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『yamamoto2580』  作者: しもたんでんがな


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14/21

バグを13件登録 「これから土砂降りくるよ」




「……そうか」


ふと、自身がパスワードに依存していることに気づく。同時に、それが決して良くない方向へ向かうものだと、思い知った。

両手を引き寄せ、肇の体温を確かめる。その指先には、ご丁寧に分厚いファンデーションが塗られていた。

スクラッチくじの銀色の皮膜を削るように爪を押しやると、白い本来の肌が、細く線を引く。


動かしにくそうな肌をじっと見つめる。隅々まで様子を窺いながら、欠伸をして目を潤ませたり、息を止めて顔を赤くしてみたりと、小手先の表情で心配を伝えてみる。だが、肇は黙ったままだ。

ついさっきの図々しさとは裏腹に、触れられたままの手は強張り、どこかよそよそしい。視線も合わず、言葉も交わらないまま、沈黙が続く。見えない隔たりが、触れ合っているはずの距離を広げていく。


「寂しい………え。あ、れ。……ごめん」


言っておいて、驚いた。

はぐらかされることも、寄り添えないことも。寂しくて、悲しい。

肇と向かい合い素直は大きく首を振る。数日前「楽だから」と片付けた自身を、否定した。


「ちゃんと、肇のこと見ようと思ったら。使ってたんだよ、俺」


何日も遅れて、ようやく返した言葉に、肇は及第点でも出すように肩を窄めた。妥協する時に見せる、肇の癖だ。以前、海外ドラマの俳優がタイプすぎて移ったのだと話していた。

顔のいい俳優に無駄に詳しいこと。脂身の多い肉が好きなこと。靴に三センチのインソールを入れていること。

肇の両手を顔に寄せると、百貨店のような香りがした。

なんだ、なんだなんだ。思い出をかき集めるほどに、これまで気にしていたことが、ひどく陳腐に思える。


「ごめん。今まで肇のこと、変に身構えすぎてた。……なんだ、俺。ちゃんとお前のこと、人生の勘定に入れてたわ」

「なっ……何それ、重っ!キモっ!」


勢いよく握っていた手が離されると、肌には肇のファンデーションが薄ら残されていた。


「だってさ。生まれて初めてのゲイだし」

「何そのしょうもないロストヴァージンっ」


まんざらでもないくせに。言葉の端々は鋭いが、どこか綻びが見え隠れする。

「あの俳優は三十八点」とか、「今通った生徒は四十五点」とか。よほど照れくさいのか、大袈裟な身振り手振りで、肇はとってつけたようなくだらないやり取りを繰り返す。

肇の頭を肩で受け止めながら、素直はそれを黙って聞いていた。

染粉の、鼻を刺す匂いが纏わりつく。颯太とはまた違う、シンナーめいた香りだ。

そうしているうちに、肇はすっかり調子を取り戻したらしい。大袈裟に身振りをつけた拍子に、顔のファンデーションにひびが入った。


「……何、してんだ」


それが合図だったかのように、寒々とした声が響いた。

足の感覚が鈍くなり始めた頃、膝の上で颯太が身じろぎする。

そんな馬鹿な、と思ったが、顔を上げた颯太は、目の前の肇にまったく気づいていないようだった。


「何って、肇がさ……」


はたと気づき、言い淀む。何度か口を開きかけては、碌でもないことを言ってしまう前に閉じた。肇と颯太を交互に見やり、素直は結局、唸るしかなかった。

その反応がよほど気に食わなかったのか、颯太は眉間の皺をさらに深くする。跡が残りそうだ。普段は周囲を見てから如才なく振る舞うのに、その余裕もないらしい。

切羽詰まった様子で、颯太は素直の首にかけていたイヤホンを乱暴に引いた。その勢いで、肇との距離が強制的に引き剥がされる。

摩擦で、チリチリと皮膚が熱い。食い込む力は思いのほか強く、はっきりとした不快感を伴っていた。


「チッ……もうちょっとでチューできたのにな」


火にガソリンを注ぐような物言いだ。素直は呆れ混じりに、わざとらしく唇を尖らせる肇を見やる。

肇の視線は相変わらずだった。どこか熱っぽいくせに、言葉だけがあさっての方向へ飛んでいく。

対照的に、颯太は上から下まで品定めするように、肇を睨みつけていた。一瞬、こちらへ視線を寄越し、呻くように喉を鳴らす。余裕綽々と手のツボを揉んでいた素直の様子が気に障ったのか、さらに眦を吊り上げた。

