音楽祭 本番<前編>
「音楽祭 本番」は3話続きます。
【主な登場人物紹介】
・笠木 矢㮈(かさぎ やな)…彩楸学園高校1年生。
・高瀬 也梛…同上1年生。キーボードを弾く。
・海中 諷杝…同上2年生。ギターを弾く。
【その他】
・イツキ…白い鳩。諷杝に懐いている。
・並早…彩楸学園の英語教諭。音楽祭の担当にされる。
・相田 将…雲ノ峰高校2年。音楽祭実行委員長。
・淡海 あやめ(おうみ あやめ)…同上2年。将の幼馴染みで音楽仲間。
一.
午前五時十五分。
外ではもう既に蝉がうるさく鳴き喚いている。いや、蝉だって精一杯生きているのは分かっているし、これこそ夏だと思うものの、知らず呻き声が漏れ出てしまう。
全くもって朝から元気だ。
そして、こんな朝早くに起き出してしまった矢㮈は、思っていたより緊張しているのだろうと思う。
朝食が七時からだからと六時にセットしていた目覚ましが鳴るだいぶ前に目覚めてしまった。しかも、いつもなら余裕に二度寝になるところ、ばっちり目が冴えてしまっている。
今日はいよいよ音楽祭本番一日目である。
矢㮈たちのグループの出番は明日となっているが、本日も少しだけ出演することになっている。あやめたちのグループと交流演奏をするのだ。
再度眠ることもできず、暫く薄い掛布団の中でもぞもぞしていたが、やがて諦めて起き上がることにした。右隣ではあやめが幸せそうな表情でかわいらしく眠り、左隣では春日井が行儀よく、規則正しい呼吸をして眠っていた。
二人を起こさないようにそっと布団から抜け出し、洗面所に向かう。顔を洗ってさっぱりした後、着替えて軽く身支度を整えると、矢㮈は女子の宿泊所となっている第二体育館の二階から一階への階段を下りて行った。
体育館の一階部分は男子の宿泊所となっており、今は扉が閉まっている。その前を通り過ぎて壁に設置された靴箱から自分の靴を取ろうと背伸びをした時、
「どこ行くんだ」
「!?」
突然聞こえた声に驚き、思わず靴から手を離してしまう。簀子に靴がバウンドした音にさらに首を竦めつつ、後ろを振り返った。
「……高瀬」
そこに立っていたのは同じグループの高瀬也梛だった。学校指定のジャージを着て、腕組みをして立っている。
まるで、若い教師に悪行を見咎められた時のような状況だ。
「驚かせないでよ!」
矢㮈は小声で文句を言いながらそれぞれ散らばった靴を集め、揃える。
「こんな早起きとはもうばあさんだな」
今日も朝からこいつは絶好調の嫌味を飛ばしてくれる。
「はいはい。そんならあんたはじーさんね」
矢㮈が慣れたように返すと、高瀬は軽く眉を潜めつつも黙った。
「何、あんたも緊張して目が覚めちゃったの?」
矢㮈が靴に足を突っ込んで爪先を地面にとんとんしながら聞く。
「それはお前だろ。俺は今朝の朝食当番の手伝いだ。――昨日は前日準備も参加できなかったしな」
高瀬は仏頂面ながらも問いには答えてくれた。
この音楽祭に向けての合宿中、予め各グループ毎に掃除や食事当番が割り当てられている。矢㮈たちのグループは本来今朝の朝食当番ではなかったはずだ。となれば、彼が自ら手伝いを申し出たのだろう。
音楽祭前日となる昨日、高瀬は個人的な都合で準備に参加できなかった。実を言うと同じグループの矢㮈と諷杝もまた参加できなかったのだが、その分は片付けに回してもらうつもりであった。しかし、高瀬は律儀にもその件を気にしていたらしい。
「……あたしも手伝った方が良いかな?」
そもそも矢㮈と諷杝が参加できなかったのは、高瀬のピアノの演奏を聞きたいという超身勝手な理由だった。
「食事当番の人出は足りてる」
