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空を行く雲、流れる水のごとく  作者: 原 徹生
第1章 日本編 Ⅰ948-1978
18/24

流雲はサンフランシスコから、Amtruckに乗り念願の鉄道に乗り、一路コロラドへ

第2部 アメリカ編                    

[10] California Zephyr号の旅



10-1 Amtrak の鉄道旅


 流雲は 「California Zephyr」の鉄道旅を楽しみにしていた。

 鉄道チケットは、日本の旅行会社で購入した。その時にサンフランシスコ市内「Amtrak Ferry Building Station」から乗車するようにと指示された。

 辿り着いたアムトラック・フェリー駅は、鉄道駅では無くバス駅だった。

(ここはバス停でなく、駅なんだ。そうか。だから、サンフランシスコから列車に乗ると勘違いしたのだろう)


 バスは定刻に出発した。バスは街中を抜けて、北上し海岸線に向かって走る。快晴の青空の中、正面に灰色の鉄橋が迫ってきた。巨大な鉄骨建造物は天を衝くようにそそり立っている。


「San Francisco–Oakland Bay Bridge」の上にいる。

 海は蒼く輝き、遥か彼方の水平線まで見渡せる。眼下にサンフランシスコ湾越しに街並みが見える。ベイブリッジの上からの眺望は素晴らしかった。ベイブリッジを渡り、対岸の街オークランドに向かう。 


 ベイブリッジは、ゴールデンゲート・ブリッジと並ぶサンフランシスコ市のシンボルであり、1936年に建造された。全長7キロの鉄道と道路の二層の世界一長い吊り橋は、1958年に鉄道が廃止され自動車専用橋となった。


 バスは、約30分程で「16th Street Station」に到着した。

「16番街駅」構内に駅の歴史を伝える展示があった。

「駅舎の始まりはサンフランシスコ市内の鉄道駅の木造駅舎。1912年に建築家 Jarvis Hunt がボザール様式の駅舎を設計し、サンフランシスコ市からオークランド市に移設した。『16番街駅』は Southern Pacific 鉄道のオークランド中央駅として開業。1958年まではサンフランシスコ行きのフェリー乗り場としても機能していた」と記されていた。


 3階建ての駅舎は大きなアーチ窓とライムストーンの壁材が特徴的な美しい建物だった。中央のアーチ窓の下のドアを潜り、駅舎の中に足を踏み入れる。大きな吹き抜け空間の中心に、馬蹄形の大きな木製カウンターがある。切符売り場らしく乗客が並んでいる。流雲も列の後ろに並んだ。


 美術館のような駅舎内を見回すと、ミッドセンチュリーの木製ベンチが置かれたガランとした待合室がある。彫刻の施された石造りの梁やローマ風アルコーヴの壁面が、重厚なインテリアを演出していた。

小さな 売店に絵葉書などサンフランシスコの土産物と一緒にサンドウィッチが売られていた。流雲はサンドイッチとミルクを購入し待合室のベンチに座っていると、出発のアナウンスが流れた。

 アムトラックに乗り込むためにプラットフォームに向かう。


 駅舎裏の扉を抜けると屋外だった。プラットフォームに屋根は架かっていたが、ホームの段差は無く、鉄道レールが直接敷かれていた。殺風景なプラットフォームのレールの向こうに工場の煙突が見える。

(映画に出てくるようなプラットフォームを期待していたのだがなぁ)


壁際の木製ベンチに腰掛けていると、ジリジリ大きなベルが鳴る。発車時刻を知らせるベルのようだ。列車の乗車口に乗車用ステップが置かれている。

 アメリカンな赤と白と青のストライプが走る銀色の車体は、厳つく精悍な感じがする。武骨さが際立つ頑丈そうな列車は、速さより確実に長距離を走ることを求めた結果だろう。

(中々、精悍なアメリカ的な列車だな。それにしても、デカい)


濃紺の制服を着たコンダクターがステップの脇に立っている。

 チケットを手渡すと、半分ちぎり半券を手渡され列車に乗り込むように促される。

(これが乗車手続きなのか、映画館に入るような気軽さだなぁ)


 流雲は車両の真ん中辺りに座席を確保する。全席自由席のアムトラックは空いていた。ひと車両に10人程の乗客しか見当たらない。列車は寝台車以外は全てエコノミー席になっている。

