流雲は,…アムトラックに乗りロッキーを超えて、一路デンヴァ―へ。
第2部 アメリカ編
10-2 ロッキーを超えて
緑の樹木が生い茂る中に、峡谷の険しい風景が車窓に現れる。
壮大な多色サガンの峡谷が姿を現わす。微妙な色彩変化を見せる茶褐色の岩相は、流雲が眼にしたことの無い奇怪な光景だった。淡いピンク色から鮮やかなオレンジ色まで変化に富んだ色合いだ。
岩壁の岩肌に柔らかな陽射しが差し込み、神秘的な色合いの造形が車窓を動いている。地図を確認する。「McInnis Canyons National Conservation Area」とある。
(マッキニス・キャニオンズとあるから、グランド・キャニオンもこんな感じなのかな)
パンフレットに簡単な説明がある。
「マッキニス・キャニオンズ国立保護区は、コロラド州西部とユタ州東部に位置する。約123,430エーカーの敷地にラバシカ、ヘラジカ、ビッグホーンのオオツノヒツジや熊が生息している。 多色の砂岩峡谷内は、19世紀にニューメキシコ州からカリフォルニア州に貿易商が移動した歴史的な陸路「The Old Spanish National Historic Trail」がある。このトレイルは1829年から1848年まで、ネイティブアメリカンが活用したサンタフェからロサンゼルスまでの街道の一部である」と記されている。
砂岩峡谷の崖が赤から黄色や茶褐色に変化するグラディレーションの景観が、列車から望める。砂岩峡谷の景観が過ぎ去ると、左手にコロラド川の渓流が眼下に見えてきた。
コロラド川沿いを樹木に覆われた川面を見ながら走る。
平屋建ての住宅や低層の商業建築が、目立つようになってきた。コロラド州西部の街「Grand Junction」に入った。
午後1時10分。ゼファー号は「Grand Junction Station」に到着。20分停車予定だ。
列車から見える駅舎は、スペイン風の 赤い瓦屋根の建物。黄土色のレンガ壁に「1909 Grand Junction Station」のレリーフが刻まれていた。
大半の乗客がグランド・ジャンクションの街に出掛けるようだ。流雲もカメラバッグを背負い下車する。
メキシコ風の駅舎は、スペイン文化の影響を色濃く反映していた。スペインタイルの壁面にテラコッタの床材が特徴的なデザイン。駅舎内は薄暗く老朽化が進んでいた。売店だけの小さな駅、レストランは別棟にあった。
グランド・ジャンクション駅前に商店街らしき通りがある。平屋の商店が多く建ち並んでいた。 メイン通りを歩いてると、街角に大きな映画館があり、大勢の人が並んでいる。
「Star Wars/ Empire Strikes Back」のポスターが何枚も貼られ「スター・ウォーズ」の第2作が上映されている。
(こんな小さな街でも最新映画が上映される?それにしても凄い人気だな)
駅前の商店街の裏は、住宅街になっていた。街を散策し駅に戻って来た。
駅構内に『グランド・ジャンクション市』と『リオグランデ・ゼファー号』のパンフレットを見つけた。手にして列車に戻る。
午後1時30分。グランド・ジャンクション駅を出発する。列車が発車すると、昼食にラウンジ・カーのカフェに移動する。
カフェのメニューに「ステーキバーガー」があり注文する。100%のビーフバーガーにチーズソースが掛けられ、ピクルスと揚げたてのポテトチップが添えられ料理が運ばれてきた。
バーガーを食べながら、パンフレットを取り出して開く。
「名前の『グランド』は、昔のコロラド川の名前『グランド川』に由来していた。『ジャンクション』はコロラド川とガニソン川が合流を意味していた。コロラド州西部地区では人口最大の都市」と記されていた。
(コロラド州で15番目の都市か。思ったより大きな街なんだなぁ。街のニックネーム「River City」は Grand Valley の川と渓谷に由来するのか.......)
