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第18話 最終コマンド

——スサノヲの設計思想の根幹。

それは、徹底して遠隔制御による運用を前提条件としている点にある。


人が乗らない。

ゆえに、超えられる限界が存在する。


運動性能、加速、減速、重心移動。

関節負荷、装甲破断時の応力伝播、動力源であるカルナ筋束の限界運動強度。

さらには、機体が極限状態に追い込まれた際、内部で生じうる反応が、周囲へどのような影響を及ぼすかという点に至るまで――


あらゆる項目が事前に検討され、数値化され、評価され尽くしている。

その唯一無二の最適解の結晶が形になったもの――

それが、スサノヲという機体である。


徹底した遠隔制御を前提とすることで、人の身体的限界という制約そのものを排し、機体性能を極限まで引き出すための設計だった。


そして同時に、最悪の状況において機体が戦闘継続不能に陥った場合でも、スサノヲという存在が戦場に残す“結果”が、無意味なものにならないよう――

あらゆる使用条件を想定、考慮し、装甲の配置、強度、破断特性は定められている。


そして当然、それを運用する兵士たちにも教え込まれている。

あらゆる状況下での判断基準と、その帰結。


その中でも――

最も如何ともし難い、最終局面においてのみ実行されるコマンドが、存在していた。


百足型サーヴィターの速度は、圧倒的だった。


イージス隊のスサノヲは、もはや盾を正面に構える余裕すら与えられていない。

三機のうち、最後尾に位置していた一機は、振り向きざまにサーベルを振り上げる時間さえなかった。


次の瞬間。

白化した地面を削りながら突進してきた先頭の百足型が、頭部を大きく跳ね上げる。


——ガチン。


容赦のない大顎が、イージス隊の一体のスサノヲの胴体を正確に捉えた。

カルナイト装甲が軋み、歪み、悲鳴のような金属音を上げる。


重力が沈み込む。

巨体が引きずり込まれるように前方へ倒れ込み、顎がさらに締め込まれる。


——バキリ、と。


装甲も、内部フレームも、意味を成さなかった。

スサノヲの胴は、捻り上げられるようにして両断される。


その光景を視界の端で捉えながら、残る二機のスサノヲの内の一機が即座に行動していた。

無線で言葉を交わす余地はない。


狭い通路の中央へ。

半歩、踏み出し、肩を開き、盾を構える。


押し寄せる三体分の質量と圧力が、正面から叩きつけられる。

倒れた僚機の残骸を踏み越え、百足型はなおも前へ出ようとする。


——その瞬間だった。


通路中央で盾を構えたスサノヲが、異様な静止を見せる。


次いで――

閃光。


白と橙が混じった光が、通路を満たす。


加速するアメノウズメの後方で、振り返った残る一機のイージス隊スサノヲの眼前で、衝撃波が炸裂し、粉塵と破片が一気に吹き上がる。

轟音が、閉ざされた空間で反響し、ヘッドギア越しの耳を裂く。


自爆。


それは、設計段階からスサノヲに組み込まれた、最終コマンド。

機体内部の制御を強制的に解除し、動力部であるカルナ筋束を限界まで暴走させることで機体そのものを崩壊させる。

その瞬間に解き放たれる破壊エネルギーを、前方へと一点集中させ、最大限に解き放たれた破壊エネルギーを前方へ集中させる。


凶悪な圧力の解放が、スサノヲの内部で一気に引き起こされた。元は機体を守るはずだったカルナイト装甲が砕け散り、無数の刃と化して縦横無尽に噴き出した。

それらは容赦なく百足型サーヴィターの外殻へと叩き込まれ、節を裂き、脚を削ぎ落とし、装甲と肉体の結合そのものを断ち切っていく。


同時に、爆圧は通路を覆う白化した洞窟外壁をも粉砕した。

砕けた外壁は瓦礫となって降り注ぎ、空間を埋め尽くすように崩れ落ちる。


だが――

押し潰されたはずの影は、止まらなかった。


瓦礫の下で、節が軋む音がする。

砕けた外殻の隙間から、まだ動く脚が覗き、岩塊を押し退けるように蠢いた。


カルナイト装甲の破片に抉られ、外殻は裂け、節のいくつかは吹き飛んでいる。

それでも、型サーヴィターは“生きて”いた。


先頭の個体は頭部の一部を失い、大顎の片側が歪んだままぶら下がっている。

二体目は胴の節が潰れ、三体目は脚の一部を失っている。


それでも――前へ出る。


瓦礫を押し上げ、崩れた通路を踏み越え、なおも隊列の後方を追い続ける。

速度は落ちている。

だが、意志は折れていない。


