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第4話 巨獣の腹へ

誘導灯が、闇の中に一本の道を描く。


冷え切った空気が地表に溜まり、吐く息がヘルメットの内側で白く曇る。

装甲車アメノウズメは、その光に導かれるように速度を落とし、巨大な影へと近づいていった。


クローラーが低速に切り替わり、

キュラ……キュラ……と、冷えた金属が軋むような駆動音が車体の下から伝わってくる。


最初、美桜はそれを“船”だと認識できなかった。


フロントモニターいっぱいに映るのは、海に浮かぶ構造物というより、切り立った人工の断崖だった。


海面から立ち上る白い靄が艦体の下部にまとわりつき、

鋼鉄の壁面が、凍えるような夜明け前の微光を鈍く反射している。


「……これが、《暁》」


思わず漏れた呟きは、直後にかき消される。


艦体から放たれる重低音。

それはエンジン音というより、巨大な生物の呼吸に近かった。

低く、規則的な振動が地面を伝い、装甲車の床から美桜の体を揺さぶる。


全長三百二十メートル。

かつての空母を、地上戦専用の重装甲で塗り潰したような異形。

空を捨てた人類が、なおも戦うために造り上げた“山”が、そこにあった。


「……でかいな」


珍しく、藤堂が短く呟く。


「船言われて来たけど、これもう動く要塞やん」


ニックの軽口すら、どこか控えめだった。

アメノウズメは艦尾へ回り込み、巨大なリア・ハッチ――

通称、《地獄のヘル・ゲート》の正面に停止する。


ハッチが開く。


数メートルはあろうかという分厚い装甲が左右に割れ、内側から白色灯が溢れ出した瞬間、冷えた外気と艦内の暖気がぶつかり、薄い白煙のようなものが一瞬だけ揺らいだ。


「……っ」


美桜は、息を呑む。


ハッチの向こうに広がっていたのは、鋼鉄の大空間だった。


天井高二十メートルを超えるメイン・ハンガー。

その広大な空間に、アメノウズメとスサノヲたちが流れ込んでいく。


艦内ランプを軋ませながら進入してくる八メートルの機体。

アメノウズメのクローラーが、キュラキュラと低く鳴り、その音が鋼鉄の壁に反射して幾重にも重なった。


各小隊は装甲車を先頭に、四機一列で続く。

誘導灯と整備員のハンドサインに従い、

それぞれが割り当てられたブロックへと進んでいく。


すでに固定を終えた機体もあれば、まだ姿勢制御の最終確認を受けている機体もある。


七つのブロック。

各ブロック四機ずつ。

そこに集まる質量は、圧倒的だった。


ニックのジョーカーが、

軽やかな足取りで定位置へと収まる。

続いて、藤堂機。

加納機。

そして――美桜の機体が、その列に加わった。


スサノヲの装甲は、鋼鉄の鈍色を基調に、要所だけを覆う白い装甲板が貼り重ねられている。


暗がりのハンガーでは、その白だけが周囲の光を拾い、淡く浮かび上がって見えた。


歩行に合わせて関節部の影が揺れ、白い装甲が、闇の中に輪郭を刻む。


それは装飾ではない。

威圧のためでもない。

生き残るために、そこに在る防御だった。


アメノウズメが艦内の展開通路に入り込むと、巨獣の内臓を思わせる通路が、その重量を受け止める。

キュラキュラと鳴っていたクローラーが、ゆっくりと沈黙する。


その直後、低く鈍い金属音と共に、車体が艦体と一体化した。

その余韻が、艦内に静かに残る。


艦体と一体化したアメノウズメの車内で、わずかな振動が完全に収まる。

まるで巨大な獣の腹の中に飲み込まれ、外界から切り離されたような感覚だった。


その沈黙を破ったのは、操縦席に座る佐伯の声だった。


「――さてと」


一度、短く息を吐く。

それは緊張を解くためではなく、切り替えの合図のように聞こえた。


「そろそろ準備も整ったところだと思うが……よかったら、今回の任務の編成について説明させてくれ」


操作パネルに映し出された戦術マップが、淡く光る。

四基のスサノヲが、簡略化されたアイコンとして表示された。


「スサノヲの兵装については、すでに連絡している通りだ。

だから今から――お前たちの相棒、四基のスサノヲの役割分担を確認する」