ゼファー号は、グランド・ジャンクション駅を離れると、新緑の美しい渓谷の曲がりくねった峠を走る。
車窓の眼下にコロラド川の急流が現れる。渓流の流れは早く、岩肌にぶつかり水しぶきを上げながら流れて行く。
ゼファー号はコロラド川の渓流を渡ったり、渓流沿いを走りながら、徐々に標高を上げて行く。川の流れは激しさを増し、垂直に切り立った峡谷が目につく。 岩肌をむき出した断崖。険しい渓谷の風景が刻々と変化する。色彩豊かに彩られたロッキーの雄姿を飽きることなく、眺めている。
午後2時35分。山裾の小さな駅「Rifle Station」に停車する。
(また、随分小さな町だな。ライフルなんて、正に西部劇の町)
数分停車し直ぐに発車する。車窓を流れる風景は、賑わいからは程遠く、小さな村落の侘しさだけが伝わってきた。
遠ざかる村景色が車窓から消えると、山頂が切り取られたテーブルマウンテンが見える。 絶壁の崖。良く崩れないものだと思いながら、眺めている。
(日本と違って地盤が安定しているのだろうか。岩山だからだろうか)
午後3時5分。「Glenwood springs Station」に停車。停車後に駅構内にアナウンスが流れる。
「Attention please, all passengers. The shuttle bus to Glenwood Springs Spa leaves from the station in 20 minutes.」
(ここに温泉があるのか。結構な人が降りて行くな)
グレンウッド・スプリングスには、世界有数の天然ミネラル温泉があるリゾート地らしく、下車する乗客は多かった。
流雲は駅舎見学に下車する。駅舎正面に、中世風レンガ塔が建っている。
ネオロマネスク様式の寄棟の駅舎は、 外壁に赤砂岩と赤レンガが使用されている。ロッキーの山並みを背景にした建物は、ヨーロッパの高原建築を連想させる洒落たデザインだ。
グレンウッド・スプリングス駅は乗り換え駅でもある。標高 5,761フィート(1,756m)のグレンウッド・スプリングス駅を出発する。
眼下にコロラド川を眺めながら、ゼファー号はロッキーを登坂する。標高が上がると共に、樹木の葉は緑の濃さも密度も増して来る。ゼファー号は渓谷の中、曲がりくねった渓流の脇を走る。 荒々しい激流の流れと美しい緑の森林風景が続く。
線路脇に、低木のブシュの雑木が流れる。コロラド川の水面が途切れ、開けた広場が見えてきた。
午後4時40分。標高6,742フィート(2,055m)の「Bond Station」に停車。
ロッキーの小高い山をバックに赤茶けたトタン屋根の駅舎が見える。敷き込み線が何本も見える。
(昔はこの町も何かの要所だったのだろう。今は見る影もなく寂れている)
ゼファー号は順調に登坂し、グレンウッド・スプリングス駅からボンド駅まで約300m登って来た。リオグランデ・ゼファー号は、登山鉄道の名に恥じぬ登坂力を見せている。
ボンド駅を出ると、鉄路は右に、左にカーブを繰り返しながらロッキーの山並みを登って行く。渓谷の間に、青い湖から立ち昇る湯けむりが見える。地図を確認する。標高6,880 フィート(2,097m)の「Radon Springs」を通過する。コロラド川の渓谷の間からダムや湖水が見え隠れする。
コロラド川はロッキーマウンテン国立公園に流れを発しコロラド高原を横切りグランド・キャニオンの大渓谷を下り、アリゾナ州とネバダ州の広大な乾燥地帯を流れメキシコ湾に到達する全長1,450マイル(2,330 km)の大河だ。
グランド・キャニオン以南を流れるコロラド川をメキシコ人が ”赤い河” ( Colorado)” と呼んだことに由来する。
ゼファー号は渓谷を抜けた。
青空が広がる高原に出て来た。車窓から山頂のピークが見える。標高7395フート(2254m)「Kremmling Town」を通過する。約500m登ってきた。
(山頂に近いのだろう。周りの景色が明るく感じる)
