七十六話
……あたし、なにしてるんだろ。
アインのフェネクス男爵領から逃げ帰って、アマテルさんに泣きついて。そして、いまはカーテンを閉めきった、薄暗い部屋に引きこもってる。
なにもかも億劫だ。きっと、あたしの顔、ひどいことになってると思う。
あの後、お父様は部屋で休んでるように。って、言われてそこから誰も来てない。
ううん、一応。メイドたちが定期的に食事や服の世話でくるけど、その程度。
……鍛練しなきゃ。そう思うんだけど。でも、やる気も起きない。どうしたんだろ、本当に。
アマテルさん、結婚式で綺麗、だったなぁ……。
あたしも、綺麗に、なれるのかなぁ……。
そう考えるだけで、じわ、って涙が滲んでくる。
「……ぅ、う」
涙を拭くように、手の甲でごしごしって目を擦る。
――こん、こん、こん。
扉を叩く音が聞こえた。誰か来たみたい。また、メイドなのかな。
そんなあたしの考えは当たりであり、間違ってた。
「お嬢さま、よろしいでしょうか? お客様が……」
「……だ、れ?」
自分で自分の声に驚く。泣きすぎたのか、声が嗄れていたから。
そして、あたしが許可する前に扉が開く。
そこには、いつもあたしの世話をしてくれていた初老のメイド長の姿。
「失礼します――」
そのまま、メイド長はつかつか、とあたしに近づいてきた。
「お嬢さま、お召し物を変えましょう」
そう言って、あたしがいつも着る騎士服を出した後、あたしに耳打ちをしてきた。
――アイン・フェネクスさまが参られてます。
その言葉を聞いた瞬間、身じろぎする。
いまのあたしの姿をアインに見せたくなかったから。
「……やだ、会いたくない」
「お嬢さま、そう言わずに」
そう言いながら、メイド長はしゅるしゅる、とあたしの寝間着を脱がしていく。
……会いたくない、って言ってるのに。
でも、服は着替えされられた。抵抗するのも億劫だったから。
「婆や、あたし……」
「大丈夫です、お嬢さま。婆やをご信じください」
こうなった時のメイド長。婆やは梃子でも考えを曲げない。
そうして、あたしはメイド長。婆やに身嗜みを整えられた後、手を引かれるよう自室を連れ出された。
この先、客間にアインがいるらしい。
会いたくない、って言ったのに結局、連れてこられてしまった。
「お嬢さま、この先にアインさまが――」
「婆や……」
「大丈夫です。さぁ」
がちゃり、と扉が開く。
部屋のなかが見えた。そこにはアイン。と、アマテルさん。
でも、奇妙なのはアインが地面にひれ伏していること。その横で、アマテルさんがどん、と立っていること。
「えっと……?」
困惑したあたしはなにも悪くないと思う。そんなあたしをおいてけぼりにして、アマテルさんがアインに話しかけた。
「愚弟、エレインちゃんが来たわよ。顔を上げなさい」
アマテルさんの合図で、アインがゆっくり頭を上げた。
「……ぶっ?!」
思わず吹き出したあたしを許して欲しい。だって、顔を上げたアイン。目のところに、立派な青タンが出来てたんだから。
あまりの衝撃に会いたい、会いたくない。なんて考え、頭から吹き飛んだ。
「その、顔……。どうしたの?」
思わず触れてしまったあたしは悪くない。
でも、次のアインの答えも予想外だった。
「なんでもない。ただ、報いを受けただけだ」
それだけじゃ意味が分からないから、詳しく聞くと。アインはここ、公爵領に来てお父様に鉄拳制裁を受けたみたい。しかも、自ら望んで。
お父様はどうしたんだろう。嬉々としてやったのかな。それとも、やりにくかった、のかな?
「エレイン」
「……ひゃいっ!」
真剣なアインの声。恋い焦がれた人の声に知らず、心臓がドクン、と跳ねた。
「済まなかった、等と言える立場ではないが、それでも言わせてくれ。済まなかった」
「……えっと」
「姉上から話は聞いた」
今度はさぁ、と血の気が引く。あの時の、アインと女傭兵が抱き合い、求め合っていた光景がフラッシュバックする。
「もう一度、済まない。と、始めに謝っておく」
「……えっ」
「はっきり言って、いまから言うのはエレイン相手にもそうだが、男として最低の言葉だ」
そして、アインは一度言葉を切って、ふたたび話し出した。
「俺は、間違いなくイオネ。あの女性を愛している」
「はっ――」
嫌だ、聞きたくない。アインが、好きな人があたし以外を愛してる、なんて言葉――。
「だけど、同じように俺は……。アイン・アルデバラン・フェネクスという男は、あなたを愛している」
「へぁ……?」
……なんて?
頭が混乱してる。でも、それだけじゃなくて――。
「なん、で……?」
なんで、ぽろぽろ、と涙が出てるんだろう。
うん、そうだよ。アインは確かに最低なことを言った。でも、それでも嬉しかった。
あたしは敗けた訳じゃなかった。捨てられた訳じゃなかった。
確かに、アインはあたしに愛している、って言ってくれた。それが、すごく、嬉しかった。
あたしはまだ、アインのこと。好きでいて、愛していていいんだ。そう思って。
あたしは赦されたんだ、と、そう思って。
白黒だった景色に色が戻るようで、すごく、嬉しかった。
……でも、アインはなんで白い薄手のバスローブみたいなのを着てたんだろう?
なんだか、シショーゾクって聞こえた気がしたけど、何だったんだろう。
あたしはアインの不思議な姿に首をかしげることになった。