佐伯の視線が、順に車内を巡る。


「前衛は、ニックのジョーカーと藤堂のサイクロプス」


ニックが、軽く肩を揺らした。


「中衛は、加納のストライク・イーグル。後衛は、篠宮のキルシュだ」


美桜の喉が、無意識に鳴った。


後衛。

それは、最後方。

だが同時に、全体を見渡せる位置でもある。


佐伯は、まずニックへ視線を向けた。


「ニック」


「はいはい、聞いとるで」


「お前の軽装で俊敏なジョーカーによる撹乱と奇襲は、攻撃であると同時に、本隊の防御でもある」


モニターに、ジョーカー機の想定軌道が描かれる。

敵陣を縫うように走り、翻弄し、切り裂く軌跡。


「カルナにアメノウズメを認識させる隙を与えるな。

その前に――葬ってやれ」


「了解や。派手にいかせてもらうわ」


軽い調子だが、その目は笑っていなかった。


次に、佐伯は藤堂を見る。


「藤堂」


「……」


「お前のサイクロプスの長刀は、与島基地でも随一だ」


一瞬だけ、藤堂の眉が動く。


「どうしてあんな代物が扱えるのか、正直、俺にはわからねぇ」


だが、と言葉を区切る。


「一つだけ言える。お前がこの隊の攻撃の要だ」


モニターには、サイクロプスの戦闘ログが重なる。

一撃の重さ、間合いの深さ。

数字が、それを裏付けていた。


「遠慮はいらねぇ。存分に暴れてくれ」


藤堂は、短く息を吐いた。


「……了解」


それだけだったが、十分だった。


佐伯は、次に加納へ向き直る。


「加納」


「はい」


背筋を伸ばした返答。


「お前の成績のバランスは、非の打ちどころがねぇ」


戦術、射撃、近接格闘、判断速度。

どれを取っても高水準。

突出はしないが、崩れない。


「お前のストライク・イーグルが、この部隊の中心だ」


その言葉に、車内の空気がわずかに引き締まる。


「この部隊が生きるも死ぬも、ストライク・イーグルの動きにかかっていると言っても過言じゃねぇ」


加納は、わずかに顎を引いた。


「戦況を見極め、部隊をまとめてくれ」


「……了解しました」


その声には、迷いはなかった。


そして――

佐伯の視線が、最後に美桜へ向けられる。


「篠宮」


「……はい」


思わず、背筋が伸びる。


「俺はな、お前が経験が少ないからという理由で、お前のキルシュを後衛に置いたつもりはねぇ」


美桜の胸が、きゅっと締まる。


「お前は、臆病だ――」


一瞬、言葉を失う。


だが、佐伯は続けた。


「だからこそだ」


その声は、断定的だった。


「お前は部隊の穴や、カルナがどこから仕掛けてくるか――

それを予測する眼を持っている」


モニターに映る戦術マップが、美桜の視界と重なる。

死角。

迂回路。

気づかれにくい侵入経路。


無意識のうちに、彼女がいつも見てしまう場所。


「自分を信じろ。そして、キルシュを信じてやれ」


佐伯は、視線を逸らさない。


「俺たちの命――お前に預ける」


その言葉が、胸の奥に静かに落ちた。


逃げ場はない。

だが、不思議と重すぎもしなかった。


「……はい」


美桜は、ゆっくりと頷いた。

その声は、震えていなかった。


佐伯は満足そうに一度だけ頷く。


「以上だ」


操作パネルに手を戻した佐伯の指が、短い操作を終える。


「――ヴァンガード隊、配置完了。こちら準備は整った」


一拍の間。


その直後、艦内スピーカーが低く震えた。


『――了解。《暁》、出航準備完了』


その言葉を合図に、艦内の空気が変わった。


低く、腹の底に響く振動が、床下から這い上がってくる。

それはエンジンのただの起動音ではない。

まるで、長い眠りについていた何かが、ゆっくりと息を吸い始めたかのような――

そんな感覚だった。


艦内照明が段階的に切り替わる。

白から橙、そして深い赤へ。

非常ではない、航行時特有の照度。


《暁》が、戦場へ向かうための“体勢”に入った証だった。


美桜は、シートに背を預けたまま、無意識に歯を食いしばっていた。


艦全体が、わずかに軋む。

