流雲は,…神秘の島ハワイを後にアメリカ本土の旅に……
第2部 アメリカ編 [9] ビートニクの街 サンフランシスコ
流雲は朝5時半にホテルを出発する。
7時発の早朝便に乗り、サンフランシスコに向かった。日本からの飛行時間と大差なく、約6時間のフライトで午後3時過ぎにサンフランシスコ国際空港に到着した。
(ハワイとは2時間の時差があった。アメリカは広い!!)
流雲が初めて眼にしたアメリカ本土の空港は巨大だった。その巨大さは成田空港の数十倍はあるように思えた。
サンフランシスコ空港ビルは、総ガラス張りの近代的な建物だった。
ホノルル便は広大な敷地の外れの滑走路に到着した。飛行機は滑走路を20分近く走り、南ターミナル・ビルに横付けした。
ターミナル・ビルの窓際に動く歩道が流れている。流雲は他の乗客の後について乗る。
窓外へ眼をやると、何台もの巨大なクレーンが空に腕を伸ばしている。空港ビルの拡張工事が行われている。動く歩道の上を15分程歩くとセントラル・ターミナルに到着した。
空港の外は陽が差していたが、外気は冷んやりと冷たかった。半袖のTシャツでは寒く、流雲は慌てて厚手のトレーナーを着こんだ。初夏のサンフランシスコで厚着をするとは夢にも思わなかった。肌寒いのに紫外線は強く流雲は慌ててサングラスを掛ける。
空港ビル前から、各ホテルを結ぶ無料のシャトルバスが運行しているようだが、周りを見渡してもバス停が見当たらない。 周りの旅行客に注意を払っていると、シャトルバスに手を上げて運転手に行き先を確認し乗り込んでいる。(どうやら運行ルートがあり、停車するホテルが決まっているらしい?)
流雲がバスドライバーに「Do you go to the Columbus Inn Hotel?」と尋ねると、頷いて旅行鞄を受け取り、荷物置き場に載せてくれる。
運転手にお礼を言いながら、シャトルバスに乗り込む。シャトルバスは小型のマイクロバスで、20人程が向かい合わせに座るタイプ。ゆったりとした座り心地の良さに大満足。(これで無料なの?アメリカはリッチだなぁ)
バスは空港を抜けて、高速道路 US-101/North に乗り入れる。流雲を驚愕させたのは高速道路の光景。先ず、交通量の多さに。次に、車線の数に驚かされた。片側6車線の合計12車線ある。更に高速道路の下に6車線程の一般道路が並走している。
高速道路を走行する車両は、大型トラックから乗用車まで猛スピードで走行している。(凄い。こんなに大量の自動車が猛スピードで走るにを見たことが無い)
バスの車窓越しの高速道路の光景は、ゲームセンターのレースゲームを彷彿とさせた。次々に間断なく猛スピードで走ってくる。そして猛スピードで追い越していく。
(多分、100キロ以上はでているなぁ。速度規制は無いのか?)
