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第15話 飲み込まれる

通信が開いたままの回線に、低く落ち着いた声が流れ込んだ。


『こちら《暁》、小田桐だ。ヴァンガード隊、イージス隊、よくやった』


冷えた装甲の内側の空気が、わずかに引き締まる。


『これより先は、ヴァンガード隊のアメノウズメをアンテナと有線接続した状態で進軍する。

イージス隊はアメノウズメより短距離無線で接続。

通信は常に開いた状態にしておくように』


淡々とした指示だが、その一言一言が、これから踏み込む領域の危険性を雄弁に物語っていた。


『通信ケーブルについてはサポート隊から受け取り、順次接続せよ。

このアンテナまでの通信環境については、サポート隊のスサノヲに分散させて警備に当たらせる』


佐伯は即答した。


「了解」


ヴァンガード隊のアメノウズメが、ゆっくりとサポート隊のアメノウズメの横へ寄る。

両機の距離が詰まり、サポート隊の背面のハッチが油圧音とともに開いた。


サイクロプスが前へ出る。

その両腕で受け取ったのは、ロール状に巻かれた太い通信ケーブルだった。

外装はカルナイト製。

重いが、異様なまでの信頼感がある。


藤堂は無言でケーブルを運び、端子を確認する。

一端をアンテナ基部へ。

もう一端をアメノウズメの通信ポートへ。


低い接続音。

次の瞬間、計器の表示が更新され、有線接続を示すインジケーターが安定した。


『確認した』


小田桐の声が続く。


『それでは移動を開始する。

目標地点、座標を送信する』


コンソールに、新たな進路データが投影される。

それは、カルナ・フロラの中心域へ向かう、一直線のルートだった。


『ヴァンガード隊、イージス隊両隊。

敵を殲滅しつつ、前進せよ』


佐伯は一瞬も迷わない。


「了解」


次の瞬間、隊列が動いた。


先行するのはイージス隊。

その後方に、通信ケーブルを地面へと引きながら、ヴァンガード隊のアメノウズメが続く。


ケーブルは大地を這い、白化した地表に一本の黒い線を刻んでいった。


進行方向の先――

砂塵の向こうに、巨大な影が、ゆっくりと輪郭を結び始める。


カルナ・フロラ。


それは、塔だった。


植物という言葉を拒絶する、汚濁した生命の巨塔。

赤黒く変質した肉質の構造体が、死に覆われた大地の中央に、異物として屹立している。


近づくにつれ、その異様さは、単なる「巨大構造物」という認識を拒んだ。

幹は樹木の形をしていない。

無数の巨大な血管と筋束が絡み合い、無理やり「柱」という形へと凝固した肉塊だった。


どろりと濁った暗赤色の表皮は、湿った光沢を帯び、層を成して幾重にも重なっている。

臓器が外界に露出したまま、直立している――そんな錯覚を覚えさせる。


その基部を、無数の蟻型サーヴィターが取り囲んでいた。


体長五メートル級の黒い個体が、地表を埋め尽くすように密集し、一定の秩序をもって塔の周囲を循環している。

防衛線というより、血流。

塔という巨大な器官を循環する、流動する一部だった。


「……でかいな」


誰かの低い呟きが、装甲車の内に落ちた。


塔の周囲には、より小型のカルナ・フロラが群生していた。

幹とも触手ともつかない構造体が地表を侵食し、白化した大地を覆い尽くしている。


そこかしこに、スサノヲが通行可能なほどの穴が穿たれていた。

まるで――内部へと誘い込むために、意図的に設けられた通路のように。


だが、二隊はそれらを一切気に留めない。

進路は、小田桐が指定した座標のみ。


そのとき。


低く、重い音が、空気を震わせた。


「ドクン——」


鼓動。


カルナ・フロラの内部から伝わる、生体反応。

それに呼応するように、地表の蟻型サーヴィターたちが一斉に動きを止め、次の瞬間、同じ方向――塔の中枢へと向き直った。


同時に、赤黒い幹の内部を巨大な光がせり上がる。

血液が逆流するかのように、中心から上方へ。

塔全体が、鮮血めいた赤に激しく発光した。


「……来るぞ」


砂を蹴散らし、蟻型サーヴィターが前方から出現する。

続いて、刃のような前脚を振り上げる蟷螂型。


だが、展開は早かった。


イージス隊が前で受け止め、ヴァンガード隊が確実に仕留める。

側面に回り込もうとした個体は、即座に別方向から叩き潰された。


通信は切れない。

指示は遅れない。


有線で繋がれた確かな回線が、二隊の動きを一つの意思のように束ねていた。


連携は、戦闘を重ねるごとに洗練されていく。

目立った損傷も、致命的な被害もない。


