第12話 隊列は崩れない
佐伯は即座に判断を下した。ジョーカーとサイクロプスの通信状態を示すインジケーターを横目で確認し、アメノウズメを前進させる。
「……距離、問題なし。前へ出る」
重厚な駆動音とともに、アメノウズメがゆっくりと砂地を踏みしめる。通信圏の境界を越えないよう、慎重に、しかし確実に。
モニター上。蟻型サーヴィターを示す六つの赤点が、一つ、また一つと消えていく。
ジョーカーの奇襲。サイクロプスの踏み込み。無駄な動きはない。連携も、過剰な言葉もない。
そして――最後の一つが消えた。要した時間は、数分とかからなかった。
佐伯は息を整えることなく、次の指示を飛ばす。
「藤堂、ニック。次の標的はアメノウズメより十時の方向だ。前に出過ぎるな」
「了解だ」
「了解や」
短い間。すぐに続ける。
「……加納、篠宮。二人に続け」
「了解した」
「了解です」
了解の応答が、重なって返る。やがて、モニターの端に、新たな反応が現れた。
赤い点が――五つ。しかも、こちらへ向かってきている。
「……接近速度、速いな」
佐伯が呟くより早く、前線から声が飛ぶ。
「ニック、奴さんの方からお出ましだ」
軽い調子の声。だが、視線は確実に敵を捉えている。
「お迎えしてやれ」
「了解や」
ニックは、どこか楽しげに応じた。
やがて、敵影が視認距離に入る。
「……あらら」
ニックの声色が、わずかに変わる。
「藤堂のおっさん。ノッポの三角頭が二体おるわ」
その言葉に、藤堂は即答する。
「問題ない」
声に迷いはない。
「後回しにしてくれてかまわない」
それだけだった。
ニックは一瞬だけ口角を上げる。
「了解。ほな、先に掃除させてもらうで」
二機が、静かに間合いを詰めていく。
その様子を後方から見つめながら、加納は無言で戦況を更新していた。
カルナ・サーヴィターの反応は五体。内、三体は蟻型。残る二体――蟷螂型。蟷螂型二体の動きが、重なっている。
加納は即座にその意味を理解し、声を張り上げた。
「藤堂、俺がサポートに回る!」
間を置かず、返答が来る。
「助かる」
短く、それだけだった。
次の瞬間――一体の蟷螂型が、地面を削るような加速でサイクロプスとの距離を詰める。細い脚で大きく回り込み、体軸をずらしながら、一瞬で鎌を打ち出した。
狙いは明確。長刀を支える、右腕。サイクロプスは、最短距離でその一撃をかわす。
それは、避けるための動きではない。次の攻撃へと繋げるための、最小限の偏位。
鎌が空を切った一瞬の隙を捉え、サイクロプスは両腕で長刀を振り上げる。
——ズバッ。
伸びきった蟷螂型サーヴィターの鎌が、根元から断たれ、宙を舞った。切断面から火花のような光が散り、破断された刃が砂地に突き刺さる。
だが、サイクロプスの動きは止まらない。長刀に載せた質量と回転を殺さず、そのまま踏み込みを重ねる。腰を軸に、機体全体を使った横薙ぎ。
——ズン。
空気が震えた。
刃は、蟷螂型サーヴィターの胴を水平に捉え、装甲と筋束をまとめて断ち切る。分断された上半身が前へと投げ出され、遅れて下半身が崩れ落ちた。
その光景に、もう一体の蟷螂型サーヴィターが、わずかに動きを止める。
距離を取るべきか。踏み込むべきか。判断が遅れた、その一瞬。
「——今だ」
加納の声と同時に、ストライク・イーグルが大きく踏み込んだ。地面をえぐるような加速。低い姿勢から、サーベルが閃く。
蟷螂型サーヴィターの四本ある脚のうち、支点となっていた二本を、正確に薙ぎ払う。
切断された脚が弾き飛び、蟷螂型の体勢が一気に崩れる。
転倒。逃げ場はない。
ストライク・イーグルは一切の躊躇なく接近し、機体を安定させる。
そして――頭部を、冷静に切断した。蟷螂型サーヴィターの身体が、力を失って沈黙する。
「おお~! 流石やね、お二人さん!」
場違いなほど明るい声が聞こえた。ニックだった。
加納はストライク・イーグルの姿勢を保ったまま、頭部と連動したヘッドギアを操作し、視線を振り向ける。
砂煙の向こう――そこに姿を現したのは、単機で蟻型三体を仕留め終えたばかりのジョーカーだった。