 新幹線のグリーン車より広く、ひと列4人掛けの座り心地の良さそうな座席。二人掛けの座席をひとり占めする。流雲が座席に腰を落ち着けても、列車は中々出発しない。

 発車時刻を過ぎた頃、「カリフォルニア・ゼファー号」が動き出した。


 午後12時半に「16番街駅」を出発した。時計を見ると予定より30分遅れの出発。

(出発のアナウンスがあったのか?何も無かったような気がするが……。さぁ、デンヴァ―まで一泊二日のゼファー号との旅の始まりだ)


 座席のポケットにパンフレットが入っていた。パンフレットに「Zephyrus は西風の神」と記されている。

 列車の案内図が描かれている。先頭に機関車が2両、寝台車4両、座席車3両それに食堂車、ラウンジカー、荷物車の10両編成になっている。


 思ったより乗り心地は良く。走行中、細かい揺れと振動が続く。時々、ガタンゴトンとポイント通過時の音が聞こえるだけ。列車の横揺れが気持ちよく感じられる。 

 ゼファー号は、I-80の高速道路と並走して街中を走る。植林された並木トンネルの中を列車が走る。地べたを這うように樹木の下を走る。車窓から、並走する高速道路と民家や庭の景色が良く見える。


 「16番街駅」を出発し15分程走ると最初の停車駅に到着した。

「Richmond Station」は都会の近代的な駅。この駅から乗車する人は多く、駅は混雑していた。ゼファー号の横に「BART」が停車した。「バート」は1972年に開通したサンフランシスコベイ・エリアを走る近郊電車。

 約10分ほど停車して、リッチモンド駅を出発する。左手の車窓にサンフランシスコ湾を望む美しい海岸線が現れる。陽光に照らされた海面が、キラキラと輝いてる。


 景観を楽しむためにラウンジカーに移動する。食堂車の隣にラウンジカーがある。2階建てラウンジカーの1階カフェに、軽食やスナック菓子や飲み物を売っている。

 開放的な展望ラウンジカーは、景色が楽しめるように、座席は窓側に並べられている。奥の方に4人掛けテーブル席もある。

 大きな展望窓は、腰の高さから天井まである。明るく開放感溢れるグリーンハウスのような車両だ。眺めの良いラウンジカーは人気があり、空席は少なく、既に座席の80%が埋まっていた。

(そうか。座席が空いていてたのは、乗客はここに移動していたのか)


 サンフランシスコ、オークランドの街並みが飛ぶように車窓を流れて行く。数日のサンフランシスコ滞在は、流雲にこれからのアメリカ旅に大きな期待を抱かせた。


 サンフランシスコ湾の絶景が広がる海岸線を30分程走ると「Martinez Station」にゼファー号は停車する。

 マーティネズ駅を午後1時25分に出発する。列車がクロケット・ヒルズ広域公園を抜けるとサンフランシスコ湾に架かる鉄橋が見える。鉄橋は海面から随分高い所に架けられいる。

(これは下を船が通るためだろう)


「Attention please passengers. We will inform you of the upcoming service schedule. We will cross the Carquinez Strait in San Francisco Bay by an iron bridge......カークィネス海峡の鉄橋を渡るのか......The next stop is Sacramento Valley Station. Arrival time is scheduled at 2:30.......サクラメント駅に2時半着予定か......Ride time is scheduled for 1 hour 20 minutes.」と車内アナウンスが流れた。


 列車パンフレットに「カークィネス海峡」の説明が記されていた。

「カークィネス海峡は、約64万年から70万年前の氷河期に形成された。この海峡のサスーン湾とサンパブロ湾を接続する『カークィネス鉄橋』の建設が1879年から1930年に掛けて行われた。1927年5月21日に鉄橋が完成し、1930年に平行する鉄道橋が開通する。

1958年11月25日に現在の鉄橋が架けられた。Cantilever Bridge(片持ち梁橋)3,300フィート(1,000 m)高さ410フィート(120 m)ある」と記されていた。

(1927年開通か。ニューヨーク大恐慌の前か、エンパイヤ・ステートビルも同じ頃に完成している。1,000mの片持ち梁橋は世界最長だろうな。アメリカの鉄鋼産業が一番活気のあった時代だな)


 カークィネス鉄橋からの壮大な景色に流雲は驚かされた。左手に太平洋の外海が広がり、右手奥にサンフランシスコ湾の工場や停泊する船が見える。

(最初からこの高さを想定したのか。そうか、この時代は帆船の運行想定していたのか)


