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第14話 地に繋ぐ

砂煙が完全に収まるころ、ヴァンガード隊は自然とアメノウズメの周囲へと集結した。


二月の空気は冷たく乾いている。

風は強くはないが、湿り気をまったく含まず、巻き上がった砂塵をゆっくりと遠くへ運んでいく。

白化した地表は光を鈍く反射し、空は澄みすぎるほど青い。


殲滅は確認済み。

だが、戦闘は終わっても、任務は終わらない。


まず必要なのは――補給だった。


藤堂のサイクロプスが、慎重にアメノウズメへと寄る。

機体の姿勢をわずかに調整し、指定位置で停止すると、機体側面の装甲が低い駆動音とともにスライドした。


露出したのは、武器格納用ハッチ。


アメノウズメの一角に設けられた、主として武器のような長尺の兵装を対象とした専用の格納庫だ。


スサノヲが装備する予備用の武器が格納されている、その中で――

長刀は明らかに場違いな存在として収まっていた。

刃渡りは格納庫の奥行きぎりぎり。

これ以上一寸でも長ければ、収容そのものが不可能だったはずだ。


サイクロプスが腕を伸ばし、慎重に長刀を取り出す。

内部構造や他の武器に干渉しないよう、わずかに角度を調整しながら――

ようやく、刃全体が外へと姿を現した。


装甲色、重量、バランス。

すべてが、先ほどまで手にしていたものと変わらない。


藤堂は柄を握り直し、短く一振りして感触を確かめる。

問題はなかった。


続いて、加納のストライク・イーグルが前へ出る。

欠けたサーベルを手放し、同じハッチから新しい一本を受領する。


刃を構え直すその動きは、戦闘時と変わらぬ静けさを保っていた。

あたかも、先ほどの激闘など存在しなかったかのように。


ニックのジョーカーも同様だった。

摩耗した短剣を二本、無造作に戻し、新しい短剣を受け取る。


「……ほんま、消耗品やなあ」


軽口は叩くが、手元の確認は丁寧だった。

刃先の振動、握りの感触。

どれも即座に戦闘へ戻れる状態だ。


補給が一段落した、そのとき。


「こちらヴァンガード隊アメノウズメ、佐伯だ。応答せよ」


艦内に張り詰めた沈黙が落ちる。

計器の低い作動音だけが続く中、通信回線に微かなノイズが走り、やがて安定した声が返ってきた。


『こちら、イージス隊。ヴァンガード隊、ありがとう。救援に感謝する』


佐伯はコンソールから視線を離さない。

表情は動かないが、指先だけが、次の問いを急かすように端末を叩いた。


「イージス隊、戦力の状況はどうだ。まだ任務続行は可能か」


一拍。

その間に、艦内の空気がわずかに重くなる。


『スサノヲ一機は大破した。だが、残りのスサノヲ三機とアメノウズメの損傷は軽微だ。問題ない。任務続行可能だ』


佐伯は短く息を吐き、即座に判断を下す。


「了解だ。イージス隊、ヴァンガード隊はこれより進路を戻り、《暁》への通信を確保する。それまでイージス隊はヴァンガード隊の指揮下に入ってくれ」


『了解』


通信が遮断され、艦内に再び静寂が戻る。

佐伯は背筋を伸ばしたまま、振り返らずに言った。


「聴いての通りだ。引き続き警戒を怠るな。引き返すぞ」


返答は重なった。

即座で、迷いのない短い肯定。

それぞれの立場も性格も違う四人の声が、しかし同じ意思を示して艦内に響いた。


「了解や」

「了解だ」

「了解した」

「了解しました」


二機のアメノウズメが速度を落とし、隊列を整えながら進路を反転する。


その後方で――

藤堂のサイクロプスが、ほんの一瞬だけ、首を巡らせた。


カルナ・フロラの方向。


かつて空が裂け、大地が抉れ、巨大な衝撃痕だけを残した場所。

砂と白化した地表に覆われ、今はただの死地にしか見えないその先を、サイクロプスの視線が捉える。


「……すぐ戻る」


藤堂は、誰に聞かせるでもなく、ただそう呟いた。

藤堂自身ですら、その言葉に込めた感情を、あえて掘り下げなかった。


あのクレーターの底には、かつて家があった。

カルナ落下に巻き込まれ、地形ごと消し飛ばされた場所。

思い出も、生活も、すべてが――あの穴の中にある。


サイクロプスは、すぐに正面へと向き直る。

隊列は何事もなかったかのように、静かに進み続けた。


その少し後方。


スサノヲを走らせる美桜は、ふと視界の端に引っかかる地形に、無意識に視線を向けた。


小高い丘。

……だったはずの場所。


二月の太陽は低く、影を長く引く。

かつて草に覆われていた斜面は、今や白く乾き、風が吹くたび細かな粒子が舞い上がる。

冬枯れではない。

生命そのものが削られたあとの色だった。


今はカルナ・サーヴィターの侵食によって白化が進み、地肌は脆く崩れ、植生の痕跡もほとんど残っていない。

それでも、輪郭だけは――確かに覚えがあった。


(……ここ)


