第29話 世界樹
高い位置から降り注ぐ光が、駐車場の輪郭をくっきりと浮かび上がらせていた。
空気は冷たく澄み、遠くの建屋の稜線まで鮮明に見える。
風は弱く、乾いた地面の上を静かに抜けていった。
トレーラーの影は短く、その足元に濃く落ちている。
その脇には、一機のスサノヲが静かに立っていた。
藤堂の機体――サイクロプス。
単眼の巨人の名を冠する機体は沈黙を保ったまま、まるで番兵のように佇んでいる。
装甲には無駄がなく、実戦で磨かれてきた機体特有の緊張感が漂っていた。
ニックが顎をしゃくる。
「相変わらず威圧感あるなぁ、サイクロプスは。
近くに立つと、壁みたいや」
藤堂は何も言わなかった。
ただ一瞬だけ視線を上げ、自機の姿を確かめる。
その時だった。
――ゴォン……
――……ゴン……ゴン……
低い振動が、足元から伝わってきた。
ニックの眉がわずかに動く。
藤堂も気づいていた。
通常のスサノヲの……
サイクロプスのものとは明らかに異なる。
駆動音の質が、まるで違う。
サイクロプスが「踏みしめる」音だとすれば――
今近づいてくるそれは、重量そのものが移動しているような音だった。
やがて、建屋の陰から巨影が現れる。
誰より先に、美桜が息を止めた。
現れたのは、明らかに従来型とは一線を画すスサノヲだった。
まず目を引くのは、その輪郭。
過剰な張り出しはない。
それでもなお、一目で理解できる――異様な質量。
装甲は一枚ごとの面積が広く、継ぎ目は最小限に抑えられ、構造は徹底して整理されている。
兵器というより、巨大建造物の一部をそのまま歩かせているかのようだった。
その重厚な体躯を支える足部は、サイクロプスと比較しておよそ一・五倍は太い。
だが単なる重量機ではない。
必要な筋束のみを追加した機能本位の構造が見て取れ、装甲の厚みからは想像しがたい機動力を予感させた。
そして。
右手には、美桜のキルシュが装備していた大型盾をさらに拡張したかのような巨大な盾が備えられている。防御装備というより、移動する防壁そのものだった。
本来、主動作腕である右腕に盾を装備している。
それはつまり——
この機体が、攻撃よりも防御を優先して戦場に立つ存在であることを意味していた。
一方、左手――
そこに握られているのは、スサノヲの体長すら超える長大な武装。
中世の騎士が携えるランスを思わせる異形の兵装だった。
まず目を引くのは、その根幹をなす砲身の圧倒的な太さだった。
突撃槍の外形を持ちながら、その本質は重火器である。
莫大な発射圧に耐えるため、多層化された外殻が銃身を覆い、各部には出力制御のための放熱スリットが走る。
機体の前腕に匹敵する径を持つ大型シリンダーと、反動を受け止める強化ジョイント。
それらは、ただ一つの事実を沈黙のまま示していた。
——この武装は、通常のスサノヲの制御限界を超過する出力を想定している。
これは、防御のための機体ではない。
前線を押し破るために存在する兵装だった。
動かずとも分かる。
そもそも、この兵装自体が――
通常型スサノヲの出力系では制御しきれない領域を前提として設計されている。
発射時に発生する反動。
瞬間的に要求される膨大な動力。
それらを安全域で扱うためには、機体側の構造そのものを強化する必要があった。
つまり、この重装甲高出力型という構成は、単なる防御思想ではない。
この兵装を成立させるために必然的に導き出された機体設計だった。
その重厚な胸部装甲には、サイクロプスの単眼の巨人と同じく、直線だけで構成された簡素な意匠が刻まれている。
上下へまっすぐに伸びる一本の幹。
そこから左右対称に分かれる短い枝。
さらに下方には、地を掴むように広がる根。
——世界樹。
ユグドラシル。
天と地を結び、あらゆる命を支えるとされる巨木の名を冠した機体。