山頂の尾根を行くように、ゼファー号は登坂を続ける。更に高く、明るく開けた高原の街が見えてきた。
夕刻6時10分。「Granby Station」標高 8333フート( 2540m )に停車する。未だ、陽が沈む気配は無い。グランビー駅は明るい陽射しに包まれている。鉄道旅も終わりに近づいている。
山頂を走る列車は、グランビー駅を出発と共に、コロラド川が車窓の友となり、渓谷の涼しげ景色が流れて行く。
夕刻6時50分。「Fraser Station」に停車する。標高9100フィート(2613m)のロッキー高原の町フレーザー。「フレーザー駅」はアムトラック鉄道の最高地駅になる。真冬にマイナス45℃以下になる最低気温記録の「Icebox of America」をミシガン湖、湖北のミネソタ州インターナショナル・ホールの町と競っている町フレーザー。
フレーザーの町に「Winter Park Ski Area」がある。ウィンター・パーク・スキー場は、1940年からデンヴァ―群政府により運営されている。
DRGW鉄道は、30年前の1950年よりデンヴァ―からの特別冬季列車「Ski Train」の運行を行っている。
車窓から、別荘が立ち並ぶ街並みが見える。素朴な高原の町フレーザーとは異なり、華やかさがある。冬は賑わうスキー場も今はひっそりとしている。
ロッキー山頂に架かるスキーリフトを眺めていると、
「Attention, please. We will pass through the Moffat Tunnel which opened in 1928. The Zephyr will be traveling 9,239 feet (2,816 m) at the highest altitude.」と車内アナウンスが流れる。
(これから Moffat Tunnelを通過するのか。最高標高地2,816 mを走行する)
パンフレットを開く。
「モファット・トンネルは、1928年に開通した全米第3位の全長6.2 マイル (10.0 km)のトンネル。トンネルが開通前は急勾配のループ線やスイッチバック路線が活用されていた。
標高11,676.79 フィート (3,559.09 m)の Rollins Pass の峠をを越えていた」とある。
(凄い。昔は3,560メートルの峠を越えていたのか、一寸想像つかないな。富士山の山頂3,770メートルの頂上付近を列車が走っていた?)
スキー場のロッジや別荘の建物が車窓を流れて行く。岩山や断崖のロッキー風景から、緑豊かな森林地帯に突入する。森林の上に、山頂に雪を被った尾根が見える。
ゼファー号は、森林の中を抜けるとトンネルに入った。
(何となく、最高地に向かって登っているような気がする。確かに、トンネルは長かった)
トンネルを抜けると、眼の前がパッと明るくなった。山間の向こうに草原のような平原が望める。
木立の向うに険しいロッキーの山並みが続く。遠い雲の影のような山々を背後に従えながら、ゼファー号は長い下り坂を一気に下って行く。
曲がりくねった渓谷の下り坂をスピードに乗って下って行く。標高が下がるにつれロッキーの荒々しさが消えて行く。 樹木の生い茂る緑豊かな森林風景が眼につくようになる。
オメガループの平原地帯に突入する。オメガ状(Ω)に鉄路が敷かれた大きなカーブを走る。ゼファー号の先頭車両から最後尾の客車まで、車窓を流れて行く。峠を下る鉄路が見え隠れしながら、草原に消えて行く。
カーブを曲がる度に、大平原の雄大な夕暮れの景色が近づいてくる。
グレート・プレーンズと呼ばれる大平原の向こうに、デンヴァーの摩天楼の明りが、薄っすらと見えてくる。
山間から見下ろす大平原の雄大な景色に。思わず息を飲む。余りものスケールの大きさに、流雲は鳥肌が立つような感動を覚えた。
夕闇の中、渓谷の森林地帯のシルエットが何処までも続く。ゼファー号は川沿いを走り、牧場脇を下って行く。