海岸沿いに US-101 を40分程走る。渋滞もなくColumbus Avenue の「Columbus Inn」に到着した。モーテルは Lombard Street にも North Beach にも近い便利な場所にある。
流雲はコロンバス・インから坂道を登っている。散策しながら、のんびりと North Beach の街を目指している。
ノース・ビーチの観光スポットはフィッシャーマンズ・ワーフだが.......。流雲の目指すのは、街の一角にある老舗書店。ノース・ビーチは、流雲の生き方に感化を与えた作家達の暮らした街。流雲は「City Lights Bookstore」を目指している。
サンフランシスコの坂道は、流雲の予想を超える急坂だった。登り坂は歩くと直ぐに息が切れる。下り坂は歩き難くく、足をしっかりと踏ん張らないと転げ落ちそうだ。
路上駐車の車は、車道に平行に止められている。良く見ると、登り坂に対し、前輪のタイヤが縁石とは反対向けに曲げられていたが.......。(何か、ちょっと怖い。車は滑り落ちないのだろうか?日本なら駐車禁止だろう。これは生活が大変そうだなぁ)
夕刻の街。西の空は未だ明るく、陽が沈む気配はない。
坂道の街路には、車道の両側に街路樹のある歩道が整備されている。尖がり屋根の3階建ての連棟式住宅が、街路樹に向き合うように建ち並んでいる。隙間なく密集して建てられているが、歩道は広くゆったりとして歩きやすく、圧迫感を感じさせない。
高台から遠く見下ろす海風景。街路樹の緑が眼に優しい街並み。連続する傾斜風景とヴィクトリア様式の趣のある建物が、サンフランシスコの雰囲気を造り出している。
街路樹の枝葉から洩れる陽が、歩道にこぼれている。歩道には、街歩きが楽しめる工夫がなされている。緑の潤いを与えてくれる街路樹だけでなく、色とりどりの花が植えられ、歩く楽しさが演出されている。甘く心地よい香りを街中に漂わせている。
歩道に、鮮やかな薄紫色の花を咲かせる街路樹を見つける。流雲は思わず立ち止まりカメラを向けた。夕刻の空に映える紫の花は、ムラサキの霞に覆われたような豪華な景色を見せている。
風に舞う薄紫のラッパ状の花を撮影していると、道行く人が声を掛けてきて......。
「This street tree is a Jacaranda. Isn't it a beautiful flower?.......ジャカランダの木か」
「Yes, it's a beautiful flower. 」
(フレンドリーな人だな。こんな鮮やかな紫色の花は珍しいな。日本名はあるのかなぁ)
辞書を開くと「紫雲木」とある。ムラサキの雲か、日本らしい表現だな。確かに下から見上げると.......。
「Friends of the Urban Forest」のサインが街路樹横に立っていた。市民ボランティア団体が植樹しているのか。市民の緑化運動の意識が高いのだろう。
薄紫の小さな花びらが、幾つも重なり合いブーケ状に咲いている。夕陽のオレンジ光に照らされ、薄紫の花びらが明るく華やかに輝いてる。
(これは綺麗だ。紫が一層鮮やかに輝いて、愛らしさが.....)
接写撮影しようと準備を始めると......
「These purple Jacaranda flowers are called "tropical cherries." ....... It's called a tropical cherry. ....... 熱帯桜というのか.......It is often seen in the suburbs of Los Angeles. Also sometimes seen in San Francisco.」
「Thanks. These purple flowers are very cute and pretty, and they look like cherry blossoms......確かに、桜の花のような可憐さと華やかさがある」
(中々、見応えのある花木だ。ロスに多いということは暖かい所の花木なんだ。日本では見ることの少ない紫色の花だな......)
流雲は接写リングを装着しファインダーを覗く、花びらの凹凸が良く見える。花びらにピントを合わせた時、羽音が聞こえた。
頭上を見上げる。小鳥の大群が一斉に、眼の前のジャカランダの木に飛翔してきた。その数は数百羽。ピー、ピーと可愛くさえずる声は大合唱となり、辺り一帯に響いた。
(えぇ。またかよ。ハワイの時と同じだ。どうして鳥が集まってくるのか?不思議だ?)
ふと気付くと、周りは大きな人だかりが、歩道一杯に広がっている。
「I've never seen so many hummingbirds in my life......こんなにたくさんのハチドリを見たのは初めてだよ.......I wonder where they came from?」
「They're very pretty birds. ....... It's rare to see so many hummingbirds......ハチドリの大群を見ることは滅多にない....... Did you call the hummingbirds? Tell me how?」と口々に声を上げている。
ハワイの時のように、人だかりが出来始めた。(また、何か言われるのは適わない)
流雲は慌てて、カメラをバッグに納めその場を離れる準備をする。
(残念だ。折角だから、接写で撮りたかったのに.......これがハミングバードなんだ。綺麗な鳥だったなぁ.......)
