六十九話
がやがや、ざわざわ、と喧騒と、じゅう、とした屋台で肉の焼ける音。そして特有の、口の中でよだれが垂れそうないい匂いが漂ってきた。
ここはイオス公爵家のお膝元、イオス城下。そこではいま、数多の露店が開かれお祭りの喧騒が響いていた。
慶事、祝い事。姉上の輿入れだ。
俺は、その参列者の一人として訪れていた。
城下町の道を子供たちが、きゃはは、と笑って駆け抜ける。広場では大道芸人が己の技を披露している。
そんな華やかな場であるが、俺の心は陰鬱としていた。
「目出度い、のだろうな……」
姉上が結婚する、という慶事に俺は一抹の寂しさを覚えていた。そして無意識に口から愚痴ともとれる言葉を吐き出す。
姉上、アマテル・アルデバランは伯爵家において一番の理解者だった。彼女がいなければ、俺はここまでのびのびとすごすことは無理だったし、領主、として活躍することなど夢のまた夢、だったに違いない。
それでも唯一喜ばしいのは、姉上の婚約者であるイクリルくん。彼は間違いなく時代の寵児、傑物だ。姉上を幸せにしてくれると確信している。
だが、そうだとしても……。
「おやおや、暗い顔してどうしたんだい。アイン?」
歩いていた俺の肩へ体重をかけ、もたれ掛かるように抱きつくイオネ。彼女には俺の護衛としてきてもらっている。もっとも、それだけが理由じゃない。
ここには当然だが公爵令嬢たるエレイン、王家の名代としてライナ。そして、ディオスクロイ子爵家よりマイア夫人が来る。
……俺とマイア夫人の最終目標。それは、ライナを伏魔殿、王宮から助け出すこと。
ライナはその当事者であるし、エレインも協力してくれるだろう。そして、そのことは姉上も知っている。姉上と夫婦となるイクリルくんも遠からず知ることになるだろう。
アルデバラン伯爵家、イオス公爵家、ディオスクロイ子爵家、そしてフェネクス男爵家。これらの貴族が連盟、ブロック経済とともに協定を組むことになる。その実務者協議の場も兼ねているのだ。この婚約は。
「イオネ、頼むよ」
「ああ、分かってるよ」
その実務者協議を行うわけだが、その中にはライナの救出方法などもある。流石に、結婚式に来たライナをそのまま留め置く訳にもいかないからだ。
もちろん、その実務者協議にはライナ本人は参加できない。後でマイア夫人から伝える手筈となっている。
これは万が一、王宮の人間がこちらと会っているライナに対して、邪推を抱かせない処置だ。
それに、方法に関しては既に議論済みだ。
その方法は単純。まずライナには病として床に臥せってもらう。面会謝絶、というやつだ。
その後、夜半に特定のルート――落城時の隠し通路で良いだろう――で城から脱出。こちらと合流してもらう。
それに時期も決めてある。厳冬、年末年始にかけて、可能なら年始から少し経ったタイミングだ。寒い時期は体調を崩しやすい。それほど不自然には思われまい。
今回、ここで行われるのは最終調整。既にルートの選定は終了しているからだ。それにはイオネの傭兵団。紫煙の蜻蛉団やマーネン商会。それに、マイア夫人独自の手勢が役に立ってくれた。
その当のイオネはどことなく、浮わついた雰囲気で周りを見渡している。こんな、というのは失礼だが、祭りは珍しくもなかろうが……。
そんな俺の視線に気づいたのか、イオネは頬を赤くそめ、恥ずかしそうにしていた。
「いいだろう? たまには楽しんでも、さ」
「まぁ、それをどうこう言う権利は俺にはないが……」
「なぁ、アイン。アタシは――」
どこか瞳が濡れているイオネ。それはとても妖艶で、それとともに彼女が何を言いたいのか、分かってしまった。
「イオネ、すまないがお前を正室として迎えることは――」
「そんなこと、分かってるよ」
どこか寂しそうに呟くイオネ。
俺も貴族の端くれ。好いた、惚れたで嫁を取れるほど自由じゃない。
特に、いまとなって俺はイオス閥のなかで新規新鋭の新領主として注目されている。一挙手一投足見られている以上、隙をさらす訳にもいかない。
それに、イオネにはまだ話してないが……。
じぃ、と彼女を見る。
「どうしたんだい、アイン?」
こてん、と小首をかしげたイオネ。
彼女には、まだ話してないが。いま、根回しをしている最中なんだ。彼女を、イオネを娶るための。
流石に正室は無理だ。だから、側室として娶る。そのための根回しをしている。
公爵家や子爵家へは既に根回し済みだ。彼女の重要性は二家とも十分に理解している。むしろ、側室に迎え、囲い込みをしろ、と背中を押されている。
あと、根回しをするべきは父上。アルデバラン伯爵家だ。
それが終われば、彼女に話そうと思う。我が傍で、不甲斐ない俺を支えてくれ、と。