高瀬の返答はにべもない。
「だいたい諷杝もまだ寝てるし、まああいつは手伝う気すらないけど……お前も別に朝食当番の手伝いはしなくていい。むしろ本番の用意とか後片付けとかそっちで動け」
「そうかなあ……」
そうは言われても、とまだ迷う矢㮈に、高瀬はふいに「あ、そうだ」と思いついたように言った。
「お前、どうせもう眠れないんならあの白い鳩と散歩でもしてきてやれよ」
「え?」
突然何を言い出すのかと思いきや、矢㮈はポカンと間抜けな表情を晒した。
「イツキさんのこと?」
「他にどの鳩がいるってんだ」
高瀬が呆れたように肩を竦める。イツキという名の白い鳩は、諷杝に懐いている音楽好きな鳩だった。その鳩と散歩をしてこいとは、諷杝なら言いそうだがまさか高瀬の口から聞こうとは思わなかった。
「最近は諷杝も副委員長としてバタバタしてただろ。イツキに構ってやらなかったらしくて、ここ最近は遠目にしか姿を見せないらしい」
「つまり、拗ねていじけてる、と?」
「鳩がそんなこと思うのかは謎だが、そんなとこだろって諷杝も言ってた」
そこで暇そうなお前の出番だ、といかにも名案を思いついたかのように高瀬は淡々と述べる。
つまり、矢㮈はイツキのご機嫌伺いのお役目に抜擢されたわけである。
「……まあ、別にいいけどね」
どうせ特に用もなく、ただ時間潰しと気晴らしに散歩をしようと思っていた所だ。一人でうろうろするよりも、イツキと一緒の方が寂しくないし、和むかもしれない。
「ほんじゃま行ってきまーす」
くるりと背を向けた矢㮈に、少し迷うような、控えめな声がかかった。
「昨日はありがとうな」
矢㮈は小さく笑みを零し、振り返らずに体育館入り口の扉を押し開く。
「どういたしまして!」
東の空にじわじわと上って行く太陽の光が全身にぶつかってくる。矢㮈は片手で庇をつくり、目を細めた。
今日は良い日になりそうだ。
「さーて、イツキさんはどこにいるかな。もう起きてるかな?」
心なし、声が弾む。
矢㮈は深呼吸を一つして、白い鳩を探しに歩き始めた。
二.
音楽祭の会場は、矢㮈たちが宿泊施設に使用している第二体育館の一階だ。元々舞台があるわけではないので、特設ステージを設置しなければならない。昨日のうちに土台になる部分は組み立てて端に寄せてあり、それを移動させて本格的に必要となる音響機器も設置することになる。
そして、この体育館一階は男子の宿泊所ともなっていたので、ステージ用意に伴い荷物等の大移動が始まった。移動先は、一番近い棟の空き教室である。今夜一日だけは、そこでの宿泊となる。女子は変わらず体育館の二階部分を最後まで使用可能だ。
「あー、ステージが出来上がってくの見ると、いよいよだなあ~って思うね」
一応、音楽祭実行委員会副委員長である海中諷杝が感慨深げに言う。
「そうだなあ。……てか、お前もただ見てないで手伝えよ」
本日の行程表を確認しながら相槌を打ち、すぐに諷杝のサボりを見咎めたのは実行委員長の相田将である。傍から見れば、よくもまあ天然ぼけぼけの副委員長を横に、しっかり準備を進めてくれたと感心する。音楽祭がこうして本番当日を無事に迎えられたのは、間違いなく彼のおかげである。
「あれ? 初日一発目って相田さんとこじゃなかったですか?」
配布用のパンフレットを箱に詰めていた矢㮈は、呆れたように諷杝を見ている相田に言った。彼が振り返って、持っていた行程表をひらひらと振った。
「そうだ。一発目だ」
「準備の方は大丈夫なんですか?」
開演は十時半だからまだ二時間はあるが、矢㮈が見ていた限り、彼が同じグループの面々と一緒にいたのは朝食の席だけだ。しかも相田はグループのリーダーである。
