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  作者: 葵月詞菜


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音楽祭 本番<中編>

「音楽祭 本番<前編>」の続きです。3話にわたり掲載しています。

【主な登場人物紹介】

・笠木 矢㮈(かさぎ やな)…彩楸学園高校1年生。

高瀬たかせ 也梛やなぎ…同上1年生。キーボードを弾く。

海中わたなか 諷杝ふうり…同上2年生。ギターを弾く。

【その他】

・イツキ…白い鳩。諷杝に懐いている。

並早なみはや…彩楸学園の英語教諭。音楽祭の担当にされる。

相田あいだ しょう…雲ノ峰高校2年。音楽祭実行委員長。

・淡海 あやめ(おうみ あやめ)…同上2年。将の幼馴染みで音楽仲間。

四.

 すでに東の空には、眩しい光を放つ太陽が昇っている。光は容赦なく、じりじりと人間の肌を焼いて行くだろう。コンクリートは光を吸収して灼熱と化し、屋内は半蒸し風呂状態と化す。会場では扇風機をあるだけ総動員してはいるが、機械や人々の熱量を考えると、視覚的に涼しいと感じるだけかもしれない。

 蝉の大合唱の中、開け放された窓から漏れ聞こえてくる、ドラムのリズミカルな音と低いベースの音に耳を澄ませながら、並早は欠伸をかみ殺した。


 昨日はいきなり諷杝に「先生も出るんですよ! 豪華な打楽器演奏会です!」と追い立てられ、返事をする暇も与えられずに気付けばステージの上に立っていた。

 矢㮈から「先生はこれですよね!」と手渡されたのはトライアングルで、「前にやったの覚えてますよね」と当たり前のようにしれっと確認してきたのは也梛だ。呆然としたまま周りを見ると、音楽祭実行委員長の相田を筆頭に淡海たちグループの面々がそれぞれギターやベース、ドラムを前に用意満々だった。

 隣を見ると矢㮈はいつかのようにタンバリンを構え、そのさらに横では諷杝が木琴と鉄琴を前に四本のマレットを器用に握って立っていた。也梛は今回はお気に入りのキーボードを前に座っていた。

「……?」

 その場に至ってもなお現状が把握できない並早を置いてけぼりにして、淡海がマイクを持って叫んだ。

「さあみなさんもご一緒に! 『ねこふんじゃった』!」

 そして、並早が口を開く間もなくドラムが鳴り響き、キーボードの前奏が始まったのだった。


(いやあ、何が起こったのか頭が真っ白だったなあ)

 未だに記憶はあやふやな所が多い。後に誰かが撮影してくれていたビデオを見返して、全てを把握したわけである。確かに、豪華な打楽器演奏会だった。

 曖昧な記憶の中、淡海の伸びのある声が楽しそうに歌っていたのが印象に残っているのだが、ビデオで改めてその歌詞を注意深く聞くと、こんな歌詞だったのかと思うと同時に、何ともいえぬ気持ちになった。

「まあ、小さいお子さんとかみんな楽しんでくれたようで良かったけど……」

 結果的には大いに盛り上がったわけだが、それにしても並早に事前に何の連絡も無く本番直前に引っ張り出すとは、心臓に悪い。

 ともあれ、他においては特に問題が起きることもなく本日、音楽祭二日目を迎える。

 諷杝たちの本番は午前の三グループ目だ。実を言うと、也梛のピアノ、矢㮈のバイオリンはこれまでに聴く機会があったが、彼ら三人が一緒に演奏しているのは練習を含め見たことがなかった。

 だからこそ、並早は個人的に今日をとても楽しみにしていた。

(あの子たちはどんな演奏をしてくれるんだろう)

 記憶の奥底にふと蘇るのは、もう二十年以上も前のことだ。諷杝たちによく似たこれまた一癖ある面々が集まって、音楽を奏でていた。

 並早は彼らと、その音楽と、彼らが音楽を奏でている空間が好きだった。

「並早先生!」

 呼ばれて、記憶の淵から意識が引き戻される。ふり返ると、実行委員会の一人の世良(よら)という男子生徒が二メートル程先で大きく手を振っていた。

 そろそろ来場者が入る時間だろうか。昨日の入りも予想以上だったので、今日も心しておいた方が良いかもしれない。一応、会場校である彩楸学園の担当教諭は並早だが、他の学校からも顧問等の先生が来て手伝ってくれている。