詰まったままの首に、ぎりぎりと妙な癖がついていく。


図らずも見上げた空は、田舎で見るよりも幾分狭い。

山や田んぼに囲まれ、人よりカカシのほうが多いあの場所では、どこを見渡しても青と緑が果てしなく続いていた。けれど、見える青さは、田舎も都会も大して変わらない。

いつだって、どこだって、息苦しくて仕方がない。

建物に縁取られた視界の中、絵の具のような青が広がる。少し遠くで、小さな雲がぽつぽつと浮かんでいた。


「これから土砂降りくるよ」


そんなことを言いながら、素直はイヤホンの隙間に指を差し込む。案の定、コードに引かれて首がさらに詰まった。

颯太は鼻を軽く鳴らし、冷めた言葉を吐き捨てる。


「誰だお前」

「肇だって」


気づけば、殴りつけるような勢いで返していた。

「もう馬鹿だろ、それ」とはさすがに言えず、素直は口をつぐんだまま足を崩した。


「…ハジメ? ……サイオンジ、か。…お前、なの?」


それを聞いた途端、張り詰めていた肇の表情が、満足げに崩れた。

素直は手元の芝を毟りながら、しばらくして口を開いた。


「颯太さ。今、肇のこと……どう見えてる?」

「モブ。……これ、モブ、?」

「もういいや……なぁ、なんでお前ら、そんな嬉しそうなのかだけ。教えてくれる?」


被せるように呟くと、颯太の手が素直の首筋へ滑り込んだ。撫でる指先は優しいのに、どこか上辺だけのものに感じられる。

緩んだコードが擦れた部分が、ひりつくように痛む。淡く、赤く染まっていた。


「俺、敏感肌なんだけど」

「……コスカ」

「だって、じゃないでしょ、痛いって言ってんのっ」


「そう。……言ってない。一言…も」と、ぶつくされた颯太が、素直のトレーナーのポケットに腕ごと突っ込んできた。まるで本気で中に入ろうとするみたいな勢いに、思わず颯太の首根っこを引っ掴む。


「ティラミス食いたい」


げんなりと呟くと、颯太は気まずそうに目を泳がせた。どうしても謝らない颯太を見やりながら、まだ痺れる脚を撫でる。

明日には、有名店のケーキがホールで届くに違いない。


「……だって…俺、お前、以外。……どうでも、いい」


勢いよく視線を逸らした颯太は、相変わらず器用に、指先だけで素直の手をポケットへと引き込んだ。


「嬉しいな。こんなに嬉しいんだね」


若干、その存在を忘れていた肇が、言葉を噛み締めながら頬をほころばせる。両頬に手を添え、それ以上笑みがこぼれないように堪えていた。まるで、今の今までその感情に浸っていたとでも言いたげに、俯く。

ひと呼吸置き、わざとらしく素直の肩を抱き寄せる肇。指先へ力を込め、颯太の反応を味わうと、ふっと眦を細めた。


勘弁してくれ。素直は緩く天を仰ぎ、伸びていくトレーナーの生地を気にしながら、途方に暮れる。緩く天を仰ぎながら、素直は伸びていくトレーナーの生地を気にし、途方に暮れる。

視界の端に捉えた肇の瞳に、底知れない欲が滲んでいた。今の地味な格好には、あまりにも不釣り合いだった。


「……ペルケレ」


煽られた颯太が、露骨に嫌そうな顔をして肇を睨みつける。肇はその視線を真っ向から受け止めると、さらに嬉しそうに、喉元を大きく上下させた。


「素直が嫌がってんならやめるけど」


語尾を跳ねさせた肇に顔を覗き込まれる。

その瞬間、ポケットの中で、颯太の爪が布越しに腹へと食い込んだ。


「うん。ちょっと、もうすぐこと切れそうだから一旦話して。本当、具合悪くなる。お前ら、俺がいないところでソレやれない?」

「僕はいいよ」


肇は軽く頷き、芝生の上で姿勢を崩すと、わずかな距離ができた。


「通信。共有してる……のか。おまえ、ら。ふたりで」

「それ今?……話は聞いてたのかよ」


疑問というより確認めいた颯太の問いに、素直は再び「馬鹿じゃん」を飲み込み、緩く頷いた。


「うん。俺、毎月余るし。……肇はえんえん言ってるしな」

「それ、何。……なんで、俺。に、言わない?」

「あげてること? 肇だろ。やましいこと、何もないから」


素直の返事を聞いた瞬間、颯太の身体が目に見えて強張る。

固まったままの颯太を、肇が見上げる。作り物めいた一重の瞳が、まっすぐに颯太を射抜いていた。

肇の隠された口元の奥で、片側だけがゆっくりと吊り上がる。わずかにできた距離のせいで、その変化が、素直にははっきりと見えた。が、その光景は、素直の身体が邪魔をして誰にも伝わらない。


「キョリ」

「分かった分かった。でも、本当に大丈夫なんだぞ?」


相変わらず不機嫌そうな颯太に、素直はお手上げとばかりに両手を上げた。

肇と颯太を残し、一歩下がる。


「ダイジョーブ、って……ダイジョーブ。じゃない人、言う……言葉だろ?な?」

「お前さぁ……アニメ見過ぎ。メロドラマじゃねぇんだから」





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