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9 並行世界へ

「できた! 皆さんに転送しますね」


 打ち合わせ後、しばらく自席で作業していた阿佐美が久場と小野に声をかけた。久場と小野がそれぞれ自席のノートパソコンを開く。


 ノートパソコンに表示された資料には、今回のサポート対象者である貝原の三つの人生の岐路が記載されていた。


 阿佐美が自席から説明する。


「まず最初の人生の岐路は、小学校三年生の夏休みの駄菓子屋さんですね。お店のおばちゃんから万引きを疑われて人間不信になります。まずは、ここで疑われないようにする必要があります」


「次に二十歳の飲み屋帰り。職場の同僚と喧嘩になり、相手を怪我させてしまいます。これで逮捕され職を失います。この喧嘩を止める必要があります」


「最後に四十四歳。ラーメン店の閉店時間を狙って押し入り、抵抗する店長とアルバイト店員を殺害。店の売り上げを盗んで逃走します……簡易シミュレーションの結果、貝原さんの場合は、この三つの岐路のうち、一つ目と二つ目を止める必要があるようです」


 それを聞いた久場が顔をしかめた。


「普通は最初の岐路に介入すれば済むことがほとんどなんだが、この並行世界は復原力が強いみたいだな」


「そうみたいですね。シミュレーションだと、想定復原レベルは三ですね」


「それなりに当たりが強そうだな……うーん、どうする? 小野君、最初はもう少し簡単そうなのからにしようか」


 何やら難しい案件のようだ。小野は悩みながら言った。


「そうですね、僕の手に負えない案件であれば……ただ、僕でも何とかできそうなら、やらせてください」


 小野は、初めて陪席した閻魔様の裁判で見た、泣きながら悔い改めるイガグリ頭の少年を思い出した。可能であれば彼の手助けをしたいと思った。


 久場が腕組みをしてしばらく考えると、笑顔で小野に言った。


「初めての案件としてはハードルが高いが、複数回の岐路にそれなりの復原力、これら一連の流れを一度に経験できる貴重な機会だとも言える……まあ、失敗すればもう一度やり直せるということで、やってみようか」


「ありがとうございます。頑張ります」


 小野は頭を下げた。



 † † †



「よし、それじゃあ並行世界へ行くのに必要な資料を阿佐美さんが作成してくれている間に、装備の確認をしよう」


 そう言うと、久場が自席近くの鍵付きのロッカーからいくつかの物を持ち出してきて、執務室中央のソファに座った。小野はソファの向かいに座る。


 久場が、小さなテレビリモコンのようなものを持って言った。


「まずこれが時間制御装置、通称『タイムリモコン』だ。並行世界の現地時間を操作して、次の人生の分岐点に移動する。最後にあの世に戻ってくるときにも使う。ただし、巻き戻し……あ、最近は早戻しって言うんだったっけ? それはできない」


 久場がタイムリモコンをローテーブルに置くと、次は自動車のスマートキーのようなものを手に取った。


「次にこれが光学迷彩装置。通称『消えるくん』だ。名前のとおり、周りから見えなくなる。ただ、物理的な存在までは消せない」


 久場が消えるくんのボタンを押すと、一瞬で見えなくなった。


 久場に促されて、久場が座っているであろう場所に手をかざすと、何も見えない空間で久場の体らしきものに触れることができた。すごい。


「ボタンを一度押すと消えて、もう一度押すと元に戻る」


 久場の体がまた現れた。久場が消えるくんをローテーブルに置くと、次はどう見ても拳銃のようなものを手に取った。


「お次はこれだ。分子解離銃。名前のとおり、分子をバラバラにする。何か大きな物を消したいときや、危険が差し迫ったときに使うといい」


「あ、あの、こんな物騒なモノを使う可能性があるのでしょうか……」


 心配そうな小野に、久場が笑顔で言った。


「まあ、まずないけど、念のための装備だね。とはいえ、並行世界では魂を顕現けんげんさせた姿で行動することになる。その状態で大怪我をすると、魂自体が壊れて消滅してしまうことがあるから、気をつけることに越したことはない」


 さらっと恐ろしいことを言われたような気がする。小野は気を引き締めた。


「最後にこれだ」


 久場が黒いポーチを小野に渡した。中を見ると、現金が入っていた。大金だ。


「並行世界で通用しているお金だ。現地では数日滞在する場合もあるからね。使うときは、可能な限り領収書を貰ってきて欲しい」


「司命様、資料作成終わりました。出張命令の決裁お願いします」


「阿佐美さん、ありがとう。よし、それじゃあ、いよいよ初の出張だね」


 久場がそう言うと、小野の顔を見てニカッと笑った。



 † † †



「準備はできたかな?」

 

「はい!」


 久場に聞かれ、小野は元気よく返事をした。


 小野は、自席の前にリュック姿で立っていた。


 学生服のズボンのポケットには、タイムリモコンと消えるくんが入っている。


 リュックの中には、現金の入ったポーチと分子解離銃のほか、阿佐美が用意してくれた資料と着替えが一式入っている。


 あの世では着替えは不要だが、並行世界では衣服が外的要因で汚れることがあるので、その場合は必要に応じて着替えることになるらしい。


「タイムリモコンのチャプターボタンを押せば、人生の岐路に順次移動できる。ホームボタンを押せば、ここに戻ってくることができるから、無理しないようにね。分からないことがあったら、阿佐美さんが作成してくれた資料を読むといい」


「並行世界へ移動するときは、ちょっと眩暈めまいがするらしいから、気をつけてね。小野君、頑張ってね♪」


 久場と阿佐美がそれぞれ小野に言った。小野が笑顔で答える。


「ありがとうございます。それでは行ってきます!」


 小野は、ポケットからタイムリモコンを取り出し、チャプターボタンを押した。

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