第15話 地に繋ぐ
砂煙が完全に収まるころ、ヴァンガード隊は自然とアメノウズメの周囲へと集結した。
二月の空気は冷たく乾いている。
風は強くはないが、湿り気をまったく含まず、巻き上がった砂塵をゆっくりと遠くへ運んでいく。白化した地表は光を鈍く反射し、空は澄みすぎるほど青い。
殲滅は確認済み。
だが、戦闘は終わっても、任務は終わらない。
まず必要なのは――補給だった。
藤堂のサイクロプスが、慎重にアメノウズメへと寄る。機体の姿勢をわずかに調整し、指定位置で停止すると、アメノウズメ側面の装甲板が低い駆動音とともにスライドした。
露出したのは、武器格納用ハッチ。
アメノウズメの一角に設けられた、主として武器のような長尺の兵装を対象とした専用の格納庫だ。
スサノヲが装備する予備用の武器が格納されている、その中で――長刀は明らかに場違いな存在として収まっていた。刃渡りは格納庫の奥行きぎりぎり。これ以上一寸でも長ければ、収容そのものが不可能だったはずだ。
サイクロプスが腕を伸ばし、慎重に長刀を取り出す。内部構造や他の武器に干渉しないよう、わずかに角度を調整しながら――ようやく、刃全体が外へと姿を現した。
装甲色、重量、バランス。すべてが、先ほどまで手にしていたものと変わらない。
藤堂は柄を握り直し、短く一振りして感触を確かめる。問題はなかった。
続いて、加納のストライク・イーグルが前へ出る。
欠けたサーベルを手放し、同じハッチから新しい一本を受領する。刃を構え直すその動きは、戦闘時と変わらぬ静けさを保っていた。
あたかも、先ほどの激闘など存在しなかったかのようだった。
ニックのジョーカーも同様だ。
摩耗した短剣を二本、無造作に戻し、新しい短剣を受け取る。
「……ほんま、消耗品やなあ」
軽口は叩くが、手元の確認は丁寧だった。刃先の振動、握りの感触。どれも即座に戦闘へ戻れる状態だ。
補給が一段落した、そのとき。
「こちらヴァンガード隊アメノウズメ、佐伯だ。応答せよ」
艦内に張り詰めた沈黙が落ちる。
計器の低い作動音だけが続く中、通信回線に微かなノイズが走り、やがて安定した声が返ってきた。
『こちら、イージス隊。ヴァンガード隊、ありがとう。救援に感謝する』
佐伯はコンソールから視線を離さない。表情は動かないが、指先だけが、次の問いを急かすように端末を叩いた。
「イージス隊、戦力の状況はどうだ。まだ任務続行は可能か」
応答までのわずかな間、艦内の空気が重く沈む。
『残念ながらスサノヲ一機は大破した。だが、残りのスサノヲ三機とアメノウズメの損傷は軽微だ。問題ない。任務続行可能だ』
佐伯は短く息を吐き、即座に判断を下す。
「了解だ。イージス隊、ヴァンガード隊はこれより進路を戻り、《暁》への通信を確保する。それまでイージス隊はヴァンガード隊の指揮下に入ってくれ」
『了解』
通信が遮断され、艦内に再び静寂が戻る。
佐伯は背筋を伸ばしたまま、振り返らずに言った。
「聴いての通りだ。引き続き警戒を怠るな。引き返すぞ」
返答は重なった。即座で、迷いのない短い肯定。それぞれの立場も性格も違う四人の声が、しかし同じ意思を示して艦内に響いた。
「了解や」
「了解だ」
「了解した」
「了解しました」
二機のアメノウズメが速度を落とし、隊列を整えながら進路を反転する。
藤堂のサイクロプスが、ほんの一瞬だけ、首を巡らせた。
カルナ・フロラの方向。
かつて空が裂け、大地が抉れ、巨大な衝撃痕だけを残した場所。砂と白化した地表に覆われ、今はただの死地にしか見えないその先を、サイクロプスの視線が捉える。
「……すぐ戻る」
藤堂は、誰に聞かせるでもなく、ただそう呟いた。藤堂自身ですら、その言葉に込めた感情を、あえて掘り下げなかった。
あのクレーターの底には、かつて家があった。
カルナ落下に巻き込まれ、地形ごと消し飛ばされた場所。思い出も、生活も、すべてが――あの穴の中にある。
サイクロプスは、すぐに正面へと向き直る。
隊列は何事もなかったかのように、静かに進み続けた。
その少し後方――
スサノヲを走らせる美桜は、ふと視界の端に引っかかる地形に、無意識に視線を向けた。
小高い丘。
……だったはずの場所。
二月の太陽は低く、影を長く引く。かつて草に覆われていた斜面は、今や白く乾き、風が吹くたび細かな粒子が舞い上がる。
冬枯れではない。生命そのものが削られたあとの色だった。
今はカルナ・サーヴィターの侵食によって白化が進み、地肌は脆く崩れ、植生の痕跡もほとんど残っていない。それでも、輪郭だけは――確かに覚えがあった。
(……ここ)
胸の奥が、ひくりと痛む。
かつてそこには、病院があった。自分にとっても、縁の深い場所。
