七十話
イクリルくんと姉上の結婚式、披露宴は恙無く――というより、大盛況に終わった。
女性陣のイクリルくんに対する恍惚としたため息が印象的であったが、一部には姉上の美しさにため息をもらすものもいたほど。
エレインやライナがまさしくそれだった。姉上を羨望の眼差しで見つめていたのだから。
他にも、この挙式にはアルデバラン、フェネクス以外にもイオス公爵家麾下の貴族家が駆けつけている。そのご令嬢たちは姉上とイクリルくんの誓いのキスに、羨望、嫉妬の声をあげたほどだ。
それに他の家からすれば、いくら決まっていたこととは言え、アルデバラン伯爵家に一歩先を越された。という考えが鎌首をもたげているだろう。
それこそ、自身の娘を。正室は姉上だから無理として、側室を狙って送り込む、程度のことはやりかねない。
そんな血生臭い話題は脇に置くとして。ふたり並び立つ姿はまさしく美男美女のカップル――ではなく、夫婦といったところか。
まぁ、それもそうか。俺も姉上が家族――血縁者でなければ、赤の他人であれば婚約を……。いや、高嶺の花とするのが精々、か。
それはそれとして。この世界にもブーケトスの風習があるのには驚いた。そして、投げられたそれを受け取ったのがイオネだった、というところまで含めて。
ちなみに、エレインもキャッチしようとしたが見事に転び、閣下にはしたないと怒られ、イクリルくんにまたか、と呆れられ、姉上はころころと笑っていた。
しかし、エレインはそこまで焦って取りたいのだろうか? 彼女の家格なら引く手あまただと思うのだが。
それはそれとして、ブーケトス争奪戦に偶然勝利したイオネ。取った最初こそ、目を白黒させていたが、嬉しそうにはにかむ彼女に、俺もまた見惚れていた。
まぁ、その見惚れていたイオネを娶るには父上を説得する必要があるわけだが、その肝要の父上との話し合いは、というと……。
「さて、アインよ。わしが言いたいことは分かるな?」
「……その、父上?」
明らかに怒髪天を衝く、とばかりに激怒しておられた。と、いうか。この流れは覚えがある。だが、姉上が誤解を解いておくという話だったが……。
「貴様は何を考えておるのだ!」
「ちょ、ちょっとお待ちください父上! なんの話を……」
「貴様の領地に建設されたという離宮の話だ!」
……オゥマイゴット。なんて、ふざけてる場合じゃない。完全に誤解が解けてないか、もしくは捻れてらっしゃる。
しかし、どうしたものか。
父上には今回、離宮を建てた真の目的。すなわち、奴隷の身分に落とされた王族の保護について教えていない。単純に、父上の耳へ入れるとどこに漏れるか分からなかったからだ。
なにしろ、父上は良くも悪くも実直、直情なお方。教えようものなら、間違いなく、何らかの行動を起こしかねない。
別に行動を起こすこと自体悪いとは言わない。ただ、その結果。奴隷に落ちた方々にどのような不幸が降りかかるか分からない、というところだ。
そこへ、かつかつ。と足音が聞こえた。振り向くとそこにはマイア夫人の姿。
「あらあら、どうしたのですか。伯爵さま?」
「……これは、マイアさま」
夫人の姿を見た父上は即座に彼女へ向けて跪く。父上にとってマイア夫人はいまも変わらず王家の人間、ということだろう。
父上の王家に対する忠誠心はさすが、の一言だった。
「いやですわ、伯爵さま。顔をお上げになって? いまのわたくしは一介の子爵夫人でしてよ?」
「……殿下が王家に連なる御方、ということには変わりありません」
「困りましたわねぇ……」
頬に手を当て、いかにも困った。と言いたげな夫人。本当に父上、親父どのは頑固すぎる。
彼女もそのことを悟ったのか、こちらへ話しかけてきた。
「まぁ、仕方ありません。アインさん?」
「はい、なんでしょう?」
おそらく、ライナ関連のことだと思うが……。
「先程お二人が言い争っていたことですが。伯爵さまへはお話になられてないので?」
まさかの先程の話の続きだった。と、言うより不味い。下手にここで言おうものなら、父上へすべて話すことになる。
「殿下。話、とは……」
「アインさん、構いませんね?」
構う、とは言えないだろうな。下手に言っても拗れるだけだ。ならば、と俺は首肯した。
「……はっ」
そして、マイア夫人は話し始める。俺がハレムを、離宮を建設した意図を。すなわち、王族の奴隷落ちに関することを。
すべてを聞いた父上。はじめは絶句していた。しかし、すぐに握った拳を震わせ、ぎりぃ、と歯軋りの音が辺りに響く。
「アイン、殿下の言。真か」
努めて平静に聞こえる声色。だが、父上は感情を制御しようと必死だ。流石に分かる。
だからこそ、次の俺の言葉で父上の感情が決壊することが容易に想像できた。
「なぜ――」
わなわな、と震える父上。
「なぜ、言わなかった。アイン!」
――怒髪天を衝く。
という言葉通りの激昂を見せた。
ここにマイア夫人がいなければ、間違いなく俺の首根っこを掴んでいただろう。
そのマイア夫人が、苦笑いを浮かべながら助け船を出してくれた。
「そういうところですわよ、伯爵さま」
「殿下……!」
「アインさんは伯爵さまが動かれた場合の、もしもを危惧されたのです」
「……ぐむぅ」
少し頭が冷えて冷静になったのか、夫人の指摘に押し黙る父上。実際、自分ならあり得る、と判断したのかもしれない。
「もちろん、伯爵さまの忠義は嬉しく思いますわ。ですが、今回は王家の醜聞に繋がるのです。とくに慎重な動きを求められます」
「ははぁ、申し訳ありません」
そう、慎重な動きが求められる。元王家、という血筋を持つ奴隷。それがどれ程の付加価値があるか。少し考えれば分かる。
それらを買った者が手篭めにして、我こそ正統である。と、言い出せばどうなるか。ただでされ不安定な王国は音を立てて崩壊するだろう。
もはや、いつか崩壊することが確定している王国であるが、急速に割れれば混乱する。そして、他国の草刈り場と化すだろう。それはなんとしても阻止しなくてはならない。
そのための策のひとつが我が領地に建てたハレム、離宮なのだから。




