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第13話 人の姿勢

スサノヲには、人間が人間然として操作しやすいよう、姿勢制御プログラムが組み込まれている。


人間がスサノヲを「人間の動き」として操作できるようにするため、この姿勢制御プログラムは――

人間であれば無意識に取るはずの自然な姿勢を、先回りしてスサノヲに取らせるために介入する。


腰を伸ばして立つこと。

重心が崩れれば、反射的に足を出すこと。


それらの人が無意識行う動作をスサノヲが自発的に行うために、アメノウズメから送られる制御信号の中へ補正として組み込み、スサノヲの動作を常に「人間として自然な形」に保つ――

それが、このプログラムの役割だった。


そのおかげで、人は巨大な二足歩行機械を、自分の身体の延長として扱うことができる。

ストレスも違和感もなく、“人の形”のまま戦える。


だが。


サーヴィターに乗っ取られたスサノヲの動きは、明らかに異質だった。


膝は深く折れ、腰は前に崩れ落ちるように曲がっている。

背骨は歪んだ前傾姿勢のまま固定され、そこから頭部だけが不自然に突き出ていた。


両腕は、武器を構えるためではない。

地面に触れるか触れないかの高さで、常に前へ、前へと突き出されている。


辛うじて二足歩行は維持している。

だが、その実態は――


“獣”だ。


理性的に距離を測り、武器を振るう“人”の動きではない。

最短で、最速で、最も致命的に敵へ襲いかかるためだけに最適化された、野生の姿勢。


そのスサノヲが四体。

さらに、蟻型サーヴィター五体。


それらが一団となり、味方のスサノヲ三隊へと襲いかかっていた。


「……っ」


美桜は、思わず息をのんだ。


モニター越しでも分かる。

あれは、戦闘ではない。


狩りだ。


そのとき――

一歩、前へ出た影があった。


「まずは、邪魔者のお掃除からや」


ニックだった。


ジョーカーが、背中からアメノウズメへと繋がるケーブルの存在を意識しながらも、一気に加速する。

砂地を蹴り、低く、鋭く滑り込む。


狙いは、蟻型サーヴィター。


背中越しに回り込み、その首元へ――

短剣が、寸分の迷いもなく突き立てられた。


内部構造を断ち切られた蟻型が、声もなく崩れ落ちる。


「後が、ガラ空きや」


ニックの軽口が、戦場に落ちる。


ジョーカーは止まらない。

最小限の体捌きで、隣の蟻型へと間合いを詰め、もう一撃。


短剣が走り、どさり、と鈍い音を立てて二体目が倒れた。


その瞬間だった。


敵のスサノヲが――

ジョーカーに背中を向けたまま、動いた。


振り向かない。

視線も合わせない。


ただ、腕の装甲を――

“武器”のように振り抜き、ジョーカーへと叩きつける。


次の瞬間、金属が空を裂く音が戦場に響いた。


辛うじて、ジョーカーは両手の短剣を重ねて受け止めた。


――ガギィン。


金属同士が噛み合い、火花が激しく散る。

衝撃が腕から肩、背骨へと突き抜け、スサノヲのフレームが軋んだ。


(……っ、硬っ)


モニターに警告が走る。

視線を落とすまでもない。

感触だけで、ニックには分かっていた。


短剣の高周波振動チップエッジ。

その刃先のいくつかが、欠けている。


「……あー、こらあかんわ」


ぼやくように呟き、ニックは一瞬だけ舌を鳴らす。


「こいつら……背中にでも眼ぇついとるんかいな」


すぐ隣で、加納が吐き捨てるように返した。


「当たり前だ。

上の蝶型サーヴィターに操られてるようなもんだぞ。

奇襲が通じると思うな」


カルナイト由来の装甲。

同じくカルナイト由来の武装。


理屈の上では通る。

だが、真正面からの激突は、刃のほうが先に音を上げる。


(このまま張り合ったら、こっちが削り負ける)


判断は一瞬だった。


ジョーカーは跳ねるように後退する。

砂を蹴り、距離を取り、体勢を立て直す。


その隙を、敵のスサノヲは逃さない。

前傾のまま、獣のような低い姿勢で踏み込もうと――


「させるか!」


割って入ったのは、ストライク・イーグル。


加納だった。


盾を前に突き出し、敵スサノヲの胸部へと押し付ける。

重量と推進力を殺さず、真正面から動きを封じ込める。


「――止まれ」


短く、低く。


次の瞬間、盾の陰からサーベルが滑り出た。

狙いは、肩口。


装甲の継ぎ目。

人型であるがゆえに、可動のために残された“隙間”。


刃がねじ込まれ、力任せではなく、角度で――断つ。


――ギィン、という嫌な音。


肩部の装甲が裂け、内部フレームが露出する。

敵スサノヲの動きが、一瞬、止まった。


「今や!」


その一瞬を、ニックが見逃すはずもない。


距離を詰める。

迷いはない。


狙いすました短剣が、首元へ。

だが、正面からは行かない。


制御系が集中する頭部の――装甲の継ぎ目。


そこへ、刃を“差し込む”のではなく、“ねじ込む”。


短剣が、深く、深く入り込む。


敵スサノヲの全身が、びくりと跳ねた。


一拍。


次の瞬間、力が抜けるように、その巨体が崩れ落ちる。


――沈黙。


「……一体、沈黙や」


ニックが息を吐く。


だが、安堵する暇はない。


まだ――

同じ動きをするスサノヲが、三体。

そして、蟻型サーヴィターも、なお蠢いている。


「敵スサノヲ一体!アメノウズメに向かってきます!」


美桜の声が、鋭く跳ねた。


次の瞬間――

横合いから、巨体が割り込む。


サイクロプスだった。


アメノウズメへと伸びる有線ケーブル。

それを視界の端で捉え、踏み込みの角度をわずかに修正しながら、それでも勢いは殺さない。


全速。


長刀が、大きく振り上げられ――

そのまま、振り下ろされる。


――ギィィンッ!


