↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プロジェクト・アマテラス《三貴機神再生計画》  作者: 狐月華
3. 約束の土地《サンクチュアリ》
PR
37/96

第36話 境界

 太陽が天頂へと近づき、屋島との距離が縮まるにつれ、周囲の景色は、ゆっくりと、しかし確実に変化し始めていた。


「……緑が……増えてきている」


 不意に、大樹が口を開いた。


 ヘッドギア越しの視界に映るのは、白化した地表の裂け目から顔を出す、か細い草木だった。これまでは、稀に混じる異物のようにしか見えなかったそれが、いつの間にか、点(・)ではなく帯(・)として連なり始めている。


 ひび割れたアスファルトの隙間に根を張る雑草。倒壊した建屋の影に残る、色の濃い低木。風に揺れる葉の色はまだくすんでいるが、確かに――生きている。

 白一色だった世界に、緑が滲み始めていた。


「ほんまやな……」


 ニックが、半ば独り言のように呟く。


「さっきまでとは、空気が違うわ」


 緑の増加に伴い、人の営みの痕跡も、よりはっきりと姿を現し始める。


 路肩に転がる標識の残骸。半壊したまま放置された小型車両。文字の剥げた看板が、かつてそこに店があったことを無言で訴えていた。


「白化が……薄れてきているのか」


 佐伯が、慎重に言葉を選ぶ。


「あるいは、回復が始まっているか、だな」


 藤堂が静かに補足した。

 最初の接敵以降、ヴァンガード隊は何度かサーヴィターの群れに遭遇していた。だが、緑が視界に占める割合が増すにつれ、その頻度は目に見えて減少していく。

 索敵に引っかかる反応は散発的で、いずれも小規模。包囲や待ち伏せの兆候は見られなかった。


「……妙に静かだな」


 加納が、警戒を崩さぬまま呟く。


「静かすぎるのも、気持ち悪いが……少なくとも、今のところは追い風だ」


 佐伯は言葉を切り、地形データを再確認する。

 大樹は無意識のうちに息を整えていた。先ほどまで、装甲越しにも感じていた張り詰めた感覚が、わずかに緩んでいる。

 ところどころではあるが緑がある。そして、人が、ここで生きていた痕跡がある。それだけで、この一帯が完全に失われたわけではないのだと、思えてしまう。


 そして、その向こう側――白く霞んだ地平線の先に、ひとつ、異質な輪郭が浮かび上がっていた。横に長く、頂が不自然なほど平たい山影。尾根の起伏はほとんど感じられず、まるで大地を水平に切り取ったかのようなシルエットが、空との境界に滲んでいる。


「……屋島やな」


 ニックの低い声が、確信を帯びて響いた。

 地形データと視界情報が一致するにつれ、その山容はゆっくりと存在感を増していく。まだ距離はあるが、平坦な山頂は確実に大きくなり、彼らの進行方向が間違っていないことを無言で示していた。

 ヴァンガード隊は、陣形を崩すことなく、一定の速度を保ったまま前進を続ける。

慎重さを失わず、それでいて迷いもない。


 白化した大地は、依然としてその支配力を失ってはいなかった。点在するカルナ・フロラの大木が、乾いた地表に影を落とし、無機質な景観を形作っている。

 だが、その中に――まるで縫い込まれた布の帯のように、緑が連なっていた。


 雑草や低木。かつて人の手で植えられたであろう庭木の名残。そして、その合間に垣間見える生活の痕跡。

 崩れかけたブロック塀。傾いた郵便受け。色あせた表札が、風に揺れながら、かろうじてかつての名前を留めている。


 進むにつれて、その割合は確実に増していった。

 屋島のふもとへと差し掛かる頃には、視界に広がる光景は、もはや白化地帯とは呼び難いものになっていた。そこにあったのは――人だけが忽然と姿を消してしまったかのような、無人の住宅街だった。


 家屋は立ち並び、塀も門扉も、そのままの形で残されている。

 窓ガラスの多くは割れているが、倒壊した建物は少なく、街並みの輪郭は、かつての姿を明確に保っていた。


 ヴァンガード隊の足元を走る道路も同様だった。アスファルトはひび割れこそあれ、白化に侵されることなく、黒い路面をそのまま露出させている。屋島の玄関口へと続く道路もまた、車が往来していた頃の景色を、時間ごと封じ込めたかのように残していた。