「まあ昨日最終確認もきっちり済ませてるし、朝食の時にはみんな調子良さそうだったから大丈夫だとは思うけど」
相田が若干眉を潜め、隣の諷杝に視線を戻す。
「こいつに全て任せるのは何だか不安しかなくてな」
「……ああ」
「え、何それ。矢㮈ちゃんもひどい」
当の諷杝はわざとらしく頬を膨らませて抗議するが、矢㮈は相田の気持ちに賛同だ。
「結局任せたところで、恐らく害を被るのは高瀬だろう」
そして相田の推測は正しい。矢㮈はひたすらに「うんうん」と頷いていた。まごまごする諷杝を見兼ねて、仕方ないと諦めた高瀬がテキパキ動き出す姿が目に浮かぶ。高瀬はたまに諷杝のおかん的役割も果たすのだ。
「ええーさっきからずいぶんな言われようなんだけど」
諷杝がますます口を尖らせる。
「何も間違ったことは言ってないだろ」
相田はため息を吐いた。そして、近くを通りかかった並早教諭をすかさず捕まえ、行程表を見せながら何やら話に入った。さすがよくできる実行委員長。常に周りを見て無駄がない。
矢㮈はパンフレットを詰め終った箱を持ち上げ、緊張感の欠片もなく欠伸をしている諷杝を見て苦笑した。
「諷杝はいつもと変わらないね。緊張しないの?」
「特には。てか僕たちの本番は明日だしね」
諷杝は歌うように答え、「でも」と矢㮈を見てニヤリと笑う。
「委員長たちのグループとの交流演奏は楽しもうね」
「うん!」
交流演奏は、一日目と二日目のそれぞれ午前と午後に一回、グループ演奏発表の間に休憩も兼ねてプログラムされている。学校間やグループを越えての交流という楽しさの他に、普段とは違う楽器に挑戦したり、歌だけだったり、即興弾き対決をしたりなど、内容も自由度が高い。そもそもこの音楽祭自体が音楽のジャンルを問わない自由なものだ。そのせいか、毎年音楽祭参加生徒の家族や知人の他、近隣住民の音楽好きやイベント好きも結構鑑賞しに来るという。
「でも並早先生大丈夫かなあ? 何にも伝えてないけど……」
一抹の不安を覚えて首を傾げた矢㮈に、しかし諷杝はあっけらかんと笑う。
「大丈夫大丈夫! 並早先生だし!」
全く根拠のない言葉に、本当に大丈夫なのかと疑いは深まる。
「大丈夫だよ。うちには困った時の也梛がいるし、何とかしてくれるよ!」
最後には完全に他人任せだった。矢㮈が引き攣る頬で無理に笑みを浮かべた所へ、冷たい声が聞こえた。
「お前ら何こんなとこで油売ってんだ」
振り向かずとも声の主は分かる。
「あ、也梛。準備の方は進んでる?」
諷杝は高瀬の嫌味など全く気にした様子もなく、軽いノリでいつものように尋ねた。その様に、高瀬の方ももう慣れっこなのだろう、どこか諦めたように息を吐いた。彼の腕には折り畳み式のパイプ椅子が左右三つずつ抱えられている。ステージの前に、観客用に並べるのだ。
「音響設備の方はもうすぐ完了するから、それが確認できたら一度開会の挨拶の通しと午前グループの軽いリハするってさ」
高瀬の方がよほど副委員長らしく思えるセリフを言うので、矢㮈は心の中で苦笑する。
「ん。分かった」
諷杝は頷くと、整いつつあるステージの方に足を向けかけ、ふいに矢㮈たちを振り返る。
「折角なんだし、二人とも楽しみなよ? 交流演奏はもちろん、色んな演奏聞いて、良いなと思ったとこはまた僕にも教えて」
「うん。諷杝もね」
矢㮈が笑い返すと、諷杝も目を細める。
「お前がサボらなきゃ楽しむ余裕もあるだろうよ」
高瀬は相変わらずの嫌味で返したが、その表情は思ったより柔らかい――と思う。
諷杝が満足げに微笑んで、くるりと背を向けた。
三.
