32 精霊の啓示
「大公殿下、お疲れのところすみません。今よろしいでしょうか?」
ベッドに寝転んだ大公に、小野が姿を消したまま声をかける。少し疲れ顔の大公が、笑顔で応じた。
「ん? ああ、この前の精霊か。いいぞ。出てきなさい」
「ありがとうございます!」
小野とワタルがベッド脇で姿を現した。大公がベッドから起き上がり、近くの椅子に座った。
小野とワタルが大公に頭を下げる。
「お疲れのところすみません」
「構わんよ。ちょっとした戯れで疲れただけだ」
大公が入れ墨を彫った左腕を擦りながら言った。
「また誰か来るとアレなので、手短にお伝えいたします」
小野が少々慌てながら説明を始めた。
「大公殿下が五十歳のとき、奥様と一緒にサラエボへ行く機会があります。最初、爆弾で襲われ、多数の負傷者が出ますが、幸い殿下と奥様にお怪我はありません。その後、殿下と奥様は、負傷者のお見舞いに行こうとなさいます。ですが、どうか、お見舞いには行かないでください。行くと、殿下と奥様は、幼いお子様を残して命を失うことになります」
大公が眉をぴくりと動かした。
小野に続いてワタルが話す。
「しかも、殿下が亡くなられたことをきっかけに、全世界が戦乱に巻き込まれます。人類史上初の世界大戦です。殿下はサラエボで死んではなりません」
ワタルは大公の腕を見つめた。
「今日、大公殿下は左腕に竜の彫り物をなさいましたね。その竜の彫り物を見る度に、どうか今の話を思い出してください。五十歳のサラエボ。爆弾の負傷者のお見舞いに行ってはなりません。殿下と奥様、幼いお子様、そして、全世界のためにも……」
大公は、シャツの左腕をめくり上げた。竜の彫り物がちらりと見えた。
「せっかくの彫り物が、呪いのようになってしまったな。五十歳が近づけば近づくほど、この入れ墨を後悔しそうだ」
そう言って大公が苦笑した。小野が念を押す。
「どうか、どうかお忘れなきよう……」
小野とワタルは、顔を見合わせて頷くと、大公に頭を下げ、それぞれタイムリモコンのホームボタンを押した。
† † †
「お二人とも本当にありがとうございます! 大成功ですよ」
第一部門の会議室。小野とワタルは、大公との接触状況を藤原に伝えたところ、藤原から褒められた。
「欧米を所管する審判庁が大公の様子を定点観測したところ、大公が妻に、日本で彫った竜の入れ墨と、不思議な体験の話をしているそうです」
小野とワタルは顔を見合わせて喜んだ。三日粘った甲斐があった。
藤原が喜ぶ二人を見て言った。
「そこで、折り入ってのご相談なのですが……お二人にサラエボに行っていただくことはできないでしょうか?」
「え⁉」
小野とワタルは思わず驚きの声を上げてしまった。藤原が続ける。
「審判庁は、オーストリア=ハンガリー帝国の皇帝や大臣、暗殺実行者であるプリンツィプや秘密組織『黒手組』、その他ヨーロッパ諸国の宰相等にも接触、働きかけをしています」
藤原の顔が曇る。
「ですが、復原力が非常に強く、大公と妻のサラエボ入りは避けられないようです。本当に暗殺事件を回避できるのか、直前まで予断を許さない状況です。そのため、お二人にはサラエボに行っていただき、必要があれば『精霊』として大公を説得していただきたいのです」
小野とワタルは顔を見合わせた。二人とも気持ちは同じだった。乗りかかった船だ。最後までやり遂げよう。
二人は藤原に向かって言った。
「分かりました。サラエボへ行きます!」
「どこまで力になれるか分かりませんが、頑張ります!」
「ありがとうございます!」
藤原が二人に頭を下げた。