激しい火花が散る。

刃は頭部をわずかに外し、胸部装甲へと深くめり込んだ。


カルナイト装甲が悲鳴を上げ、次の瞬間、

敵スサノヲの動きが、完全に止まる。


「……沈黙」


藤堂は、踏み込みの勢いを利用して長刀を引き抜く。


そのまま、間髪入れずに進路を切り替えた。


狙いは――

蟻型サーヴィター。


横薙ぎ。


超振動チップエッジが歪み、不均一な音を発しながらも、

二体分の胴体をまとめて断ち切る。


砂煙の中で、蟻型が同時に崩れ落ちた。


その向こうで、別の味方スサノヲがもつれ合っていた。


蟻型サーヴィター二体が、脚部へとまとわりつく。

関節部を狙った執拗な動きに、機体が一瞬、姿勢を崩しかけた。


だが、操縦者は踏みとどまる。

盾を下げて視界と可動域を確保し、無理に引き剥がさず、体ごと向きを変える。


サーベルが、至近距離から振り下ろされた。

関節部を狙った一撃が、蟻型の脚を断ち切り――

一体が、地面へと叩き伏せられる。


もう一体が跳ね上がる。

盾を打ち捨てる余裕もなく、半身のまま踏み込み、

サーベルを横薙ぎに振り抜く。


重量差そのままに、蟻型の胴体が裂けた。


二体の蟻型が、ほぼ同時に沈黙した。


藤堂は止まらない。


すぐさま体勢を立て直し、

味方のスサノヲに襲いかかっている敵スサノヲの背後へと回り込む。


「――はあっ!」


長刀を振るう。


だが。


敵スサノヲは、異様なまでの反応速度で振り返り、

両腕を交差させて、その一撃を正面から受け止めた。


――ギギギギ……ッ。


嫌な音が走る。


長刀の超振動チップエッジが、

まるで悲鳴を上げるように震え――


次の瞬間。


……パタリ、と。


音が、止んだ。


「……っ!」


藤堂の中で、嫌な予感が確信に変わる。


サイクロプスが、わずかにひるんだ。


敵スサノヲは、壊れた長刀を乱暴に払い落とし、

丸腰になったサイクロプスへと、腕を振り上げる。


その刹那――


横から、衝撃。


「どけ!」


ストライク・イーグルが、盾ごと体当たりするように割り込んだ。


敵スサノヲの体勢が、大きく崩れる。


加納は、間合いを詰めたまま、

腰部装甲の隙間へ――

強引に、サーベルを振り抜いた。


――ズンッ。


装甲ごと、断つ。


敵スサノヲは、そのまま沈黙する。


だが。


加納のサーベルもまた、深刻なダメージを負っていた。

超振動チップエッジは大きく欠け、もはや武器としては限界だ。


「……チッ」


そのとき。


残る一体の敵スサノヲが、

獣のような低姿勢のまま、ストライク・イーグルへと襲いかかる。


加納は、動じない。


むしろ――

おもむろに、サーベルを捨てた。


続いて、シールドも。


「……?」


美桜が、思わず小さく声を漏らした。


モニター越しに映るストライク・イーグルの挙動。

サーベルを捨て、続いてシールドまでも投げ捨てる――

その判断が、瞬時には理解できなかった。


だが。


戸惑っていたのは、美桜だけだった。


加納のストライク・イーグルは、すでに次の動きへと入っている。

姿勢を低く落とし、真正面から、敵スサノヲを迎え撃つ構え。


――戦うための姿勢だ。


敵が、右腕を大きく振り上げる。

渾身の一撃が、振り下ろされる――


その瞬間。


加納は、その腕を“取った”。


受け流すでも、弾くでもない。

掴み、踏み込み、体を捨てる。


――一本背負い。


巨大な機体が、信じられない軌道で宙を舞い、

そのまま地面へと叩きつけられる。


加納は、なおも右腕を離さない。

関節を極め、動きを完全に封じる。


「ニック!」


叫びに、即座に反応。


ジョーカーが滑り込み、

正確無比な一撃を、敵スサノヲの急所へと叩き込んだ。


――沈黙。


砂埃が、ゆっくりと落ち着いていく。


「……あいにくと」


加納が、ふっと小さく笑う。


「柔道に関してはな。

与島基地でも、誰にも負けたことが無いんでね」


加納は倒れ伏した敵の上から静かに手を離し、藤堂の方を一瞬だけ横目で見てから、何事もなかったかのように機体の姿勢を正した。


理屈ではなく結果で前線を制したその瞬間、ヴァンガード隊は辛うじて、だが確かに強敵を打ち破っていた。

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