ただ、確実に――

カルナ・フロラは、近づいてきていた。


視界の端に映るだけで、空気が重くなる。

焦げた肉と鉄錆を混ぜたような異臭が、環境センサーに警告を灯す。


その中心部。

まだ姿を現さない“核心”へ向けて、二隊は黙々と進み続ける。


佐伯の声が、通信回線に乗って静かに響いた。


「ヴァンガード隊、イージス隊各位。もうすぐ到着だ。十二時の方向。距離、約百メートル」


その先――

カルナ・フロラの巨大な幹へと向かって、白化した大地が大きく抉られているのが見えた。


穿たれた穴は、単なる陥没ではない。

縁は滑らかに削られ、内壁は白化した地表よりも濃い灰色を帯び、ガラス質のような鈍い光沢を放ちながら、地中深くへと続いている。


大きさは十分だった。

アメノウズメの両端に、スサノヲがそれぞれ立ってもなお余裕がある。

まるで――車体ごと、兵器ごと、飲み込むために用意された喉。


空気が、さらに重くなる。


佐伯は迷いなく続けた。


「スサノヲ全機。これ以降の戦闘は、狭い穴の中になる。

長柄の武器は不利だ。小型武器に持ち替えろ」


一拍も置かず、応答が重なる。


「了解や」

「了解だ」

「了解した」

「了解です」


短く、即断の声。

覚悟は、すでに共有されていた。


藤堂のサイクロプスが、アメノウズメ側面のハッチへと向かう。

装甲がスライドして開き、武器収納用のハッチが開く。


サイクロプスは長刀をその中に格納し、代わりに、サーベルを右手に。

左手には、小型のシールド。


取り回しを優先した、近接戦闘仕様。


刃を一度、軽く振る。

空気を切る感触に、違和感はない。


続いて、美桜のスサノヲも装備を切り替える。

大盾を背面格納庫の中へと戻し、小型の盾へ。

狭所での取り回しを考えれば、当然の選択だった。


隊列が、自然と再編される。


穴の奥から、かすかな振動が伝わってくる。

鼓動か、あるいは――呼吸。


カルナ・フロラの内部へと続く道が、今、完全に口を開けていた。


佐伯が、低く告げる。


「侵入準備。

――行くぞ」


二隊のアメノウズメが、スサノヲを引き連れ、無言で前進を開始する。

白い地表を踏み越え、暗黒の縁へ。


光の届かない深部へと、ゆっくりと飲み込まれていった。


穴倉の内部は、想像以上に複雑だった。


通路は一定の形を保っていない。


白化した大地に穿たれた巨大な穴が、そのまま奥へと続いていた。


地中を貫く空洞の縁に沿うように、暗赤色の肉塊が浮き出している。

ところどころでそれは大きく盛り上がり、あるいは垂れ下がり、まるで地下に存在する本体の一部が、裂け目から押し出されてきたかのようだった。


穴は幾重にも枝分かれし、合流を繰り返しながら奥へ奥へと続いている。


壁面を覆う肉質は完全に固着しているわけではない。

わずかに脈動し、場所によっては、ゆっくりと形を変えているようにも見える。


ときおり、深部から低い振動が伝わり、そのたびに肉塊が呼応するように収縮した。


佐伯は前方を見据えたまま、口を開いた。


「分岐が多いな……」


即座に応答が返る。


『次の分岐、右だ』


小田桐の声は、淡々としていた。

確認も、逡巡もない。


隊列は迷いなく右へ進路を取る。

直進方向は一見して広く、進みやすそうに見えたが、その選択肢は最初から除外されているかのようだった。


ほどなく、左側の通路の奥から、蟻型サーヴィターが姿を現す。

複数。

だが、進路を外れている。


(……把握している)


佐伯はそれだけを理解する。


分岐は何度も現れた。


『直進』


『次、左』


指示は短く、的確だった。

あらかじめ定められた線を、そのままなぞっているような進行。


完全に接触を避けられるわけではない。


天井の割れ目から、蟻型サーヴィターが一体、落ちてくる。

続いて、側壁を破って、もう一体。


だが、戦闘は短い。


イージス隊が進路を押さえ、

ヴァンガード隊が確実に仕留める。


深追いはしない。

進行を妨げる個体だけを排除し、即座に前進を再開する。


通路は、さらに狭くなっていく。

天井が低く、左右の壁が迫る。


『もう少しだ。この先が、本作戦の最終目的地だ』


それ以上の説明はない。

だが、その一言で十分だった。


通路の先が、わずかに開ける。

暗赤色の空間の向こうに、さらに深い区画が待っている。


カルナ・フロラの内部。

その核心へ向けて――

二隊は、黙々と前進を続けた。

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