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『yamamoto2580』  作者: しもたんでんがな


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7/20

バグを6件登録 「……まっっず!」



「………え、何それ?」


普通に別れ話かと思ったじゃんか。身構えていた素直が素っ頓狂な声をあげた。


「俺が。…好きな。……の。……わかる、だろ?」

「全然、分からない」


なんとも断りにくいことを言う。どうやら説明をする気はないようだ。

素直は真剣に考え込む表情を作ったまま、颯太の言葉を待つことにしたが、思わず思考が漏れた。


「……う、ん」

「チガウ」


秒で否定した颯太。こちらに釣られたのか、やけに深刻そうな表情を浮かべた。差し出してきたのは、ひし形の不気味なほど真っ黒な物体だった。


「何?おもちゃ?」

「…………クチに。…入れて。くれる?」

「はぁ?」

「アム、アム」


躊躇している間にも、大口を開けた颯太がジリジリと迫ってくる。

指先でひとつ潰してみる。固い。プラスチックみたいだ。

得体の知れないものを他人に勧める、その斬新さに感心しながらも、素直はこたつの中から颯太の泳ぐ視線を追いかけた。


「イヤ。?」


卑怯だ。卑怯がすぎる。

態度と言葉がアベコベな颯太を前に、思わず胸元を鷲頭かむ素直。

視線が合うたび、逃げられ、また追う、それが何度か続いた。

不自然に言葉を区切る、その横顔。自信なさげに揺れる艶やかなまつげ。

やはり、こんな季節にこたつを付けるもんじゃない。熱に当てられ、素直は思わず息を止めた。そして、こみ上げる動揺を誤魔化すように、箱の中の粒を鷲掴む。

よく分からないまま、乾ききった口の中へ、それを一気に放り込んだ。


「アッ。そんな…。……っ、ヤメ」


なんか卑猥に聞こえる颯太の制止は間に合わず、目を見開いた素直はしばらく顔をしかめたまま案の定、口を閉じることも忘れて情けなく叫んだ。


「……っ!? ……まっ、まああああ!」


舌に乗せた瞬間、貼り付く硬さに思わず眉を寄せた。

つい、唾液を纏わせてしまった。途端、鼻を突き抜ける異臭。鼻腔の奥を小突かれたように、涙が滲む。

途方もない苦味と、刺すような塩気が口いっぱいに広がる。

素直は悶絶しこたつ布団を掴んでのたうち回った。


「……まっっず!颯太、これ天変地異かってくらいまずいよ」

「………ふっ…」


素直が限界まで目を見開いて訴えると、颯太が他人事のように小さく吹き出した。瞬間、颯太から滲んでいたピリピリとした緊張が、音を立てて崩れるのを感じる。


「…俺。の……場所。……の。……こと、だ」

「故郷な」


貶し辛いことを言う。恨めしい表情を向けると、察したのか、颯太が笑うように息を漏らした。

必死に視線を泳がせティッシュを探すも、寝室にしかないことを思いだした。口で息をした瞬間、それが舌の上で暴れる。八方塞がりだ。


「世界……で、一番。…まずい。……。…言われてる、の。……知ってる…だろ?」

「知らないって……なんで、こんなの……っ、はは、でも……なんか、颯太っぽいかも」

「………。…なんだ。…それ。……。…素直」


上擦った声で鼻を鳴らすと、二人は顔を見合わせ、同時に吹き出した。

食うんじゃなかったとは思わなかった。また食おうとは思わないけれど。

涙目のまま、笑い混じりに舌の裏へ異物を押し込んだ素直は、頬を微かに窄めて、黒く染まった舌を颯太へと見せつけた。 颯太はその様子を慈しむように見つめた後、静かに瞼を閉じ、わずかに口角を上げる。そのまま、こたつの中で素直の足をぐいっと自身の方へと引き寄せた。

ラグに頭をぶつけながら転がった素直は、気まずさが消えた解放感も手伝って、いつもより大胆に動いた。颯太の肩に頭を預け、さらに追い打ちをかけるように胸元へ顔を埋める。

不意に密着された颯太は、普段は見せない素直の甘えた態度に、目に見えて狼狽した。漆黒の髪の間から覗く耳の先が、みるみるうちに熱を帯び、真っ赤に染まっていく。


「…っ、オマエ。…急に、寄る。な……。……シンゾウ、に。……悪い。な?」

「なんさ、引っ張ったの颯太じゃん」


颯太は照れを誤魔化すように、ズボンの後ろポケットからスマートフォンを取り出し、コンクリートの壁にアプリで映画を映し出した。間接照明の柔らかい光に照らされ、しばらくすると、ぼんやりと海外のサスペンスドラマが流れはじめる。

