第18話 背負うもの
サイクロプスとジョーカーが左右に分かれ、息を合わせるように運搬用ネットを広げた。柔軟な繊維が空気を孕み、弧を描きながら、アメノウズメの後方にゆっくりと広げられていく。
両端のワイヤーが伸ばされ、サイクロプスとジョーカーが手際よく先端をアメノウズメ側面の予備ウインチへと接続する。
金属音が短く鳴り、ロックが掛かった。
「固定、確認」
佐伯がウインチ操作に入る。
低い駆動音とともにワイヤーが巻き取られ、ネット全体が張力を得て、所定の位置へと引き寄せられていく。
緩みはない。
偏りもない。
その間、ストライク・イーグルとキルシュが残りの両端を保持し、姿勢を微調整する。
四機の動きは、言葉を交わさずとも完全に同期していた。
そして――
ヴァンガード隊の四機のスサノヲが、黄金色に薄く輝く卵へと、ゆっくり距離を詰めた、その瞬間。
卵が、反応した。
——ドクン。
——ドクン、ドクン。
それまで静止していたはずの黄金色が、明確な拍動を伴って脈打ち始める。
光は強くなり、弱まり、また強くなる。周期的で、意志を持ったかのような発光。
床を通して、微かな振動が伝わった。
「……っ」
美桜は、思わず息を呑む。
視界を埋め尽くす血管網全体の拍動とは、明らかに違う。これは、この卵単体の反応だった。
「生きてる……みたい」
美桜の呟きが、抑えきれずに漏れた。
否定する声は、どこからも上がらない。誰も、言葉を発しなかった。
ただの物体ではない。
ただの回収対象でもない。
黄金色の光は、ネット越しに、まるで四機を順に確かめるように、淡く揺れていた。
佐伯は、唾を飲み込み、声を落とす。
「……全機、姿勢維持。刺激を与えるな。回収工程、次の段階に移行する」
その声に応じるように、卵の光が一拍、強く脈打った。まるで――その佐伯の指示を、聞いていたかのように。
四機のスサノヲが、呼吸を合わせるように力を込める。
ウインチの巻き上げではなく、あくまで手で持ち上げるための動作だった。
黄金色の卵は、あまりにも大きかった。
スサノヲ一機で抱え込むには明らかに過剰で、二機でようやく均衡を保てるほどの質量と体積を持っている。
四機は役割を分担し、少しずつ、ほんの数センチ単位で卵を浮かせていく。
——ドクン。
わずかな間を置いて、再び。
——ドクン、ドクン。
持ち上げられるたび、卵は応えるように脈打つ。
明滅は規則正しく、しかし確実に存在感を主張していた。規則正しく、脈打っている。
「……重量、安定。偏りなし」
加納の報告に、誰も声を重ねない。
四機はただ、卵の挙動だけに意識を集中させていた。
やがて、アメノウズメ後部に展開された運搬用ネットの所定位置が、眼前に迫る。
サイクロプスとジョーカーがわずかに角度を調整し、ストライク・イーグルとキルシュが高さを合わせる。
「そのまま……ゆっくり」
卵は、まるで巣に戻されるかのように、ネットの中央へと収められた。
接触の瞬間、黄金色の光が一段階、強く脈打つ。
次いで、地面側に敷かれていた補助ネットが持ち上げられ、卵の上から静かに被せられる。
包む。
挟み込む。
逃がさない。だが、潰さない。
四隅のワイヤーが、手際よくアメノウズメのウインチへと接続されていく。
短い金属音が連続し、すべてのロックが確認された。
「巻き取り、開始」
低い駆動音が響いた。
その直後、佐伯の声が回線に入る。
「全機、保持を継続。ウインチに荷重を預けるな。支持したまま上げる」
四機のスサノヲは応じるように、わずかに姿勢を調整した。ネット越しに卵の重量を分担し、揺れを抑え込む。
ワイヤーが均等に巻き取られ、ネットが引き締まる。
卵はゆっくりと持ち上がり、アメノウズメの上部構造へと移動していく。
「……慎重に」
佐伯の低い声が、スサノヲ四機の動きを指揮するかのように流れる。
四機のスサノヲは、すぐには手を離さなかった。ネットに収めたあとも、わずかに接触を保ったまま、卵の挙動を確かめる。
「……張力、まだ早い。もう少し分散する」
佐伯の低い指示に、四機が同時に応じた。
それぞれの手が、わずかに角度を変える。
サイクロプスが下部を支え、ジョーカーが側面から回転を抑える。ストライク・イーグルが前方の沈み込みを防ぎ、キルシュが後方を保持する。
四方向から、力を預けるように加えていく。
持ち上げるのではない。
押し上げるのでもない。
卵の重さを感じ取りながら、ほんのわずかずつ、重心をアメノウズメの上へと預けていく。
——ドクン。
拍動が、指先のセンサー越しに伝わった。
その瞬間――わずかな違和感。触れているはずの圧が、遅れて返ってくる。
「……この子、応えてる……?」
美桜が小さく呟く。
黄金色の光が、四機の手の接触点に沿うように淡く揺れた。
拒絶でも、攻撃でもない。まるで触れられている場所を確かめているかのような、奇妙に穏やかな変化だった。
「そのまま。焦るな」
佐伯の声は低く、しかし確信に満ちていた。
四機はさらに呼吸を合わせる。