「まさか打楽器演奏会がここまで進化するとは……」
也梛は食堂で一日目お疲れ様会を開いている賑やかな面々を眺めながら、そこからは少し離れた場所でウーロン茶の入ったコップをを空けた。
「また『ねこふんじゃった』だったしねえ」
テーブルを挟んではす向かいに座った矢㮈が小さく笑ってオレンジジュースを飲む。
「でも楽しかったねー。僕、木琴と鉄琴叩いたの小学生の時以来だったよ」
也梛の隣で頬杖をついた諷杝が楽しそうに笑う。彼の足元には白い鳩が大人しく猫のように丸まっていた。普段は食堂に入れてもらえないが、今夜ばかりは特別許可をもらったのだ。
「並早先生は驚いてたけどね~」
矢㮈が少し眉を下げつつ苦笑する。その点については、也梛も少し申し訳ない気持ちがないでもない。そもそもはこれまた諷杝の勝手な思い付きが原因だ。
音楽祭一日目は、簡単な開会の挨拶の後、相田と淡海のグループのハイテンションロックから幕が上がった。
彼らの練習を見ていなかったこともあり、始まる前から楽しみにしていたのだが、普段の彼と彼女からは想像し得ないほどパワフルなステージだった。
一見スポーツ少年のような相田将が叩くドラムはただ力強いだけではなく、時に驚く程繊細なリズムを刻む。そして、安定したリズムかと思いきや、ふといたずらな不安定さを生む――もちろんこれは計算されたもので、周りのベースやギター、ボーカルは承知の上でその不安定さを面白がる風に先に先にと音を紡いでいく。
そして、ボーカルの淡海あやめの驚くべき声量と、音域の広さ。普段ガミガミ言っている声とは全然違って伸びがあり、高い音も低い音も、聞いていて心地よい。何より、歌っている本人が見るからに楽しそうで、見ている者たちも自然と表情が明るくなっていくのが分かった。
也梛の隣で見ていた矢㮈と諷杝は言うまでもなく楽しそうで、二人ともがいつの間にか体を揺らしてリズムをとっていた。最後には観客席からステージ上の淡海と一緒に叫んでいたくらいだ――もちろん也梛は叫ぶようなことはなかったが、心動かされたのは否定しようがなかった。
そんな幕開けから、間に交流演奏を挟んでの四グループの発表が終わり、午前の部が終了した。午後の部も四グループの発表があり、一組目のグループの後、午後の交流演奏が入る。ここで一日目の也梛たちの出番である。相田たちのグループとの交流演奏だ。
事前の打ち合わせで、新しく曲を作るだとか、有名バンドのコピーはどうだとか色々意見を出し合った結果、何がどうなったのか、最終的な決定が次のとおりである。
「カッコイイ打楽器演奏会『ねこふんじゃった』!」
これに目を輝かせたのは諷杝と矢㮈と淡海だった。相田は無表情で軽く首を傾げ、也梛はただ眉を寄せて黙って諷杝を見つめていた。
相田のグループの他のメンバーはさすがに何か言いだすだろうと期待して「これでいいのか」と尋ねると、彼らは口を揃えて言った。
「「うちの姫が賛成ならそれでいいっス!」」
彼らのグループ内での力関係を垣間見たような気がした。也梛は最後に相田にも確認したが、彼は諦めたようにため息を吐いただけだった。曰く、
「あやめと海中が賛成してるんだ。もう俺らがどうにかできるわけないだろ」
確かにその通りだ。也梛も大人しく頷き、さてどのような演奏にするのかと先のことを考え始めることにしたのだった。
演奏に関しては、矢㮈と諷杝以外はそれぞれの日頃の楽器を担当することになった。淡海は思いきり童謡の『ねこふんじゃった』の日本語の歌詞を歌う。ここで外国語でないところがまた諷杝たちの変なこだわりだった。
「お客さんも一緒にみんなで『ねこふんじゃった~』って歌えるじゃん!」