ノース・ビーチに向かう街路に、白いマグノリアやモミの木なども植樹されていた。
花壇の無い歩道は街灯から花籠が吊るされ、カリフォルニア・ポピーやライラック、ランタナの花が甘い花の香りを漂わせている。サンフランシスコの街は本当に花が溢れている。市民が花のある暮らしを支えているのだろう。
ビートニク文学の指導的な作家達が暮らした街「ノース・ビーチ」。街はやけに「自由」でアウトローな雰囲気を纏っていた。
流雲は「City Lights Bookstore」を探しながら街を歩く。シティ・ライツ書店は Columbus Avenue と North Beach の角にあった。2階建ての歴史を感じさせる古いビル。1953年創業当時のそのままの姿で佇んでいた。
ビートニク文学に光りを与えた版元の前に立っている。
創業者ローレンス・ファリンゲティは「チャップリンの映画『City Lights』にインスパイヤされた」と記されいる。
(チャップリン映画に流れる風刺の精神を受け継ぎ『路上』や『吠える』などを出版したのだろうか?)
店内の本棚に書籍が溢れている。階段の本棚までぎっしりと書籍が詰め込まれている。だが、何処でも売られているようなベストセラー本は見当たらない。
自由と権利を守るビートニク思想を継承した文学作品が、世界中から集められているらしく、英語本以外の書籍もある。書棚の上や壁にユーモアなスローガンを掲げた反体制ポスターなどが展示されている。
2階「Poetry Room」に上がる。1階に比べ、ゆったりとしたスペースに本棚が並んでいる。木製の椅子や机が置かれ、落ち着いた雰囲気で書籍を楽しめる空間になっていた。
様々なジャンルの前衛的な詩集本が並んでいる。書棚に『On the Roard』『Howl and other poems』の原書に並び William Carlos Wlliams の詩集が並んでいた。
流雲は、書棚に並んでいた目に留まったウィリアムズ詩集『Paterson』を手に取る。最初ざっと目を通したが、幾つかの詩が目を引いた。
作家ジャック・ケルアック、ウィリアム・バロウズや詩人アレン・ギンズバーグ達の作品に漂う「自由な生き方」に相通ずる雰囲気を漂わせている。
詩人ギンズバーグは「詩のルネサンス」を唱えて、詩の韻を巧みに踏んだ美しい文体を披露し、キラ星のように輝きカウンター・カルチャーの扉を開いた。学生時代、反戦集会で始めてアレン・ギンズバーグの詩『Howl』の朗読を聴いた時の衝撃は今も思い出す。手書きのポスターやサインが、詩的な言葉で綴られているのが印象的な書店の店内だった。
流雲は『On the Road』と『Paterson』の原書を購入する。
ボブ・ディランが青春のバイブルと評した『On the Roard』に流雲も影響を受けた。
『路上』は、ケルアックが描いた1940年代から50年代のアメリカを舞台に、2人の若者がアメリカ大陸を放浪する姿を刺激的に描いている。主人公サル・パラダイスとディーン・モリアーティの自由奔放な生き方に流雲も憧れ刺激を受けた。
アメリカ旅行を決断した時『路上』を思い起こした。『路上』に感化されたのは間違いのない事実だ。
ノース・ビーチの街は、公民権運動の激しい闘いを乗り越え、反体制ムーブメントの知の中心であり続けている。今も反体制ムーブメントに係る作家が集まり、新しい出版社や書店の創業が続いている。その後のヒッピームーブメントやサイケデリックアートなどのカウンターカルチャーを生み、育んできた「自由な生き方」に触れた気がした。
「Haight Ashbury」の街に向かって歩く。 ハイト・アシュベリーの夜は賑やかで、流雲は新宿の街を思い起こした。
ヒッピー文化は完全に過去のものだと思っていたが、ヒッピー・ファションに身を包んだレズビアンやゲイのカップルが手を繋ぎ自由に歩き回っている。
ゲイの象徴レインボー・カラーやサイケ・アートが街に溢れ、マリファナの香りも街に漂っている。繫華街の雑踏の中に、小さな商店が軒を連ねている。路上ミュージシャンを若者達が囲むように人だかりができている。あちらこちらの街角に若者が屯している。
カストロ・ストリートの横断歩道はレインボー・カラーで彩られていた。
カストロ交差点に、ショーウィンドウに大きな「ピースマーク」が描かれたカフェ・バーがあり店内に入る。
入り口に1960年代のヒッピー・ファションのTシャツやアクセサリーが売られている。壁面には、アンディ‣ウォーホール、ピーター・マックス、リック・グリフィンやアレックス・グレイなどのポスターが飾られている。