それは外力による揺れではない。

内側から力が満ち、巨体が自らの重さを受け止め直すような感触だった。


――動き出した。


《暁》が、自分の意思で、前へ進み始めたのだと分かった。


その直後、船体前方がゆっくりと持ち上がる。

海面を押し分けるでもなく、滑るでもない。

巨体が、自分の質量と抵抗を理解したうえで、慎重に姿勢を変える動作だった。


艦内の壁越しに、海が軋む音が伝わってくる。

水が逃げ、押し出され、波が生まれる音。


《暁》は――泳いでいるのではない。


巨大な獣が、四肢を海に沈めたまま、前進している。

そんな感覚だった。


「……生きてるみたいやな」


ニックの呟きが、誰に言うでもなく漏れる。


否定する者はいなかった。


艦内の振動は、不規則ではない。

鼓動のように、一定の間隔で繰り返されていた。


『主推進、安定』


自動音声が続く。


『全区画、航行状態へ移行』


ハンガーの天井奥で、何かが開閉する音がした。

通気孔だ。

《暁》が呼吸するための“肺”が、完全に開いたのだと、美桜は直感した。


空気が、流れ込む。

肺の奥がひりつくような、湿り気を帯びた夜明け前の海の匂い。


それが艦内に満ちた瞬間、美桜は確信する。


この艦は、ただの兵器ではない。

ただの輸送艦でもない。


人類が造り上げた、

それでいて、人類の理解を少し超えた存在。


『――出航完了』


艦内放送の声が、静かに告げた。


《暁》は、完全に港を離れた。


背後で、与島基地の灯りが、ゆっくりと遠ざかっていく。

それは、帰る場所が小さくなっていく光景だった。


美桜は、シートの上で目を閉じる。


逃げ道は、もうない。

だが同時に――


この巨大な“生き物”の腹の中で、自分たちは確かに守られている。


《暁》は、吠えない。

咆哮もしない。


ただ、深く、静かに、戦場へ向かって歩み続けていた。

【技術資料:《暁》】


《暁》は、カルナ戦時下において沿岸作戦および機動展開能力の確保を目的として建造された、空母級重装甲艦である。

主にスサノヲ部隊およびアメノウズメを中心とした陸戦戦力の輸送・整備・指揮管制を担う、前線投射拠点として運用される。


全長約320メートル、全幅約38メートル、排水量はおよそ80,000〜90,000トンに達し、その規模は旧時代の大型空母に匹敵する。

飛行甲板は持たないが、艦内には8メートル級機動兵器スサノヲの整備・運用を前提とした大容量のメイン・ハンガーが設けられている。


主機関には、信頼性と整備性を重視した低速回転2サイクル式超大型ディーゼルエンジンを採用。巨大シリンダーの往復運動によって生じる重低音と振動は、航行時に艦全体へ規則的な鼓動として伝わる。


推進方式は2軸推進。艦尾左右に配置された直径10メートル級の大型プロペラと高効率ラダーの組み合わせにより、巨体でありながら安定した直進性能と実用的な旋回能力を両立している。

戦時下における燃料補給網との互換性を考慮し、原子力機関ではなくディーゼル方式が選択された。


艦内メイン・ハンガーは天井高約20メートルの多目的格納空間で、最大10個小隊(スサノヲ40機およびアメノウズメ10両)の収容能力を持つ。

ただし全区画が駐機用途ではなく、一部ブロックは高度整備区画、予備パーツ保管庫、弾薬補給ラインとして運用される。


機関室は艦中央から後方にかけて複数層にわたって配置されており、排気ダクトや冷却設備の占有により、艦尾側ハンガーの有効幅は意図的に制限されている。


居住区および司令区画は重心上昇を避けるため前方上部に集約され、重量の大きい機動兵器は可能な限り艦底に近い区画へ配置される構造となっている。


なお、《地獄のヘル・ゲート》と通称される艦尾大型ハッチは、機動兵器および装甲車両の迅速な発着を可能とする重装甲可動構造であり、本艦の象徴的設備の一つである。


《暁》は単なる輸送艦ではない。前線に戦力を送り込み、補給し、回収する――それ自体が一つの作戦基盤として設計された、海上機動要塞である。

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