装甲には、削り取られたような痕跡が残っている。だが、致命的な損傷はない。動きも、呼吸も乱れていない。
「……仕事が早いな」
加納が短く言う。
「まあな。雑魚相手に手間取ったら、笑われてまうやろ?」
軽口はそのまま。
だが、ジョーカーのセンサーはすでに周囲を走査し、次の敵を探していた。その瞬間――後方から、低く、しかし明瞭な声が飛ぶ。
「各員、油断するな」
佐伯だった。
「次は、十一時の方向。反応、十二体。――固まっている」
佐伯の声がわずかに低くなる。
「隊列を維持しつつ、前進する」
指示は簡潔。
だが、その一言に、次の戦闘の輪郭がすべて含まれていた。
「了解や」
「了解した」
「了解しました」
「了解です」
応答が重なる。
キルシュの機体が、アメノウズメの傍でわずかに進路を調整する。重装の装甲車が前進するたび、地面が低く唸り、白い砂が押し分けられていく。
アメノウズメは止まらない。通信圏の中心として、戦場の背骨として、一定の速度を保ったまま前へ進む。
スサノヲの短距離センサーの情報を映し出すモニターには、新たな十二の赤点の群れ。密集し、重なり合い、まるで待ち構えているかのようだった。
「なんや、全部蟻さんやないか」
ニックの軽口がこだまする。だが、その直後。
「ニック。数が多い。油断するな」
藤堂の声は低く、即座だった。間を置かず、佐伯が全体に指示を飛ばす。
「各員。陣形はこのままだ。アメノウズメの護りを固めつつ――全戦力で、一気に叩く」
その言葉を合図にするかのように、十二体の蟻型サーヴィターが動いた。
モニター上の赤点が散開するのではなく、収束する。アメノウズメを中心に、円を描くような配置。まるで、一体の生き物が獲物を包囲するかのようだった。距離が、一気に詰まる。
「……来るぞ」
加納が短く告げる。
次の瞬間――ジョーカーとサイクロプスが、呼吸を合わせたように前へ出た。
正面突破。ジョーカーは左正面へ踏み出した瞬間、蟻型サーヴィターの直前で鋭角に軌道を変える。
視界の端から滑り込むような回り込み。次の瞬間には、すでに死角だった。
狙いすました短剣が、首の付け根へと迷いなく突き立てられる。
威嚇音は途中で途切れ、蟻は何もできないまま前のめりに崩れ落ちた。
ほぼ同時。
サイクロプスは右正面。
一切の無駄なく踏み込み、長刀を横一文字に振るう。刃は正確に頭部を捉え、甲殻ごと薙ぎ払った。
二体の蟻型サーヴィターは、ジョーカーとサイクロプスを正面に捉えながらも、反応する間もなく沈黙した。
ジョーカーは、その動きを緩めない。
体躯を翻し、倒れゆく一体目を踏み台にするようにして、二体目の死角へと滑り込む。
距離は、一瞬で詰まった。蟻型サーヴィターがその存在を認識するより早く、短剣が走る。
狙いは首元。ためらいも、修正もない。
必殺の一撃が深く突き立てられ、個体はジョーカーを目で捉えることすらできずに崩れ落ちた。
一方で――
サイクロプスは、一体目を仕留めた一撃の勢いを、そのまま次へと繋げていた。
長刀の動きを止めない。回転と質量を断ち切ることなく、流れるように体軸を送り出す。
踏み込みは続く。
刃は減速することなく、次の標的へと導かれていった。回転をそのままに、体軸を流し、次の一体へ。
長刀の重みと加速をすべて載せた一撃が、右隣の蟻型サーヴィターの頭部へと振り下ろされる。
——ズバン。
甲殻が真っ二つに割れ、内部構造が露出し、個体は即座に沈黙した。
前線が、一瞬で穿たれる。
その少し後方、ストライク・イーグルはアメノウズメと前衛二機の中間に位置を保ちながら、全周警戒を続けていた。
右側の赤点が、わずかに早く動く。
「……右、来る」
判断と同時に、機体が方向転換。加速は最小限。迎撃に最適な距離で止まる。
蟻型サーヴィターが、大顎を大きく開き、噛みつくように突進してくる。
ストライク・イーグルは盾を前に出し、その一撃を正面から受け止めた。鈍い衝撃。
それと同時に、蟻型サーヴィターの口からすべてを溶解する酸が容赦なく放出される。
