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『yamamoto2580』  作者: しもたんでんがな


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15/21

バグを14件登録 「その言い方は結構、傷つくけど」




距離が、わずかに開いた。その隙を埋めるように、颯太が素直の手を掴み、自身の頭の上へと置く。

されるがまま、素直は颯太の髪に指を差し入れた。相変わらず、さらさらだ。

限界まで伸ばした腕が引きつり、鈍い重さが滲む。撫でるだけのことなのにうまく掴めず、指先に妙な違和感が残る。


苛つく。いくら颯太に悶えても、いつまでも下手に出ると思ったら大間違いだぞ。

思わず髪を鷲掴みにすれば、特大の爆弾の起爆スイッチを握っているような気分になる。

すぐに力を抜いて、手を離した。いよいよ限界を迎えた腕を、颯太の肩に落とした。


颯太とは、そこそこ身長差がある。手を置くなら、肩がちょうどいい。贅沢を言うと、座布団を二枚ほど噛ませたい。身体のほとんどが脚みたいな奴だが、座高だけでもわりと差があった。

見くびられるのは不快だが、今みたいに加減なしで来られたら、到底敵わない。

おまけに、こっちは絶対に「商品」を傷つけられないわけで。

気に食わなくて、ボコスカ殴ってやろうと思っても、それは叶わない。

要するに、癇に障る。


「……信じられない。頭、おかしい。じゃない?」

「信じられないかぁ」


ささくれた心が、そのまま出た。

信じてくれていたのか、と思う。胸の奥がふわりと温かくなり、すぐに冷えた。

わずかな反省が滲む。颯太を信じたことなど、一度もない。

「信じる」なんて、そもそもそんな大それたことをした今までしてきた覚えがない。

他人は等しく「いる」か「いない」か。それだけだ。


てか、初回寝込み襲われてんだけど。信じられる要素、全然ねぇじゃん。

素直は盛大に悪態をついた。


「男だし、肇はどうしたって肇だから。……おい、マジで大丈夫だぞ?」


何度言っても納得しない颯太に困り、素直は助けを求めて肇へ視線を送った。すると、にこりと、今まで見たことのない微笑みが返ってくる。その意図に気づいた素直は、思わず肇の肩を小突いた。

