7 あの世の夜
あの世の居酒屋にもラストオーダーはあるようで、一同は残った料理を食べた後、店を出ることにした。お会計はなかった。無料なのだろうか。
店の外に出ると、大きな廊下になっていて、多くの人が行き交っていた。
「それじゃ久場さん、皆さん、また飲みましょう!」
「おう、またこのメンバーで飲もう! お休み!」
山田の挨拶に、久場が笑顔で答えた。他のメンバーがそれぞれ会釈する。
山田とワタルは、店の向かいのドアに入って行った。
「さて、私たちも帰ろうか」
久場がそう言って歩き出そうとしたとき、小野は重大なことに気づいた。慌てて久場と阿佐美に聞く。
「あ、そ、そうだ! すみません、皆さん。僕は一体どこへ帰ればいいのでしょうか?」
久場と阿佐美が顔を見合わせて笑うと、阿佐美が小野に言った。
「ごめん、言い忘れてた。冥官の宿舎があるのよ。案内するわ」
そう言うと、久場と阿佐美は、さっき山田達が入って行ったドアの前へ向かった。慌てて小野もついていく。
阿佐美がドアを開けると、マンションのエントランスになっていた。阿佐美、久場に続いて、小野もドアからエントランスへ入る。
「何も表札のないドアは、行きたい場所を念じて開ければその場所に繋がるの。まあ、例外はいっぱいあるけどね。この宿舎は、第百二十一部門から第百三十部門までの宿舎よ」
阿佐美がそう言うと、エレベーターへ向かった。小野達はエレベーターに乗り、三階で降りた。エレベーターを降りた先は廊下になっていて、横一列に部屋が並んでいた。
「この階は、第百二十七部門から第百二十九部門までの部屋よ。我々の部屋は真ん中の方ね」
三人が廊下を歩いて行くと、「128―1」と書かれた部屋があった。玄関に「久場」と書いたシールが貼ってあった。
「ここが私の部屋だよ。何かあればいつでも遠慮なく相談にくるといい。それじゃお休み」
「お疲れ様でした」
久場と別れた小野と阿佐美は、廊下をもう少し先に歩いた。「128―3」と書かれた部屋が見えてきた。
「ここが小野君の部屋よ。ちなみに、通り過ぎた『128―2』は空室で、この先の『128―4』は私の部屋よ。夜食や朝食を取りたいときは、一階の売店か食堂を利用するといいわ。まあ、食事は趣味みたいなものだから、食べなくても問題ないけど……明日は九時出勤ね。一階エントランスのドアで『第百二十八部門』と念じれば、執務室に繋がるわ。それじゃ、お休み」
「ありがとうございます。お休みなさい」
「あ、忘れてた、これ鍵ね。お休み♪」
阿佐美が慌てて部屋の鍵を小野に渡し、自分の部屋へ入って行った。
小野は阿佐美を見送ると、鍵を開けて部屋の中へ入った。照明をつける。
部屋の手前は六畳ほどのダイニングで、その奥は八畳ほどの洋室になっている。小野が生前に住んでいた下宿よりも広くて綺麗だ。
ベッドやテーブル等、家具は一通り揃っていた。洗面台はあるが、トイレと風呂はなかった。不要ということなのだろうか。
確かに、この世界に来てから一度もトイレに行っていないし、衣服も汚れていないようだった。
小野は、ベッドに寝転び、テレビをつけた。生前にいつも観ていた番組が映った。チャンネルを変えながら、しばらくボーッとする。
朝、下宿を出るときは、まさか自分が死ぬとは思っていなかった。
親はどうしているんだろう。友達や大学のゼミの教授、バイト先には自分が死んだことが伝わったのだろうか。
色々考えていると、自然と涙が出てきた。
お父さん、お母さん、ごめん……
小野は、いつの間にか声を押し殺して泣いていた。
† † †
どれくらい泣いていたのだろうか。小野は、ふとテレビボードに置かれたスマホに気づいた。
生前に使っていたものと同じ機種だ。SNS等のアプリは入っていなかったが、メールが三通届いていた。
一通目の送信元は、まさかの閻魔様だった。冥官の仕事を引き受けてくれたことへのお礼と、何か困りごとがあればいつでも連絡するように、という内容のメールだった。短い文章だったが、細やかな気配りを感じた。
夜遅くになっていたので少し悩んだが、とりあえずお礼のメールを送信した。
二通目と三通目は、久場と阿佐美からだった。それぞれ部屋に帰ってすぐメールしてくれたようだ。
二人からのメールは、似たような内容だった。今晩は「あの世」に来て一番辛い夜だと思うから、気が済むまで泣いた方がいい、というものだった。
ちなみに、阿佐美のメールによると、この宿舎は防音バッチリだそうだ。
小野は、久場と阿佐美にお礼のメールをした。その後、思いっきり、気が済むまで大声で泣いた。