ジミー・ヘンドリックスの演奏が終わるとジェファーソン・エアプレーンの曲が流れる。
サンタナやブルース・スプリングスティーン、ローリング・ストーンズのTシャツを着た客が大半を占めている。
カウンターに座る。スコッチの水割りを注文し『Paterson』の詩集を開く。詩集の英語は、思ったより理解出来た。小説より優しい単語が使われている。深い意味は理解出来無いが大体の意味は理解できる。
流雲はスコッチを傾けながら、ウィリアムズの詩を辞書を片手に紐解く。
フレーズが「No Ideas But in Things」が、本の中に何度も繰り返される。
「着想はないが、物事にはある」(意味不明な言葉だ、彼は何を伝えたいのだろうか?)何度も、本を読み解く内に、何となく解ってきた。
「物事の的確な表現は、イメージが視覚化された時に形成される」とウィリアムズは説いている。従って、ウィリアムズによれば「私にアイデアはないが、物事にはある」このフレーズになる。抽象的で難解なフレーズだ。
ウィリアムズは「日々の小さな物事の中に詩があり、慈しむべき人生の時間がある。日常の小さな事柄から詩が生まれる」と説いていた。
ふと、鎌倉山で雪山先生と自然と対峙していたことが心に浮かんだ。
(そうか。写生の時のように、自然や物事を良く観察することからアイデアが生まれ、イメージが膨らみ言葉が生まれると説いているのか。詩心も写生も写真も、対峙する心は同じということか。『No Ideas But in Things』深い意味を持ったフレーズだ)
禅師の教えに『身心 一如』がある。「物事に一心に集中する心構え」を説いている。ウィリアムズの『No Ideas But in Things』というフレーズはこの考えに近いのだろう。
難しい顔して流雲が本を紐解いていると、隣に座ったカップルが、
「You, Beatnik's literature is not a difficult face-to-read literature......難し顔して頭で読まずに心で感じろか。いいこと言ううね.......You have to be more comfortable with your heart.」
流雲は苦笑しながら、
「Thank you. I am a tourist and I bought an English book. So I could not understand without a dictionary.」
「You should drink a little and eat something delicious and relaxing. It's recommended for grilled crabs because it goes well with your drink.」
(確かに、本を読む場所じゃないな。それじゃ、酒でも飲みながら、シスコ名物の蟹でも食べるか)
暫くすると、カウンターの上に、豪快な姿焼きのダンジネスクラブが置かれた。オーブンでこんがりと焼き上がった蟹は、美味しそうな香りをたてている。どうやって食べるのか迷っていると、
「With the crab scissors there, breaking the crab, eat with lemon juice.」と教えてくれた。
蟹ハサミでバリバリと蟹の殻を割り、レモンを絞り口に入れると、蟹の風味と甘さと潮の味が口一杯に広がる。溶かしバターのソースが添えられている。(旨い。甘みもある。スコッチとも合う。上等な蟹料理と言うよりは、BBQだな。豪快なアメリカ的食い物だ。バターはデップしない方が旨いな)
スコッチに酔い。ノース・ビーチに酔い。ビートニク文学に酔い。ヒッピー・アートに酔わされ、流雲のサンフランシスコの夜は更けた。
翌朝、流雲は目覚めると、直ぐにロンバード・ストリートに出かけた。サンフランシスコ出発前に、有名な花の坂道をカメラに抑えて置きたかった。
昼過ぎにデンヴァー行きの列車に乗らなければならない。
暁の朝靄に包まれた Lombard Street は人通りが少なかった。朝靄の凛とした空気が心地よく、モーテルから歩いて8分程でロンバード通りの坂上に着いた。
坂上は霧の上にあり、眼下の蒼い海は霧に包まれ白く霞んでいる。
海風が、東雲の空に向かって吹き上げてくる。
坂下を眺めると、クネクネと曲がりくねった煉瓦敷きの車道、角々に色とりどりの花が咲き誇る花壇が見える。
