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プロジェクト・アマテラス《三貴機神再生計画》  作者: 狐月華
1. カルナ・フロラ浸透作戦《オペレーション・アビス》
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第18話 背負うもの

 サイクロプスとジョーカーが左右に分かれ、息を合わせるように運搬用ネットを広げた。柔軟な繊維が空気を孕み、弧を描きながら、アメノウズメの後方にゆっくりと広げられていく。


 両端のワイヤーが伸ばされ、サイクロプスとジョーカーが手際よく先端をアメノウズメ側面の予備ウインチへと接続する。

 金属音が短く鳴り、ロックが掛かった。


「固定、確認」


 佐伯がウインチ操作に入る。

 低い駆動音とともにワイヤーが巻き取られ、ネット全体が張力を得て、所定の位置へと引き寄せられていく。

 緩みはない。

 偏りもない。


 その間、ストライク・イーグルとキルシュが残りの両端を保持し、姿勢を微調整する。

 四機の動きは、言葉を交わさずとも完全に同期していた。


 そして――

 ヴァンガード隊の四機のスサノヲが、黄金色に薄く輝く卵へと、ゆっくり距離を詰めた、その瞬間。


 卵が、反応した。


 ——ドクン。


 ——ドクン、ドクン。


 それまで静止していたはずの黄金色が、明確な拍動を伴って脈打ち始める。

 光は強くなり、弱まり、また強くなる。周期的で、意志を持ったかのような発光。

 床を通して、微かな振動が伝わった。


「……っ」


 美桜は、思わず息を呑む。


 視界を埋め尽くす血管網全体の拍動とは、明らかに違う。これは、この卵(・)単体の反応だった。


「生きてる……みたい」


 美桜の呟きが、抑えきれずに漏れた。

 否定する声は、どこからも上がらない。誰も、言葉を発しなかった。


 ただの物(・)体(・)ではない。

 ただの回(・)収(・)対(・)象(・)でもない。


 黄金色の光は、ネット越しに、まるで四機を順に確かめるように、淡く揺れていた。


 佐伯は、唾を飲み込み、声を落とす。


「……全機、姿勢維持。刺激を与えるな。回収工程、次の段階に移行する」


 その声に応じるように、卵の光が一拍、強く脈打った。まるで――その佐伯の指示を、聞いていたかのように。


 四機のスサノヲが、呼吸を合わせるように力を込める。

 ウインチの巻き上げではなく、あくまで手(・)で持ち上げるための動作だった。


 黄金色の卵は、あまりにも大きかった。

 スサノヲ一機で抱え込むには明らかに過剰で、二機でようやく均衡を保てるほどの質量と体積を持っている。

 四機は役割を分担し、少しずつ、ほんの数センチ単位で卵を浮かせていく。


 ——ドクン。


 わずかな間を置いて、再び。


 ——ドクン、ドクン。


 持ち上げられるたび、卵は応えるように脈打つ。

 明滅は規則正しく、しかし確実に存在感を主張していた。規則正しく、脈打っている。


「……重量、安定。偏りなし」


 加納の報告に、誰も声を重ねない。

 四機はただ、卵の挙動だけに意識を集中させていた。


 やがて、アメノウズメ後部に展開された運搬用ネットの所定位置が、眼前に迫る。

 サイクロプスとジョーカーがわずかに角度を調整し、ストライク・イーグルとキルシュが高さを合わせる。


「そのまま……ゆっくり」


 卵は、まるで巣に戻されるかのように、ネットの中央へと収められた。

 接触の瞬間、黄金色の光が一段階、強く脈打つ。


 次いで、地面側に敷かれていた補助ネットが持ち上げられ、卵の上から静かに被せられる。

 包む。

 挟み込む。

 逃がさない。だが、潰さない。


 四隅のワイヤーが、手際よくアメノウズメのウインチへと接続されていく。

 短い金属音が連続し、すべてのロックが確認された。


「巻き取り、開始」


 低い駆動音が響いた。


 その直後、佐伯の声が回線に入る。


「全機、保持を継続。ウインチに荷重を預けるな。支持したまま上げる」


 四機のスサノヲは応じるように、わずかに姿勢を調整した。ネット越しに卵の重量を分担し、揺れを抑え込む。

 ワイヤーが均等に巻き取られ、ネットが引き締まる。

 卵はゆっくりと持ち上がり、アメノウズメの上部構造へと移動していく。


「……慎重に」


 佐伯の低い声が、スサノヲ四機の動きを指揮するかのように流れる。

 四機のスサノヲは、すぐには手を離さなかった。ネットに収めたあとも、わずかに接触を保ったまま、卵の挙動を確かめる。


「……張力、まだ早い。もう少し分散する」


 佐伯の低い指示に、四機が同時に応じた。


 それぞれの手が、わずかに角度を変える。

 サイクロプスが下部を支え、ジョーカーが側面から回転を抑える。ストライク・イーグルが前方の沈み込みを防ぎ、キルシュが後方を保持する。


 四方向から、力を預(・)け(・)る(・)ように加えていく。


 持ち上げるのではない。

 押し上げるのでもない。

 卵の重さを感じ取りながら、ほんのわずかずつ、重心をアメノウズメの上へと預けていく。


——ドクン。


 拍動が、指先のセンサー越しに伝わった。

 その瞬間――わずかな違和感。触れているはずの圧が、遅れて返ってくる。


「……この子、応えてる……?」


 美桜が小さく呟く。


 黄金色の光が、四機の手の接触点に沿うように淡く揺れた。

 拒絶でも、攻撃でもない。まるで触れられている場所を確かめているかのような、奇妙に穏やかな変化だった。


