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空を行く雲、流れる水のごとく  作者: 原 徹生
第1章 日本編 Ⅰ948-1978
23/24

流雲は,…アスペンの街にから、更に、ロッキーの山中の旅を続けて........

第2部 アメリカ編 [12]ロッキーマウンテン


12-3 Garden of God からPikes Peak へ


翌朝、ゆったりとした刻の流れるアスペンの街を後にした。

 US-24号線に乗り、キャノン・シティを目指しコロラド・スプリングスに進路をとる。

グラニットの村を通過する辺りからロッキーの緑が薄くなり、荒涼とした風景が目に付くようになる。森林地帯は終わり、砂地と草地の砂漠のような景色に変わる。乾燥した砂漠の高原地帯を2時間ほど走る。

 山岳地帯のキャノン・シティに到着した。寂れた田舎町の町角に、西部劇の映画で見た大きな煙突と前面エプロンが特徴的なスタイルの蒸気機関車が停車していた。蒸気機関車の前にハンバーガーショップがあり、蒸気機関車を眺めながら昼食を済ませる。


 US-50を東に進むと、景観は更に変化し荒々しい岩肌が抜き出された渓谷が現れた。草木など緑が全くない岩肌だけの渓谷は異様な光景だ。西部劇の一場面を彷彿とさせる。

 州道115号線を北上しコロラド・スプリングスに向かう。115号線の草地と低木の茂った殺伐とした単調な道が続く。アスペンから、4時間ロッキー山中を走ってきた。


 コロラド中南部の中心都市コロラド・スプリングスに近づくと緑の木々が増え、ホットする景色が現れた。元々はネイティブ・アメリカンのアラパホ族やシャイアン族の聖地。

 走行中に Historic District Old Colorado City のサインが目に入る。コロラド・スプリングスの旧市街地だ。背後のゴツゴツした岩肌と閑散とした寂れた町並みが印象的だ。流雲は町外れのログハウス・ロッジに宿を決めた。


 夕暮れ前、午後の陽の高い時間帯に、流雲は「Garden of GOD」の写真撮影に出掛ける。

ロッジから車で僅か15分程の所に「神の庭園」はある。

 庭園入り口サインに合衆国自然ランドマークを表すプレートが掲げられ「Garden of the Gods Park」と明記されていた。

 庭園内に入ると、赤茶褐色したレッド・ストーンが塔のようにそそり立っていた。

 庭園内で目についたのは、ダグラス・ファーの樹々と赤い奇石の景観だ。「緑と赤」の織りなす非現実的な光景は不安な気分にさせる。

 自然が創り上げた奇石の不思議な彫刻の数々は、正に神の手による創造物に思える。神秘的で荘厳な景観が一層強烈な印象を与える。

 庭園内で最も人目を引いた自然彫刻「バランス ロック」。数十メートルはある大きなレッド・ストーンが、絶妙なバランスを保ちながら倒れずにそそり立っている。自然が創り出した奇石の庭園を訪れた者の心を鷲掴みにしている。

 コロラドブルーの澄んだ空をバックに荒々しいレッド・ストーンの立ち姿は、水と風と砂嵐の自然パワーが創り上げた神の彫刻。自然の造形美に畏敬の念を込め「Garden of GOD」と名付けたのだろう。「神の庭園」に相応しい光景だ。


 夕暮れ時の時間帯が、最も美しい景観が望めるとパークレンジャーが教えてくれた。

 この時期、コロラドの日没は午後8時過ぎになる。流雲は7時過ぎに撮影準備を始める。

 バランス・ロックを撮影場所に選択する。夕陽の沈む瞬間の紅色に染まるレッド・ストーンをイメージする。

 撮影準備を始めた時から、何故か動悸が激しくなった。アメリカに来てから、撮影時に意識的に感情移入しないことを心掛けてきた。その手法として、瞬間的に被写体を捕えるスナップ撮影を意識し撮影に臨んできた。しかし今回の撮影は、紅い夕陽に染まるレッド・ストーンの瞬間を撮る意欲が強く、被写体の魅力に取り憑かれてしまった。鋭くなった色彩感覚を直視することへの不安が一気に高まった。


 求める被写体は、バランス・ロックの向こうに沈む夕陽。茜色に染まる夕闇色の空と赤い砂岩とのコントラストを切り撮りたい。太陽がフレームの中に入る。ゴースト&フレアの心配がある。低減する為にニコンのナノクリスタルレンズを装着する。

 太陽の光芒を力強く表現し逆光に輝く雲海も白飛びさせず表現したい。逆光撮影を意識して、流雲はダイナミックなカラーレンジが表現できるコダクロームを装填する。

 逆光撮影ではシャッター速度を遅くする。ブレないように三脚を立てエアーレリーズを装着する。一番苦労するのは露出調整だ。流雲は少しアンダー目に撮影するのが好みだ。周りの明るさに合わせて ND-4のフィルターを準備する。ストロボ撮影の可能性も考慮しシンクロ撮影の準備も整える。