 世良に片手を上げて答え、会場である第二体育館の方へ足を向けかけた時、

「こんにちは」

 柔らかい声をかけられ、並早は足を止めて声が聞こえた方を見た。

 そこには、軽くウエーブがかった髪を首の後ろで一つに束ね、ゆったりとしたワンピースを着て日傘を差した中年女性と、スポーツ刈りの頭をした中学生くらいの少年が半袖短パンという格好で並んで立っていた。

 少年の方には見覚えがあった。確か、

「君は前に笠木さんの合宿の荷物を届けに来てた……」

「はい、笠木矢㮈の弟の弓響(ゆき)です」

 はきはきとした声で答え頭を下げた少年はやはり、並早の記憶通りだった。

 では、その隣の人は――とそちらに視線を遣ると、

「いつも娘がお世話になっております。矢㮈の母です」

 娘の矢㮈以上にどこかほんわりとした感じで、笠木母も頭を下げた。

「いえ、こちらこそお世話になります。彩楸学園英語科目担当の並早です」

 急いで並早も挨拶し、会釈を返した。

 そして、弓響がそわそわと辺りを見回しているのに気付く。

「母さん、オレ姉貴たち見て来てもいい?」

 弓響は我慢しきれなくなったのか、母親に尋ねた。

「いいけど、あまり邪魔をしないようにね」

 母親の苦笑混じりの言葉に、少年はあどけなさの残る笑顔で頷くと、すぐに踵を返して走って行ってしまった。その後ろ姿を見送って、笠木母は「すみません」と困ったように言った。

「あの子、お姉ちゃんのことが大好きなんですよ」

 笠木母は眉をしかめながらも、くすくすと笑っている。

 並早も微笑ましく思っていた所で、突然脹脛の辺りを後ろから突かれる感覚に、ふと後ろを振り返って視線を下げた。

「イツキさん」

 そこにいたのは、諷杝に懐いている白い鳩だ。やっと気付いたか、とでも言うように、じっと並早を見上げてくる。

 並早が抱き上げても大人しくしており、黒い円らな瞳で今度はじっと笠木母の方を見つめる。

「……ああ、この鳩さんがイツキさんなのね」

 笠木母は怖がる様子も無くゆっくり近づいてくると、並早の腕の中にいるイツキに手を伸ばした。

「……よく見ると、似てるかも」

 彼女が小さく呟く。並早は何となく彼女の考えていることが分かったが、黙って見守っていた。

 笠木母はイツキの白い羽を優しく撫で、それから再び近くにあるレンガ造りの校舎に目を移した。

「何だか懐かしいわね。ここは変わってない」

「……生徒たちもあの頃と変わっていませんよ」

 イツキを地面に下ろしながら言うと、クスリと小さな笑いが返ってきた。

「あの頃は音楽祭なんて洒落たもの無かったわよ?」

「そうですね。文化祭が一番盛り上がってましたね」

「皆『ZIST』の音楽を楽しみにしてた――私もね」

 彼女の目が少し寂しげに伏せられる。

 並早は何も言わずにただ黙っていた。

 彼は、彼女を――笠木母を知っていた。ここ、彩楸学園出身であり、並早より一つ上の先輩だったのだ。そして、並早の兄とも親しかった人だ。

「そういえば、諷杝君が何やらお父様の楽譜探しをしているとか聞いたのだけど」

「ああ、はい。(ぜん)さんが死ぬ間際に言い残したそうです。何か心当たりでも?」

 先に出た『ZIST』とは、かつて諷杝の父親の旋を中心としたバンドグループの名だった。

 もしかして彼女ならあり得るのではと微かな期待が膨らんだが、笠木母はあっさり、「何も」と答えた。

「私はただの合唱部員で、『ZIST』のファンの一人だったから」

「でもあなたは……」

 言いかけた並早を制するように笠木母は首を横に振り、困ったように微笑んだ。

「さっきも言ったように、私には何も心当たりがないわ。それに諷杝君が探している楽譜が本当に『ZIST』に関係しているかどうかも分からない。単にお父様が諷杝君という息子に宛てたものかもしれないし」