まるで、損壊という概念そのものが、追跡を止める理由にならないかのようだった。


ヴァンガード隊とイージス隊は、なおも加速を続けていた。


アメノウズメのクローラーが悲鳴のような軋みを上げ、白化した地面を削りながら限界速度で回転する。

通信用ケーブルを巻き取るウインチが唸り、金属疲労を訴えるような低音が機体全体に響いた。


振動は操縦系を通して明確に伝わってくる。

それでも、速度は落とせない。


やがて――

前方に、淡い光が差し込んだ。


洞窟の出口だ。


外界の光が、白化した岩肌を反射し、通路の輪郭を浮かび上がらせる。

距離は、確実に縮まっている。


「……出口、視認」


短い報告が回線を走る。


同時に、後方を警戒していたイージス隊のスサノヲが状況を把握する。

粉塵の向こう、瓦礫を踏み越えながら迫る影。


百足型サーヴィターは、なおも追ってきていた。


損壊した外殻。

欠けた節。

歪んだ大顎。


それでも、距離は徐々に詰められている。


イージス隊のスサノヲの残る一機は、逃走を続けながら、速度を調整しようとわずかに減速をかけた。


——次の瞬間。


張り詰めていた遠隔操縦用ワイヤーが、甲高い音を立てて弾け飛んだ。


「……ッ、断線!」


パイロットの短い警告が、アメノウズメの警報として弾ける。


制御を失ったスサノヲは、惰性のまま進路を逸らし、白化した地面を削りながら横転する。

装甲が岩壁に叩きつけられ、鈍い衝撃音が洞内に反響した。


型サーヴィターは、速度こそわずかに落としているものの、歩調は乱れていない。


距離が、見る見るうちに縮まっていく。

アメノウズメとスサノヲが限界で加速してなお、それを上回る執拗さで影は追い縋ってくる。


このままでは――

追いつかれる。


誰の眼にも、それは明らかだった。


前方を走っていたキルシュが速度を落とし、進路を譲った。

イージス隊のアメノウズメが前へ出る。


「……何をするつもりだ、篠宮!」


藤堂の声が、荒く響く。


美桜は、ヘッドギアに映し出される映像に注意を傾けたまま短く答えた。


「……みんなは、私と……キルシュが護る。

そう、決めたから」


迷いはない。

それは説明でも、確認でもなく、判断だった。


隊列が、静かに組み替わる。


速すぎれば、与えらえるダメージが弱くなる。

遅すぎれば、巻き込まれる。


アメノウズメと繋がるワイヤーの長さ。

張力。

減速に伴う慣性。


全てを瞬時に演算し、導き出された一点。


ヘッドギアの中で、美桜の眼が大きく見開かれる。

——ここだ。


百足型サーヴィターの頭部が、逃げ場のない距離まで引き寄せられる。

大顎が開き、影が覆いかぶさる。


その瞬間――


次の刹那、空間そのものが、内側から押し広げられた。


凶悪な圧力が一気に解き放たれ、通路の空気が圧縮され、押し出される。

衝撃は波となって走り、白化した岩壁が一斉にひび割れ、粉砕される。


盾も、装甲も、構造材も。

機体を形作っていたすべてが、限界を超えた運動エネルギーとして解体され、前方へ叩きつけられた。


カルナイト装甲の破片が、鋭利な奔流となって噴き出し、百足型サーヴィターの頭部と外殻を正面から削り取る。


顎が弾かれ、節が潰れ、脚が宙を舞う。

衝撃はそのまま後続の個体へと伝播し、通路いっぱいに破壊の連鎖を生み出した。


白い粉塵が視界を覆い、音という音が掻き消える。


次に戻ってきたのは、崩落音と、岩塊が転がる鈍い響きだけだった。


キルシュと呼ばれていたスサノヲは、そこにはもう存在しない。


残されたのは、進路を塞ぐ瓦礫と、深く抉られた通路の跡。


その隙を逃さず、アメノウズメは前進を続ける。

ワイヤーが解放され、クローラーが最後の力を振り絞る。


光が、一気に広がった。


洞窟を抜け、外界へ。


白化した世界の上に、スサノヲ三機が飛び出してきた。

その後を追うように卵を背負ったヴァンガード隊のアメノウズメが姿を現す。

続いて、イージス隊のアメノウズメが続く。


背後から追ってくる影は、もうない。


百足型サーヴィターは、洞窟の奥に留め置かれた。


こうして――

卵は、守られた。


代償は大きい。


だが、敵の喉元、中枢からの脱出に、人的被害を出すことなくヴァンガード隊とイージス隊の二隊は成功することができたのだった。

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