鉄橋を超えると新緑に覆われた小山が見える。新緑の濃い森林地帯と青いサンフランシスコの海の景観が美しい。

 ゼファー号は平原を走る。車窓に日本のような水田風景が広がっている。車窓に、見渡す限り緑の平原が見える。

(そうか。ここがカリフォルニア米の産地なのか。それにしても、途轍もない広さだな)


 マーティネズ駅を出発し1時間程平野を走り続けると、ゼファー号の鉄路が高架になり、鉄橋になり、サクラメント川を渡る。


 午後2時30分。ゼファー号は「Sacramento Valley Station」に到着した。

 サクラメント・バレー駅は州都サクラメント市にある。駅は Central Pacific 鉄道の中央駅として始まった。現在の駅舎は、サンフランシスコの建築士 Bliss and Faville が Southern Pacific 鉄道のために設計した。このサクラメント現在も路線の合流駅である。

 サクラメント・バレー駅は、列車の発着が多く活気があり、広大な敷地に鉄路が敷き詰められていた。


 ゼファー号が20分停車する間に流雲は駅舎の見学に下車する。

 駅舎は、レンガ造りの精密さと威厳さを備えていた。1926年開業当時の駅看板が掲げられている。

 重厚な木製ドアを押して 駅舎内に入る。大きなロビー空間が広がっている。ドーム天井からアールデコのフロスト・ガラスの照明器具が吊り下がっている。教会にあるような木製ベンチが並んだ素朴な設えになっている。

天井近くに鉄道開拓時代の大陸横断鉄道の面影を描いた壁画が描かれている。アールデコのウォールライトが、ぼんやりと待合室を灯している。

 時代を感じさせる駅舎の雰囲気に触れた時、流雲は子供の頃に見た上野駅を想い起こした。駅舎の醸し出す空気感が、良く似ていた。


 午後2時50分。サクラメント・バレー駅を出発する。

 2時間程、単調な風景が続き山間部に入る。山間部に貨物列車が何百両もの車両を引っ張りながら、峠の曲がりくねった鉄路を走る。車窓に延々と続く、長蛇の貨物列車は圧巻の走りを見せてくれた。(中々壮観な眺めだ)


車窓にスキー場のリフトの鉄塔が生い茂る樹木越しに見え隠れする。

 車窓左手、山峡の間に紺碧の水を湛える湖が見える。地図を確認すると「Donner Lake」とある。

(湖の碧さが違うな。標高が高く空気が澄んでいるから湖水の色も鮮やかだな)


 パンフレットを開くと「紺碧のドナー湖は、カリフォルニア州北東部のシエラネバダ山脈東斜面に位置する淡水湖。標高5936フィート(1809 m)全長2.7マイル(4.38 km)最大幅0.6 mi(1.0 km)の小さな湖である。更に大きな『Lake Tahoe』が北西約20マイル(32 km)の所にある」と記されている。


 サクラメント・バレー駅を発車してから3時間後の午後5時50分に「Truckee Station」に到着した。

 緑が鮮やかな山林をバックにした木造の小さな駅は、日本の田舎町にある素朴な駅。車内アナウンスがあり、何故かこの駅に30分程停車する。

(予定より1時間半遅れの到着だが、遅れを取り戻す予定はないようだ)


 乗客達は町の散策に下車して行く。流雲もカメラを担いで下車する。

 背後の山々を借景に素朴な木造駅舎の構図を決める。緑の樹々を絡めながら、数カット撮影する。 

 トラッキー駅前通りが、歴史景観地区に指定されている。西部劇の面影を残す街並みが数ブロック続いている。

 木造の屋根付きのボード・ウォークを歩く。車道との間に、ビヤ樽の花壇が置かれ花が植えられている。

 ボード・ウォークに昔の面影を残す木造の銀行やドラッグストアなど古い建物が建ち並んでいる。

 トラッキーの町は小さかった。10分も歩くと土手にぶつかった。


 土手脇に清流が流れている。

「Truckee River」のサインがあり、ニジマスやブラウントラウト、スティールヘッドが釣れるらしい。

 数人、川の中にフライフィッシングしている釣り人がいる。川沿いは冷んやりと冷たく、清涼感のある気持ち良い風が吹き抜けている。新緑と清流のきらめきのコントラストが美しかった。

