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13 初仕事を終えて

「ただいま戻りました!」


 軽い眩暈めまいの後、小野は、第百二十八部門の執務室に帰ってきた。壁の時計を見ると、出発したときから五分くらいしか経っていないようだ。


「おかえり! あれ? 消えるくんが作動したままかな?」


 久場が不思議そうに言った。そうだ、消えるくんで消えたまま戻ってきたんだった……小野は慌てて消えるくんのボタンを押した。


「おかえりなさい。色々あったようね」


 阿佐美が小野の顔を見て優しく言った。小野は、慌てて涙を制服の袖で拭った。


「お疲れ様。どうだった?」


 リュックを自席に置いた小野のところへ久場が歩いてきてそう尋ねた。小野が答える。


「色々トラブルもありましたが、何とかクリアしました」


「そうか、おめでとう!」


 久場が小野の肩に手をポンとおいて褒めてくれた。ちょっぴり恥ずかしかったが嬉しかった。


「それでは、貝原さんの臨終を確認しますね」


「ありがとう、阿佐美さん、よろしく」


 久場の了解を得て、阿佐美がノートパソコンで作業を始めた。並行世界のある時点にアクセスすれば、そのアクセス前の過去は確定する。


 つまり、貝原さんの臨終時の状況を確認すれば、貝原さんのもう一つの人生が確定するということだ。小野の成果がこれで分かる。ドキドキする。


 阿佐美がノートパソコンを見ながら言う。


「はい、確認できました。並行世界の西暦二〇三九年六月十九日の日曜日、十時二十分に、胃がんにより病院でお亡くなりになりました。享年六十九歳です」


 最初の人生より長生きしたようだ。阿佐美が続ける。


「臨終時幸福度は暫定値で八十五。無事に天国へ行けそうですね。他の方の人生への影響も許容範囲です」


「貝原さん、今度は幸せな人生を歩めたみたいで良かった……」


 阿佐美の説明を聞いて、小野は力が抜けた。自席に手をついて、座り込むのを何とか(こら)えた。


 久場が笑顔で阿佐美に言った。


「よし、それじゃあ、空きのある簡易審査部門に連絡してもらっていいかな」


「分かりました。今は第四百二十五部門が空いてるようですね。貝原さんの魂への人生の統合と誘導を依頼します」


「了解、それでよろしく」


 どうやら、貝原さんの魂は、これから簡易審査を受けて天国へ行くようだ。


 小野は、自席の机に座り、ほっと一息ついた。一気に疲れを感じたが、それ以上の達成感、充実感があった。


 貝原さんがもう一つの人生を無事に幸せに過ごすことができて、本当に良かった。



 † † †



「……そうか、まさか別の強盗が入るとはなあ」


「珍しいですね、司命様。復原力の新しいパターンかもしれません。後で第一部門に情報提供しておきましょうか」


「うん、そうだね。あの並行世界を分析してもらうと、復原力についての新しい知見が得られるかもしれないしね」


 小野は、執務室中央の応接セットのソファで、向かいに座った久場と阿佐美に初仕事の状況を報告していた。久場と阿佐美は、小野の話を興味を持って聞いてくれた。


「初出張を終えてみてどうかな?」


 お茶を一口飲んで湯呑みをローテーブルに置くと、久場が小野に聞いた。小野が答える。


「色々と緊張しましたし、悩みましたし、怖い目にも遭いましたが、この仕事に就けて良かったと思いました。改めて考えると、僕は大学卒業前に死んだので、簡単なアルバイト程度しか経験したことがありませんでしたし、今回が生まれて初めての本格的な仕事だったんですね……あ、死んで初めての仕事でもあるのか」


 そう言って小野は笑った。久場と阿佐美も笑う。小野は少し照れながら話を続けた。


「自分の仕事を通じて、人の幸せに貢献できたということがとても嬉しいです。まだ始めたばかりですけど、あの世に来た皆さん……あれ? この世かな? どっちがどっちか分かりませんが、もっと皆さんの役に立ちたいと思えました」


 久場が満面の笑みで喜んだ。


「素晴らしい! まさに冥官のかがみだ」


 阿佐美も優しく微笑んだ。


「人を幸せにできて、自分も喜びを感じられる仕事なんて、生きている間でもそうそう巡り会えないわよ。良かったわね」


「はい、本当に良かったです。もしよければ、引き続きここで働かせていただけないでしょうか」


「もちろん大歓迎だ。引き続きよろしく」


「こちらこそ、小野君にいてもらえて嬉しいわ。引き続きよろしくね」


 久場と阿佐美がそれぞれ小野に返事をしたとき、阿佐美の自席から着信音のような音が鳴った。阿佐美が自席からタブレットを持ってソファに戻ってきた。


「第四百二十五部門から連絡が来ました。貝原さんは、無事に審査を終えて、これから天国へ向かうそうです。貝原さんからの伝言で、自分の二回目の人生でいつも見守ってくれた『遠い親戚のお兄ちゃん』がどこかにいたら、よろしく伝えてくれということです……小野君の思いは、貝原さんにしっかりと伝わってるわね」


 それを聞いた小野は、また涙ぐんでしまった。恥ずかしいけど、嬉しさが勝った。


「良い仕事をしたな。よし、それじゃ、この勢いで次の案件でも小野君に活躍してもらおうか。阿佐美さん、うちの『長期未済案件』の件数って今何件だったっけ?」


 久場に聞かれた阿佐美が、タブレットで調べる。


「ええっと、うちの部門は少ないほうですが、本日時点で二千五十八件ですね」


「す、すみません、長期未済って何ですか?」


 何やら不穏なワードと件数を聞いて、小野が久場に聞いた。久場が苦笑しながら答える。


「今回の貝原さんは二度目の人生で臨終時幸福度をクリアできたけど、世の中にはなかなかクリアできない人が結構いるんだよ。そういった人達の並行世界がどんどん滞留しちゃっててね」


 阿佐美が続ける。


「うちの部門の最も古い長期未済案件は、鎌倉時代のある武士ね。現在、百一回目の人生に挑戦中なの」


 久場がニカッと笑って言った。


「小野君、どうかな? 次はこの武士をサポートしてくれないかな。なあに、分子解離銃のほか、様々なアイテムがある。それらを使えば大丈夫だよ」


「な、何だか急に天国へ行きたくなってきました」


 小野が苦笑しながら言った。久場と阿佐美が慌てて小野をフォローする。


「そ、そんなこと言わないで、小野君! 一緒に頑張っていこうよ」


「そうよ、まだ仕事を始めたばっかりじゃない。三十年くらいは頑張りましょうよ」


 久場と阿佐美の必死さに、思わず小野は笑ってしまった。


「ははは、すみません。冗談です。色々な並行世界に行って、色々な人に会って、そして少しでも多くの人が幸せになるようお手伝いしたいです。今のところは……」


「よ、良かった! って最後に含みを持たせてるのが心配だなあ」


「ふふふ、まあ、ぼちぼち頑張りましょう、ね、小野君」


「はい、引き続きよろしくお願いします!」


 小野は笑顔でそう言った。

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