しかし、スサノヲの装甲と同じカルナイトで覆われた盾は全く受け付けない。
反撃は、冷静だった。
まず、足。
サーベルが一閃し、支えとなる脚部が切断される。体勢を失った個体が沈み込む。逃げ場はない。続く一撃が、確実に急所を断ち、蟻型サーヴィターは動きを止めた。
その瞬間。
ストライク・イーグルが右へ動いたのを見て、キルシュが即座に反応する。左側に意識を向け、大盾を構え直す。一歩、前へ。
アメノウズメを背に、位置取りを微調整する。接近する蟻型サーヴィターの進路を塞ぐように、盾を正面へ。
その視線の先で、反転したストライク・イーグルが割り込み、左側の蟻型サーヴィターの迎撃にあたる。
一瞬の判断だった。だが、それで十分だった。
加納は、右側に残る三体の配置と間合いを即座に把握する。速度、角度、密度――すべて問題ない。
(……藤堂に任せられる)
小さく、舌打ち。それは焦りから出た音ではなかった。右側の三体をサイクロプスに任せて問題ない――その判断が、正しいと分かっているからこそだ。
藤堂なら処理できる。そう即断してしまった自分自身に、加納はまたわずかな苛立ちを覚え、それを隠せなかった。
そのストライク・イーグルの動きに即座に反応し、美桜が右側の蟻型サーヴィターへと視線を向けた、その瞬間だった。
キルシュのアイカメラ、ヘッドギア越しの映像。そこに映し出された光景に、美桜は思わず息をのむ。
サイクロプスが、踏み込む。
余計な予備動作はない。体軸がわずかに沈み、次の瞬間――長刀が、横一閃。風圧が、砂を切り裂く。刃の軌道上にいた三体の蟻型サーヴィターの胴が、ほぼ同時に裂けた。
——一撃。
甲殻も、内部構造も関係ない。切断面がずれ、三体は時間差で崩れ落ちる。
「……っ」
美桜は、言葉を失った。ただの強さではない。それは、戦場を支配するための動きだった。
残るのは、左側の蟻型サーヴィター四体。
ジョーカーは止まらない。流れるような機動のまま、二体の死角へと入り込み、急所を正確に見極める。
短剣が、二度閃いた。一体目は、首元。二体目は、関節基部。
どちらも、悲鳴を上げる暇すらない。崩れ落ちる音だけが、砂地に残った。
残り二体。
ストライク・イーグルが前へ出る。焦らない。確実に、役割を果たすための動き。
まず、一体目。足を断つ。サーベルが閃き、脚部が切断される。体勢を崩した個体を、盾で押さえ込み、逃げ場を奪う。次の一撃で、確実に仕留める。
最後の一体は、わずかに距離を取ろうとした。だが、その判断は遅い。
ストライク・イーグルが一歩詰め、同じ手順をなぞる。足を断ち、動きを止め、急所を断つ。
四体目が沈黙した瞬間――戦場から、音が消えた。
爆発音も、金属の擦過音もない。ただ、砂が静かに落ち着いていく気配だけが残る。
アメノウズメの広域センサーが、遅延なく結果を返す。
複数階層の索敵表示。熱源、動体、反応パターン。赤い点は――ない。一つ残らず、消滅していた。
「……確認」
佐伯が短く息を吸い、声を張り上げる。
「よし! ヴァンガード隊。目標達成だ」
砂塵を巻き上げていた機体の駆動音が、わずかに遠のく。
「ここは暁の通信圏外だ。急いで集合地点に戻るぞ。
各員、遅れるな! 全速力だ!」
指示は明確で、迷いがない。戦闘の終結と同時に、次の行動へ移る声だった。
アメノウズメの巨体が、その場で大きく旋回する。重厚な駆動音。砂地を抉りながら、百八十度回転。
車体が集合地点の方角を向いた瞬間、推進がかかる。鈍く、しかし確実な加速。
その後を追うように、スサノヲ各機が一斉に動き出した。
隊列が、自然と再構築される。誰かが指示したわけではない。それぞれが、自分の役割を理解している。
砂塵が再び舞い上がり、戦場だった場所が遠ざかっていく。
加納は、モニター越しにサイクロプスの背を一瞬だけ視界に入れ、すぐに前方へと意識を戻した。今は、競う場所ではない。
――まだ、先がある。
アメノウズメを中心に、ヴァンガード隊は最終の目的地点へと急ぐのであった。