 水際まで降りて水面を覗く、清流の中に遊泳する魚が見える。清流がキラキラと乱反射する水中に魚影が見える。

 腹の辺りに紅いストライプ模様があるニジマスが、水中に綺麗な花を咲かせている。水面に映る木々の影の中に、煌めくニジマスの群遊する姿を数十ショット、撮り終える。


 駅に戻って来た。駅横に小さな鉄道博物館がある。観覧無料のサインがある。館内に入る。1800年代の鉄橋開拓時代の興味深い鉄道写真が展示されていた。(俺は写真に興味があるから面白かったけど、普通の人には退屈な博物館だろうな)


 午後6時20分トラッキー駅を出発すると、直ぐにドナー峠を超えた。

 標高が下がるにつれて、タホ国立公園の森が遠ざかる。人家が点在する集落が現れ、徐々に緑樹の景観が、荒涼とした砂漠風景に変って行く。


 ゼファー号は、ネバダ州の州境を超えた。時間帯はマウンテン・タイムに切り替わった。荒野の景色の前方に、煌々と光り輝く街の灯りが見えてきた。


 午後7時20分。「Reno Station」に到着した。ネバダ州カジノの街リノ。

 標高1,300メートルのリノ駅に大勢の人が下車した。車窓に、煌々と色とりどりのネオンが輝いている。

 不夜城の街リノは、ラスベガスに次ぐカジノの街に相応しく、大都会の盛り場並みの賑わいが見える。


 夕刻7時30分。リノ駅を出発。

 ゼファー号は荒涼としたネバダ州の荒野を走る。車窓の外は、黄色く枯れた雑草と砂地のモノトーンの景色が延々と続く。陽の暮れた真っ暗な闇の中に、単調な殺風景な風景が延々と続く。


流雲の鉄道旅の憧れのひとつに、ダイニング・カーの食事があった。昔見た映画オリエンタル・エクスプレスの優雅な食事風景への憧れだ。

 列車後方のダイニング・カーに向かって歩き出す。

ゼファー号の座り心地は良いのだが、車内を歩くのは苦労する。バランスを取るのが難しい程、大きく身体が揺れる。背もたれに掴まりながら、ゆっくりとダイニング・カーに歩いて行く。


 流雲の見たダイニング・カーの内装は、想像していた洒落た造りのレストランでは無かった。味も素っ気もない4人掛けのテーブルが2列並べられていた。

 唯一、サービスに期待が持てそうだった。綺麗に磨かれたテーブル・ウェアがテーブル・クロスの上に美しくセットされている。それ程ゆったりとした座席ではないが、正装したウェイターがテーブルに案内してくれた。

「Would you like to have a drink......お飲み物は如何ですか、シャンペーンとミモサが......Champagne or Mimosa? This is a welcome drink from the Amtrak family......ウエルカム・ドリンク?」

「Thank you. What is the Mimosa?」

「Mimosa is Champagne à l'orange which is a Champagne cocktail mixed with orange juice.」

「Ok...May I have a glass of Mimosa?

Is there a welcome drink service at any time? It's like an airplane in the first-class......ファースト・クラスに乗った気分だ」

「No, No, we have a special travel promotion for this month which is part of the Amtrak anniversary promotion......今月はアムトラック開通記念日...., 」

「Oh, then I'm lucky.」

(ドリンクサービス? ミモサは美味しかった......)


 流雲がダイニング・カーの調度品を眺めていると、ウエイターが声を掛けてきた。

「Sir, Excuse me, please share the table with this gentleman?......相席をお願いできますでしょうか?」

「Hello, I came from Japan, and I will be traveling to Denver.」

「Hi, How are you? I'm John, I will be traveling to Chicago......ジョンさんか、シカゴまで行くのか.....Nice meet you!」

「Nice to meet you, I am Harumo.」

「Excuse me, could you please tell me one more time, your name?」

(ダイニング・カーは相席になるのか……)


「My name is Harumo. H・A・R・U・M・O. Did you get one? My name has the meaning which is drifting Clouds,.....流れる雲の意味......a way of life is to live with a natural drifting like clouds.....祖父が名付け親で、雲が流れるように自然に身を任せる生き方......That is what my grandfather teaches me.」

(流雲の名前は発音しにくいのだろう。流れる雲の説明はこれでよいのだろうか?)