胸の奥が、ひくりと痛む。


かつてそこには、病院があった。

自分にとっても、縁の深い場所。


「……咲ちゃん……」


思わず漏れた声は、操縦席の中で消える。


美桜には、双子の姉がいた。


美咲。

カルナ落下以降、ずっと昏睡状態のまま。

今は本州の、安全な病院へと転院している。


――生きている。

それだけが、希望だった。


スサノヲは止まらない。

美桜は、視線を前に戻し、ペダルを踏みこんだ。


そのときだった。


通信に、かすれたノイズが混じる。


『……こえるか……せよ……聞こえるか……こちら……《暁》……』


断続的で、不安定な声。


美桜は、息を呑む。


「あ……先生……」


思わず呟いたその声は、誰にも拾われない。

次の瞬間、佐伯が無線のスイッチを押した。


「こちらヴァンガード隊」


即座に、応答が返る。


『こちら《暁》操舵室。小田桐だ。ヴァンガード隊、状況を報告せよ』


佐伯の声は、簡潔だった。


「アンテナ四十三番付近にて、スサノヲの遠隔操縦をジャックする新型の蝶型サーヴィターを確認。

これによりスサノヲ四機が制御を奪われ、アメノウズメ一機が轟沈。

ただし敵スサノヲ四機を含む周辺戦力の殲滅に成功しました」


佐伯は感情を切り離すように、視線を正面の戦術表示から一瞬も逸らさず、淡々と報告を続ける。


「こちら本隊の現存戦力は、

ヴァンガード隊アメノウズメおよびスサノヲ四機、

イージス隊アメノウズメおよびスサノヲ三機。

いずれも健全。任務続行可能です」


一拍。


『ヴァンガード隊、報告了解した』


小田桐の声は、落ち着いていた。


『これよりサポート隊を指示し、通信設備の復旧に取り掛かる。

ヴァンガード隊およびイージス隊は、敵に警戒しつつ待機せよ』


「ヴァンガード隊、了解」


佐伯は間を置かず、続ける。


「蝶型サーヴィターは再出現の可能性があります。

サポート隊については、常に有線接続での運用を願います」


通信の向こうで、短い肯定。


『ありがとう、ヴァンガード隊。情報に感謝する。

了解した。私が責任をもって伝達し、徹底させる』


通信が落ちてから、しばらくの静寂が続いた。


その沈黙を破ったのは、遠くから近づいてくる低い駆動音だった。


砂地の向こうに、クローラーの影が現れる。

アメノウズメ一機。

そして、その周囲を護るように展開するスサノヲ四機――サポート隊だ。


先頭のスサノヲが、地面へと何かを降ろす。

それは一本のケーブルだった。


外装には、鈍い光を帯びたカルナイト製の保護カバー。

柔軟性を残しつつも、明らかに通常の通信線とは異なる、特別製だ。


「……有線か」


誰かが小さく呟く。


蝶型サーヴィターによる妨害を前提とした、力押しの対策。

空を介さず、奪われない通信路を地面に引く――原始的だが、確実な手段だった。


サポート隊は、ケーブルを敷設しながら慎重に前進する。


地面は凍結してはいない。

だが、二月の冷気で締まりきった土は硬く、白化した表層だけが粉のように崩れる。

ケーブルが引きずられるたび、乾いた音がわずかに響いた。


一端は既存のアンテナ基部へと接続され、もう一端は、さらに先へ。


破壊された次のアンテナへ向けて。


「ヴァンガード隊、前に出る」


佐伯の指示は短い。


藤堂のサイクロプスを先頭に、ヴァンガード隊が前衛へと展開する。

その後方、イージス隊が距離を保ちつつ隊列を組み、しんがりを固めた。


三隊のスサノヲが、一本のケーブルを中心に、流れるように役割を分ける。


やがて、視界の先に――

無残に倒れたアンテナの残骸が見えてきた。


基部は抉れ、支柱は折れ、通信設備としての機能は完全に失われている。


サポート隊のアメノウズメが停止し、側面ハッチが開く。

内部から運び出されたのは、新品のアンテナ部材だった。


分割された支柱、制御ユニット、指向性調整用のパネル。

無駄のない動きで、スサノヲたちが組み上げていく。


その最中――


砂を弾く音。


「来るぞ!」


蟻型サーヴィターだった。

一体、二体――いや、数はそれ以上。


だが、今度は違う。


ヴァンガード隊が迎え撃ち、イージス隊が側面を抑える。

死角へ回り込もうとする個体は、即座に別のスサノヲが潰す。


盾が受け止め、刃が走る。

過剰な言葉も、無駄な動きもない。


連携。

それだけで十分だった。


何度かの襲撃を退けたころ、アンテナはすでに立ち上がっていた。

最後に、有線ケーブルが接続され、固定が完了する。


一瞬の沈黙。

冷えた空気の中、立ち上がったアンテナが風にわずかに軋む。


次の瞬間、艦内の計器が一斉に反応した。


「……復旧、確認」


佐伯の声に、わずかな安堵が混じる。


通信が、戻った。


空を介さず、大地を通した確かな繋がり。

蝶型サーヴィターの影響を受けない、新しい回線が完成した。


敵の喉元――地獄の入り口に突入するための準備が、静かに、だが確実に整いつつあった。

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