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14 気弱な若武者

藤一郎とういちろう殿、『人』の字を手のひらに書いて飲む真似をすれば、必ず落ち着きます」


 小野が、まだあどけなさの残る十六歳の華奢な若武者に笑顔でアドバイスした。それにじいが続く。


「さあ、深呼吸してくだされ。ここは藤一郎殿の堂々たる立ち振る舞いを見せてやりましょうぞ」


「分かってる、分かってるけど、ま、まさかしゅう殿どのにお会いできるなんて……やっぱり緊張してきた」


 小野と爺のアドバイスを受けて、若武者が緊張した面持ちで陣幕へ向かって歩き出した。


 ここは、承久三年六月十二日、西暦だと一二二一年七月三日の夕方。琵琶湖南東の野路のじという場所で、武州殿、すなわち後の鎌倉幕府第三代執権、北条ほうじょう泰時やすときの陣幕のすぐ外だ。


 小野は、今回のサポート対象者である若武者、桜田さくらだ藤一郎とういちろう義之よしゆきの従者「あつし」として、もう一人の従者である「じい」と一緒に、藤一郎の緊張を何とか和らげようとしていた。


 藤一郎は、しまろう行時ゆきときという武将の部下である桜田さくらだ三郎さぶろう義房よしふさの息子だ。本来は父親の三郎が戦に参加する予定だったが、直前に大怪我をしてしまい、代わりに藤一郎が戦に赴くことになったのだ。


 この戦は、後に「承久の乱」と呼ばれることになる。


 藤一郎は、この二日後、宇治川の戦いで溺死するのだが、臨終時幸福度が低かった。


 そのため、臨終時幸福度を上げて天国へ行けるよう、並行世界で人生をやり直しているのだが、何とこれが百一回目という状況だ。

なかなか臨終時幸福度が上がらない。


 そこで、今回は例外的に付きっきりでサポートすることになったのだ。関係者への記憶操作等は事前に阿佐美が実施済み。また、言葉の違いについては、小型翻訳機を使って対応している。


 藤一郎の人生の岐路は二つだ。


 一つ目は、今日、この後に北条泰時から飯を頂く際に、緊張のあまりしっかり挨拶できずに恥をかいてしまう。ここで、何とかしっかり挨拶できるようサポートする必要がある。


 そして、二つ目は、明後日の宇治川の戦いで活躍できずに溺死してしまう。ここで、無事に渡河した上で活躍できるようサポートする必要がある。


 まずは何とかして北条泰時との謁見をクリアしなければ……小野は、自分の緊張が藤一郎に伝わらないよう、笑顔を絶やさず、爺とともに藤一郎に声をかけ続けた。



 † † †



 藤一郎と爺、そして小野は、陣幕の中に入った。陣幕内の左右には、いかにも強そうな武将が並び座り、正面には、おそらく北条泰時と思われる武将ともう一人の武将、そして藤一郎と同じくらいの年と思われる若い武士が座っていた。


 その三人の手前には、藤一郎の上司、幸島四郎が座っていた。酒宴の真っ最中だ。


 幸島四郎の横には、すでに陣幕内に招き入れられた幸島四郎の部下が控えていた。一番若い藤一郎が最後に呼ばれたのだ。


 正面の武将のうち、やや若く見える方が、幸島四郎に声をかけた。


「四郎よ、あの若者か?」


「はい、武州殿、我が父の代からの郎党である桜田三郎の息子、藤一郎でございます」


 質問したのは北条泰時だったようだ。本当はもっと堅苦しい会話なのだろうが、翻訳機のおかげで分かりやすい。


「おお、次郎庄司にいつも従っていた三郎の息子か。藤一郎とやら、こちらへ」


 北条泰時に呼ばれて、藤一郎が手のひらに「人」の字を書いて飲む仕草をした。緊張した面持ちで一歩前へ進む。いよいよ、藤一郎の人生の岐路の一つ目が近づいてきた。



 † † †



「藤一郎殿、素晴らしいお姿でしたぞ」


「本当です。ご立派でしたよ」


「ありがとう。爺と篤のおかげだよ」


 酒宴が一区切りし、小野達は陣幕を出て今晩寝泊まりする木の下に集まった。


 藤一郎は、緊張しながらも大過なく挨拶を済ませ、北条泰時から飯を賜った。藤一郎だけでなく、従者である爺や小野も飯を賜ったのは意外だった。


 地べたに座り、ホッと一息ついた藤一郎の顔から笑みがこぼれる。


 実は、藤一郎はこの一つ目の人生の岐路で三十回ほど失敗していた。「人」の字を手のひらに書いて飲むおまじないが効いたのだろうか。幸い復原力による妨害もなかった。


 とにかく一つ目の人生の岐路は無事クリアできたようだ。小野は心の中でガッツポーズをした。

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