「Oh, your name is very meaningful.....とても深い意味があ..... Is it a common name in Japan?」

「No, It's a very uncommon name in Japan, too!」

「Cheers! Make your journey a memorable and wonderful one!......君の旅が有意義で素晴らしいものに......」

「Thank you very much. cheers! Make your trip a wonderful trip, too !」

(ウエイターに案内されてきたのは、60歳位の髭の似合う穏やかな表情の紳士ジョンさんだった)


 ウエイターが、サラダとディナーロールをテーブルに置いて行く、ディナーのオーダーについてくるセットだそうだ。

 ジョンさんにステーキ・デイナーを勧めれた。グリルで調理するリブアイ・ステーキを注文する。ところが、注文した料理は中々でてこない。

 ジョンさんにワインをご馳走になりながら慣れない会話を30分近く続ける。

「You're the first Japanese I met on the Zephyr.....流雲が、ゼファー号で初めて会った日本人か」


 暫くして、食事が運ばれてきた。

 リブアイ・ステーキは驚くほど厚く、美味しく焼けていた。(アメリカで一番美味しいステーキかも......)

夕食後、ジョンさんと別れの挨拶を交わし座席に戻る。

 車窓に吸い込まれそうな暗い闇が広がっている。ぼんやりと暗闇の風景を眺めている。


 夜9時30分。「Winnemucca Station」に停車した。

外の空気を吸う乗客がウィネマッカ駅に降り立っていた。暗闇の中にボンヤリと街灯が灯り、周りを見回しても何も見えない。プラットフォームの先が闇の向こうに沈んでいる。

 寒さに震えながら、闇空を見上げ眼を凝らす。闇空いっぱいに満天の星が瞬いている。

(凄い。自然のプラネタリウムだ.....)


 座席に戻り、地図を確認するとワイネマッカ駅は荒野の真ん中にあった。

(ワイネマッカ(?)の地名はインディアンの名前から来たものだろうか)


 タホ国立公園のトラッキーもインディアン酋長の名前から来ている。

 ネバダ州内には、多数のインディアン部族が生活していたのだろう。この辺りは西部開拓時代の中心地だったのか。

 駅の外れに、朽ち果て黄色く色褪せた木造の貨物倉庫が建つ寂しい駅だった。 

 ネバダ州の荒野を走っている。

 耳を澄ませても、風を切る音さえも響かぬ静寂な闇に包まれている。

 座席のリクライニングを倒し、2つの座席を占領しゆったりと横になる。

 サービスも良く、コンダクターが毛布と枕を手渡してくれた。 

夜10時過ぎに車内灯が消され読書灯に切り替わっている。静寂の中、ガタンゴトンと列車の振動が気持ち良く座席を揺する。


 徐々に空に明るさが増してきた車窓を見ると、未だ、荒野の砂漠の中を走っている。殺風景な風景は、夜、寝ている間に少しは流れたようだ。

 時計を見ると、明け方の4時を回っている。


 昨夜10時頃に寝付いた。夜中にネバダ州の何処かに停車した微かな記憶があった。地図を見ると、どうやら寝ている間にネバダ州を横断したようだ。

(ネバダ州を横断するのに10時間以上掛かったのか)


 日の出の時刻が近づいてきた。日の出を見るためにラウンジカーに移動する。ゼファー号からの日の出は、一瞬のドラマだった。

 水平線の彼方の暗闇に、すーと陽が差し明るくなると、荒涼とした砂地と枯れ草が舞う風景が映し出された。

 夜明けは一瞬だった。地平線から太陽が顔を出すと、数分で燃えるような太陽が、陽炎の中に全容を現した。


ユタ州に入っても、殺風景な荒野の乾燥風景に変化は無く。遠くの方に、禿山のシルエットが見える。

荒野に鮮やかな黄色の花と銀色の葉の低木が点在する風景が、車窓を流れる。時折、夜明け前の明かりの中に古い廃墟のような小屋が、通り過ぎて行く。

線路脇の道に砂ぼこりが舞う。強風に吹かれてタンブルウィード(回転草)が転がりながら、車窓を流れて行く。見渡す限り、荒野に建物は見当たらない。


 荒涼とした茶色く乾いた景色が、行けども行けども続く。風に煽られた黄色い低木が車窓を流れる。

何故か。飽きずに車窓の景色を眺めている。白い砂漠から茶褐色に変化するだけの荒野の景色に見とれてしまう。こんな景色は日本で見ることは無いだろう。


 早朝5時20分。ゼファー号は大きな操車場のある「Ogden Station」に到着した。車窓に黄色の車体に「Rio Grande」と書かれた機関車と貨物列車の5両編成車両が見える。