 確かに諷杝の父親が何を考え、どういう目的でそんな楽譜探しを息子に言い残したのかが分からない。

しかし、彼に伝えられたヒントの言葉が『彩楸学園』だったのだ。並早には、兄のこともあって決して『ZIST』が無関係だとは思えなかった。

「あ、そうだ。矢㮈たちに差し入れを持って来たんだった」

 ふいに、笠木母が思い出したように言う。同時に並早も、いつまでもこんな所で話しこんでいる場合ではないと、先程世良に呼ばれていたことを思い出した。

 相変わらず周りの木々では蝉が銘々に一生懸命鳴いている。

「では、僕もこれで」

「ええ。――あ、並早先生」

 笠木母がこそばゆい名称で呼び止める。並早は続く彼女の言葉を待ったが、彼女は少し迷うように首を横に振った。

「いえ……『ZIST』のメンバーだった“アイツ”に聞いたら何か分かるかもと思ったのだけど……無理な話よね。ごめんなさい」

 並早は彼女の言いたかった意味を正しく理解し、そして同じように首を横に振った。

「多分……ていうかまず無理でしょうね」

「そうよね。ごめんなさい。つまらない話をしてしまったわ」

 笠木母が再度謝り、軽く片手を上げて振った。

 並早も小さく会釈を返し、今度こそ踵を返した。

(先輩も本当に知らないとなると……ハードルが上がるなあ)

 彼女自身はあくまでファンの一人だと主張したが、正確にはそれは正しくない。当時の彼女は、もっと親密に『ZIST』と繋がっていた。そんな彼女でも心当たりがないとなると、予想以上に楽譜探しは難しいことのように思われた。

 彼女も指摘した通り、単に諷杝たち親子の間で通じる遊びの類なのか。しかしそれにしてはヒントがアバウト過ぎるし、よりによってなぜ『彩楸学園』なのかが分からない。諷杝はその言葉を聞いてこの彩楸学園にやってきたのである。

(まあ、諷杝君が一年かけてスタートラインに立てたとか言ってたし、そう簡単に僕に分かるはずもないか)

 並早は苦笑を漏らし、ひとまず考えていたことを頭から追い払った。今は本日の音楽祭のことを最優先に考えなければ。

「並早先生!」

 ようやく体育館の入り口に辿り着くと、世良が唇を尖らせて、「先生遅いですよ!」と文句を言った。



五.

「姉貴!」

 開場して間もなく、元気の良い声がして振り向くと、そこにはスポーツ刈りの頭に半袖短パン姿の中学生の少年がいた。ここに麦わら帽子を被らせて、虫取り網を持たせ、虫取り籠を斜め掛けさせたなら、どこかのチラシに載っている夏休みの少年そのままだ。

 この少年こそ、矢㮈の弟の弓響である。

「来たよ!」

 目を輝かせんばかりの嬉しそうな気持ちが身体から漏れ出しているのを感じる。

「うん、ありがと」

 矢㮈は礼を言い、あまり背の高さの変わらない弟の頭をぐしゃりと撫でた。短い髪が面白い手触りを生む。

(音楽祭の話した時から絶対行くって言ってたもんなあ)

 もちろん弓響が楽しみにしているのは姉のバイオリンだけではない。音楽祭に集う音楽好きたちの奏でる音楽を全身で楽しんで帰るつもりだろう。

「あ、矢㮈ちゃんの弟君だ」

「ホントだ。笠木弟」

「海中さん! 高瀬さん!」

 矢㮈の実家であるケーキ屋に来たことがある諷杝と也梛は、すっかり弓響と顔見知りになっていた。弓響もまた、姉が再びバイオリンを弾くようになったきっかけを作った彼らに興味津々といった様だった。