 この周辺だけが――明らかに、異質だった。それはカルナ・サーヴィターについても同じだった。

 白化した大地と緑の帯との境界で、カルナ・サーヴィターの反応は、まるで糸を断たれたかのように途絶えている。

 蟻型サーヴィターの群れは、その境界を越えようとせず、認識そのものを拒むかのように、縁をなぞって後退していた。


「……避けてる、いうより」


ニックが視線を巡らせながら、低く呟く。


「見(・)え(・)て(・)へ(・)ん(・)みたいやな」


 上空もまた、同様だった。

 これまで群れをなして空を覆っていた、カゲロウ型をはじめとする飛行型サーヴィターの影は、屋島周辺の上空には存在しない。


 直射日光が遮られ、薄暗く感じられていた空は、この一帯だけを円形に切り取ったかのように、澄んだ青を取り戻していた。


 境界の外では、異形が空を埋め尽くしているにもかかわらず――屋島の上空だけが、静かで、穏やかで、あまりにも普通だった。


「……まるで……別の世界みたいだ……」


 誰に向けたわけでもなく、大樹の言葉が漏れる。その言葉に、誰も否定しなかった。

 ヴァンガード隊は、速度を落とさず、警戒を強めながら住宅街へと足を踏み入れていく。


 人の気配はない。だが、ここには確かに――人(・)が(・)生(・)き(・)て(・)い(・)た(・)世(・)界(・)が、そのまま残されていた。

 静けさは、これまでとは質が違っていた。敵影のない安堵ではない。むしろ、何かに見守られているかのような、不自然な沈黙。


「よし……もう少しで到着だ」


 アメノウズメの操縦席で、佐伯が口を開いた。正面モニターには、屋島の住宅街へと続く道路と、その奥に横たわる平坦な山影が映し出されている。


「それにしても……ここは、何回来ても不気味だな」


 独り言に近い呟きだった。


「佐伯さん、ここに来たことがあるんですか?」


 視線を正面に向けたまま、大樹が問う。


「ん?ああ、実はそうなんだ」


 佐伯は前方から目を離さず、淡々と続けた。


「前に来たのが……三か月ほど前になるか。今回で五度目……くらいかな。藤堂と一緒に来たこともある」


「五回も……」


 驚きを隠せない大樹に、佐伯は小さく肩をすくめる。


「アメノウズメのパイロットはな……」


 自嘲気味に言葉を選びながら、


「スサノヲのパイロットみたいに、前に出てカルナ・サーヴィターを片っ端から叩けるわけでもない。やることは地味だ」


 車内には、エンジン音と微かな振動だけが満ちていた。


「そのくせ、同じ車両に乗ってる全員の命を預かる立場だ。責任ばっかりが重くなりやがる」


 吐き捨てるようでいて、その声には職務への覚悟が滲んでいる。


「だから、望んでなりたがるやつも少ない。……で、こういう面倒な役回りばっかり、何度も回ってくるってわけだ」


 一拍置いて、佐伯は軽く息を吐いた。


「ヴァンガード隊。ここから先はクルーズモードでいい」


 各員が操作が切り替え、戦闘用ヘッドギアを収納スペースに戻していく。視界は正面モニターへと戻った。


「おやつを持ってきたやつは、食べながらでも構わん。ただし――」


 ちらりと後部を一瞥する。


「車内を汚したら、きっちり掃除してもらうがな」


「……あああ!しもた!」


 即座に声を上げたのは、ニックだった。


「どうした、ニック」


「やっぱりお菓子持ってくるんやった……。バナナしか持って来てへんわ」


 そう言いながら、ニックは荷物を探り、慣れた手つきでバナナの皮を剥き始める。その、あまりにも緊張感のない光景に――


「……っ」


 大樹は、思わず噴き出してしまった。

 車内に、短い笑いが広がる。張り詰めていた空気が、ほんの一瞬だけ緩んだ。


 そして――モニターの向こうに広がる無人の住宅街と、その背後に控える屋島は、黙して語らぬまま、彼らを迎え入れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。