 やがて、食堂へ通される。


 食堂には低い長机がいくつも並べられていた。その中央の一つで、彩人がすでに座って待っていた。

 食堂の端では、年配の住民が数人、静かに昼食を取っている。ヴァンガード隊の姿に気づくと、皆が軽く会釈した。


 机の上には茶碗と汁椀が人数分並べられていた。彩人と里美、そしてヴァンガード隊の分だ。


 食堂の脇には、壁で仕切られていない小さなキッチンスペースが続いている。

 業務用のコンロの上には大きな鍋が一つ置かれ、そこから湯気がゆっくりと立ちのぼっていた。味噌と豚肉の香りが、部屋いっぱいに広がっている。

 その隣には炊飯器がいくつか並べられ、蓋の隙間からは白い湯気がのぼっていた。


 彩人が顔を上げた。


「ヴァンガード隊の皆さん」


 静かな声で言う。


「今日は、本当にありがとうございます」


 一瞬、言葉を探すように視線を落とした。


「ここは食料も限られていて……ろくなおもてなしもできません」


 少しだけ照れたように微笑む。


「粗末な物しかないのですが……もしよろしければ」


 その言葉を受けて、里美がキッチンの鍋を軽く示した。


「豚汁です」


 ふわりと湯気が立ちのぼる。味噌の香りが、さらに濃く広がった。

 里美は静かに続ける。


「ジャガイモは去年収穫して貯蔵していたものですが……」


 そして、少しだけ嬉しそうに言った。


「ネギと春菊は、今朝温室で採れたものなんです」


 炊飯器を指さす。


「ご飯も炊いてありますので、よろしければ皆さんでどうぞ。セルフサービスです」


 大樹の腹が、ぐう、と小さく鳴った。

 その瞬間、ニックが吹き出し、藤堂が苦笑する。

 ニックはすぐに配膳口の前に立ち、おたまを手に取った。


「いやぁ……まさかこんなうまそうな昼飯にありつけるとは思わんかったわ」


 嬉しそうに言いながら、湯気の立つ豚汁を椀によそう。その様子を見ていた加納が、静かに言った。


「……戦場を回っていると、こういう飯が一番しみる」 


 どこか実感のこもった声だった。

 やがて、各自が茶碗に飯をよそい、椀に豚汁をついで席につく。湯気の立つ昼食を囲みながら、ヴァンガード隊は静かに箸を取った。


 大樹は豚汁を一口すすり、小さく息をつく。思わず肩の力が抜けた。冷えた体に、味噌の温かさがゆっくりと広がっていった。


 外では、二月の山風がビニールハウスの膜をかすかに鳴らしている。

 カルナ・サーヴィターが支配する四国の中で――そこだけが、まるで別の時間を生きているかのように、穏やかな空気に包まれていた。


 湯気の立つ昼食を囲む中、しばらくのあいだ、誰も言葉を発しなかった。味噌の香りと、箸の触れ合う小さな音だけが、座敷の広間に静かに広がっていく。


 やがて、大樹が箸を置いた。少しだけ躊躇うように視線を上げ、彩人を見る。


「……彩人さん」


 彩人が顔を上げた。


「一つ、お聞きしたいことがあるんですが。よろしいでしょうか」


 穏やかな声で彩人は頷く。


「何でしょう。大樹さん」


 大樹は一瞬だけ言葉を選び、それから口を開いた。


「ここ、屋島はカルナの支配域にあるはずですよね」


 周囲の空気が、わずかに引き締まる。


 大樹は続けた。


「それなのに、どうしてここだけカルナ・サーヴィターが侵入してこないんでしょうか」


 視線をゆっくりと広間へ巡らせる。年配の住民たちは、変わらず静かに食事を続けていた。


「何か特別な装置とか……それとも、特殊な結界のようなものでもあるんでしょうか」


 彩人はしばらく何も言わなかった。そして、ふっと小さく笑った。


「別に、そんな大層なことではないですよ」


 その声は、驚くほどあっさりしていた。

 彩人は箸を置き、大樹の方へ視線を向ける。そして、まるで当たり前のことを告げるように言った。


「私は――未来を知ることができるんです」


 一瞬、誰も言葉を発しなかった。

 ニックの箸が止まり、藤堂がわずかに眉を上げる。加納は何も言わず、ただ彩人を見つめていた。

 彩人は静かに続ける。


「ここ、屋島は――約束の土地なんです」


 その言葉は、不思議なほど静かに広間へ落ちた。


「私たちは、この場所で、約束された未来に至るその時まで」


 ゆっくりと周囲を見渡す。

 年配の住民たち。湯気の立つ椀。静かな昼の光。


「ひっそりと暮らすことを選びました」


 彩人は、柔らかく微笑んだ。


「たった、それだけのことなんです」


 大樹は何も言わず、その顔を見つめていた。真正面から。逃げることなく。

 そのときだった。


 ふと、大樹は奇妙な感覚を覚えた。


 彩人の右目。その奥が――ほんの一瞬、微かな光を帯びたように見えたのだ。


 錯覚かもしれない。


 だが、その光は。まるで、遠い未来を覗き込む窓のように、静かに揺らめいている気がした。

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