平坦な平原地帯に入ると少し速度を緩めながら、住宅の建ち並ぶ森林地帯をゆっくりとデンヴァ―に向かって走り続ける。
デンヴァ―郊外に入ると、数百車両の二段積みのコンテナ貨物列車とすれ違う。ゼファー号と併走する高速道路に、車の明かりが溢れている。久し振りに、高速道路を走る車の明かりを見た。
車窓越しに、街の音が聴こえる。都会が近づいている。ビル建築用のクレーン鉄塔の点滅灯が車窓に、幾つも見える。
(中々大きな街だな。中層高層のビルが建ち並んでいる)
夜9時10分。目的地「Denver Union Station」に到着する。ゼファー号は何本も鉄路が敷き込まれた操車場のような駅に到着する。流雲がプラットフォームに降り立つと、アナウンスが流れた。
シカゴに出発するまで「デンヴァー・ユニオン駅」に30分程停車する。
大きな扉を潜り、プラットフォームから駅舎に入る。その豪華さに流雲は驚かされる。
デンヴァ―・ユニオン駅は、これまで旅してきた何処の駅舎より立派で豪華な造りをしていた。眼の前に、流雲がアメリカ鉄道旅をイメージした『駅舎』があった。
駅舎内に入ると、吹き抜けの大空間があり、駅ロビーになっている。
高級ホテルのロビーを思わせる造りだ。3つの大きなシャンデリアが天井から吊り下げられ、年代物の長い木製のベンチがおかれている。駅舎の壁面に歴史を伝える展示がある。
「最初の駅舎は1881年に建てられたが1894年に焼失した。現在の駅舎は、1894年の火災直後に改修されたものをベースに1914年に改築された建物。1974年にユニオン駅は国家歴史建造物財に登録されている。石造りの古い駅舎は全長約880フィートの風格のある立派な建物。1881年のオリジナル駅舎も1894年の改修時も、1914年増改築時も3階建て大広間のイタリア・ロマネスク様式を継承している。駅舎のシンボルに大きな時計が、ホールの3方向に掲げられている。1920~30年代は1日に80本の列車が乗り入れていた。1958年までユニオン駅の利用客は空港利用客を上回っていた」と記されている。
ユニオン駅舎のアーチの高窓から、明るい陽射しが差し込んでいる。
ホール内は、バーカウンターや売店やチケットブースなどがあり、沢山の乗客が行き交っている。東京駅程の混雑では無いが 駅舎内は騒然としていた。
流雲は、遅い夕食にバーカウンターに座った。年季の入った傷だらけのカウンターの手触りは、カーボーイ時代を彷彿とさせる。
夜食用メニューから、オニオン・スープにローストビーフ・サンドウィッチを注文する。ビールもオーダーしたら、生ビールがカウンターを滑ってきた。
久し振りの温かいスープは極上の味がした。目的地に辿り着いた安堵感だろうか、結構ボリュームのあるローストビーフ・サンドウィッチを完食した。多分、目的地に辿り着いた安心感が、食欲を倍増させたのだろう。
流雲は食事をしながら、車窓から眺めた1,200マイル(1,900km)の鉄道旅の素晴らしさを思い起こしていた。
ハワイやサンフランシスコのような不思議に巡り会うことは無かった。
車窓から眺めた自然は、何時ものように変わらぬ日常の自然の姿なのだろう。でも、流雲の見たネバダからユタの殺風景な荒野の景色も、ロッキーの山々が描いた大自然も忘れることの出来ない記憶を心に刻んだ。
駅舎を巡りながら、駅舎から見たアメリカ建築に触れて改めて建築デザインの奥深さを知った気がする。
駅ホールにある案内図を確認すると、ユニオン駅はデンヴァー市の街中にある。歩ける距離にホテルはあるが、流雲はゼファー号を下車すると、気分が優れずに頭痛に悩まされている。観光案内所に紹介されたホテルにタクシーで行くことにする。
タクシーで10分程の街中にある「Holiday Inn」にチェックインする。
ホテルの窓から見えるデンヴァ―の夜景は綺麗だが、サンフランシスコの夜景の華やかさは無かった。
疲れ果てた体をベッドに横たえた。流雲は身体の不調に不安を抱えながら、初めてのデンヴァ―の夜を迎えた。