ということなので、もうそういうことにしておいた。既に突っ込む気力もなくなりつつあったのだ。
さらに、打楽器演奏会ということで、矢㮈がタンバリン、諷杝が木琴と鉄琴を担当することになった。矢㮈のタンバリンに至っては、数ヶ月前、音楽室でやったミニ打楽器演奏会を彷彿とさせた。それは彼女の方も同じだったらしい。
「そういえば前に、高瀬のピアノと並早先生のトライアングルでやったよね。あたしはあの時カスタネットで」
矢㮈がその時並早の名前を出してしまったのが、後に並早を巻き込むことに繋がる。
「並早先生か……」
諷杝が顎に手を遣ってニヤリと不気味に笑ったのを也梛は見た。
そして、この演奏会にはもう一つ制限がかかった。
「それじゃあ本番まで、合わせるのはナシで! あ、グループ内で相談はアリね!」
淡海が高々とそう宣言したのだ。つまり、ほとんど即興に近い。それぞれに共通の楽譜だけが渡され、あとは自由練習だった。也梛たちは三人で少し合わせてみたりもしたが、相田たちのグループとは全く一度も合わせることがないまま、本番を迎えたわけである。
本番直前、今回の一番の巻き込まれ役の並早が、諷杝に腕を引っ張られてステージに上がった。本人はきょとんとしたまま、矢㮈にトライアングルを握らされる。呆然と宙を彷徨う視線がやがて也梛の目を捉え、也梛は仕方なく口を開いた。
「前にやったの覚えてますよね」
並早は一瞬「あ」という表情をし、それから周りをもう一度ぐるりと見渡す。自分以外の少年少女が皆定位置につき、それぞれ楽器を構えているのを把握したようだが、それでもなおおポカンとしている。――当たり前だ。何の事前連絡もなく、いきなりステージ上に引っ張り出されたのである。
(先生、すいません。全て諷杝の企みです)
也梛が心の中で小さく謝った時、
「さあみなさんもご一緒に! 『ねこふんじゃった』!」
中央に立つ淡海がマイクを握って叫んだ。
一体観客の誰がこの曲を予想しただろう。皆、さぞポカンとしたに違いない。
すぐにドラムの音が響き渡り、也梛もキーボードに指を滑らせる。そしてそのまま、音楽に身を委ねるように、ギターと競って『ねこふんじゃった』のメロディを奏でていったのだった。
演奏後、並早はトライアングルを握ったままなかなか動かなかった。也梛が諷杝と共に両側から並早の腕を掴んでステージから引きずり下ろした所で、ようやく彼はゆっくり深呼吸して改めて諷杝を見た。
「諷杝君。これは一体……?」
「先生が憧れてた打楽器演奏会ですよ。今回は淡海さんとかスペシャルメンバーで超豪華版です!」
諷杝がにっこり笑って言い放つ。恐らく並早はそんなことを聞いたわけではないだろうが、あまりにも諷杝がきっぱり言ってしまったものだから、それ以上二の句が継げなくなったようだ。口をパクパクした後、何も言わずに閉じた。
「並早先生は不憫としか言いようがない」
交流演奏の顛末を思い返して現在に戻ってきた也梛は、軽く諷杝を睨みながら言った。
「えー何言ってんのさ。止めなかった也梛も同罪だよ」
諷杝は開き直って言い返す。
「お前が勝手に企んで、勝手に行動に移して、どこに止める余地があったんだ」
「也梛に予め言ってたら、絶対止められるに決まってんじゃん。ねえ矢㮈ちゃん?」
「え、そこであたしに振るの?」
傍観者と化していた矢㮈はいきなり話しに引っ張り込まれて狼狽える。也梛が同罪なら、もちろん矢㮈もまた同罪である。
「でも何だかんだ言いつつ並早先生も楽しかった……んじゃないかなあ?」
「お前もテキトーな事言うな」
