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第38話 芽吹く脅威

張りつめていた空気を破るように、ふとニックが顔を上げた。


「……そういえばやけどな」


椀を置きながら、少し首をかしげる。


「ワイらがここに来た時、里美ちゃんが前もってそのこと知っとったみたいに聞こえたんやけど」


視線を彩人へ向ける。


「あれ、なんでなんや?」


彩人は「ああ」と小さく笑った。

そして、上着のポケットへ手を入れる。


「それは――これです」


取り出したのは、少し大きめの携帯電話だった。

今ではほとんど見かけない、無骨な形の機器だ。


彩人はそれを指先で軽く掲げると、穏やかに説明を続けた。


「約束の土地であるこの上空には、飛行型サーヴィターがいません」


窓の向こうの空を一瞬だけ見上げる。


「タイミングにもよりますが、これが使えるんです」


ニックが「ああ」と頷いた。


「なるほどな」


口元を緩める。


「衛星電話ってことやな」


彩人も頷いた。


「はい、そうです」


そして、少しだけ言葉を続ける。


「これは、与島基地の小田桐さんが持たせてくれているんです」


衛星電話をそっと机の上に置く。


「もっとも――連絡先をご存じなのも、小田桐さんくらいしかいないんですが」


少しだけ苦笑した。


「ほぼ専用電話みたいなものですね」


藤堂が、ぽつりと呟く。


「小田桐基地司令が……」


その名に、ヴァンガード隊の面々の視線がわずかに揺れた。


続いて口を開いたのは、佐伯だった。


「彩人くん」


落ち着いた声で呼びかける。


「ここでの生活はどうだ?本当に大丈夫なのか?」


少しだけ間を置き、言葉を続けた。


「約束の土地というのを受け入れることはできないが、君たちの考えは理解はしているつもりだ」


視線を静かに向ける。


「だが、それでも――

もし、君たちが望むのであれば、与島基地はいつでも受け入れる用意がある」


座敷の空気が、少しだけ静まる。


彩人はゆっくりと顔を上げた。

そして、穏やかに口を開く。


「ええ……非常にありがたいお申し出です」


だが、その声ははっきりとしていた。


「ただ、ここにいる人たちは」


視線を広間の端へ向ける。


静かに食事を続けている年配の住民たち。


「新しい土地での生活を、不安に思っているんです」


言葉を選びながら続ける。


「できるだけ、生まれ育った土地に近い場所で静かに暮らしたい」


その思いが、この場所へ彼らを集めていた。


彩人は小さく息を吐いた。


「僕は……彼らを見捨てることはできません」


その言葉に、嘘はなかった。


佐伯はしばらく彩人を見つめていた。

やがて、ゆっくりと頷く。


「そうか」


短く、しかし温かい声だった。


「もし、気が変わったら――」


顎で机の上の衛星電話を示す。


「その電話で、小田桐司令に伝えてくれ」


一拍置き、静かに言った。


「俺が、いつでも迎えに来る」


彩人は一瞬だけ目を伏せた。

そして、深く頭を下げる。


「……ありがとうございます」


その礼は、ゆっくりと、心からのものだった。


佐伯は、少しだけ息を吐くと、穏やかに続けた。


「せっかくここまで来たんだ」


椀を手に取りながら言う。


「別に、今日中に帰還しろって指示を受けているわけでもない」


視線を彩人へ向ける。


「何か困っていることがあれば、何でも言ってくれ」


少し肩をすくめるようにして笑った。


「できるだけの協力はさせてもらおう」


彩人は一瞬だけ視線を落とした。

そして、少し言いにくそうに口を開く。


「……一つだけ、困っていることがあるんです」


申し訳なさそうに言葉を選ぶ。


「数か月前に、一体の蟻型サーヴィターが……屋島のすぐそばをうろついていたんです」


食堂の空気が、わずかに張りつめる。


彩人は続けた。


「それは、まさに例外的な一体で……山頂までは辿り着かなかったのは幸いなんですが」


一度、言葉を切る。


「その蟻型サーヴィターがいたあたりに――」


ゆっくりと告げた。


「カルナ・フロラが芽吹いたんです」


藤堂の箸が、ぴたりと止まる。


「……カルナ・フロラだと?」


低く、確認するような声だった。


彩人は頷く。


「それから何か月か、もう経っています」


静かに続ける。


「カルナ・フロラも、かなり成長してきている」


一瞬だけ目を伏せた。


「もはや――いつ、その根元からカルナ・サーヴィターが這い出してきても不思議ではありません」


佐伯がゆっくりと口を開いた。


「……大樹くん」


視線を大樹へ向ける。


「ユグドラシルは……」


その言葉が終わる前に、大樹が即座に答える。


「はい」


迷いのない声だった。


