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プロジェクト・アマテラス《三貴機神再生計画》  作者: 狐月華
2. 研究者の巣《アーカイブ・ゼロ》
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第22話 明けきらない朝

 翌朝。


 与島基地の居住区に、朝の光が静かに差し込んでいた。

 夜の冷えはまだ床に残っている。窓際の空気は乾いており、陽が差しているにもかかわらず、指先の温度は戻りきらない。


 美桜の自室は簡素だった。最低限の家具と、整えられた私物。

 だが、その空間に漂う静けさは、安らぎというよりも、まだ完全には明けきらない夜の名残だった。


 美桜は、ベッドの上に座ったまま、しばらく動けずにいた。


 眠れなかったわけではない。短い時間ではあったが、確かに意識は落ちていた。


 それでも――

 アメノウズメの機体を通して伝わる微細な振動。

 操縦席に身を固定していたハーネスの圧迫感。

 ヘッドギアを装着していた肌の感覚。

 それらが、まだ身体のどこかに残っているような気がしていた。


 枕元の端末が、短く震える。

 美桜は一拍置いてから、それを取った。


「……はい、篠宮です」


『篠宮か。佐伯だ』


 聞き慣れた声だった。


『休めたか?』


 少しだけ、探るような間がある。


「……はい。大丈夫です。ありがとうございます」


 嘘ではなかった。ただ、全部を言っていないだけだ。


『そうか』


 回線の向こうで、佐伯のため息をつく音が混じる。


『……実は、俺のところに基地司令から連絡が入ってな』


 わずかに、面倒くさそうな響き。


『ったく、朝っぱらからご苦労なこった』


 美桜は、自然と背筋を伸ばしていた。


「……何か、御用でしょうか」


『ああ』


 佐伯は、用件に入る。


『ヴァンガード隊は、準備でき次第、至急ハンガーに集合だ』


 一瞬、言葉を切る。


『ハンガーにあるヴァンガード隊のアメノウズメ――例の卵を積んだ機体にな』


 美桜の指が、わずかに強く端末を握る。


『……篠宮、大丈夫か?』


「ありがとうございます。大丈夫です」


 考えるよりも先に、口がそう答えていた。


『そうか。無理はするなよ』


 佐伯は、それ以上続けなかった。

 通話を切り、美桜は端末を置く。


 立ち上がり、洗面台の前に立つ。鏡に映った自分の顔を見て、思わず小さく息を吐いた。


「……ひどい顔」


 自嘲気味に呟く。だが、次の瞬間、ほんのわずかに口元が緩んだ。


「……ふふ」


 理由のない笑いだった。


 顔を洗い、冷たい水で意識を引き戻す。水は鋭く、手のひらの熱を一瞬で奪った。髪を整え、制服に袖を通す。

 最低限の準備を終え、美桜は部屋を出た。開放通路を抜ける間、白い息が足元に流れては消えていった。

 ハンガーに到着した時、すでにヴァンガード隊の面々は揃っていた。誰も無駄話はしていない。


「……遅くなって、申し訳ありません」


 美桜がそう言うと、誰も責めるような反応はしなかった。

 美桜は、視線を上げる。 回収ネットでアメノウズメの上に固定されたままの、あの卵。その表面が――淡い黄金色の光を、周期的に放っているのが見えた。


「……」


 思わず、言葉を失う。

 それを見上げていた小田桐が、静かに佐伯へ視線を向ける。短い、無言の確認。二人は、小さく頷き合った。


 美桜が、口を開く。


「……何か、あったんですか」


 佐伯が答える。


「昨日、卵を回収した時な。それまで沈黙していたそれが……周期的な発光を始めた」


 腕を組み、続ける。


「原因は、まだ分からん」


 佐伯は一度、卵へ視線を戻してから続けた。


「さっきまでは、発光していなかった」


 佐伯の視線が、卵から美桜へ移る。


「それが……今、発光を始めた」


 美桜が目を見開く。


「美桜。お前がハンガーに来た時から……な」


 その言葉に、誰も続けなかった。


 卵は、静かに光を放ち続けている。その淡い明滅を、誰も言葉を挟まずに見つめていた。

 やがて、小田桐が口を開いた。


「――この卵は、カルナ・フロラの孵化場から持ち帰ったものだ」


 低く、落ち着いた声だった。


「したがって、中身はカルナ・サーヴィターである可能性が高い」


 事実を並べるだけの口調。だが、その一言で、場の空気がわずかに引き締まる。


「しかしながら」


 小田桐は、視線を卵へ向けたまま続ける。


「発見時の状況。発光の色。反応の周期――」


 一つひとつ、区切るように言った。