也梛がすかさず突っ込むと、彼女は「へへへ」と笑う。そういえば最近、矢㮈も少し諷杝に似てきたような気がするのは也梛の気のせいだろうか。
「やっなちゃーん! それから他の男子諸君も、お疲れえ! 『ねこふんじゃった』楽しかったねえ!」
突然乱入してきて矢㮈の首に腕を回したのは、淡海あやめである。
「あやめさん、お疲れ様でした」
矢㮈は平然と労いの言葉を返し、「歌、すごかったです!」と感想を付け加える。
「並早先生は一体どうなることかと思ったが……まあ、お疲れさん、二人とも」
淡海の後ろからのっそりと背の高い相田が現れ、諷杝と也梛の前の空のコップに新たにウーロン茶を注いでくれる。
「そっちもお疲れ様~」
諷杝がコップを少し掲げて、一口飲む。
「本当、お疲れ様です。今夜はゆっくり休んで下さい」
也梛が心の底から言うと、相田は神妙な顔で頷きつつも、諷杝に半眼を向けた。
「ありがとう高瀬。だが、音楽祭はまだ明日もあるからな。少なくとも明日はお前らの本番だから、今日みたいに海中のせいで嫌な汗はかかなくてすみそうだけどな」
「お察しします。うちのリーダーがすいません」
これはもう頭を下げるしかない。也梛は、隣でへらへら笑っている諷杝の後頭部を鷲掴み、相田に向けて頭を下げさせた。
「ちょっ、也梛、何すんの!」
「実行委員長にこれ以上とない心労をかけている副委員長がいるか!」
也梛の一喝に、諷杝はきょとんとする。
「え? 僕、そんなに委員長に心労かけてた?」
そうだよな、お前は悪気があるわけじゃないんだよな、と思いながら、相田への申し訳ない気持ちがさらに募る。相田が苦笑して、「もう良いよ」と也梛の手から諷杝を解放する。
「まあ、一年前じゃこんな海中見れなかっただろうしなあ」
「え?」
今度は也梛の方がきょとんとする番だった。諷杝がふいと横を向く。相田はそんな諷杝を横目に、さらっと言ってのけた。
「去年会ったばかりの海中は、もうちょっと神経質で、余計なことは一切しない、関わらない、のスタンスだった。だから今年の身勝手さは、お前たちがいてこそだと思ったんだけど」
お前たち――それは也梛と、矢㮈のことだろうか。
也梛が諷杝の方を見ると、彼は相変わらず視線を合わせようとしない。だが、微かに頬の上が仄赤く見えるのは気のせいだろうか。
「諷杝」
「……」
だんまりを決め込む諷杝が少し新鮮で、おかしくて、也梛は彼の焦げ茶の頭を軽く叩いて笑った。
「さてと、明日もまた朝から準備があるからな。そろそろお開きだ」
相田が食堂の壁時計を見上げて言った。
時刻は午後九時を指す。これからシャワーを浴びたりなんだりしていたら、きっと良い時間になってしまう。今夜の男子の宿泊所は第二体育館のすぐ近くにある棟の空き教室だ。
也梛が諷杝と共に椅子から立ち上がると、淡海に絡まれていた矢㮈がするりと脱出して也梛たちの方へ寄って来た。
「諷杝、高瀬」
「どうしたの?」
「どうした」
諷杝と也梛が同時に尋ねると、矢㮈は一瞬言葉を詰まらせ、それから一つ息を吐いて、
「明日、頑張ろうね」
たった一言、そう口にした。
諷杝が微笑み、也梛の口元も自然と緩む。
「うん。大丈夫、成功させるよ」
「当たり前だ」
その返答に、矢㮈が勢いよく頷く。
「今日も疲れただろうから、ゆっくり休みなね」
諷杝が足元のイツキを抱き上げながら言う。この白い鳩も、一緒に寝床へ連れていくつもりだろうか。
「暑いけど腹出して寝るなよ。明日腹痛とか勘弁だからな」
也梛がお節介心で付け加えると、
「あんたもね!!」
すかさず矢㮈にリターンされ、諷杝が吹き出した。
「音楽祭 本番<中編>」に続く。