「ユグドラシルの銃槍には、対カルナ・フロラ用の兵装が搭載されています」


佐伯は小さく頷いた。

そして、彩人へ向き直る。


「彩人くん」


一拍、間を置く。


「一食一飯の恩義ってやつだ」


口元に、少しだけ笑みが浮かぶ。


「その依頼――ヴァンガード隊に任せてくれ」


彩人の目がわずかに見開かれた。


「す、すいません……」


声が少しだけ震える。


「本当に、ありがとうございます」


彩人は立ち上がると、深々と頭を下げた。


「佐伯さんには、いつもお世話になって……」


言葉が少し詰まる。


「甘えてしまってばっかりで……」


その時、佐伯もゆっくりと立ち上がった。

そして、軽く手を振る。


「頭を上げてくれ」


穏やかな声だった。


「俺は、小田桐司令から――

出来うる限りの協力を惜しまずするように命令を受けている」


肩をすくめる。


「その命令に応じるのは、俺にとっては当然のことだ」


そう言うと、佐伯は笑いながら右手を差し出した。


「ほら、そんな顔するな。

その依頼、ヴァンガード隊が、確かに受けた」


彩人は顔を上げる。

そして、その手を取った。


がっしりとした力強い握手だった。

大人同士の、揺るぎない握手だった。


「あの……」


少し遠慮がちに、大樹が口を開いた。

皆の視線が自然とそちらへ向く。


「数ヶ月前に蟻型サーヴィターがうろついていた、という話でしたけど……」


言葉を選びながら続ける。


「それで、どうしてその場所にカルナ・フロラが芽吹いたんですか?」


一度だけ瞬きをする。


「その、うろついていた蟻型サーヴィターは……どうなったんですか?」


その問いに、ニックが目を丸くした。


「おお?」


少し意外そうに眉を上げる。


「佐々木博士は流石に工学の権威やけど……」


ちらりと大樹を見る。


「ご子息も含めて、こっちの方は意外と疎いんかな?」


少し身を乗り出すようにして言った。


「ええか?」


人差し指を軽く立てる。


「カルナ・サーヴィターっちゅうのはな――カルナ・フロラの従属生物であると同時に、カルナの種でもあるんや」


ニックは続けた。


「スサノヲに殺されたり、四肢を奪われて身動きできんくなった個体には出来んことやがな」


肩を軽くすくめる。


「カルナ・サーヴィターは、自分の意思で地中に潜り――」


指先を机に向けて、下へ沈めるような仕草をする。


「自分の身体を変化させることで、種になることができるんや」


大樹の表情がわずかに引き締まる。


ニックはさらに言葉を重ねた。


「それはな……」


少しだけ間を置く。


「空を飛んどる飛行型サーヴィターは例外やけど」


指を折りながら言った。


「蟻型サーヴィターだろうと、蟷螂型サーヴィターだろうと、ワイらがカルナ・フロラで遭遇した、百足型サーヴィターでも……

おんなじや」


そして、彩人の語った方向を顎で示すようにして言った。


「その風変わりな蟻型サーヴィターはな。

地中に潜って――カルナの種子になることを望んだ……

っちゅうことやな」


静かに言い切る。


ニックはそこで、大樹へ視線を戻した。

口元に、わずかな笑みを浮かべる。


「解ったか?」


少し意地の悪い調子で、最後に付け加える。


「ヒョロ眼鏡」


ニックの言葉を聞きながら、藤堂は箸を持つ手をわずかに止めていた。


――少し、妙だな。


胸の内で、そう呟く。


訓練生時代に受けた一般教養の講義では、カルナ・サーヴィターとカルナ・フロラの関係については、そこまで断定的には教えられていなかったはずだ。


『カルナ・サーヴィターが何らかの方法でカルナ・フロラの種子となるのではないか』


あくまでそう考えられている、という結論だった。


だが、今ニックが語った内容は違う。

まるで――実際にそれを知っているかのような口ぶりだった。


藤堂はちらりとニックを見る。

島根第一研究所での光景が、ふと脳裏をよぎる。


藤原博士が、彼のことを「ニコラス」と呼んでいたこと。

そして、その呼び方がどこか親しげだったこと。


さらに思い出す。


藤原博士に呼ばれて入った一番ラボでの「治療」と称した時間。


そこで、二人が何を話していたのか――

ヴァンガード隊の誰も知らない。


藤堂にも、思うところがないわけではなかった。


だが。


藤堂は小さく息を吐くと、再び箸を動かした。

今ここで追及するような話ではない。


それに――

もしニックが何かを知っているのだとしても。

それを話さない理由があるのなら、無理に聞き出す必要もない。


少なくとも。

ニックは、同じ隊で戦う仲間だ――

藤堂にとっては、それだけで十分だった。

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