「……咲ちゃん……」
思わず漏れた声は、操縦席の中で消える。
美桜には、双子の姉がいた。
美咲。
カルナ落下以降、ずっと昏睡状態のまま。今は本州の、安全な病院へと転院している。
――生きている。
それだけが、希望だった。
スサノヲは止まらない。美桜は、視線を前に戻し、ペダルを踏みこんだ。
そのときだった。
通信に、かすれたノイズが混じる。
『……こえるか……せよ……聞こえるか……こちら……《暁》……』
断続的で、不安定な声。美桜は、息を呑む。
「あ……先生……」
思わず呟いたその声は、誰にも拾われない。次の瞬間、佐伯が無線のスイッチを押した。
「こちらヴァンガード隊」
即座に、応答が返る。
『こちら《暁》操舵室。小田桐だ。ヴァンガード隊、状況を報告せよ』
佐伯の声は、簡潔だった。
「アンテナ四十三番付近にて、スサノヲの遠隔操縦をジャックする新型の蝶型サーヴィターを確認。これによりスサノヲ四機が制御を奪われ、アメノウズメ一機が轟沈。ただし敵スサノヲ四機を含む周辺戦力の殲滅に成功しました」
佐伯は感情を切り離すように、視線を正面の戦術表示から一瞬も逸らさず、淡々と報告を続ける。
「こちら本隊の現存戦力は、ヴァンガード隊アメノウズメおよびスサノヲ四機、イージス隊アメノウズメおよびスサノヲ三機。いずれも健全。任務続行可能です」
『ヴァンガード隊、報告了解した』
小田桐の声は、落ち着いていた。
『これよりサポート隊を指示し、通信設備の復旧に取り掛かる。ヴァンガード隊およびイージス隊は、敵に警戒しつつ待機せよ』
「ヴァンガード隊、了解」
佐伯は間を置かず、続ける。
「蝶型サーヴィターは再出現の可能性があります。サポート隊については、常に有線接続での運用を願います」
通信の向こうで、短い肯定。
『ありがとう、ヴァンガード隊。情報に感謝する。了解した。私が責任をもって伝達し、徹底させる』
通信が落ちてから、しばらくの静寂が続いた。
その沈黙を破ったのは、遠くから近づいてくる低い駆動音だった。
砂地の向こうに、クローラーの影が現れる。アメノウズメ一機。そして、その周囲を護るように展開するスサノヲ四機――サポート隊だ。
先頭のスサノヲが、地面へと何かを降ろす。それは一本のケーブルだった。
外装には、鈍い光を帯びたカルナイト製の保護カバー。柔軟性を残しつつも、明らかに通常の通信線とは異なる、特別製だ。
「……有線か」
誰かが小さく呟く。
蝶型サーヴィターによる妨害を前提とした、力押しの対策。空を介さず、奪われない通信路を地面に引く――原始的だが、確実な手段だった。
サポート隊は、ケーブルを敷設しながら慎重に前進する。
地面は凍結してはいない。
だが、二月の冷気で締まりきった土は硬く、白化した表層だけが粉のように崩れる。ケーブルが引きずられるたび、乾いた音がわずかに響いた。
一端は既存のアンテナ基部へと接続され、もう一端は、さらに先へ。破壊された次のアンテナへ向けて。
「ヴァンガード隊、前に出る」
佐伯の指示は短い。
藤堂のサイクロプスを先頭に、ヴァンガード隊が前衛へと展開する。その後方、イージス隊が距離を保ちつつ隊列を組み、しんがりを固めた。
三隊のスサノヲが、一本のケーブルを中心に、流れるように役割を分ける。
やがて、視界の先に――無残に倒れたアンテナの残骸が見えてきた。基部は抉れ、支柱は折れ、通信設備としての機能は完全に失われている。
サポート隊のアメノウズメが停止し、側面ハッチが開く。内部から運び出されたのは、新品のアンテナ部材だった。
分割された支柱、制御ユニット、指向性調整用のパネル。無駄のない動きで、スサノヲたちが組み上げていく。
その最中――
砂を弾く音。
「来るぞ!」
蟻型サーヴィターだった。
一体、二体――いや、数はそれ以上。
だが、今度は違う。
ヴァンガード隊が迎え撃ち、イージス隊が側面を抑える。死角へ回り込もうとする個体は、即座に別のスサノヲが潰す。
盾が受け止め、刃が走る。過剰な言葉も、無駄な動きもない。
連携。
それだけで十分だった。
何度かの襲撃を退けたころ、アンテナはすでに立ち上がっていた。最後に、有線ケーブルが接続され、固定が完了する。
冷えた空気の中、立ち上がったアンテナが風にわずかに軋む。次の瞬間、艦内の計器が一斉に反応した。
「……復旧、確認」
佐伯の声に、わずかな安堵が混じる。通信が、戻った。
空を介さず、大地を通した確かな繋がり。
蝶型サーヴィターの影響を受けない、新しい回線が完成した。
敵の喉元――地獄の入り口に突入するための準備が、静かに、だが確実に整いつつあった。