 ガタン、ゴトン。大きな音が響いた。流雲はプラットフォームに降りて見る。

「Rio Grande Zephyr」の機関車が連結され、機関車が切り替えられている。

 機関車の切り替えを見学していると、駅に居たコンダクターがパンフレットを手渡してくれた。


 座席に戻り、パンフレットを開く。「オグデン駅よりデンヴァー駅までの区間は『Denver and Rio Grande Western Railroad』が運行する。ここからは『リオグランデ・ゼファー号』になる。元々、DRGW鉄道は『リオグランデ・ゼファー号』をデンヴァー市からソルトレイク市までの区間を運行していた」と記されていた。

(そうなんだ。そう言えば、西部劇に登場していたのはリオグランデ鉄道だった。あの時代に襲われていたのはゼファー号 ? )


「アムトラック社の大陸横断鉄道は、バーリントン鉄道、DRGW鉄道、ウエスタン・パシフィック鉄道3社の鉄道を活用し1948年に運行を開始した。 DRGW鉄道は1870年に設立され、アメリカ合衆国の最高地 Tennessee Pass 10,240 フィート(3,121 メートル)や山岳地帯の長大トンネル Moffat Tunnel や Royal Gorge を通過するルートを開拓した山岳鉄道会社」と記されていた。

(凄いな。3,121 メートルか。そこは超えるのかな ? ロッキー山脈を迂回するのではなく、貫くか。凄くアメリカ的だな )


流雲は「リオグランデ・ゼファー号」の旅に期待が膨らんだ。

 朝5時50分に出発する。1時間近く走ると車窓に沼地の様な湿地帯が現れた。

 流雲は「Where are you traveling now?」とコンダクターに尋ねた。

「Sir, right now we are near Salt Lake......ソルトレイクか?This year we have sunny days and dry weather .......乾燥と日照りで水が干あがった?......continuing and the water level of the lake is falling. And the bottom of the lake is visible.」 と知らされた。

(ソルトレイクか。沼見たいだなぁ)


 眼の前に粘土色の湿地帯の光景が広がっている。暫らく走ると、ゼファー号の左側に白い砂漠が見えてきた。写真で見た美しい湖の姿とは異なっていた。

(何で湖の水が干上がってしまうの?余り、見たことないな。この白い砂漠は何だろう?)


 流雲はカメラを構え、車窓からこの不思議な光景を撮り始める。

 すると隣の乗客が、

「It's a natural wonder. Gorgeous lake surrounded by the Wasatch Mountains and salt deserts. The Great Salt Lake is a remarkable and unique lake......グレートソルトレイクは注目に値するユニークな湖.......and its unusual beauty makes it a true miracle of nature!......その珍しい美しさは自然の真の奇跡」

「Yea. It's a really strange sight. Is this white desert a salt desert? It looks like a salt marsh.」

(アメリカ人にも、ソルトレイクはユニークな所なんだ。)


「Do you know? One of the lakes, Bonneville Salt Flats, every year Bonneville Salt Flats International Speedway is taking place......塩の湖面の上で国際スピードレースが毎年開催される」

「Will the race takes place over the salt desert?」

「Yes. The speed recorded on the Bonneville Speedway is officially recognized as the world's highest record.....ボンネビルスピードウェイの記録は世界最速記録として公式に.....」

(そうなんだ。今、塩の砂漠の横を走っているのか?アメリカだな。それにしても、凄い景色だ)


 また、パンフレットを開く、

「Great Salt Lakeは西半球最大の塩水湖であり、世界で8番目の内陸湖。内陸湖は、湖沼の形態の一つで「無口湖」は流入する水の量が蒸発する水の量より少ない時、塩水湖は消滅し塩性湿地や塩類平原となる」

(そうなのか。湖水が蒸発してしまうのか。どれ位雨が振らないのだ)

「塩水湖の表面積が年間約4,400 km² から2,460km² まで減少した」と記録されていた。


 早朝6時50分。「Salt Lake Union Pacific Station」に予定より2時間遅れで到着した。

 1908年に建設されたレンガ造りの駅舎は朝陽に輝いている。 

 ソルトレイク・ユニオン駅に15分停車する。下車する時にパンフレットを手渡された。

 流雲の鉄道旅の楽しみは移り行く車窓の景色の変化から、何時しか駅舎の見学が楽しみになっていた。

 アムトラックの鉄道は、幾つものローカル鉄道会社の鉄路の上を走っている。

 各鉄道会社それぞれに特徴ある駅舎があり、停車する駅毎にユニークな駅舎が現れる。アメリカ鉄道の歴史を垣間見ることに喜びを感じ始めてい た。

 