「そのまま。焦るな」


 佐伯の声は低く、しかし確信に満ちていた。


 四機はさらに呼吸を合わせる。

 各関節の出力を細かく調整し、荷重分布を常時再計算しながら、過大な負荷が一点に集中しないよう制御する。ほんの数ミリ単位で、荷重が移っていく。


 ネットが、張力に抗いながら、ゆっくりと沈み込む。その沈み込みに合わせて、卵の自重が吸収されていく。


 ——ドクン、ドクン。


 拍動は続く。

 だが先ほどのような強い明滅ではなく、どこか落ち着いた周期へと変化していた。


「……いい。安定してる」


 加納の報告。


「手を離す。順番に」


 まずキルシュ。次いでストライク・イーグル。

 サイクロプスとジョーカーが最後まで接触を残し、完全に荷重が移行したことを確認してから、ゆっくりと手を引いた。


 黄金の卵は、ネットの中央で静かに揺れた。だが、偏りも、急激な動きもない。

 四機は一歩だけ後退する。

 その視線は、誰もが同じ一点に注がれていた。

 卵は、まだ脈打っている。


 まるで――自らの意思で、運ばれることを受け入れたかのように。

 やがて、卵は――まるで巨大な背嚢のように、アメノウズメの背に収まった。


 固定完了。


 だが、その間も、卵は止まらない。

 ——ドクン。

 ——ドクン、ドクン。


 黄金色の明滅が、ネット越しに繰り返される。規則正しく、しかし確実に。


 それは、運ばれているという事実を――

 そして、まだ生(・)き(・)て(・)い(・)る(・)という現実を、静かに主張し続けているようだった。


 固定完了の確認を終えた直後、佐伯は間を置かずに回線を切り替えた。


「こちらヴァンガード隊。アメノウズメに卵の固定を完了。これより《暁》に向かって帰還します」


 一拍のノイズのあと、落ち着いた男の声が応じる。


『こちら《暁》、小田桐だ。ヴァンガード隊、了解した。通信用ワイヤーを巻き取りつつ、ヴァンガード隊は先行。その後部をイージス隊が護衛しながら追従せよ』


「了解」


 短いやり取りで、判断は即座に共有された。


 二隊は直ちに行動を開始する。


 先頭を切るのは、サイクロプスとジョーカーの二機。その後ろにストライク・イーグル。続いて、黄金の卵を背負ったヴァンガード隊のアメノウズメ。ヴァンガード隊の最後尾としてキルシュ。

 さらに、後方にイージス隊のアメノウズメが位置取り、最後尾を三機のイージス隊所属のスサノヲが固める。


 無駄のない、教科書通りの隊列。それが、佐伯の判断だった。


 白化した地面を踏みしめながら、隊列は一定の速度で前進する。

 卵は、アメノウズメの背で相変わらず脈打っていたが、その拍動は先ほどよりもわずかに落ち着いているようにも見えた。


 ――その時だった。


「……ヴァンガード隊、イージス隊各位。気をつけろ」


 不意に割り込んできた、小田桐の声。

 いつもの冷静さの奥に、明確な緊張が滲んでいる。


「サーヴィターに追跡されている。数、未詳。だが――速い」


 一瞬で、空気が変わった。


「後衛、確認!」


 イージス隊のスサノヲが振り返った瞬間、視界いっぱいにそ(・)れ(・)が迫っていた。


 通路は狭い。

 アメノウズメの両脇にスサノヲが立てば、それだけで塞がるほどの幅しかない。

 その通路を――

 三体の百足型サーヴィターが、折り重なるように埋め尽くしていた。


 先頭の個体が地を滑るように突き進み、その背に、二体目が半身を乗り上げ、さらに三体目が節を絡め取るように重なってくる。


 競う。

 押し合う。

 譲らない。


 まるで、どれが先に獲(・)物(・)へ辿り着くかを争っているかのようだった。


 無数の節がうねり、脚が白化した地面を削り取る。削れた粉塵は空気を満たし、通路全体に震動が反響する。


 先頭の頭部がわずかに持ち上がる。

 楔形の頭部前面に、横一列に並んだ五つの眼が露わになった。

 無機質な光を湛えたそれらが、一斉にスサノヲを捉え、大顎が開く。


 その開口は異様なほど広く、スサノヲの胴体装甲を丸ごと挟み込める幅があった。

 一度噛み合えば、装甲もフレームも意味を成さず、機体は左右に引き裂かれる――一度噛み合えば、終わりだ。


 速度は落ちない。むしろ――重なった分だけ、前方への圧が増していた。


「……三体、完全に詰めてきてる」


 イージス隊の一機が短く告げる。


 回避も、横展開もできない。ここは――止めるしかない。


 イージス隊のスサノヲたちは、躊躇なく前へ出た。肩を並べ、通路を完全に塞ぐ位置で踏み止まる。

 サーベルを構える。

 刃が空気を切り裂き、淡い光を引く。銃火器はない。射角も、距離管理も関係ない。


 これは――正面から叩き合う戦闘だ。


 先頭の百足型が、節を跳ね上げる。鎌状に変形した脚が振り下ろされ、通路いっぱいに迫る。


「来るぞ!」


 次の瞬間――イージス隊のサーベルが、同時に閃いた。

 白い粉塵の中で、刃と刃が交錯し、金属でも骨でもない何(・)か(・)を断つ、鈍く湿った感触が走る。

 だが、止まらない。

 切り裂かれた節を踏み越え、三体目が覆いかぶさるように迫ってくる。


 三体分の質量と圧力が、狭い通路に集中する。

 まるで――通路そのものが、巨大な捕食器官へと変貌し、押し潰しに来ているかのようだった。

 イージス隊は、踏み止まる。

 後ろには、卵を背負ったアメノウズメがいる。


 退くという選択肢は、最初から存在しなかった。

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