10 運命の岐路
軽い眩暈を感じた小野は、気づくと、人目のない路地裏に立っていた。
小野は、近くの建物の壁際に寄ると、タイムリモコンに表示された時刻を見た。西暦一九七九年八月二十日の月曜日。十四時ちょうどだ。
リュックから取り出した資料によると、場所は関西の地方都市。貝原の最初の人生だと、十五時頃に駅前の駄菓子屋で万引き犯と間違われるらしい。
小野は、資料の住所と写真を見ながら、目的の駄菓子屋を探した。
駄菓子屋は、路地裏から出てすぐの駅前の通りを少し歩いた所にあった。駄菓子屋が見える木陰で待つことにした。
天気は曇りだが蒸し暑い。とはいえ、ここ最近の夏の暑さに比べればマシだ。黒の詰め襟の制服にリュックを背負っているので、見た目はかなり暑そうに感じるが、魂が顕現した姿だからなのか、汗は出なかった。
十五時少し前、イガグリ頭でTシャツ、短パン姿の少年が、駄菓子屋に入って行った。閻魔様の裁判で見た貝原の少年姿だ。小野は急いで後を追い駄菓子屋に入った。
小野が店に入ると、貝原が真剣な表情でお菓子を選んでいた。どうも五円のチョコを二つ買うか、十円のチョコを一つ買うかで悩んでいるようだ。
小野がお菓子を選ぶフリをしながら貝原の様子を見ていると、店内に二、三人の小学生が入ってきた。そのうちの一人、見るからにガキ大将っぽい男の子が、貝原にちょっかいを出した。
「なんや、貝原か。お前にお菓子を買う金なんてあったんやな」
貝原は下を向いて何も言わない。ガキ大将っぽい男の子が貝原を押しのけた。
「邪魔や、貧乏人。貧乏がうつるわ」
よろめいた貝原がお菓子の棚にぶつかった。その時、ガキ大将っぽい男の子が、貝原にわざとぶつかって、十円のチョコを貝原のポケットに入れるのが見えた。
ガキ大将っぽい男の子は、お菓子を買うと、ニヤニヤしながら他の子どもと一緒に店の外へ出て行った。
どうやら、貝原が万引き犯に間違われるのは、このガキ大将っぽい男の子の仕業のようだ。酷い話だ。これを阻止すればいいのだろう。
貝原は、ガキ大将っぽい男の子達がいなくなると、ホッとした表情でまたお菓子を選び始めた。
小野はそっと貝原の隣に立つと、貝原に声をかけた。
「ねえ、ボク、さっき棚にぶつかったときに、ポケットにお菓子が入っちゃったよ」
「え?」
貝原が慌ててポケットを確認する。十円のチョコが出てきた。
「ほんまや。ありがとう、お兄ちゃん」
貝原が笑顔でお礼を言った。
「いえいえ、どういたしまして」
小野は笑顔でそう答えた。貝原は、ポケットに入っていた十円のチョコを買うことにしたようで、駄菓子屋奥のおばちゃんにお金を払うと、お店を出て行った。
小野もお店を出ようとすると、奥からおばちゃんの声がした。
「お兄ちゃんは、何も買わへんの?」
小野は慌てて貝原と同じチョコを買い、店を出た。
† † †
「よし、これで第一の関門はクリアっと」
そう呟きながら小野が駄菓子屋を出ると、駄菓子屋の横の路地から、何やら子どもの騒がしい声が聞こえた。
小野がその声の方へ行ってみると、小さな公園があり、子ども達が喧嘩をしていた。先程のガキ大将っぽい男の子と貝原だ。喧嘩というよりは、貝原が一方的にやられている。
小野は公園に走って行って大きな声で言った。
「こら、喧嘩はダメじゃないか!」
中学生くらいの姿の小野を見て、ガキ大将っぽい男の子が言った。
「こいつ、万引きしたんや! チョコを盗んだんやで」
「違う!」
貝原が地面にうずくまって、泣きながら叫んだ。
小野は、公園でうずくまる貝原を助け起こし、ガキ大将っぽい男の子に言った。
「さっき、駄菓子屋で君がしたことを見てたよ。わざと貝原君のポケットにお菓子を入れたでしょ。そんな悪いことしてると、閻魔様に地獄に落とされるよ!」
「アホちゃうか? 閻魔様なんて、そんなんおらへんわ!」
ガキ大将っぽい男の子は、そう捨て台詞を吐くと、周りの子どもと一緒に走って逃げて行った。彼が将来閻魔様の法廷に引き出されないことを祈るのみだ。
小野は、貝原に声を掛けた。
「貝原君、大丈夫?」
「うん、ありがとう……」
貝原は、そうお礼を言うと、Tシャツの裾をめくりあげて涙を拭いた。
「あれ? さっきのお菓子は?」
「取られた……お前、お菓子を盗んだやろって言われて。僕、盗んでないのに」
「知ってるよ。さっきお店で見てたし。君はちゃんと買ってたよ。ほら、これをあげるから元気を出して」
小野は、さっき駄菓子屋で買った十円のチョコを貝原にあげた。
「ありがとう、お兄ちゃん……でも、何で僕の名前を知ってるん?」
貝原に聞かれて小野は慌てた。さっき、思わず貝原の名前を呼んでしまったのだ。
「あ、あのね、お兄ちゃんは貝原君の遠い親戚なんだよ。たまたま今日ここに来たんだ」
「そうなんや。それで関東弁なんか」
小野の苦し紛れの説明に、幸い貝原は納得してくれたようだった。
「一人で帰れる?」
「うん。ありがとう、親戚のお兄ちゃん!」
「どういたしまして」
貝原は歩いて帰って行った。
一人公園に残った小野は、リュックから資料を取り出した。
資料には、駄菓子屋前後の貝原の行動が書かれているが、公園でガキ大将と喧嘩になって万引き犯呼ばわりされることは書かれていなかった。これが復原力とやらの妨害だろうか。
小野は心配になった。もし、夏休み明けに、あのガキ大将が「貝原が万引きをした」などと学校で言うと、ややこしくなるのではないか。貝原の学校での立ち位置によっては、貝原が万引き犯と間違われてしまうような気がした。
とりあえず、やれることはやろうと考え、小野は先程の駄菓子屋に向かった。
駄菓子屋に入ると、小野は、おばちゃんに、さっきのガキ大将っぽい男の子が貝原を万引き犯に仕立て上げようとしたことを伝え、貝原君が万引き犯に間違われないよう配慮して欲しい旨伝えた。
おばちゃんは、ガキ大将っぽい男の子のことを知っていたようで、その話を聞いて激怒していた。おばちゃん曰く、そんな卑怯なことするなんて許されへん、今度見かけたら、しばいたる、とのことだった。やり過ぎないか、ちょっと心配だ。
その後、小野は、資料に記載されていた貝原の小学校へ赴き、宿直で在校していた先生に状況を伝えることにした。
どこの学生かも分からない小野は最初不審がられたが、夏休みにたまたまこの街に来たなどと説明して何とか話を聞いてもらえた。
対応してくれた先生は、貝原もガキ大将っぽい男の子も知っていたようで、状況は分かった、ちゃんと対応するので安心して欲しいと言ってくれた。
安心した小野は、小学校の正門脇で人目がないことを確認すると、深呼吸をして、タイムリモコンのチャプターボタンを押した。