ジグザグのレンガ敷きの車道。綺麗に刈り込められた生け垣。雛菊やアヤメなどが咲き誇る花壇の美しい坂道。
緑地帯の両側に、3階建ての住宅が密集して建てられている。住宅の高い壁と花壇に囲まれた歩道がある。階段状の歩道は、狭く登ってくる人とすれ違える程度の広さしかない。
この坂道斜面一帯だけが、緑地公園のように緑色に染まっている。
ガイドブックには「この車道の勾配率は27%になる。自動車の安全運行を考慮し、勾配緩和の為に1922年にジグザグ車道が建設された。坂道は車椅子での通行を考慮して最大斜度4.86度に抑えられている」と記述されている。
曲がりくねった緑地帯を3段ほど下って、直ぐに流雲は撮影準備を始める。
昨日と同じように接写撮影にカメラをセットする。
(結構、ジグザグで急角度な坂道だ。花菱草やポピーやアヤメのような花が咲いている)
既に、坂道の途中に3人程のカメラマンが撮影していた。
流雲は隣りでカメラを構えると、
「Good morning. May I take a photo at this location?」
「Of course, you can take pictures wherever you like. This yellow California poppy is a California state flower. 」
(ポピーの花は州花なのか)
すると、隣のカメラマンが、
「The pretty flower with lemon yellow and white border is Layiae as California daisy, and the flower next to purple is Douglas Iris.」
「Thank you all of you......花菱.....is the California poppy,.......ライア......is California Daisy,...菖蒲.....is Douglas Iris. I didn't know the names of the flowers in English, so this is very helpful. Thanks.」
(やはり、カメラマンはカメラマンに親切だな。これは国境を超えた連帯感を感じるな)
California Daisy/ライアの花にカメラを向ける。ライアは、レモンイエローに白い縁取りの可憐な舌状花が中心の黄色い筒状花を取り囲んでいる。
鎌倉山のデイジーは、白い舌状花と黄色い筒状花の小さい花。同じデイジーだが見た目は全く異なる。可憐なイメージは変わらない。
隣りのオレンジ色のポピーの花は、州花に相応しい華やかさがある。
流雲がライア、ポピー、アイリスの撮影を始めると、上空から「ジェイ、ジェイ」と鳴き声が聞こえ、綺麗な碧い小鳥が舞い降りてくる。
すると、隣のカメラマンが「Its Blue Jay ! 」と叫んだ。
その隣りのカメラマンが「No. That's Steller's Jay......ステラーカケスだよ...... Brighter colors that look like Blue Jays, the head is dark blue, lower breast to silvery blue. However Blue Jay is bigger and Its plumage is lavender-blue to mid-blue in the chest, back, and its face is white.」
瞬く間に、碧いステラーカケスが数十羽が舞い降りてくる。後を追うように紅いハミングバードが数十羽、飛翔してきた。花壇の周りは一気に賑やかになり、碧い鳥と紅い鳥が黄色やオレンジの花の周りを飛び交う。
3人のカメラマンが、撮影に気を取られている内に斜面一帯に碧い鳥と紅い鳥が溢れ、緑地帯は鳥に占領された。紅いハミングバードに交じり、エネラルドグリーンというか。翡翠色、翠色に藍色の頭をしたハミングバードが飛翔してきた。
流雲は飛翔してきたハミングバードの接写撮影を試みる。光の当たる角度で、羽の色が翡翠色から翠色、紫色に変化する。
(何処かで見たことある。そうか。大山だ)
流雲は大山の光景を……。写生の時に手にした玉虫や黄金虫。あの虫達を太陽にかざした同じような色彩変化を見た。孔雀や雉の羽も 鰯や鰹のうろこも色彩変化を起こしていた。
(昔、雪山先生に、光の干渉か回折による発色が起こると習った。光の波動現象により、光の回折度が波長によって変化すると教わった。うろ覚えだが、ちょっと、確認してみるか)