 

 夕陽が沈み始める。レッド・ストーンが赤銅色に染まり、流雲に撮影を促している。

赤く燃える茜空の上に、薄墨を流したような巻積雲の影が映えている。夕焼け空の背景に巻積雲の上部が太陽色に染まり「彩雲」となり、赤や緑に彩られキラキラと輝いている。

 流雲は不思議な感覚に捕らわれていた。逆光の中に浮かんだレッド・ストーンの色彩明度に微妙な色彩変化が感じ取れない。黒紫色や濃緑色などの色彩変化は見て取れるが、その微妙な色彩変化はレッド・ストーンの中に吸い込まれて行く。茜空をバックに赤黒く染まったレッド・ストーンの立体感が際立ってきた。

 入念に構図を確認する。茜空の背景とレッド・ストーンの彩度のギャップに万全の注意を払う。絞りとシャッター速度を調整しながらカットを連続して撮り続ける。


燃えるようなオレンジと紅色のグラディエーションに夕焼け空が染まる。

陽が沈む前の鮮やかな夕闇色のグラデーションを切り撮った。

 流雲は不思議でならなかった。白金台の植物園の撮影時の感覚とは違う「ヒカリ」が物体の中に溶け込むような現象を見た。

 東京医科大学の竹中医師は「視覚神経が調整を行うようになる」と診断していたが。その時期が来たのだろうか。


 その瞬間、流雲は閃いた。レッド・ストーンは無機質な「岩」であり、植物園の撮影の被写体は有機物の「植物」だった。あのカンナビの意識を感じたのも、森の中だ。


 流雲は意識的に感情移入しないスナップ撮影時に大きな不安を感じ無かった。

同様に「レッド・ストーン」に対峙した時も不安を感じなかった。もしかしたら、無機質な被写体に対峙する時、精神的安定が図れるのかもしれない。

 こうした考えに捕らわれながら、流雲は闇色に沈んだ「神の庭園」を後にした。


 翌朝、流雲は Pikes Peak の山頂ドライブにチャレンジする。標高4,300メートルの山頂を一気に駆け上がる。標高差、約1,400メートルの「Pikes Peak Highway」を走る計画だ。

 毎年7月4日(独立記念日)前後に「The Race to the Cloud」の自動車レースが行われる道路でもある。


 早朝、パイクス・ピーク・ハイウェイに向かう。US-24号線のガソリンスタンドに立ち寄る。流雲は中古のジープで標高4,000メートルをドライブに不安を覚え、スタンドで高地ドライブの調整を依頼した。

 キャブレーターの調整と基本チューニングを依頼する。すると、スパークプラグ交換とハイオクターンのガソリンを勧められ満タンにした。そして山岳ドライブの運転について、速度を下げてコーナーに入り、加速しながらコーナーを曲がること。砂利道はガードレールが無いことを注意された。


 針葉樹の森林を切り裂くように、二車線のパイクス・ピーク・ハイウェイが走っている。

 登りがきつくなり大きなカーブを曲がる。陽が燦燦と注ぐ林道の中を走る。

 30分ほど走行すると、道路は舗装路から砂利道に変る。ジグザグのコーナーが続く。砂利道にハンドルを取られスピードが上がらない。


 森林限界に近づき赤い岩肌がむき出しになる。路肩は狭く切り立った2車線道路が続く。

 急勾配の登坂道が続く。景色を楽しむ余裕も無く、確りとハンドルを握る。カーブを切った瞬間、『鷹』のテールが左に滑り小石を崖け下に弾き飛ばす。ハンドルを握る手が震えた。一歩間違えば転落に繋がる恐怖に怯えた。


 森林限界の3,000メーターを超え樹木が無くなり、視界が一気に開け空が大きく見える。登り勾配は更にきつくなる。セカンドギアで思いっきりアクセルを踏み込むが『鷹』のスピードが上がらない。車内が一気に冷え込んできた。

 登坂路の勾配は30度を超えたのか。フロントウインドウの先は全く道路面が見え無い。上を見上げて空に向かって運転する。青空しか見えない。


 『鷹』が空の上を走ってる。

薄く靄がかかり、更に気温が下がった。息が冷たく、息苦しく頭が痛い。自然に体が震える。暖房を最高にする。

 大きくカーブを曲がると、残雪の壁が前方に迫ってきた。窓の外に、漂う波間のような灰色の雲海が広がっていた。雲海の中を『鷹』が走って行く。

 

 頂上に到達した。標高14,100フィート(4,300メートル)の標識が目の前にある。

 恐る恐る、窓の外を見る。周りには誰もいない1台の車も停車していない。

 今、山頂に流雲と『鷹』だけだ。山頂は空気が薄く歩くとくらくらと目眩がする。

 眼下には真っ白に輝く雲海が何処までも広がり。ロッキーの峰は雲海の下に隠れ、雲海の上は紺碧の青空が何処までも続く、碧い世界に包まれていた。

 山の頂上と言うより、天の頂に立っている。  

「凄い!空の上に居る!