「どれも、他のカルナ・サーヴィターの卵とは著しく異なる」


 誰も異を唱えない。


「そこで、だ」


 短く区切る。


「この卵の詳細調査を、島根第一研究所に依頼した。手配は、すでに私の方で済ませてある」


 その言葉に、ニックがわずかに眉を動かした。


「今から、中央通路に輸送トレーラーを回す」


 小田桐は、淡々と指示を重ねる。


「ヴァンガード隊は、この卵をトレーラーに積み込んでくれ」


 視線が、ニックに向く。


「ニック。お前は島根第一研究所に用があるだろう。運転手を頼みたい」


「……了解ですわ」


 短く、間のない返答。

 小田桐は、次に美桜を見る。


「この卵が、なぜ篠宮に反応するのかは不明だ」


 短い沈黙ののち、続ける。


「だが、現時点では無視できない要素でもある」


 その視線は、試すものではなかった。責任を押し付けるものでもない。


「篠宮。お前にも同行してもらう」


 美桜は、一瞬だけ息を呑む。


(……どうして、私に……?)


 答えは出ない。だが――視線だけが、卵へ引かれていた。

 すぐに、頷く。


「……はい」


「卵とはいえ、中身はサーヴィターである可能性が高い」


 小田桐は、最後に藤堂へ視線を移す。


「万が一に備える。サイクロプスは卵とともにトレーラーへ積載。藤堂は、常にスタンバイ状態で監視に当たれ」


「了解だ」


 藤堂の声に、迷いはなかった。


「以上だ」


 それ以上の説明はない。命令は、すでに全員に届いていた。

 卵は、変わらず光を放ち続けている。


 佐伯が、短く息を吐いてから口を開いた。


「ヴァンガード隊。アメノウズメに搭乗――さっさと積み込み作業を行うぞ」


 その一言で、空気が切り替わる。

 ハンガーの大型シャッターが、低い駆動音を立てて開き始めた。外の光が差し込み、コンクリート床に長い影が伸びる。同時に、冷え切った外気が流れ込み、金属の匂いをわずかに強めた。


 ほどなくして、中央通路側から大型輸送トレーラーが姿を現した。

 トレーラーの荷台には、すでにスサノヲを搭載するための固定フレームが組まれている。幅は、ほとんど余裕がない。

 そして――

 運転席のキャビンとは別に、後方には逆向きに設けられた操縦用キャビンがあった。遠隔操縦用のケーブル接続口が、無機質に口を開けている。


 藤堂が、無言で操縦用キャビンに乗り込み、サイクロプスを操縦する。重装甲の脚部がトレーラーに乗った瞬間、サスペンションが大きく沈み込んだ。

 だが、それ以上は下がらない。

 設計上の許容範囲――ぎりぎりだ。


 藤堂はサイクロプスを座らせ、素早く固定を確認する。続けて、トレーラー側の遠隔操縦用コネクタを機体へと接続した。

 スサノヲの操縦が無線接続から有線接続に切り替わる。


「……接続、完了」


 低く、落ち着いた声。


 続いて、佐伯がアメノウズメのウインチ操作に入る。駆動音とともに、輸送用ネットのワイヤーがわずかに緩んだ。


 ストライク・イーグルとジョーカーが、左右から卵を支える。卵を優しく包み込む緩衝材を包み込んだネットはそのままに、慎重に――極端な揺れが出ないよう、細かく姿勢を調整しながら支える。


 その間も、卵は――淡い光を放ちながら、脈動していた。

 まるで、心臓が打つように。

 一定のリズムで、確かに“生きている”ことを主張するように。


 ストライク・イーグルとジョーカーが卵をトレーラーまで慎重に運搬し、接続用のインターフェースをトレーラーのウインチにセットした。


 藤堂がトレーラーの運転用のキャビンへ乗り込む。


「――ウインチ、作動」


 トレーラー側のウインチが低く唸り、卵はゆっくりと所定の位置へと引き込まれていく。

 数秒後。固定完了。藤堂がキャビンから降り、ハンドサインで合図を出した。

 それを確認し、佐伯が短く小田桐に報告する。


「ヴァンガード隊。卵およびサイクロプスの積載――完了しました」


 小田桐が、即座に応えた。


「確認した」


 わずかに視線を巡らせる。状況を一瞬で整理するような、静かな動き。


「ニック、藤堂、篠宮の三名」


 視線が、三人を順に捉える。


「一時間後、一〇〇〇。与島基地を出発――島根第一研究所へ向かえ」


「了解や」

「了解だ」

「了解です」


 重なる返答。

 命令は、静かに、しかし確実に下された。


 陽は高くなりつつあったが、光はただ明るいだけだった。


 トレーラーの上で、卵はなおも脈動を続けている。美桜は、その光から、まだ目を離すことができずにいた。


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