けれど、颯太の意識は完全に素直へと向けられていた。

服の裾を無意識に弄る素直の指先が、ファスナーを上げるか下ろすか迷うように、かすかに揺れる。このまま潜り込むかとでも言うように、襟元に触れて、わずかに弾いた。

ふと、こたつの中から、急かすような熱がじわりと滲む。颯太の吐息が、素直の肌をじりじりと焦がして、思考を緩ませていく。


「……素直」

「んー?」

「……俺。……言いふらし、たい。……素直、のこと。……全部。……だ」


颯太が耐えかねたように、そっと素直の手首を掴む。


「ん?」

「素直、お前…は。……俺、の。だって、自慢…。……させて。よ」


ぴくりと反応した身体は、隣に横たわる颯太の胸元へといつもより強引に引き寄せられた。素直の頬が少し熱を帯びるのを感じながら、颯太はゆっくりと視線を落とす。


「それで羨む奴いないと思うけど」

「オレ」


なんだそりゃ。また颯太の訳の分からないところに引っかかる。

最近ずっと考えてる。言うか、言わないか。でも、考えれば考えるほど分からなくなる。

友達なのか、セフレなのか、恋人なのか。この関係は、一体なんだ。分かりきっているが、分かりたくなかった。いっそ、そこから一緒に考えようって言えたら楽なのに。


「じゃあ、颯太が分かってれば良いだけじゃん。お前のとこと違って、俺はまだまだこの国、閉鎖的だと思うぞ。それにお前は事務所入ってるんだから、違約金なんてことになったら目も当てられねぇぞ」


なんとかそれらしい大義名分を掲げて場を凌ごうとすると、触れ合っている颯太の呼吸が、ふいに深くなった。

微かな上下を繰り返す視界の中、脳裏にはよくない未来ばかりが次々と浮かんでは消えていく。


「それ。……何回も、聞いた。…オレの。……そっち、の。……ジムショ、じゃない。…から。……ダイジョウブ、だ。な」

「あっちでもどっちでも、俺がビビりだから嫌なの。はい、この話終わり」


強制終了が、ここ最近のお約束だ。

とにかく嫌だと思う。セフレと言われたら普通に傷つくし、恋人だと言われたら、多分絶対立ち直れない。そして、きっと颯太が言ってくれるのは後者だ。

だから、曖昧なままでいい。言って欲しいと、言わないで欲しいを脳内で繰り返す。この気持ちの正体を紐解こうとすると、どうしても薄情な己と向き合うことになる。


「ぬぅあぁあっ」


思わずこぼれた泥のような感情を、冗談めかしてごまかす。

足場がぐらつく。都会での毎日は、ずっと綱渡りだ。

絶対言わないけど、肇でさえ、まだどこか現実味がない。それが都会では珍しくない光景なのだと理解はできるが、それはあくまで知識として「理解」だ。

そして恐らく、今胸元を貸りている颯太は、さらに先を行っている。

住む世界が違う。そんな得体の知れない存在が、文字通り心臓の音が聞こえる距離にいる。その事実は、たまらなく心地よく感じると同時に、喉の奥がヒリつくような焦燥を連れてくる。


「当分このままだ、な」

「もう。……限界。が…くる……。…んだ、だ。…ろ?」

「へいへい」


ごめん、と思う。きっとこのまま、颯太の望みを叶えられないまま、大学を卒業する気がしていた。

言わないままなのも、このまま。パスワードも、このまま。

産毛に触れそうな距離で、視線が絡む。けれどそこにあるのは、記憶の奥に焼き付いた青い瞳ではない。

今、映っているのは、やはりなんの特徴もない男の顔だ。そのくせ、こたつに収まりきらないほど長い手足と、やけに心地いい声。

ちぐはぐにしてしまった男が、好きだと全身で伝えてくる。

秘密を明かして、甲斐甲斐しく世話を焼いて、それでいて今も必死に己を抑えている。笑ってしまうよ。本当に。

欲しい、と思ってしまった。分かってるのに。だが、受け取ったが最後、振ってしまう自信があった。


「お前……。……あんまり。……じっと。……見ない。で…。……こまる、んだ。…。……な?」


最後に残るのは、どうしようもなく純度の高い「好き」だった。

それが己のものなのか、颯太のものなのかも分からない。判別のつかない二つの鼓動が、脳内を激しく揺さぶる。

視界が開けていたときは、颯太の平凡な顔のおかげで、向けられる感情ともまっすぐ向き合えていた。どこか他人事でいられたのかもしれない。

けれど今は、触れ合った箇所から侵食してくる熱に、正気を失いそうだった。


「…颯太……俺、心臓壊れる」


さっきまで大事に抱えていたはずの不安が、途端に霧散する。

暗闇に漏れた声は、自身でも驚くほど熱く、微かに震えていた。

素直はごめんと思いながら、視界を塞ぐ颯太の大きな手に指を絡め、縋るように力を込める。そのまま、自由な方の指先で、颯太の胸元にあるファスナーの冷たい感触をそっとなぞった。


「……っ、ふ……」


空気が足りない。 押し寄せてくる圧倒的な熱に息が詰まり、素直は縋るように颯太の腕へ指を食い込ませた。

普段なら、厄介な手癖のせいでファスナーの一個や二個、とっくにバラバラに分解しているだろう。けれど今は、身体の大事な部品を引っ抜かれてしまったようだ。最早、指先を動かす余裕すら残っていなかった。


「……お前、すごい。…顔、して……。…いる。ぞ…。…そんな、に…。……見な、い……で。駄目」

「駄目?」

「……。ダ、メ」


颯太が心底嬉しそうに、拒絶する。

お前にだけは言われたくない。反発とは裏腹に、颯太の声は容赦なく素直の臓を揺さぶる。

狭まった暗闇の中、颯太の乱れた髪がふと肌を擽った。そのわずかな感触さえ逃したくなくて、素直は閉じた瞼をさらに強く閉じる。

部屋には映画の悲鳴だけが響く。誰も見ていない画面の向こうで、今ちょうど誰かが殺された。どうにか、ハッピーエンドになったら良い、思うが、そうならないのが世の常だ。

気づけば、颯太のズボンのウエストにそっと指をかけていた。





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