わざと吹っ飛ぶ仕草を見せる肇に呆れつつ、素直は颯太に弁明しようと口を開く。

だが、肇に視線を送ったことがよほど気に食わなかったのか、颯太はゆっくりと顎を引く。その眉間には、深い皺が刻まれていた。


「わかんね、え……よ。そんなの」


肇と颯太を交互に見やる。肇も颯太も、相変わらず一点を見つめている。

どこもかしこも一方通行だ。


「お前らって本当、めんどくせえなぁ」


思わず、しみじみと言ってしまった。


「でも肇とは仲良くし続けるけどな。……だって無意味だもん。というかさ、お前の許可なんか別にいらないし。勝手に不安がってろ」


言うと、息を呑んだ肇から決意めいた気配を感じた。

一拍おいて、颯太の表情が崩れた。驚きとも困惑ともつかない、曖昧なまま固まっている。

不意に零された言葉は、やけに弱々しかった。


「…………なんで。…なんで、戻さない?」


あまりの脈絡のなさに、一瞬理解が追いつかず、妙な間が空いた。

その隙を突くように、颯太は素直の肩を強引に引き寄せる。


「パスワード……。おまえ、は。ずっと……俺を、歪めて、見てる。見るな……いつまで、それ、やる?」

「今度、そっち? お前も、忙しいなぁ……」


素直が呟くと、颯太は苦しげに舌打ちしかけて、飲み込んだ。いつもなら、しょうがないなと投げやりに口角を上げるはずなのに、その気配がない。

颯太の心がすり抜ける。常に一緒にいるのに、どこか噛み合っていない。その感覚は、前からあった。


「ずっと思ってた…。……わかんね。全然……わかんねえ、よっ」


髪を掻き乱し、颯太が吐き出すように続ける。


「ジョウホ、してる。な?俺。誰にも言わない、バレないようにしてる……。お前、俺をヘン、な風に見てる。……でも俺、文句言わなかった。……だろ?」


素直の視線がわずかに揺れる。それを見て、颯太は周囲を一瞥し、声のボリュームを落とした。

再び肇の方へ向きかけた瞬間、顎を掴まれ、正面へ引き戻される。肩に食い込む指先に、わずかに力がこもった。

選べ。選べ。言葉がもつれる。

颯太の開いた口元が、別れを言いあぐねているように見えた、その時。

喉の奥まで出かかっていた言葉を、素直は飲み込んだ。


「素直、いつもそう……なんで、コイツだけ。…そんなに、ズルい。だ」


喉元を戦慄かせた颯太が、唐突に素直の手首を掴んだ。

慣れたとはいえ、食い込む痛みに、思わず顔が歪む。


「なんで……俺だけ、じゃ……駄目なんだっ!」


颯太の怒鳴り声が、今度こそ中庭に響いた。

さっきまでのざわめきが、一瞬だけ途切れ、すぐに周囲に抑えた声が広がり始めた。

素直は颯太の陰に隠れるように身を屈めながら、小さく視線を落とした。


「……つまり。お前に、とっては。……話しやすい。なら、誰でも……いい。……ことでしょ?な?」


落ち込む間もなく、とんでもないことを言われた。颯太の投げやりな嘲笑に、思わず身を引く。

人様に穴掘っておいて、よくもっ。素直は拳を握り込んだまま、背後の芝を力任せに殴った。

分かっているが、普通に痛い。おまけに殴ったところで、何も変わらない。それでも後引く痛みが、熱のこもった思考をわずかに冷やした。

いつもこうだ。どうしてうまくいかない。もう詮索しないと決めたはずなのに。変わろうと思ったはずなのに。

颯太の顔が、これまで傷つけてきた幾人もの顔と重なった。


「その言い方は結構、傷つくけど」

「ケッコー……な。お前の『ケッコー』は、そんなに。……ケロっとしてる、のか。……俺」


颯太が眉を寄せると、遅れて素直の眉もわずかに歪む。


「馬鹿、だ。……全部、俺。だけ」


強い口調に押され、言葉まで尖っていく。


「また、逃げる? ……いつも、そう。……逃げる、のか」

「揚げ足取るだけなら……苛つくから、俺帰るよ?」


言わなくていいことを言った。けれど、もう言葉は落ちてしまっている。

弾かれたように見開かれた颯太の目の中に、よく似た自身の表情が映る。


何もかもが噛み合わないまま、同じところをぐるぐる回っている。抜け出し方だけが、分からない。

思考が、どんどん悪い方へ沈んでいく。だが、底に触れる前に、不意にそれは途切れた。


「なんっ……なんで僕を見てくれないんだっ」


肇だった。殺し損ねた叫びが、中庭のざわめきの中に跳ねた。

声音とは裏腹に、肇は震える掌をまるで他人のものでも見るように、冷めた視線を向けていた。

その姿は、言っておいて自身の言葉を疑っているようでもあった。


「………好きなんだよ」


肇の肩が小さく震えた。堪えきれなくなったのか、額には脂汗が滲んでいる。

完璧に整えられていたはずの肌が、ゆっくりと崩れていく。コンシーラーが汗と混じり、濁った液となって頬を伝い落ちる。それを拭う余裕すらなく、肇はただ前を凝視している。見つめる先は変わらない。馬鹿みたいに真っ直ぐだ。


「言われてる、ぞ」


肇の言葉を受けて、鼻白んだ颯太が素直を睨みつけた。


「一目惚れだったんだ。ずっと、ずっと好きなんだ」


肇がなりふり構わず、言葉を叩きつける。黄色味の強くなった手で乱暴に顔を拭うたび、歪に描かれた眉が手の甲に黒く移った。

涙と汗で溶け出した化粧。ぐちゃぐちゃになった顔。

普段は何でも器用にこなす肇。だが、今は何もかもが追いついていないようだった。


「僕も、嫌だったのに……上辺だけで見られるの、ヘドが出るほど嫌いだったのにっ。なのに……好きになっちゃったんだ」


いいな。思うだけなら無料だし自由だ。

肇が輝いて見える。何度目を擦っても、それは変わらなかった。

素直は肇を見続けた。そこには何の柵もなく、ただ底の知れない好意がある。

凄いな、いいな。

こんな感情を他人に向けることも、向けられることも。羨ましいと思う。とてもできない。


「一途で、真っ直ぐに……素直しか見てなくて」

「……………は?」


頭痛を抑えようと額へ手を当てた素直の前で、颯太が一瞬、驚きの表情を浮かべる。

肇が見つめ続けていた先、ようやく視線が絡んだ。代わりに素直はこれ以上、颯太の顔を見られなかった。

よかったね、やっぱりそう思うけれど、全然良くねぇわ、とも思ってしまう。

素直はその場から動けず、肇の視線や仕草を謝りながら目で追った。

どこで間違えたのだろう。同じことを、また繰り返している。

怒らせないように。空気を悪くしないように。そう気をつけているのに、段々と帳尻が合わなくなる。


「僕なら、分かる。颯太の気持ち。素直より、分かるっ。格好だって変えられる。……僕じゃ、駄目かな」


衝動に押し出されたのか、肇の声はやはり震えていた。

時折合う後悔の滲んだ肇の視線に、思わず大丈夫だと言いかける。

胸元のトレーナーを掻き集めた指先に、わずかに力がこもる。息が、うまく吸えない。

本当は、肇に頑張れと言いたかった。本当は、颯太に好きでいてほしいと、言ってしまいたかった。

でも。そんなの、気色悪いじゃないか。

唖然としていた颯太が口を開きかけた、その瞬間、肇の顔からどろりと溶けたコンシーラーが、芝へ落ちた。

音はなく。ただ芝を汚す。その一滴で、素直の中の何かが限界を越えた。


「…飲み物、買ってくる」


わざとらしいほど棒読みの声を上げ、素直は唐突に立ち上がった。

二人の視線が刺さる中、絞り出した声が、自身でも驚くほど掠れる。だが、構ってはいられない。


「……ごめん。疲れた」


ごめん、と思う。何度でも思う。

パンッ、と乾いた音が鼓膜に反響する。

掴まれたトレーナーの裾に、今までどれだけ安心できたか、でも払い除けてしまった。

ごめん。

喉が引き攣り、ついさっきの出来事なのに、何を話したのかも朧げだった。背後から突き刺さる颯太の視線と、肇の困惑した気配を振り切りながら、素直は足早に校舎へと向かった。


「ヘイッ、待て…よっ!………ヴェッリホウスッ」


遠ざかったはずなのに、颯太の声はいつまでも耳に残った。それが幻聴だと気づいた瞬間、視線がぐらりと落ちる。

鉛のような疲労だけが、身体にまとわりついて離れない。足取りが異様に重い。

思ったことを言えない口なんて、いらないじゃないか。

そんなことを思った罰が当たったのか、途端に足元がふっと軽くなる。とっさに、近くの壁に手をついた。

何度も謝りながら歩く。芝を踏み締める靴音が、やけに大きく鼓膜を揺らした。





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