その意匠もまた、名に恥じぬどっしりとした構えを湛えていた。揺るがず、退かず、ただそこに立ち続けるための形。
装飾性はほとんどない。
ただ構造体のように整理されたその図案は、まるで機体そのものが巨大な“支柱”であることを示しているかのようだった。
肩部にも同じ紋。
それは――思想の刻印だった。
ニックが、小さく口笛を吹く。
「重装甲高出力型、っちゅう話は聞いとったが……
想像より二回りはデカいな、オイ」
藤堂は答えない。
ただ、視線だけが鋭くなる。
(……これだけの重装甲、重装備にも関わらずバランスが悪いわけではないようだ……)
重装甲機にありがちな鈍重さが見えない。
脚部は太いが、過剰ではない。
関節の配置も理にかなっている。
重量機でありながら、動く前から“動ける”と分かる設計だった。
そして……藤堂はユグドラシルの武装に圧倒されていた。
主動作腕に盾を持たせる機体など、藤堂はこれまで見たことがなかったからだ。
そして、従来の切断を主とする武装とは全く思想の異なる形状……
藤原博士が、満足げに笑う。
「どうや。ええやろ」
「ええどころやないわ」
ニックは肩をすくめる。
「これ、要塞やんけ」
その時、外部スピーカーから控えめな声が響いた。
『……すみません。少し出力調整に手間取りました』
大樹だった。
ユグドラシルはトレーラーの傍、サイクロプスの横に並んで停止する。
停止動作が、異様なほど静かだった。
重量機とは思えない。
だが――
藤堂の内側では、静寂とは正反対の熱が渦巻いていた。
次の瞬間、彼は弾かれたように藤原博士へ歩み寄る。
「藤原博士……ユグドラシルの武器なんですが……」
声は抑えられている。
だが、その奥に隠しきれない昂りがあった。
藤原博士は、その様子にわずかに目を見開く。
「ああ、あれか」
白衣の裾を揺らしながら、どこか誇らしげに顎を上げた。
「従来、カルナには効果が限定的とされていた穿孔兵装じゃ。
じゃがな、この武装は違う」
指先でユグドラシルを示す。
「あれはカルナ・サーヴィターの甲殻に穴を穿ち、その体内で弾体を爆裂させることを前提に設計しておる。
外から削るのではない。
内側から破壊する思想じゃ」
一拍置き、口元を歪める。
「それだけやない。
これまで決定打に欠けとったカルナ・フロラに対してもな——
内部へ毒性物質を直接打ち込むことを想定しとる」
風が止んだような沈黙が落ちる。
だが藤堂は、説明を聞いているのかいないのか。
ゆっくりと首を横に振った。
「藤原博士……」
そして、確信めいた声で言う。
「ユグドラシルの兵装……
まさに、モンスターハンターのガンランス……
ですか?」
藤原博士の思考が、明確に停止した。
「……はぁ?」
その間の抜けた声とほぼ同時に、外部スピーカーが弾ける。
『そ、そうです!そうなんです!正にその通りです!モンスターハンターのガンランスなんです!』
大樹だった。興奮を隠そうともしていない。
『だからこそ、右手に盾は譲れない設定なんです!』
藤堂が、大きく頷く。
「そう、そうなんだよ。
よく分かっているじゃないか、大樹くん」
『兵装のコンセプトを考えている時点で、もうイメージが完全に重なってしまって……
ただ、その……
残念ながら竜撃砲は撃てませんが』
「そ、そうなのか……」
わずかに肩を落とす藤堂。
そのやり取りを、三人は無言で見ていた。
やがてニックが、ぼそりと呟く。
「……子供か」
美桜はこめかみを押さえ、深く息を吐く。
藤原博士に至っては、しばらく口を開いたまま固まっていたが——
やがて、額を押さえた。
「お前さんら……この研究所の技術の結晶を、ゲームの武器で理解するのはやめい!」
だがその声には、完全には消しきれない苦笑が混じっていた。
巨大な世界樹は、何も語らない。
ただ静かに、戦場へ立つ準備を整えていた。




