七十七話
王宮にある私の書斎。そこで作業していたわたしは紛れ込んでいた陳情書を見て頭を抱えていた。
「イオス公爵家の臣下。寄子のフェネクス男爵家、これの陞爵について、ねぇ」
これだけなら、言い方は悪いけど公爵が派閥強化しようとしている。そんな判断で即却下、で終わりだった。そうなんだけどねぇ……。
「姉上、ディオスクロイに嫁いだマイア姉上の副状付き、か」
いつぞやの連名による叙爵を思い出した。あのときも貴族の位を得たのはアイン・アルデバラン。今回のフェネクス男爵と同じだった。
「よほどのお気に入り、と言えれば良かった。それで終わりだったのだけど、ねぇ……」
副状の中身。記述されていた情報が問題だった。
「アクラ、愚弟め。とことん問題を起こしてくれる」
そこに記されていたのは王宮から消えた王族たち。その現状であり、惨状。よりにもよって異母兄弟、姉妹たちを奴隷に落とした、という醜聞。というより、事実。
しかも実物。側室の子であるアンジェリカ、ミレイユが保護された事実付き。そして、保護しているのはフェネクス男爵家。その功績によって、陞爵させよ。という内容。なかば脅迫だった。
「ですが、まさかそのまま理由として使えるわけが……」
そう、こんな醜聞。宮廷に知られては王家の正統性、権力が瓦解してしまう。
アクラだけが潰れるなら問題ない。しかし、間違いなくこちらにも飛び火する。それを容認することはできない。
「面倒なことを……」
思わず親指を噛む。ちくり、とした痛みが響く。
冷静に、冷静になれ、ダレス・パルサ。
少し、頭が冷えてきた。さて、ではどうするべきか。
「まず、陞爵。これは内々で認めるしかない。握り潰して、公表でもされたら目も当てられない」
そう、目も当てられない。下手をすれば、これ幸いと貴族たちが反乱を起こす。その筆頭となるのが、イオス公爵家。笑い話にもならない。
それを避けるためには、陞爵の件。認めざるを得ない。
ならば、名目はなんとするか。
「やはり、領地を堅調に発展させていること。これにしますか」
本来、これだけだと功績として弱い。しかし、あそこは元王国直轄地にして、崩壊寸前だった土地。それを発展させている、となれば一定の功績として認めても問題ない。
それよりも……。
「ちっ……!」
あまりの苛立たしさに舌打ちしてしまった。
アクラめ、本当にいい度胸だ。
偶然とは言え、アンジェリカ、ミレイユ。ふたりが無事だったのは良い。しかし――。
「やはり、本格的に潰すしかない、か……!」
あのふたりとライナ。ふたりもそうだが、腹違いの妹は仲が良かった。つまり、彼女にも魔の手が伸びていた可能性は十分ある。
もし、もしもだが。あれがライナに手を出していたら、即刻国軍を動かしていたかもしれない。
その程度には腹立たしい内容だった。
正直、ライナだけで見ればそうでもない。しかし、先立たれたあれの母君。私は父上の側室だった彼女に憧れ――否、私の初恋だった。
あの方はライナを産んで日立ちも悪く、儚くも旅立たれてしまった。しかし死の間際、彼女と約束したのだ。
彼女の娘、ライナを守ってみせる、と。誓ったのだ。
それに対して、最悪の裏切り、としてしまうところだった。
しかも、それを成したのが愚弟、アクラとなればなおさらだ。
「こうなっては、最悪の事態に備えるべき、か」
具体的にはあれを僻地へと避難させるべきだ。そして、その間に王都の膿を吐き出させる。
短期的には王国の国力を減衰させるだろう。しかし、やるしかない。
「それで、どこへ避難させる――などと、もはや決まっている、か」
姉上に働きかけて、イオス公爵家。いや、フェネクス男爵家に匿ってもらう他ない。
それが一番安全な方法だろう。
あそこは僻地の領地であるし、いま、アンジェリカ、ミレイユのふたりがいるなら、王族の避暑地。としての体裁も取れる。
まぁ、あのふたりがいることを公表するつもりなど更々ない。下手に公表して、短慮なアクラが動いた、となれば目も当てられない。
そのためにも、まずフェネクス男爵家の陞爵。そして姉上とも連絡を密にしなければ。
そして、アイン・アルデバラン・フェネクス。
ライナを預けるとなれば、子爵では位が低すぎる。
最低でも伯爵。さらに言えばライナを守るため、軍事力の強化、裁量権を渡す、という意味でも辺境伯となってもらわなくては。
あそこは国境沿いで辺境伯が治める、という名目も立つからね。
「あと、出来ればこちらと同調して欲しいものだね」
アクラを肘鉄する、という意味でも。そうすれば、ライナを守りやすくなるのだから。