流雲はハミングバードの顔に、ピントを合わせながら、接写で覗く。
すると、羽毛一本、一本が毛糸を編んだような形をして重なって見える。羽毛が風切羽に纏まると鱗状の幾何学的な模様を構成し幾重にも重なり、玉虫色に変化し輝いている。
(凄い。接写でしか現れない模様だな。肉眼では見れない。風切羽の色が光に当たり微妙に変化している。本当に、宝石のように輝いている。こんなマクロの世界が撮れるとは……)
暫くすると、ハミングバードは花壇の花にも群がり、流雲を取り囲むように、周りを飛び交っている。流雲は小鳥たちの真中に立ち、一心不乱にシャッターを切り続ける。
ハミングバードがブーン、ブーンと羽音を立て、紫の花に向かって飛んできた。僅か5センチ程の小鳥は、口ばしを伸ばして花の蜜を吸い始める。
流雲がライアの花と小鳥にフォカスした時、一瞬に小鳥の色が変化する。
慌ててレンズから眼を離す。空の色も、花の色も、葉の色も正常に見える。(俺の色彩に異常をきたした訳ではないようだ)
レンズの角度を変えると小鳥は玉虫色に輝き、瑠璃色や翡翠色や花緑青と宝石のように色彩を変化させる。
頭上を見上げると、小鳥の大群が一斉に、眼の前の花園に飛翔してきた。その数は数百羽。ピー、ピーと可愛くさえずる声は大合唱が辺り一帯に響いた。
3人は撮影しながら、坂下まで降りてきた。流雲が坂下から見上げると、ジグザグの花園に碧い鳥と紅い鳥がを飛び交っていた。その光景は幻想的だった。
すると、カメラマンのひとりが.....。
「It's like a picture book world......まるで絵本の世界に.....Blue and red birds are dancing in the flower garden. It is a fantastic sight reminiscent of the fairy tale "Blue Bird" by Maurice Maeterlinck........モーリス・メーテルリンクの「青い鳥」のメルヘンチックな絵本のような光景.......A wonderful dreamlike sight! 」
(確か。メーテルリンクはノーベル文学者だった気がする)
「Thank you all. Thank you especially for the oriental guy I have photographed here so many times in the past, but it was the first time I've experienced the birds gathering here, as I did this morning.」
(そうなんだ。小鳥は毎朝来るのではないのか……)
「Maybe you have the natural power to attract birds......君には不思議なナチュラル・パワーがあるんだね...... I enjoyed the photo shooting this morning, Thanks.」
「Oh, thank you very much. It was fun to take photos together.」
(やはり、鳥が集まるのは、俺のせいなのか。不思議だ。俺も楽しかった。三人だけの撮影会のようだった。本当に、幻想的だったな。ハミングバードは可愛かった)
もうひとりのカメラマンが別れ際に、
「Seem to like you have mysterious natural power,.......ナチュラル・パワーがあるから、自然写真家なると最高.....you will be a great nature photographer.」
「Thanks. I will tray.」
(自然か……)
流雲は二人のカメラマンに別れを告げるとモーテルに戻り出発の準備をする。
ロンバート・ストリートは単なる住宅街の斜面の一角だが、あの場所を観光地にしたのはサンフランシスコ市民の花を愛でる心だろう。
生け垣と花壇の組み合わせの緑地帯を造った創造力の豊かさが、あのような幻想的な光景を産み出したのだろう。
僅かワン・ブロック183メートルの緑地帯が、生活に潤いをもたらしている。
この潤いを観光名所にする心豊かな人々が暮らす街。それが花の街サンフランシスコなのだろう。
自由文化を育む街。幻想的な坂道の街。花が溢れる街。流雲はサンフランシスコの自然を心に刻んだ。