 駅舎に案内板があった。

「ソルトレイク・ユニオン駅は、建築家 D.J. Patterson 設計で1909年に完成。駅舎はフランス第二帝政様式に基づく、優雅な雰囲気のある建物。砂岩の外壁にテラゾー床材と大理石床材にステンドグラスの窓の組み合わせが室内にレトロな雰囲気を醸し出すしていた。

画家 John McQuarrie の手による1869年当時の大陸横断鉄道の壁画が描かれている。また、当時の男性用と女性用の待合室や鉄道病院、給食室、手荷物室などの面影を残すように1970年代に大改装された。この時に、オリジナルのスレート屋根を銅板に葺き替えた」と記されていた。


 赤レンガと砂岩造りの駅舎は、サクラメント・バレーの駅舎と同様に歴史の趣を感じさせる重厚な建物だ。

駅舎のデザインは、東京駅の赤レンガ駅舎に良く似ている。東京駅の方がひとまわり大きいが、ソルトレイク・ユニオン駅は綺麗に改装され、歴史的価値が高められていた。

(東京駅も改装したら立派だろうに、薄暗く古臭いよなぁ)


 駅舎内部に入ると、特徴的な船底型のドーム天井に驚かされる。

 吹き抜け上部に並ぶステンドグラスの窓から、彩られた温かな光が室内に射している。

待合室の北側ドーム壁に、鉄道開拓時代の面影を偲ばせる幌馬車やカウボーイなどの緻密画が描かれていた。歴史を伝える貴重な資料なのだろう。

(それにしても、何処の駅も大陸横断鉄道の歴史を伝えている。アメリカの鉄道開拓は重要なイベントだったのだろう)


 ゼファー号に戻る。発車ベルがなり、ソルトレイク・ユニオン駅を出発した。

 朝焼けに染まった筋雲が帯のように、車窓を流れて行く。「死海」のようなソルトレイクを後にすると一気にスピードを増して走って行く。

 ユタ州の荒野を一路南下し、コロラドに向かって走る。

 1時間程走ると車窓左手に湖が見えてきた。地図を見る「Utah Lake」とある。 ユタ湖を過ぎるとゼファー号はスピードを緩める。

 朝8時5分。「Provo Station」に停車する。車窓に小奇麗な街並みが見える。メイン通りも広く、低層のレンガ造りの建物が建ち並んでいる。

 プラットフォームに多数の乗客が見える。学生風の若者達が屯している。故郷に帰省する若者達のようだ。

 地図を確認すると「Brigham Young University」のあるカレッジ・タウンだった。

 数分停車した後、動き出すと荒涼とした景色が現われる。砂色とセピア色の荒野の景色が延々と続く。西部劇の映画で見たような岩山が遠くに見える。山影も鼠色にくすんでいる。

(流石に、モノトーンの景色がこれだけ続くと疲れるなぁ)


 荒野の中を3時間程走り続けると、何も無い所でスピードを落とした。

 午前11時20分。小さな駅「Green River Station」に停車する。

 グリーン・リバー駅に川は無かった。

荒野にポツンと、プラットフォームがある。小さな小屋と駅看板があるだけだった。乗客が乗り降りした気配もなく、スーッと何事もなかったようにゼファー号は発車した。 発車すると直ぐに鉄橋があり川を渡った。

グリーン・リバーはエメラルド色では無く、濃い緑と褐色の水を湛えた濁り川だった。駅名に値するほどの大きな川には見えなかった。渓谷の谷間を下る川の流れの速さが車窓から望めた。

(上流で雨が降ったのか、それとも褐色の濁り川なのか?)

 地図を開くと、グリーンリバーはコロラド川の支流。全長730マイル(1,170 km)の川はワイオミングの山から始まり、ユタ州キャニオンランズ国立公園で旅を終える。流域はワイオミング州からユタ州を流れ、最終的にコロラド川に合流する。


 進路を東に切り1時間程進んだ頃、モノトーンの景色が激変した。前方に森林地帯の緑が見え隠れする。

(どうやら、コロラドに突入したらしい)


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