「一人で来たの?」

「いえ、母さんと一緒に。今、向こうで並早……先生? に挨拶してます」

「そうなんだ。はい、これパンフレット」

 諷杝が手に持っていた配布用のパンフレットを弓響に渡す。

「姉貴たちは午前の三番目なんですね!」

 プログラムを確認して弓響が言う。

「うん。お姉ちゃんの独奏もあるから期待してて」

 諷杝がプレッシャーになることを冗談めかして言い、

「歌も歌うぞ」

 高瀬がニヤリと笑う。

「え、姉貴歌うの!?」

 バイオリンを想定していた弟は余程驚いたのか姉を振り返り、口をあんぐり開けた。そこまで驚かなくてもいいだろう。

「あ、ふう兄ちゃん!」

 高くてかわいらしい声が聞こえ、次の瞬間諷杝の腰に小さい何かが突進した。

 突撃された諷杝はもちろん、その場にいた他の三人も揃って驚き視線を下げた。諷杝の腰に抱きついていたのは、小学生中学年くらいの女の子だった。

「茜、びっくりしただろー」

 諷杝が両手に持っていたパンフレットを片手で持ち直し、空いた手で女の子の頭を撫でた。

「こら、茜。一人で走って行くな。危ないだろ」

 続いて女の子を追いかけて来たらしい、背の高い坊主頭の青年が矢㮈たちの前で立ち止まる。

「あ、正兄(しょうにい)。来てくれたんだ」

 諷杝が青年を見て言い、

「ああ、真生(まさき)さんが皆で行こうって言ってな」

 正兄と呼ばれた青年が軽く頭を掻きながら答えた。

 ポカンとその様子を見ていた矢㮈に、諷杝が改めて紹介してくれた。女の子の方が妹の茜で、青年の方が兄の正春というらしい。高瀬はすでに知っていたようで、「お久しぶりです」と正春に挨拶を返していた。その後、諷杝の養父母という人達も現れて、再度挨拶を交わす流れとなった。

 彼らを見送ったところで、タイミング良くというべきか並早に挨拶していたという矢㮈の母親がやって来て、持って来てくれた差し入れの袋を渡してくれる。

「マカロンの詰め合わせなんだけど。休憩にでも皆で食べてね」

 受取った紙袋の中を覗くと、一箱四十個入りが計三箱入っていた。

「スイカ味のクリームとか、お父さんと相談してちょっと夏バージョンにしてみたの」

 もちろん作ったのはパティシエである矢㮈の父親と、その手伝いの母親だ。もしかしたら弓響も手伝ってくれたのかもしれない。

「ありがとうございます。おいしく頂きます」

 素早く礼を述べたのは言うまでもなく高瀬だった。彼は甘いものに目がない。

 矢㮈は諷杝と目を合わせ、小さく笑った。

 母親と弓響を会場内に案内し終える頃には、早くも用意した客席が九割埋まっている状態だった。どう見ても出演者の家族や知人たちだけではなく、老若男女の客がこの暑い空間にひしめき合っていた。

(この人達に聞いてもらうんだ)

 矢㮈の胸が高鳴る。ステージの上では客の一人一人を意識することは滅多とないが、今目の前にいる人たちの耳に自分の音が届くのだと思うと緊張する。

(ちゃんと聞いてくれるかな)

 この音楽祭はジャンルを問わないが、どちらかというとロックバンドが多い。次いで、最近流行のポップスをギターで弾き語ったり、アカペラで歌ったりといったもの。たまにジャズや、どこかの民族音楽もありはする。

 そういった中で、矢㮈たちもまた少し特異なグループであろう。

 まず、楽器がギターとキーボードとバイオリンだ。さらに曲は二曲とも、完全オリジナルである。従って観客たちは全く初めての音楽を耳にすることになる。それを聞いてどのように感じるのか、全く想像できない。

 怖くて、楽しみだ。

「矢㮈ちゃん、集合」

 諷杝の声にはっとして我に返る。

「お客さんいっぱいだね」

「そうだね。ますます演奏が楽しみになってきた」

 諷杝が楽しげに笑むのを見て、彼もまた矢㮈と同じような気持ちなのだろうかと考えた。


音楽祭 本番<後編>に続く。

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