 流雲は雲の上に立って居た。

「絶景だ。この天空の景観は二度と体験できないだろう」

 誰もいない静寂の中で、心を落ち着けると。突然、本郷村雲龍院の祖父の声が聴こえた。

「心を落ち着けて心の中の声を聴け。『心身脱落』だ。自然と答えが見えてくる」あの言葉が何故か心の中に蘇ってきた。

 360度見渡す限り雲海が続く。風の音しか聞こえない。山頂に酔い幻聴を聴いたのか?それとも、山の琴線に触れ自然の声を感じたのか。森閑の世界が感傷に浸らせたのか。


 暫く、眼下の水平線まで広がる青空を雲の上から眺めていた。雲間がきれ始めた。

 あくびが頻繁に出るようになり、頭がぼーっとしてきた。どうやら、山酔いが酷くなってきた。眠気やあくびなどの睡眠障害に襲われ、寒さに身体が震える。

(もう限界だ。下山しよう) 

 山頂からの下り始めは、スリルを感じる余裕があった。下りのスピードが加速した時から、余裕は消え下りの恐怖にハンドルを握る手の震えが止まらなかった。

 急勾配の砂利道を右に左に滑りながらカーブを切る。景観を楽しみながら山道を下る余裕はない。崖路を転げ落ちるように滑り落ちて行く。ブレーキを踏み込むとテールが滑る。崖路スレスレにカーブを曲がる。小石が弾き飛ばされ、崖下に落下していく。ハンドルを握る手が汗で滑り、首筋に冷汗が流れる。

 舗装路に辿り着いた。恐怖に体が震え、路肩に車を止め、ひと息つくしかなかった。

 

 US-24を Colorado Springs に向かって走るいる。1時間半程走り、コロラド・スプリングスの街に入った。

『鷹』を街中の一角に止める。疲れた身体を鎮める場所を探しながら歩いていた。

 突然、異様な雰囲気の集団が、目の前に現れた。20、30人が白装束に身を包み顔を頭巾で覆った集団だ。

「White lives matter !」

「White lives matter !」と叫びながら、白装束に身を包んだ集団が向かって来る。トンガリ帽子を被り、松明を手に行進して来る。ライフルを肩に掛け、腰に拳銃をぶら下げている。何故か『白人の命を大切に!』と叫ぶ声と裏腹に、不気味な叫び声に聴こえる。通りを歩く人は異様な集団を避けるように逃げて行く。

(あれは、KKK のパレード? その異様さは底に秘めた恐怖を感じる)

 流雲は、異様なパレードから逃れるようにダイナーに飛び込んだ。

 窓際の席に座りコーヒーを口に含んだ時、言いようのない恐怖が突然流雲に襲い掛かった。身体が震え止まらなく、テーブルに俯してしまった。

「Are you okay? Did you run into the parade? Be assured that we are not on the same principles, I am against racism.」

「... Yes, I saw the parade. Are they looking for someone to attack?」

「Don't worry. They're not looking for an attacker, they are just demonstrating today. And so far I haven't heard of any attacks on any Asians. Their enemies are Black people and they are attacking them.」

(親切なウエイトレスの説明で少し気分が落ち着いてきた)

 流雲はアメリカに来て、人種差別を感じたことは無かった。今日、初めてアメリカの異様な白人至上主義の集団を目にした衝撃は大きかった。コロラド州ロッキー山脈の麓に位置する小さな町コロラド・スプリングに潜む闇を見た。デンヴァーの南約100kmに位置する都会で、このような集団が活動していることに驚きを覚えた。


 コロラド・スプリングスの街を抜けI‐25北車線に乗り、一路デンヴァ―を目指す。約2時間のドライブでデンヴァ―に帰ってきた。


 コロラド州の1/5程度を4日間掛けてゆったりと周るひとり旅だった。走行距離は625マイル(1,000km)を超えた。寄り道しながら、時間に制約されずにロッキーの山中を旅してきた。 デンヴァーに戻ってきてホッとした。アメリカのコロラド州の広さを実感する旅になった。そして、アメリカの道路網のすごさを実感するロッキーの旅になった。インデペンデンス・パスやパイクス・ピークの山頂を車で登れるのは、アメリカならではだろう。

 多分、じっくりとコロラド州を一周すれば20日は掛かりそうだ。一度は大陸を横断する旅をしようと思った。

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