各関節の出力を細かく調整し、荷重分布を常時再計算しながら、過大な負荷が一点に集中しないよう制御する。ほんの数ミリ単位で、荷重が移っていく。
ネットが、張力に抗いながら、ゆっくりと沈み込む。その沈み込みに合わせて、卵の自重が吸収されていく。
——ドクン、ドクン。
拍動は続く。
だが先ほどのような強い明滅ではなく、どこか落ち着いた周期へと変化していた。
「……いい。安定してる」
加納の報告。
「手を離す。順番に」
まずキルシュ。次いでストライク・イーグル。
サイクロプスとジョーカーが最後まで接触を残し、完全に荷重が移行したことを確認してから、ゆっくりと手を引いた。
黄金の卵は、ネットの中央で静かに揺れた。だが、偏りも、急激な動きもない。
四機は一歩だけ後退する。
その視線は、誰もが同じ一点に注がれていた。
卵は、まだ脈打っている。
まるで――自らの意思で、運ばれることを受け入れたかのように。
やがて、卵は――まるで巨大な背嚢のように、アメノウズメの背に収まった。
固定完了。
だが、その間も、卵は止まらない。
——ドクン。
——ドクン、ドクン。
黄金色の明滅が、ネット越しに繰り返される。規則正しく、しかし確実に。
それは、運ばれているという事実を――
そして、まだ生きているという現実を、静かに主張し続けているようだった。
固定完了の確認を終えた直後、佐伯は間を置かずに回線を切り替えた。
「こちらヴァンガード隊。アメノウズメに卵の固定を完了。これより《暁》に向かって帰還します」
一拍のノイズのあと、落ち着いた男の声が応じる。
『こちら《暁》、小田桐だ。ヴァンガード隊、了解した。通信用ワイヤーを巻き取りつつ、ヴァンガード隊は先行。その後部をイージス隊が護衛しながら追従せよ』
「了解」
短いやり取りで、判断は即座に共有された。
二隊は直ちに行動を開始する。
先頭を切るのは、サイクロプスとジョーカーの二機。その後ろにストライク・イーグル。続いて、黄金の卵を背負ったヴァンガード隊のアメノウズメ。ヴァンガード隊の最後尾としてキルシュ。
さらに、後方にイージス隊のアメノウズメが位置取り、最後尾を三機のイージス隊所属のスサノヲが固める。
無駄のない、教科書通りの隊列。それが、佐伯の判断だった。
白化した地面を踏みしめながら、隊列は一定の速度で前進する。
卵は、アメノウズメの背で相変わらず脈打っていたが、その拍動は先ほどよりもわずかに落ち着いているようにも見えた。
――その時だった。
「……ヴァンガード隊、イージス隊各位。気をつけろ」
不意に割り込んできた、小田桐の声。
いつもの冷静さの奥に、明確な緊張が滲んでいる。
「サーヴィターに追跡されている。数、未詳。だが――速い」
一瞬で、空気が変わった。
「後衛、確認!」
イージス隊のスサノヲが振り返った瞬間、視界いっぱいにそれが迫っていた。
通路は狭い。
アメノウズメの両脇にスサノヲが立てば、それだけで塞がるほどの幅しかない。
その通路を――
三体の百足型サーヴィターが、折り重なるように埋め尽くしていた。
先頭の個体が地を滑るように突き進み、その背に、二体目が半身を乗り上げ、さらに三体目が節を絡め取るように重なってくる。
競う。
押し合う。
譲らない。
まるで、どれが先に獲物へ辿り着くかを争っているかのようだった。
無数の節がうねり、脚が白化した地面を削り取る。削れた粉塵は空気を満たし、通路全体に震動が反響する。
先頭の頭部がわずかに持ち上がる。
楔形の頭部前面に、横一列に並んだ五つの眼が露わになった。
無機質な光を湛えたそれらが、一斉にスサノヲを捉え、大顎が開く。
その開口は異様なほど広く、スサノヲの胴体装甲を丸ごと挟み込める幅があった。
一度噛み合えば、装甲もフレームも意味を成さず、機体は左右に引き裂かれる――一度噛み合えば、終わりだ。
速度は落ちない。むしろ――重なった分だけ、前方への圧が増していた。
「……三体、完全に詰めてきてる」
イージス隊の一機が短く告げる。
回避も、横展開もできない。ここは――止めるしかない。
イージス隊のスサノヲたちは、躊躇なく前へ出た。肩を並べ、通路を完全に塞ぐ位置で踏み止まる。
サーベルを構える。
刃が空気を切り裂き、淡い光を引く。銃火器はない。射角も、距離管理も関係ない。
これは――正面から叩き合う戦闘だ。
先頭の百足型が、節を跳ね上げる。鎌状に変形した脚が振り下ろされ、通路いっぱいに迫る。
「来るぞ!」
次の瞬間――イージス隊のサーベルが、同時に閃いた。
白い粉塵の中で、刃と刃が交錯し、金属でも骨でもない何かを断つ、鈍く湿った感触が走る。
だが、止まらない。
切り裂かれた節を踏み越え、三体目が覆いかぶさるように迫ってくる。
三体分の質量と圧力が、狭い通路に集中する。
まるで――通路そのものが、巨大な捕食器官へと変貌し、押し潰しに来ているかのようだった。
イージス隊は、踏み止まる。
後ろには、卵を背負ったアメノウズメがいる。
退くという選択肢は、最初から存在しなかった。




